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淀みに集いて月の下  作者: ナナシ
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第4話 集衆楽洛



 円卓都市。それは巨大な戦争を終わらせた『隻眼の狙撃手』が築き上げた都市の名。


 言葉だけの平等で円卓を囲み、支配者(アーサー)無き12人の騎士たちが都市を守り続ける。

 そんな都市は今、トオルの故郷であるアスクス国と戦争を続けている。


「ていうのが今の現状だ。そして俺たちはその最前線に向かってる 」


 窓に肘をかける男は青い鎧を着ていた。目の下にはクマがあり、その髪も手入れが行き届いていないようなボサボサだ。彼の名はカナギ・レルタ。

 その鎧が意味する騎士の名は『ランスロット』である。


 円卓の騎士の中でも、特別な立場にある彼とトオルは馬車で戦場へと向かっている途中だった。


「あぁそれと、俺は敵国の兵士であろうと一人の人間として見るつもりだ。要望はなんでも言え、俺の力が届く範囲なら叶えよう 」


「ありがとうございます 」


(真面目な人だなぁ……あんな脅し方をしたし、もう少し手荒なことされるかと思ってた )


 そう言いながらも、トオルは自らの首に付けられた銀色の輪っかを気になるように触っていた。

 それはランスロットから離れると爆発する首輪である。


「すまないな、落ち着かないだろ 」


「いえ、納得してますよ。殺せないにしろ、捕虜は捕虜ですからね 」


「まぁな……で、戦場に戻って何をする気だ? 戦えるのか? 味方だろう? 」


「戦えますよ。友人はみんな死んだし……大切な人も居ない 」


「なら殺せるのか? 」


「俺は救助隊でした。元より殺す気はありません 」


「……そうか 」


 カナギはやたらトオルに話しかける。それは彼なりの心配だった。


 カナギ・レルタは五年前。新たな円卓の騎士として任命された、新参者である。


 仲間からは甘いと言われ、弱いから円卓の騎士を辞めろと今も心配され続けている。

 けれどこの任務は彼にしかできない事だ。


「所で、疑問に思ったことなんだが 」


「はい? 」


 ランスロットはトオルの指輪に目を向ける。


「お前が出した情報では、その特別な金属を作るために奴らは戦争を続けているらしいな 」


「えぇ。ほぼ間違いないかと 」


「ならなぜ戦争にこだわる? 人の大量死がトリガーになると言うなら、国の中でもできるだろう。わざわざ戦場で死者を増やす意味はあるのか? 」


 そこまではトオルも分からない。ただ分からないと言ってしまえば、捕虜としての価値を失ってしまう。長い沈黙が続く。


「そしてもう一つ 」


 けれどランスロットは言葉を止めない。


「その金属が出現理由が分からなすぎる。一日で人が何人死ぬと思ってる? なのに何故、こちらの都市では無く、そちらの国だけでその金属が生成される? 」


「……それは 」


「衝撃体勢!!! 」


 叫びとともに森へと吹き飛ぶ馬車。彼らはおもちゃ箱の中身のように飛び散った。


(襲撃? なぜこの馬車を? 捕虜の奪還か? ならこんな派手な攻撃はしないハズだ )


 カナギは思考を巡らせた。トオルは考えるより先に、見張りと運転手を盾で覆う。


 地面との衝突の寸前、白い一閃が森を切り裂いた。


 カナギは剣を抜く。けれど不可視の一閃は剣を突き抜け、カナギの白い義手とぶつかりようやく止まった。


「白い義手……お前が円卓の騎士か!! 」


(なるほど。目的は俺か )


