第2話 こぼれた中身
「っ……? 」
「あっ、起きた!! 大丈夫トオル!? 」
目が覚めたトオルはキョロキョロと辺りを見渡していた。白いカーテン、口に入ったチューブ、独特な天井の柄。彼はここが病院であると理解した。
(歯がある……あれが治るのか? というか )
「俺のゴーグルは!? 」
「はい、ここにあるよ。でも幼なじみのモーニングコールを無視するのは酷くなぁい? 」
「悪い、リカ 」
ゴーグルを投げ渡す彼女の名はリカ。長い金髪とその裏にある青いメッシュが特徴的な、トオルの幼なじみだ。
彼女は彼のことを誰よりも理解している。
「というか、歯はあるけど腕はねぇんだな。義手あるか? 」
「うん、持ってきてるよ 」
リカはベット下にあるアタッシュケースに手を伸ばす。その途中、服からムニュリとした谷間が見えてしまい、トオルは慌てて目を逸らした。
彼女は体のラインが見えない緩い服を着ている。妊婦が着るような締めつけの少ない服だ。
だからこそ爆発的な胸は前から見ても、とんでもない質量を実感させてしまう。
「まずは左腕から。ほら出して 」
「……あぁ 」
先が変形するドライバーを片手に、サキは義手を繋げていく。その間トオルは窓から外を眺めていた。
レンガで彩られた建物は鮮やかだったが、この街を取り囲む空気は灰がかっている。墓地を埋め尽くす不揃いな墓石は戦死者の多さを。誰もがピリつく表情をした街中は、今も続く戦争の虚しさを伝えていた。
「はいおしまい。次は右腕ね 」
「手馴れてるな 」
「研究者ですから。義手なんか何百本も作ってきたんだし、このくらいお手の物だよ 」
そう言って今度は右腕をくっ付けるリカ。けれどその顔付きはどことなく悲しげだった。
「ねぇトオル。腕が無くなったんだしさ、戦線から退くのはどう? 手当も出るかもだし、戦争が終わるまでゆっくり暮らせると思うよ? 」
「……何度も人を見棄てたんだ。俺だけ幸せになるなんて許されねぇ 」
トオルの脳裏には死体が焼き付いている。ゆえに彼の心は戦場から逃れられない。逃げることは出来ない。
「それは分かってるけど……心配だよ。死んだら何もかも終わりだよ? 」
「死ぬ気はねぇよ。だって、お前がいる。帰る理由がある 」
「じゃあ……約束ね。次も生きて帰るって 」
繋がったばかりの義手を動かし、トオルとリカは小指を繋ぐ。
「手足なら直せるけど、頭は壊さないでね。それと……あんまり無茶はしないで 」
「お前もちゃんと寝ろよ? この前期限が迫ってるとかで6徹くらいしてただろ? 」
「うっ。それは…… 」
「あ〜……いい感じのところすまん 」
二人の会話に割り込んできた申し訳なさそうな声。それは病院の入り口には黒い軍服に身をまとうツンツン髪の男ものだった。
「骸拾い…… 」
「あれ、サザキ隊長じゃないですか 」
そう、彼のコードネームは骸拾い。あの地獄とも言える戦場で災禍を振りまいた赤髪の男だ。
「今日は個人的な用事でここに来た。だからサザキでいい 」
「個人的な用事とは? 」
トオルの問い。それに返されたのは言葉ではなく土下座という謝罪だった。
「お前には助けられた。感謝する 」
「顔をあげてください。救助隊として当たり前のことをしただけです。それにこんな良い病院までありがとうございます。お陰で明日には復帰できそうです 」
「……明日にはか、真面目だな 」
「そう言う隊長も真面目すぎですよ!! 上官が軽々しく土下座なんて 」
彼の肩に手を乗せるリカに慣れた様にそれを流すサザキ。その二人を前にトオルは目を点にした。
「ど、どういうご関係で? 」
「上司! 部下!! 言ってなかったっけ? 」
「機密事項だから言わないのが正解だ。それより時間は大丈夫か? 研究室に呼ばれてたハズだろ? 」
