第5話 厄災会合
0.3秒の攻防。
見えぬ衝撃波はノッポを地面へとたたき落とす。
「バケモノが 」
不認の蛇に受け止められたノッポ。宙に浮かぶように見える彼は異様そのものであるが、アグラヴェインはそれを気にしない。
彼女は驚異を感じていない。
「カナギ。大丈夫ですか? 」
「えぇ、自分の身は守るので派手に暴れてください。でも捕まってるあいつは助けてください 」
「分かりました 」
アグラヴェインが動く直前、空は枯れたように暗くなる。
「俺の能力は時を奪う。触れれば死ぬぞ? 」
それはノッポの悪あがき。端的な説明で思考させ、アグラヴェインから数秒を奪い、その隙に不認の蛇で彼女を喰らおうとする。
彼の能力は異質である。
けれど彼女は厄災である。
格違の抵抗など、溺れる虫のように儚きものだ。
「戦車、躱してましたよね? 」
振り回される戦車に叩き潰される蛇。それを片手で待つアグラヴェインはノッポの背後をとる。
「ほら効いた 」
「っう!? 」
時喰らい。名の通り、彼の能力は時を喰らう。けれど鉄などの劣化しにくいものは、長時間触れなければ壊すことが出来ない。
そして厄災に抗えない彼に時間などありはしない。
「おや 」
姿を消したノッポ。彼はアグラヴェインから数メートル離れた場所で息を乱していた。
「瞬間移動ですか。ですが攻撃に使わない、今すぐ逃げないという事は、条件やインターバルが必要なのでしょう? 」
(ご名答……だが見せることに意味がある )
次の瞬間、ノッポの姿が消える。彼は蛇の口の中に隠れこんだ。不認の蛇の体内も不認。ノッポの姿は見えなくなった。
(瞬間移動か迷ったこの一瞬! このまま外へ!! )
蛇は逃亡する。けれどその真隣を鎖のついた戦車が抉った。
その鎖を持つはアグラヴェイン。
彼女はまとめた鉄塊を振り回していた。モーニングスターと呼ばれる無骨な武器のように。
「逃げれるといいですね? 」
「っ!!? 」
荒い刃のミキサーで切り刻むような蹂躙。
木々は土とともに細切れに、のたうつ鉄は隕石のようにクレーターを広げた。そして異音が響くと、戦車には赤いものがべっとりと着いていた。
「……見たことがありますね。確か名は"音去り“ 」
「ひっ!? 」
四肢のない"音去り“と呼ばれる少女は逃げようとしていた。
けれどアグラヴェインから見つかった以上、その道は絶たれた。
頭痛として鮮明に伝わる死の気配。けれど彼女は残った手足で地面を押し、腹を縫うカナギへと突っ込む。
(コピー能力! せめてコイツは殺っ)
「……? 」
虫のように潰された彼女は最期、黒い騎士を見た。厄災から逃れようなどと儚き夢は、血として地面に染み込んでゆく。
災禍は瞬く間に敵を殺した。この場に敵は居なくなったはずだった。けれど、
「「……? 」」
静寂の間を得体が包む。
二人の騎士の合間を埋めるように、いつからか影が立っていた。
長い髪、恐らく女性。揺らぐ体、恐らく人。害意あり。敵意、未知数。
放たれたアグラヴェインの裏拳は影のこめかみを穿つ。けれども無音だけが響く。
己の攻撃が効かない存在。
それを前にしたアグラヴェインは、一瞬だけ目を見開き思う。
こいつは驚異であると。
この存在は排除しなければならないと。
「……? 」
けれど影が揺らめいた瞬間、その体は力なく倒れ、その中からは見知った人物が姿を現した。
ヤサキ・トオル。影に包まれていたのは彼だった。
「……彼がモルガンの言っていた捕虜ですか。つまりあなたの目的は 」
「えぇ。俺はこいつの能力を学習します 」
二人には確信があった。
もしもこの能力が完全に自国のものになれば、この戦争は大きく終戦に近付くと。
だからこそ彼らは気を引き締めた。
もしもコイツが敵に寝返る気があるのなら、即刻殺すべきであると。そう思ったからだ。
ーーー
「っ!? 」
「あっ、まだ動かないでください! 」
起きようとするトオルを止めたのは、一人の兵士。
彼女はまだトオルの傷を縫っている途中だった。
「今は野営中だ。そう警戒しなくてもいい 」
まだ混乱しているトオルにマグカップを差し出したのは、腹に大きな傷をつけたカナギだ。
今の時間は夜。トオルは4時間ほど意識を失っていた。
「お前が囮になってくれたお陰で部下は助かった。感謝する 」