 刀を持つ女を蹴り飛ばしたカナギは、すぐさまトオルの首輪を切断。

 目の前の敵に視線を向ける。


「ヤサキ、こいつは? 」


十二の特異点(テクネー)の一人。コードネームは『音去り』、彼女の剣は音速を越えます 」


「分かった。部下と共に逃げろ、俺が囮になる 」


「なんで俺を」


「信頼する。裏切れば必ず殺す。以上、行け 」


 端的に。けれど断らせない言葉遣いで、カナギはトオル達の背中を蹴り飛ばす。


 そして雨のような剣音が森中にひびき始めた。


「この先の仮拠点で救難信号を出せる! そこまで走るぞ!! 」


 兵士の呼び声と共に、最高速度で森を駆けるトオルたち。

 けれど彼らは奇妙な感覚を体験した。


 巨大な蛇が足元を這うような感覚。頭がある方向に、自分たちという獲物が向かっているような、奇妙な感覚。


『伏せて!!! 』


 幻聴。すぐさまトオルは兵士二人の頭を下に引っ張った。瞬間、あたりの木々は一瞬で枯れ果てた。

 巨大な何かに命を丸呑みされたように。


「よく躱したな? 死んでいた方が良かったかもな? まぁ、どっちでもいいか 」


 木の影から現れたものは、どこからどう見ても異様だった。

 歯のない口をつり上げ、両目を縫った黒づくめのノッポ。トオルはすぐさま自己犠牲を選んだ。


「場所知ってるんだよな? 行ってくれ、時間稼げなかったら俺を呪っていい 」


「わ、分かった 」


 虫が這うようなカナキリ音と共に、ノッポ周辺の木々が炭化し崩れていく。


「時間稼ぎ、できると思うか? できないと思う。まぁどちらでもいい 」


「変わった口癖だなぁ!! 」


 枯れた木を投擲。その影に隠れながらトオルは前へと突き進む。

 彼は殺すことが目的じゃない。だがここで時間稼ぎできなければ、三人の生存確率は大幅に下がる。


(少しでも時間を稼げ!! )


 投擲された木はノッポに当たる寸前で炭化する。けれどその黒が視界を塞いだ瞬間、トオルは敵へと突っ込んだ。


『下がってトオル!! 』


「っ!? 」


 幻聴に引っ張られるようにトオルは飛び下がる。瞬間、その目は一瞬にして渇き、ひび割れた。


「見えているのか? 不可視のこれが? 」


『アイツは十二の特異点(テクネー)の一人。"時喰らい“……彼が移動した場所にある物体すべての時を加速させるの!! 新芽は枯葉に。肉は腐食し水は蒸発する 』


「情報ありがとう! だけどもっと速く言ってくれねぇかなぁ!! 」


『私もそう思う! でも今まで忘れてたのほんとごめん!! 』


 一人漫才を繰り広げるトオルに対し、ノッポは困惑していた。

 彼らの目的は円卓の騎士が持つ()()()()の強奪だ。そのために強者二人をリスクある敵地への急襲という、非合理的な手段を取った。しかも通信機は事前に機能しなくしている。


「お前……誰と話している? 」


「家族とだ 」


『……… 』


「意味がわからない。それにその指輪なんだ? 私たちの金属と似ているようだが違う……お前は一体なんだ? 」


(裏切りを知らない? どういう事だ? )


 互いに困惑していた。時間も一秒一秒(ポタポタ)と流れてゆく。


「まぁいい 」


 けれどその静寂は、ジュクジュクと土が腐敗していく音に飲まれて行く。

 混沌と揺らぐノッポに呑まれていく。


「お前はどうでもいい存在ではないようだ。必ず生け捕りにする 」


「ようやく本気かよ 」


 トオルはこの異形に勝てるとは思っていない。ただいつも通り、命の限り食らいつき、誰かを守るために戦うだけだった。



 一方。



「円卓の騎士って、強さに差があるよね 」


 刀を持った軍服の女性は、軍から支給される黒い帽子をクルクルと回していた。


「アグラヴェイン、彼女は厄災そのもの。ガラハッド、彼はもう人間じゃない。モルガン……あれはこの世の尺度で測れない強さをしてる……なのに君は随分と弱いね? 」


 彼女のツリ目は血まみれの青騎士を見下ろす。たった三度攻撃を受けただけで、もはや彼の体はボロボロだった。


「円卓の騎士ってのは全員武闘派じゃねぇ。別の役割を持ってる騎士もいる……それを抜きにしても、俺が一番弱いがな 」


「自覚があるならその義手、外しなよ。私も無闇に命を奪うのは好きじゃない、髪が汚れるしね 」


 リップを塗りながら返事を待つ敵。それに返答するように、カナギは立ち上がって武器を構えた。


「この義手は最も尊敬する騎士から譲り受けたものだ。お前らごときには渡さない 」


「そう、でも未熟だね 」


 いつからか、彼女はカナギの背後に立っていた。

 振り返ろうとするその体はパクリと割れ、筋肉よりまろび出た臓物が外気に晒された。


 彼は彼女の攻撃は愚か、その姿すら目視できなかった。


「戦場では何もできないものから死んでいく。未熟なら大人しくしとけば良かったのにね 」


 回収のため彼女は白い義手へと手を伸ばす。


「えっ? 」


 瞬間、得体しれぬ目を彼女は感じた。


 上下左右全方位。顎の下やつむじすらも覗かれたような嫌悪まとう視線。彼女は反射的に距離を取る。


(何……今の? )


「なるほどな。少し、理解した 」


 臓物を掴み、腹に戻すカナギ。出血によるためか、彼の左目は赤く染まっていた。

 それは死者の目でも、憎悪の目でもない。

 

 子供が星空に目を輝かせるような、純粋な目だった。


「お、大人しくしてれば良かったのにね 」


 手に汗が染みる間合い。その空気を吹き飛ばしたのは、風を越えるカナギの斬撃だった。


(はやっ!? )