「あっ!! 」
何かを思い出したリカは慌ててアタッシュケースを回収。そして部屋を出ていく寸前に、トオルの髪を撫でた。
「ごめんじゃあ家で! それと今夜はサプライズあるから帰ってきてね!! じゃあ!!! 」
そうして風のように彼女は去った。
「相変わらずそそっかしいな 」
「彼女と仲がいいんだな。どういう関係だ? 」
「幼なじみです 」
「……そうか 」
短く、やけに重々しい声で呟いたサザキは、それを隠すように膝に着いたホコリを叩いた。
「内蔵に損傷はないな? なら飯に行こう。奢るぞ 」
(……断ったらダメか? )
乗り気ではなかったが、上司からの誘いを断るのは面倒だと思ったトオル。彼はそのまま連れられてとある店に入った。
そこは異質な場所だった。並ぶ個室とたんたんと続く廊下。厨房も見えず、他の客も見えず、料理をワゴンで運ぶメイドがいなければ、食事をする場だとは誰も思わない程に静まり返っていた。
「ここは? 」
「上官たちが使う店だ。餃子がうめぇぞ 」
鍵を取りだし、個室を開けるサザキ。そこは密談でもするようなテーブル以外なにもない部屋だった。
「まぁ座れ。料理は時期に届く 」
「なぜ俺をここに? 」
とりあえず席に着いたトオルの第一声はそれだった。本人は場違いだと思っていたが、トオルだからこそサザキはここに連れてきたかったのだ。
「ヤサキ・トオル……お前の名前を見た時に謝罪をしたいと思っていた。子供の頃、事件に巻き込まれただろ? 退役軍人による死傷事故の被害者 」
「……知っているんですね 」
「もちろんだ……お前の精神を壊した男の息子だからな 」
トオルの腹の中にはドス黒いものが蠢いたが、彼の心は静寂に満ちていた。それはまるで、思い出したくもない過去を必死に忘れようとしているようだった。
「……ヤツの家族は死んだハズでは? そう叫んでいましたが? 」
「悪いが生きている。その理由がこれだ 」
手袋を脱いだ彼の手には、黒い金属片が埋まっていた。それは弾丸のような破片であり、手に走る血管とは別の管が繋がっている。しかもそれは脈動しているのだ。
へその緒と繋がった胎児のように、生まれ落ちる時を待っているように。
「俺たち『十二の特異点』は技術を身に宿した時、こういう金属が体のどこかに現れる。俺は死に際で骸を纏う技術を身につけ、生き延びた 」
手袋を外した彼の五指はそれぞれ別人のものだった。子供、老人、青年。死体をツギハギのようにしたような歪な存在しか持てぬ手だった。
「何が言いたいのですか? 」
「まぁ聞け。その技術を身に宿すというのには様々な条件がある。その人間にどのような意思があるか。力があるか。運があるか。まだまだ不明な点もあるが、必ず一貫しているものがある。それは周りに大量の死体がある事だ。そして国はこの技術の結晶を量産しようとしている 」
つまり、彼は言いたいのはこうだ。
「国が人為的に戦争を続けていると? 」
「それもなるべく、多くの犠牲者が出るようにな 」
そこでようやく、サザキの目的が見えてきた。
「救助隊副隊長。ヤサキ・トオル……お前の救助にはなんの意味もない。いくら助けたところで犠牲者も戦争も終わる事はない 」
トオルはひたすらに沈黙していたが、サザキは淡々と話を進めていく。
「これは軍事機密だが、ここに盗聴器の類はない。そういう心配はするな 」
「それを伝えて……何をしたいのですか? 」
「前線を退くというのなら、俺が上手いように根回しする。今後戦争と縁を切れるように。金も土地も用意する。それが俺の唯一の償い方だと思っている 」
形だけでも罪を償って楽になりたいという気持ちはあった。けれどサザキには善意もあった。
報われない事実を知っているのだから、それを伝えて無駄に過ごす彼を救いたかったからだ。