「本当にありがとうございます。無線は壊されてましたけど、医療道具を取りに行けたのでこうして助けられました 」
「いえ、元救助隊だったので……ありがとうございます 」
マグカップを受け取ったトオル。中には一見泥水に見えるほど濃ゆいコーヒーが入れられていた。
香りは強め、漂う匂いから強烈な苦味を感じられる濃さだ。
「いただきま」
「目が覚めましたか 」
トオルは唇に熱を感じた瞬間、真横から出てきた顔を見てコーヒーを吹き出した。
「あ、アグラヴェイン……とイノシシ!? 」
「今夜の食料です 」
「あぁ傷が!!まだ縫ってないのに!!! 」
一瞬にして空気は騒ぎに満ちていく。
それが落ち着く頃にはトオルの傷は縫われ、騎士たちと捕虜は横たわった大木の椅子に腰掛けていた。
「で? 敵の目的は円卓の騎士の装備だと? 」
「そのハズなんですが、少し変なんですよね 」
首を捻るアグラヴェインは持参したシロップをバカほど注いでいた。
「真剣さを感じられません。俺が奪うのであれば、円卓の騎士を即死させられるほどの戦力。もしくは数を用意します 」
「ふむ、そこの捕虜。十二の特異点の中で誰が一番強いですか? 」
アグラヴェインの目配せ。肩を跳ねさせながらも、トオルは眉間にシワを寄せた。
「全員を知ってる訳じゃないですが、『若老』と呼ばれる人が最強だと思います 」
「じゃく……私よりも強いですか? 」
「えぇ。あなたよりも恐ろしい 」
アグラヴェインの恐ろしさを体感してなお、トオルそう言い切った。
新しい情報。けれども謎は増えていく。
「じゃあなぜそいつが来なかった? 真面目にこの義手を盗みたいならそのカードを切るべきだろ? 」
なぜこの場所で襲撃されたのか。
なぜあのような半端な勢力だったのか。
テクネーと呼ばれる者たちを半端に二人殺してまでしたかったことがあるのか。
その何もかもが分からないままだ。
「まぁとりあえず、敵の戦力を削げたのです。幸い犠牲者も出ませんでしたし、これは大きな進歩となったでしょう 」
「とりあえず情報はモルガンさんに送りますんで、俺たちはゆっくり休むべきですね 」
わざとらしく肩の力を抜くカナギ。それを見て部下たちもようやく警戒を解いた。
今は戦争中。捕虜も隣に座っているが、人には休息する時間が必要なのだ。
「ところで、質問大丈夫ですか? 」
そんな中、恐る恐る手を挙げたのはトオルだった。
「どうぞ 」
「やっぱり俺の右目、失明してますよね? 」
ずっと包帯の上から目を触っていたトオル。その質問に顔を青くさせたのは、トオルの腹を縫っていた女性の騎士だった。
「まだ……分かりません。ちゃんとした場所で調べれば治る可能性もあります 」
「気を使わなくていいですよ。俺も失明した人間を何度も見てきたんですから分かります 」
「でも 」
「星を見るのが好きな人間が、次の日に失明するような世の中ですからね。むしろ片目残っただけマシです 」
トオルはさわやかに笑う。
それは両腕を失い、唯一とも言える想い人を失い、右目を失った男の心からの本音だった。
彼は以外にも自分を大切に思っていない。
それは二人の円卓も同じだった。
((戦争でしか生きられないヤツか…… ))
「おい 」
トオルは皿を突きつけられる。その上には今さばかれたイノシシのステーキが載せられている。
それを作ったのはトオルが助けたもう一人の騎士だった。
「お前は捕虜だ。立場を弁えろ 」
「すいません…… 」
そうは言うが、彼は円卓の騎士よりも先にトオルへと料理を差し出していた。
「……いただきます 」
「焼けたらじゃんじゃん食ってください 」
「カナギ、塩はありませんか? 」
「いや持ってないっすね 」
「買いに行ってきます 」
「今離れられたらまずいんっすよ!? 敵来たらどうするんっすか!? 」
「叫んでくれたら2秒で行きます。塩を買ってきます 」
「そんな塩大事っすか!? 」
「あなたと同じくらい大事ですよ 」
「基準が分かんないっす!! 」
(あれがアグラヴェイン……だよな? 戦場の時と雰囲気違うしカナギさんもあんな感じなのか……戦争がなければ、どんな人生歩んでたんだろうな )
和やかに満ちるこの空気の中に、トオルはふと彼女の姿を思い描いた。
