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淀みに集いて月の下  作者: ナナシ
1/6

第1話 折れた心



(俺は何がしたい? )


 地平線まで広がる死体と止むことの無い銃声たち。

 そんな戦場へと降下する黒いローブの男は自問を繰り返していた。


 ここは十五年も死者を増やし続ける戦場。銃を持つ兵士と、剣を持つ騎士たちが戦い続ける地獄だ。


(こんな地獄で何をする? )


 無感情に落ちゆく爆弾は死を広げ、爆風は敵味方を平等に慣らしていく。誰もが死ぬことに怯えている。だが彼は人を覆えるほどの盾を両手に巻き付けた。


 そして自答する。


「人を救え!! 」


「っ!? 」


 着地と同時に走り出す彼はすぐに目をつけられた。

 数人の騎士たちが剣を振り下ろすと、炎や雷を纏う斬撃が彼を襲う。


 だが分厚い盾を貫くには至らない。


「ごっ!!? 」


 盾の質量が乗った拳は容易く騎士の鎧を歪めゆく。


 装備を含め、150キロとなった体を支える足は爆発的な脚力を生み、その蹴りは鎧を容易くへし曲げる。


(はやっ)


 けれど人を救うという意思は敵を殺さず。

 その体は降り注ぐ爆撃を避け、吹き荒れる爆風から倒れていた仲間を身を呈して守った。


「あんた……は? 」


 倒れていた兵士は誰かが助けてくれるとは思っていなかった。だが助けるという行為は、盾を持つ彼には当たり前の事だ。


「救助隊副隊長! ヤサキ・トオルです!! 」


 丸いゴーグルを外し、八重歯を見せて笑うトオル。その傍にはもう敵はいない。

 敵だったもの達は彼に手足を折られ、蹲っている。


「大丈夫です。あなたの怪我は致命傷では無いですし、失血も酷くない。治療すればすぐに」


「もっと速く、来れなかったのか? 」


 ポツリと呟く兵士の周りには、無数の肉片が転がっていた。


 眼球をこぼす半分になった頭。頭だけ潰れた綺麗な死体。全身を滅多刺しにされてなお未だに息をする、死ぬことが救いとなる死体。


 それが兵士の仲間であると察したトオルは言葉を詰まらせた。


「悪い……忘れてくれ。戦場で気が立ってた 」


「……よくある事ですから。運びます 」


 ベルトで兵士を巻き付けたトオルは、また戦場をかけ始めた。

 彼にとってそれは、地獄を歩く行為に等しい。


(クソっ…… )


 いくら気を使っても肉片を踏むことがある。まだ生きている人が居ても、見捨てなければならない時もある。


「たすっ……けて 」


 腰から下を無くした、手遅れの物から手を伸ばされても。

 助かる見込みのある者しか助けられない。


(……ごめんなさい )


 不甲斐なさに心を引きちぎられながらも、トオルは背負った兵士を助けるために死体の上を走り続ける。


 そんな中、彼の頭を疑問がくすぐった。


「疑問か? 死体が多すぎることが 」


「……えぇ 」


 喋ってる方が気が紛れるだろうか? そう思いながらトオルは彼の言葉に耳を傾ける。


「今はクソ上司も居ねぇし教えてやる。今回の作戦は犠牲を目的とした人海戦術だ 」


 理にかなうはずも無い作戦だったが、トオルの頭では一つの言葉が結びついた。


十二の特異点(テクネー)…… 」




 世界は発展を繰り返している。

 侵略国家として名高い彼らの国もそうである。


 新たな火器、生物兵器、残酷な作戦。

 そんな、停滞した戦場を発展させる力を宿したもの達のことを、上層部は自分たちの誇りを示すために『テクネー』と呼んでいる。


 最も、戦場にいる彼らにとっては恐怖の象徴でしかないが。



「12人のうち、誰が来るんです? 」


「"骸拾い“。上のヤツらは、この戦場を終わらせるらしい……まぁ俺にとっちゃ、もうどうでもいいがな 」


「っ!? 」


 突如飛んできた斬撃をトオルは防ぐ。

 だが人を背負っているせいか踏ん張りきれず、そのまま後ろへと吹き飛びされた。


 顔を起こすトオル。彼の目の前には救助した兵士と、剣を振り上げる騎士がいた。


(間に合っ)