もう負の輪廻に囚われなくて良いと思っていたからだ。
けれどトオルはその善意に嘲笑で答えた。
「俺は、あなたの話をどうでもいいと思います 」
声は怒っていた。その口は笑っていた。目だけは静かに、サザキを見ていた。
「心が一度壊れた後、生き方を決めたんです。ちょうど首のもげた虫のように 」
トオルの心は手遅れなほどに壊れていた。
「俺は人を救うために生きますよ。もうこの生き方は変えられない 」
そう吐き捨て、トオルはすぐに家へと帰った。
一刻も早く、あの話題を忘れたかったのだ。
(……痛い )
ズキンズキンとうずく苦痛を抱え、トオルはベットのすみで蹲っていた。彼はそれを腕の幻肢痛だと思い込もうとしていた。けれど痛みは止まらず、膝を抱えて苦しんでいた。
けれど一つの着信音が彼の苦痛を和らげた。
(メッセージ……? )
「じゃじゃーん! 私の登場!! 」
それはリカが残した録音の音声。手のひらサイズに収まるホログラムまで付いている。
「帰ってきた〜? 見てるってことは帰ってきてるか! ちょっと追加の仕事が入ったから少し送れるごめんね。でも寝ないでね。今日は伝えたいことが」
「ん? 」
玄関のベルが鳴る。反射的にメッセージを閉じたトオルはすぐ玄関の扉を開けた。不信感はあったが、今は彼女に一瞬でも速く会いたかったのだ。
けれどそこに立っていたのは軍服を着た男だった。
「……なんで生きてる? 」
脳裏に駆けたのは、昨日自殺した兵士の死体だった。にも関わらず、彼は不思議そうな顔でトオルを見ている。
「初代面だと思うが? 」
「っ!? 」
その隙に回り込んだ黒い影は的確にトオルの後頭部を殴りつけた。鈍器ではなく、鍛え上げられた肘での強打だ。
「おい? 狙いは女だけだろ 」
「そうだったか? この家にいる人間だと命令を受けたが 」
「まぁいい。運ぶぞ 」
黒い袋に詰められたトオルは、そのまま三人の男に運ばれていく。彼は棺桶に閉じ込められる死体の気持ちを理解した。
ーーー
トオルの体感時間で2時間後。
「それで? 男の方はどうするんだったか? 」
「分からない。とりあえず運んだし、殺しとくか 」
どこか壊れたように話す兵士たちは黒い袋を開けた。すると目が合った。トオルの怒りに満ちた、黒い目と。
「っ゛!!? 」
(何処だここ? )
拳で三人を無力化したトオルは辺りを見渡す。
アルコール特有の匂いは病院を連想させるが、大理石のような壁がそれを否定する。ガラスの艶めかしく、鏡のように反射する青い壁はこの世のものとは思えないものだった。
(女って言ってたよな? リカ? 2時間くらいだったか? 国境沿い? そもそもなんで……今はいい )
服をはぎ取って兵士に変装したトオル。彼は右も左も分からないが堂々と道を進む。少なくとも今の彼は変装した者とは思われていない。
「……… 」
ふと、匂いがした。
一緒の家に過ごしてきたから分かる、あの髪の香りを。それと一緒に血の匂い。そして戦場で嫌というほど嗅ぐ死の臭いも。
「……気のせいだ 」
トオルは唇を噛み着りそう言い聞かせる。けれど臭いは強まるばかりだ。
「……… 」
死に酔う狂い人のような足取りで。トオルはにおいのする扉を開けた。
そこには無数に並ぶカプセルと、彼女のすべてがあった。
女性のこっかくがあった。ていねいにほじくり出された五臓六腑とめがあった。脳はだいじそうに別ケースにほかんされている。あのキレイな髪の毛はちが詰まる排水溝に捨てられている。
解体され溶液でふやけた皮膚は手のひらサイズのビンに詰められている。その歪んだ皮膚は笑っているようにも見える。泣いているようにも見える。
「……リカ? 」
見るからに死んでいるそれを、トオルは助けたいと思った。取り乱すようにパネルを探り、『排出』と描かれたボタンを押した。それが間違いだった。
