サヨウナラ、私のヒーロー
まるで誰かにその場所を見つけられたくないような作りをしている扉。
石造りだが、明らかに魔術の仕掛けを施されていた。
「なるほど、随分と古い結界術ですね。」
私は、小さい頃に読んだ魔術書にこれと似た作りの結界を見たことを思い出した。
つくづく、自分に生まれながらに持った“神の頭脳”の存在をありがたいと思う。
一度見た、覚えた記憶は全く忘れることなく知識として蓄えられていく。
どこかの誰かさんに、その能力をテスト前の前日にだけでいいから少しだけ貸してくれと言われたことがある。
そんなことは出来るわけでもないので断ったが…。
まさか、この状況でそんなことを思い出すとは思っていなかった。
やっぱり、あそこで会ってしまったことを引きづっているのかなと考える。
だが、今はそんなことを気にする余裕はない。
恐らく、覚えている知識が正しければすぐにこの程度の結界なら解けるはずだ。
私は、パズルのピースをはめるように結界に施された魔術を解除していく。
カチャリ、という音ともに扉に施された結界が解除される。
そして、静かに扉が開かれる。
扉の先には先が見えない階段があった。
「なるほど、これはいくら監査が入っても無理なわけですね。」
恐らく、あの結界自体がこの扉の存在そのものを消していた可能性がある。
自分でも何か違和感を感じたから触ってみると、細かく設定された結界の存在にようやく気付けたのだ。
監査員程度の実力では、まず結界の存在すら見つけられていないのだろう。
私は、階段を静かに降りていく。
一応、ここまで来るのに屋敷の人間に見られた気配はなかった。
もちろん、フォード・ヴェネーノにも。
石造りの扉も閉めておいた。自身がここに来たことを誰かに気づかれていない限りは今、この時においてはこの階段を下りていることを知っている人間はいないはずだ。
大丈夫だ、念には念を入れてここまで来たのだ。
ここで見つかって、失敗なんて状況だけにはならないはずだ。
私は自分自身にそう言い聞かせるように、壁に手を当てて階段から足を踏み外さないように丁寧に一歩ずつ降りていく。
どのくらい経っただろうか。5分以上は歩いた気がする。
ようやく、最下層へと辿り着いた。
広々とした場所だった。
そして、いかにも怪しげな実験の数々をしていたのだと一瞬で分かるような場所だった。
ホルマリン漬けにされて液体の中で保管されている人間の臓器。そして、至る所から腐臭がしてきた。
思わず鼻をつまんでしまうような匂いだ。
少しでも気を抜けば、吐き気を催しそうになりそうだ。
私は鼻をつまんだまま、奥へと進む。
「…人体錬成についての古文書。」
机に乗っている一冊の本を軽く読むと、私はつぶやく。
やはり、噂は本当だったようだ。
これだけの大掛かりな実験を繰り返していて、よくここまでバレなかったなと感心する。
それも、恐らくはあの結界によるものだろう。
こんなことなら、もっと早くに自分が監査員として紛れ込んでおけば良かったと思う。
まあ、ジョニーからこの話を聞かなかったらそもそも興味すら沸いていなかったのでそんな考えにはならなかったのだろうが。
「恐らく、ここが本丸ではないはず…。」
本に目を通した私はさらに奥に進もうとする。
この程度の実験で、ジョニーをホムンクルスとして作ることなど不可能なはずだ。
ましてや、多くのトライアンドエラーの果てに生まれたのがジョニーらしい。
この程度の実験でそれが可能ならば、もっと多くのホムンクルスを作れてもおかしくないはずだ。
加えて、フォード・ヴェネーノはジョニーの再生に満足はしておらず実験を続けていたのはジョニー本人から知らされている情報だ。
「やはり、ありましたね。」
私は、この空間に似つかないポスターをめくるとさらに別の部屋に続くドアを見つけた。
これほどの広い空間だ。必ず、別の部屋があるのは容易に想像出来る。