その隣には両腕のある自分が立っている。
戦争がなければ有り得たかもしれない未来。
それは同時にありえない未来でもあった。
『ねぇトオル 』
『リカ…… 』
いつからか彼は夢の中に落ちていた。
ぷかぷかと浮かぶ彼の傍には、背を向けたリカが立っている。
その姿はどこか、息が詰まるような重さを背負っている。
『1000人を殺してさ、大切な人が1人蘇るのなら、トオルは人を殺す? 』
『1000? 万とか億じゃなくてか? 』
『うん。些細な犠牲でしょ? 』
トオルは少し迷った。けれど唇を舐め、心の中にある自分の声を吐き出した。
『殺さないさ。俺が大切に思う人はきっと……人を殺した俺を見て悲しむだろうから 』
『……そっか 』
残念そうな呟きだった。
彼女はくるりと振り返ると、なんの変哲もない血まみれの笑顔で、トオルの髪をしゅるりといじる。
『私は違う。たとえ悲しませたって、大切な人には生きて欲しいよ 』
影がトオルを呑む。
けれど感覚は布団にくるまる様に優しい。
その影は歪。けれど確かな優しさを持っていた。
『また……会えるかな? 』
『……会いたいよ 』
手を伸ばす。けれどそれを掴むことはできなかった。
ーーー
「大丈夫か? 」
トオルは冷たい現実で目を覚ました。
彼を起こしたのはカナギらしい。
「すみません……ていうか朝!? えっ、いつ寝てました俺!? 」
「食事中にぶっ倒れてたよ。まぁ気にするな、貴重な情報源が無理して死にましたなんて、俺たちが困るからな 」
理屈的な優しさを受け取ったトオルは用意された朝食を食べ、すぐさまカナギの元へ向かった。
そこにはアグラヴェインが、盾を持って待っていた。
それは戦車のパーツを無理やり継ぎ接いだ歪なものだった。
「あなたの盾です 」
「うぉ!? 投げないでくださいよ!! 」
「あなたを信用しての事です。ところでカナギ、戦場はどちらでしたっけ? 」
「東っすね 」
「なるほど、右ですか 」
「……矢印書きます 」
「ちょっと 」
カナギに擦り寄るトオル。彼は色々とついていけて居なかった。
「東って俺たちが向かってた場所ですよね? 」
「あぁ 」
「箱のサイズはこれくらいで良いでしょう 」
メキメキと鉄をねじ曲げるアグラヴェイン。
その隣には、今造られた鉄箱が並んでいる。
「あの箱、ちょうど二人分くらい入れそうですよね? 」
「だな 」
箱と肩を回すアグラヴェイン。
瞬間、最悪な答えが彼の脳内で結びついた。
「えっ、投げられるんですか俺たち?? 」
「大丈夫だ。飛んだことあるが5回中4回は成功した 」
「失敗してるじゃないですか!? 」
「時間もありませんので行きますよ 」
ポイポイと投げ入れられたカナギとトオル。固定ベルトすらない箱は、アグラヴェインの腕力でギッチリと密閉された。
「そういえば砲弾に当たった鳥を見たことありますか? 肉が砲弾にへばりついて焼けるんですよ。めちゃくちゃいい匂いしてました 」
「俺たちの場合は蒸し焼きになりそうだがな 」
明らかに二人は困惑していた。
けれど鉄の向こうにいるアグラヴェインにはそれは聞こえておらず、無慈悲にも鉄の塊は放り投げられた。
加減したため速度は亜音速。
けれど中身は、乱暴に扱われる虫かごのようにめちゃくちゃだった。
「つーか着地どうするんですか!? このまま落ちたら死にますよねこれ!!? 」
「大丈夫だ。寝坊してなければ受け止めて貰える 」
「誰に!? 」
「魔術師だ 」
コンっと、幻聴のような音がひびく。
投げられた箱には莫大な慣性が乗っている。卵を振れば中身が崩れるように、力で受け止められればカナギ達は死ぬ。
けれど彼らを受け止めたのは理から外れる魔術である。
(どうなってる? 今 )
空中に固定されたトオルたちは無重力を体感していた。それをくすくすと嘲笑うのは、いつの間にか現れた少女だった。
和服と洋服を重ね合わせた目立つ服。
様々な色を折り重ねた目立つ髪。
その耳は宝石のようなピアスに貫かれ、そのモノクルは私を見てと叫ぶように煌めいていた。
「はやく下ろせ、マーリン 」
「えぇヤダよ。君たちの無様をもう少し見てたいの 」
憎たらしい笑みを浮かべる少女。
彼女の名は円卓の騎士、マーリン。
理想なき世界で理想を示す、この世一人の魔術師だ。