「えっ? 」

「はっ? 」


 彼らにとって聞き慣れた銃声は、兵士のこめかみを貫いていた。自殺だった。


「なんで 」


 首の曲がった死体は笑っている。二度寝のような笑みを浮かべて、死ねたことを安堵するように微笑んでいる。


 騎士もトオルも思考が止まる。けれど空気の読めない戦場は黒い爆弾を彼らの上空に落とした。




「っ……くっ 」


 トオルの回る視界には、腕のついた時計と中身の詰まった首無しの鎧が写った。爆風は人を肉片に変えた。盾を持っていた彼だけが原型を留めている。


「こんな……物なのかよ。人の命は 」


 そんな悲痛な嘆きも、戦場からすれば雑音でしかない。


「あぁクソ……落ちてくる 」


 嘆きながらもトオルは二人の遺品を抜き取った。瞬間、青い空に黒い影が落ちる。


 人は厄災の前に空を見上げる生き物だ。少なくともこの戦場ではそうだった。


(くつがえ)れ 』


 転がる死体は空へと浮かび上がり、潰れ、曲がり。死体で作られたそれは腐臭を纏う巨人。

 その肩に立つのは、手足がやけに伸びた人形のような男だった。


 彼は呼ぶ。

 自らに宿した、技術の名を。


骸集火(むくつどび) 彈ケ蝿(ハジケバエ)



 巨人が落ちた。それだけで戦場にいる大半は潰れた。生き残った者は逃亡し、パイ生地のように広げられた死体は巨人に吸収。そして肥大した肉は、またも生者を空き缶のように踏み潰した。


「こんな……物なのかよ 」


 トオルの顔は死者のように固まっていた。


 言葉通り蹴散らされる命を見てか。死体が消え、自分だけが残った戦場を見てかは分からない。ただ、彼が絶望している事は明確だ。


「ん? 」


 けれど戦場は空気を読まない。


 いつからか巨人の頭の上に、誰かが乗っている。

 それは黒かった。骸を纏う巨人よりも、死んだ人の瞳孔よりも濁っていた。

 鎧を着ていた。死体よりも薄汚れ穢れた、醜い物を身にまとっていた。


「随分と、ひ弱な体ですね 」


 鎧纏う彼女はねじ曲がった剣を落とし、踏みつけた。

 ただそれだけで、幾星霜と折り重ねられた死体の巨人は真っ二つに切り裂かれた。それに特殊な能力はない。ただの力で、巨人を切り捨てただけだ。


「円卓の騎士……アグラヴェイン 」


 骸を拾う異形は、そのおぞましさに無い顔を青くさせた。

 金髪(きんし)をなびかせる血濡れ騎士は、まだ熱い血で髪をかきあげた。


 どちらがバケモノかは、この瞬間に決まった。


影消しの投(ダン・スカー)


 ただ投げられたナイフは落ちてくる骸たちを消し飛ばす。その衝撃波は戦場全土を巻き込んだ。

 生き残ったトオルも例外では無い。


「………? 」



 衝撃波を浴びたトオルは白い世界を見た。死んだかとも思ったが意識はある。


 ここは走馬灯の世界だ。


(……あっ )


 彼の隣を小さな子供が駆け抜ける。それは昔のトオル自身だった。


 公園で遊んだり、銃を触ろうとして両親から怒られたり、どこの部隊に所属するか分からずに悩んだりもしていた。少し変わっている所はあったが、トオルは至って普通の子供だった。


 けれどある日、彼の心は大きく揺れた。


「なんでお前みたいな子供が!! 」


 罵声と共に殴られるトオル。小さな体に馬乗りになるのは、片腕のない兵士だった。


「俺の息子は死んで! 家族は死んで!! なんでお前は生きてるんだ!!! 」


 兵士は錯乱していた。トオルにとってなぜ自分が殴られているのか理解できなかった。困惑の時間。顔と拳が段々と赤く染まっていく中、とうとう兵士は銃を取り出した。


「帰せよ……頼むから 」

「……? 」


 鼓膜を叩くように銃声がひびく。放たれた銃声は馬乗りになっていた兵士の腹を撃ち抜いていた。


「大丈夫か!? っ……酷い怪我だな 」


 駆け寄ってきた丸いゴーグルを付けた兵士は、すぐさま血まみれのトオルを抱きしめた。その胸には救助隊を意味する、糸と縫い針のシンボルが付けられていた。


「もう大丈夫だ。大丈夫だからな。すぐに治療すれば綺麗に治る 」

「……? ……あっ 」


 体温を感じて、トオルはやっと安心できた。やっと涙を流すことができた。怖かったと叫ぶように、救助隊の兵士に抱き締め返した。けれど無慈悲な銃声が、彼の頭を貫いた。


「……? 」

「ちくしょう……返せよ 」


 腹を撃たれていた兵士が、トオルを抱きしめていた兵士を撃ったのだ。


「もう全員……死んじまえ 」


 恨み言の後に兵士は死んだ。トオルを抱きしめていた兵士は即死だった。


 彼の世界から色があせて行く。伝わった体温は冷めていく。

 