「違うな 」


 彼女は剣を咄嗟に受けた。けれどその剣速は留まることなく、確実に加速する。


「こう……違う。これじゃない。こう? いやもっと速い 」


(何こいつ!? さっきまでと動きが違う!? というよりこれは )


「あっ 」


 そして音を置き去りにしたカナギの剣は、彼女の腹をバックリと切り裂いた。


「こうか 」


(私の剣筋……私の動きを学習(コピー)した!? )


「だから!! 」


 彼女は気圧されぬように叫び、音を越える剣を振りかざす。


「どうした!! 」


 衝撃波は木々を切り倒し、それを躱したカナギの耳を切り落とした。


(コピーと言っても所詮付け焼き刃!! 私の方が速い!! )


 その事実は希望だった。それは絶望に変わる。

 カナギの白い義手は、太陽のように白く輝き始めたのだ。


 彼女らに許された異能。死者のための能力が黒い鉄だとするならば、それは全く逆の存在。


 死者が生者のために作り出した願望器。円卓の騎士のみに許された、理想を叶える白金の結晶。

 名を、


理想幻体(アイディアル) 起動 」


 白き右手は禍々しき鱗を。白き左手は彼女と同じ刀を生み出した。


無業騎士(ガラハッド)音去り(ノーサウンド)


 カナギ・レルタの能力はコピーである。けれどその出力は弱く、オリジナルには勝てない。だが複数組み合わせれば問題はない。


(使えるのか? 円卓の騎士の力を!? )


「感謝する。名も知らぬ天才 」


 カナギは剣を振り上げた。その余波は森の草木すべてを宙へと巻き上げた。


 この瞬間にはもう、勝者は明確に決まっていた。


「お前のおかげで、俺は新しい世界を見れた。もっと先に進める 」


「なめっ 」


 音もなく、彼女の視界がぐらりと落ちる。彼女の四肢は既に、腐りゆくが定めの肉へと変わり果てていた。


 彼女は目の前に転がる自分の手足を見て、ようやく理解した。自分が切られている事に。

 その絶望に対して、カナギは昔を思い出していた。


 それは最も尊敬するモルガンとの会話。


『お前を円卓の騎士にした理由? そりゃ簡単だ。俺の実力を知っていても、俺を越えようとする気概を買ったんだよ 』


 そう。カナギには明確な目的がある。

 戦争を終わらせる事よりも、仲間を助けることよりも大事な自分勝手な目的。


 あの最強を越える。それを叶えるために、この世すべての能力を学習(コピー)するという途方もない目的が。

 

(っ見え……なかった )


「俺の腹を縫ったら止血する。知ってることを話してもらうぞ 」


「っ……くっ……速く、助けなさいよ 」


「……何を 」


 遠くに聞こえていたカナキリ音が明確になる。瞬間、辺りの木々は炭化し、腐臭纏う不認(ふにん)の大蛇が森を蹴散らした。


「随分と派手に殺られたな"音去り“ 」


「黙りなさい"時喰らい“ 」


 宙に立つボロボロのノッポの傍らには、気を失ったトオルが抱えられていた。


「伏兵……もう一人居たのか 」


「気配を消すのは得意でな、申し訳ない。卑怯ではあるが任務。その義手を回収させて貰うぞ? 」


「勝負には負けたけど……私たちの勝ちよ 」


 不認の大蛇がカナギに迫る。けれど彼はフッと、乾いた笑みを返した。


「いいや、お前たちの負けだ。つーか騒ぎ過ぎだ 」


 風巻く音が降り注ぐ。それは明確に敵を狙っていた。


 カナギは剣を振り上げる時、狼煙代わりになるように木の葉を巻き上げた。

 トオルは負けてもなお、時間は稼いだ。


 その二人の労力が厄災を呼んだのだ。


「何あれ? 」


 降り注ぐそれは鉄塊。叩き壊された戦車だった。

 しかもそれは降り注ぐだけでなく、回転が込められた戦車たちは右に左にとカーブしていた。


「っ!? おいおい野球ボールじゃねぇんだぞ!!? 」


 ノッポは目に見えぬ大蛇を操り、戦車を二つ叩き落とす。そして尻尾をしならせ、最後に飛んできた鉄塊も叩き落とそうとした瞬間、それは内側から弾け飛んだ。


 その黒い鉄塊の中から現れたのは、金糸のような髪をたなびかせ、黒よりも黒い薄汚れた鎧纏う騎士だった。


 彼女は円卓の騎士。味方からすれば闇夜に輝く星のように(まばゆ)く、


「アグラ……ヴェイン!! 」


 敵から見れば、太陽を覆うほどの厄災である。


「さぁ、殲滅を始めましょう 」




 









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