第3話 影の囁き
『起きて……トオル。起きて 』
彼女の声で目が覚める。けれどトオルの体は椅子に縛られていた。
「よぉ、起きたか? 朝食はまだだが、水やコーヒーなら出せるぞ? 」
向かい合う形で椅子に座るのは赤い鎧の騎士。それは先の戦場で莫大な戦果を挙げたアグラヴェイン。その黒騎士よりも強く、『最強』と称されるモルガンという男だった。
「ここは? 俺は捕まったのか? 」
「あぁ。ここは円卓都市、お前らの国と戦争をしている場所だ 」
(なら俺は捕虜という訳か )
「安心しろ。拷問も尋問もない、まだこの戦場には余裕があるからな 」
「……俺の傍にあった瓶はどこだ? 」
けれどトオルにとって、自分の行く末よりも大事なものがあった。
「あの瓶か……喋らなくてもいいが、ありゃなんだ? 確認できるだけで500人のDNAが混じってた。あんな醜いもんで何を 」
「アイツは醜くない!!!! あいつは……綺麗なんだ 」
大粒の涙を流す男は、他の誰かにとっては異様に見えるだろう。だがモルガンは聡い男だった。
(死にかけで国境。謎の瓶、この反応……技術を持ち出そうとしたって感じじゃねぇな。巻き込まれたって感じか……しかも親しい人間が )
「……悪かったな 」
モルガンは指先で鎖を切り落とすと、トオルの前に黒く輝く指輪を差し出した。
「お前と一緒に落ちてた。大切なものなんだろ? 」
「あ…… 」
脳裏に輝いた笑顔。トオルは彼女の遺品を貪るように薬指へとはめたが、虚しさは埋まらない。
どんなに取り繕うと溢れてくる涙が止まらない。
「っ……クソ 」
「俺は仕事に戻る。何かあったら見張りに頼め 」
そっとしておいてやろう。そう思うモルガンはすぐに部屋を出ようとする。すると
「そうだ 」
思い出しかのような声がひびいた。
トオルは首を傾げ、子供が疑問に思うように目を丸くさせていた。
「俺はいつ戦場に戻れる? 」
「……少なくとも今は無理だ 」
牢屋に残されたトオルはボンヤリと壁を眺めていた。
「俺は……どうしたらいい? 」
17歳である彼の人生には戦争しかなかった。
むしろ戦争に出ることこそが昔を忘れられる唯一の行いだった。
それを奪われたのだ。
絶望など通り過ぎて、虚無が彼を包んでいた。
『〜え〜る〜 』
「どうしたらいいんだ? 」
『聞〜こ〜え〜る〜!!? 』
「……? 」
爆音のような幻聴にトオルは首を傾けた。それは死んだハズの幼なじみ、リカの声だったからだ。
『やっと聞こえた!! あ〜喉疲れた〜……てっ、今の状態ってどう水飲むの!? 』
「リカ? 」
『こんなお喋りな幼なじみが他にいると思うの? いや、お喋りなせいで殺されちゃったんだけど…… 』
「リカ!! 」
『あっちょ! 痛い痛い優しくして!! 』
指輪はキャンキャンと騒いでいる。けれどそのうるささすら懐かしいとトオルは思えてしまった。
彼女らが別れたのは一日だけ。けれど二人は100年ぶりに最愛と出会えたように大粒の涙をこぼしていた。
「つーかお前……なんであんな風に 」
『まぁそれは後々。今はさ、トオルの知ってることを教えてよ 』
彼が問い返す前に、指輪から伸びる影が変わる。丸いものでは無く、長い髪を揺らす女性の影が牢屋の壁に映し出される。
『上手くいけば、トオルを戦場に戻せるかもしれない 』
それは悪魔のささやきのように優しい声だった。
ーーー
「捕虜が独り言をはじめた? 」
『はい、指輪に向かって。あれ……誰かの遺品でしたよね? 見張りを任せられてる身ではありますが……見ていて気持ちのいい物ではありません 』
「いい。人をやるから少し休め 」