 トオルだけが生き残った。


「……… 」


 トオルを襲った兵士は、戦争により家族と心を失った哀れな男だったと哀れみと罵りを受けた。

 自分を守った兵士は、戦場でも人を救った気高き男だったと賞賛を受けた。


 生き残ってしまったトオルは。かつて子供だった彼は、何を思ったのだろうか?




(っ、死体が足らねぇ。つーか隙がねぇ )


 骸拾いと呼ばれる男は、目の前のバケモノに押されていた。彼の異能は死体を集め、その筋力を統一するというもの。

 吸収した骸は五千はくだらない。みな訓練を受けた兵士たちの死体だ。にも関わらず、たった一人に押されている。


 黒い鎧を纏う、アグラヴェインと呼ばれる騎士に。



 骸拾いは手足に開けられた穴から、人骨歪む槍を射出する。けれど鎧を貫くには至らず、手足で軽く払われる。辛うじて顔に当たった槍はあった。だが爪楊枝のように噛み砕かれた。


(バケモン野郎が!! )


 悲痛な声も虚しく、戦場には乾いた音がひびく。銃声ではない。信号団のような、何かを合図する音。


 骸拾いは困惑する。

 アグラヴェインは微笑んだ。


「生存者の避難も済んだようです。そろそろ終わらせましょう 」


 大きく上に上げられた踵は斧だった。薪は地面。振り下ろされた足は容易く地面を崩壊させる。平らな地面など無い。すべてが傾き、歪んでいる。


「っ!! 」


 足場が崩れ、空中で身動きの取れない骸。その顔面に拳が定められた。死ぬことすら運命(さだめ)られた。


 死の直前に来る静寂。

 それを突き破り、互いの合間に入り込んだのはトオルだった。


「「っ!!? 」」


 この戦場は犠牲者で溢れた。


(それでも )

「俺は!!! 」

『人を守る!!!!! 』


 トオルはもう決めていた。

 どんなに世界が残酷でも、どんなに自分が失敗しても。生かされたのなら正しく、進むしかないと。


 拳を受けた盾は粉砕。腕はちぎれ、砕け散る骨はトオルの右目を貫いた。それでも意思は折れない。

 止まらない拳は顔面にめり込む。それでもトオルは歯で拳を噛み締める。


 前歯は折れた。犬歯も歯茎ごともがれ、奥歯すらも歪む。


 そこでようやく、拳は止まった。


「今度は……守る。もう……ゼッタイニ 」

「……っ 」


 狂気を吐くボロボロの男を見て、アグラヴェインは一瞬だけ恐怖した。その隙に骸拾いは、腕を巨大な筒へと変化。左手でトオルを受け止めた。


「あばよバケモン。また会おう 」


 射出されるは折りたたまれた骸の塊。開いた手足は網のように絡みつき、アグラヴェインを遥か後方へと吹き飛ばした。


 そこでようやく……この戦場は静かになった。



 確認された死者数:6245名

 生存者:2人



 これは割に合わない哀れな戦争だったが、全滅という最悪は免れた。たった一人の覚悟によって、人的資源は回収できた。彼のお陰で戦争は続く。



「ずいぶん派手にやられたねぇ、骸拾い 」


 散らばった骸はゴロリと集まり、一人の男が再生する。それにタオルを投げ渡したのは顔を黒い穴で隠す歪な女性だった。腐臭で髪をなびかせる彼女は彼の味方だ。


「まぁな“骸被り"。少なくともコイツが居なきゃ死んでいた 」

「キミに吸収されないってことは生きてるの? これで? なんか出汁取ったあとの鶏肉みたいだよ? 」

「喋ってる暇はねぇ。延命装置に繋いで中央に連れてってくれ。少なくともこの顔は綺麗に戻る 」

「はいは〜い。キミの恩人だもんねぇ 」


 

 棺桶のような箱に詰められたトオルは、彼らと共に国へ戻っていく。


 彼はまだ、この地獄を生きなければならないようだ。


 



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