「あっ 」
ミキサーのスイッチが入ったように、溶液と混じりあった骨肉は粘度高き濁り汁となった。
それは並ぶカプセル達の中身と混ざり合い、一つの瓶に押し込まれた。ちょうどジャム缶のような手のひらサイズだ。
彼が彼女をこうしたのだ。
彼がスイッチを押したから、彼女の遺体は名も知らぬ誰かたちに犯されるように交わった。
「……なんで 」
「何をしてる? 」
部屋に入ってきた男は静かに手袋を外した。
その手には黒い鉄が埋め込まれている。
「……骸拾い 」
「………チッ 」
舌打ちと共に、膨張した右腕から骸の弾丸が放たれた。
それは研究室を撃ち破り、トオルを遥か向こうへと吹き飛ばす。
トオルは瓶を握りしめ、ただ逃げるために夜を走る。
「派手にやったなぁ、骸拾い。研究材料ぜんぶ吹き飛んじまったぞ?」
「妙な抵抗を見せたから仕方がない。データは残ってるし、再建は簡単だろう 」
「まぁ……そういう事にしといてやろう。だが侵入者は逃がさねぇよ 」
「国境沿いだ。目立つぞ? 」
「なぁに……一発で済む 」
星煌めく夜空に向け、黒い義眼を持つ男はライフルを構えた。
ーーー
(なんで!! なんで!!! )
全力で走るトオル。けれど彼の上空には何かがずっと飛来していた。
夜の闇を駆けるそれは流星のようだった。
(流れ星? ……違う、弾丸!! )
落ちてくる弾丸を義手で弾く。けれど飛来物は再加速し、トオルの右足を貫いた。
「っ!? 」
けれど弾丸は止まらず再加速。回る鉄は皮膚を食い破り、展開された突起は神経と筋繊維を巻き込みながら体を貫く。
(なんだこの弾丸!? )
それは技術を身に宿した者から放たれる弾丸だったが、今から死ぬ彼にはそれを知る術はない。
もがいてももがいても苦しみが伸びるだけ。大人しく頭を差し出せば楽になれる。
けれど彼は必死に手元のビンを守っていた。
だが鉄に慈悲は無い。
全身を穴だらけにされたトオルはもう、体を動かせないでいた。
眉間に弾丸が迫る。
そんな死の直前。死ぬ間際だけに許された、遺言の間で。
「なんで俺たちが……こんな目に遭わなくちゃいけないんだ 」
彼はこの世に怨みを残した。
鉄は頭蓋を割り、中身をぶちまけた。
とろけ落ちる脳は土の冷たさを知り、落とされた瓶の音を察知した。
容器を失いこぼれる脳たち。彼らは重力に赴くままに混ざり合う。
彼らは再開できた。
『ごめんもう黙っておけない。それでサプライズっていうのはねぇ!! 』
まだ意識のある脳は最愛の声を聞いた。
『義手の中をみれば分かるよ!! 左薬指のところに埋めてあるんだ!! 』
まだ乾いていない目はホログラムに映る彼女を見た。その左手には指輪が嵌められている。左腕から転がり落ちた物と、同じ指輪が。
『……死にたくない 』
声無き声がひびく。
『こんな終わり方……納得できない 』
散らばった脳からは影が伸びる。
それは最期まで生に縋る、醜い手だった。
技術を身に宿すには、条件がある。
大量の死体。それは瓶の中。
意思。それは余りあり。
運。不幸による精算は幸運に変わる。
彼はすべての条件を満たした。
広がった影は月を飲む。
散らばった脳たちは手を取り合い、原型を取り戻し、ずるりずるりと脳の中に戻っていく。
そして蓋が閉じた時、彼は13人目の特異点となった。
「おぉ。絶景だな 」
月まで登る闇は、暗雲を晴らす蹴りによって吹き飛ばされた。それは辺りの木々を根元から引きちぎるような、この世に存在してはならない威力だった。
「で、敵国の兵士か? そりゃあいい……丁度情報が欲しかったところだ 」
指輪とトオルを抱えあげたのは、赤い鎧の騎士だった。
名はモルガン。
円卓の騎士最強の存在であり、トオルの敵である男だ。