『……ありがとうございます 』
通信機を切ったモルガンは長いため息をついた。
(戦争を長く見てきたが……やっぱこういうのは気分悪くなるな )
「やぁカルマちゃ〜ん!! 顔怖いよ? 」
「マーリン、仕事中だ。モルガンって呼んでくれ 」
快活に声をかけるのはモノクルをつけた緑髪の少女だった。その髪には赤や金などの部分染めが見え、人からすればうるさいと思うほどに煌びやか。服もそうだ。
垂れる袖は桜柄の和服。肩にかけるケープは青空の色。長いスカートは太ももから透け、その黒いニーソと相まってやたら目を引くものになっている。
彼女の仕事名はマーリン。モルガンの部下だ。
「似合ってるが仕事中だぞ。鎧を着ろ 」
「あれ可愛くないじゃん。色々と我慢してるんだし、これくらい許してくれても良いと思うな〜 」
「……分かった。ただ部下から不満があれば力づくで着せるからな 」
「きゃー怖い。あぁそれと捕虜くん、解剖していい? 」
突然と話を変えたマーリン。モルガンは反論しようとしたが、そんな隙を与えぬように話は加速する。
「彼の体内にはあの金属がある。『十二の特異点』と同じ、特異的なものがね。それを研究できるチャンスなのに、どうして生かす必要があるの? 」
息が詰まるような問い詰めだが、モルガンの答えはもう決まっている。
「あいつの能力は軍事的に利用する 」
「なんのために? 」
「この戦争を終わらせるためにだ。……まぁここまでが建前。本音を言えば、俺はあいつを戦場に戻してやりたい 」
モルガンはもう34歳になる。けれどその人生の大半を戦争に費やしてきた。
だからこそ知っているのだ。
戦場でしかまともに生きられない、狂った者たちのことを。
戦争から逃げられない被害者たちのことを。
「お前にも分かるだろ? 」
それはマーリンも同じだった。
「まぁねぇ。でも、敵兵士に優しくするなんて納得しない人が多いよ? その批判とかは大丈夫なの? 」
マーリンの不器用な心配。それにモルガンは子供のような笑みを返した。
「それに負けねぇから最強なんだよ 」
「……心配して損した。じゃあ私は仕事に戻るよ、生きてたらまた会おうね〜 」
胸の内を吐き出したマーリンは、振袖をクルクル回しながら帰っていく。
その姿を見送ったあと、モルガンは長いため息をついた。
(まぁ……アイツをコントロール出来るかは分かんねぇけどな )
トオルの狂気を感じたモルガンは理解していた。アレは異質だと。
他とは違う何かを腹の奥底に抱えていると。
「モルガン様!! 」
思考の最中に助けを求めて来たのは、見張りの兵士だった。
「どうした? 」
「ほ、捕虜が!! 」
駆け足で牢屋に向かったモルガンは狂気を目にした。
壁や天井に血で描かれた歪んだ文字たち。
血で頬をつり上げたように見せるピエロのような顔。
そんな狂気が散乱した部屋でゆったりとお辞儀をしていたのは、頸動脈を切り裂いたトオルだった。
彼の髪は血で染まっている。
「自殺って訳じゃなさそうだな 」
「取り引きだ 」
見張りを下がらせたモルガンは冷静に耳を傾ける。
「この壁は暗号になってる。俺たちのヒントだけで解ける。重要な情報だ。お前らには解けない 」
「何を望む? 」
「戦場を 」
明かりがあるにも関わらず、トオルの背後には影が蠢いた。
それは長い髪をした女の影。
トオルを守るように。それとも苦しめるように、その首に手を回している。
他の誰かが見れば発狂していただろう。けれどモルガンは獣のように深い笑みを返した。
「そうこなくっちゃな 」
戦場に依存する彼は今日。敵から寝返り、円卓の騎士たちの仲間となった。