そして、このドアにも簡単には開けさせないようにするためか魔術が施されていた。
「随分と入念ですね。」
私は、呆れながらつぶやくと右手をそのドアに触れた。
下手に時間をかけたくもないので少しばかり強引に魔術を破壊しようとした。
バチバチと静電気のようなモノが走ったが、気にせずドアに触れていた右手をそのままドアノブへと移動させる。
そして、細かい線状になっている結界ごとノブを握ると強引にドアを開けた。
少しばかり、手に火傷のような跡が出来たがまあこの程度ならすぐに治癒出来る。
それよりも、今はこの部屋の中を確認することだ。
私は、そのまま部屋の中へと無造作に入っていく。
「…何、これ?」
その部屋の光景に思わず、恐怖から来る言葉が出て来た。
「生きている…?」
カプセルの中にいる人間を凝視した私は、その中にいる人間が生きていることに気づく。
いや、正確には生かされいるという表現の方が正しいのだろうか。
無理やり、液体の中で植物人間と同じような状態で保管をされている。
「この数の人間をどうやって…?」
私は想定外の状況に思わず、様々な考えを巡らせる。
いや、人間の調達自体はどうとでも出来る。
実際、自分が生まれた過程で起きたことがまさにそれだからだ。
金を積んでその手の業者に頼めばいくらでも人間なんてモノは調達出来てしまう。
言い方は悪いが、この世界では突然いなくなってもその存在すら特に気にされないレベルの人間なんて無数にいるのだ。
そんなことを言うと、どこかの誰かさんが嫌な顔をしそうだが。
「とりあえず、この状況を写真に撮らないと…。」
もしもの時の証拠ととして自身の持っている携帯のカメラ機能を使って写真を撮る。
フォード・ヴェネーノを捕らえた際にこの写真だけでも十分な証拠になると確信している。
最悪、自身が命を落としてしまっても同時にウィザード家の方にメールで送られるようなプログラムは組んである。
「やはり、この程度の結界では簡単に突破されてしまうか。」
突然、背後から声が聞こえる。
私は思わず、振り向く。
いや、ここまで来るのに誰かに見られていた覚えはない。ましてや、今日はこの男と顔を合わせた記憶はない。
「いやいや、そんな顔をするでない。貴様がここに来た理由など私が初めから気づいていなかったと思っていたのか?」
フォード・ヴェネーノがニヤリと笑うと私を見下ろしてくる。
「一応、私の考えは気づかれていないと思っていたのですけどね…。」
どこで計画を気づかれていたのだろうか。
ジョニーがバラしたとは考えられない。
だとしたら、私のこれまでの行動を監視していたから分かっていたのか。
いや、それもないはずだ。唯一、この話をしたのは先程会った神野剣に対してだけだ。
それについても、剣に気づかれないように魔術をかけてただ世間話をしているかのような状況に見せていたのだ。
この男がコッソリと見ていたとして、それに気づくほどの魔術の腕はないはずだ。
「うむ、どこで気づかれたという表情だな。」
頬を擦りながら、フォードはニヤニヤと笑みを浮かべる。
私は杖を取り出して、構える。
少しばかり、計画に狂いは出たが別にそこまで焦るほどのことではない。
最悪、この男が手を出して来たら応戦すればいいだけの話だ。
すでに証拠は掴めている。ならば、それがバレてこちらに攻撃を仕掛けてきたという流れに出来る。
そう、計画に支障はない。
「言ってしまえば、初めからだ。息子のジョニーが私に不信感を抱いていたのには気づいていた。そこで、唐突な貴様の結婚を受け入れるという判断。これで分からない程、愚かではない。」
「…なるほど。でも、残念でしたね。私をこの屋敷に招き入れた時点であなたの運の尽きです。」
私は杖を構えたまま、フォードに対して言う。
すると、フォードの背後から部下が現れた。
部下の手には傷ついて意識を失っているジョニーがいた。
「うむ、だから2人もろとも殺せばいいと考えた。全てを貴様に罪を被せてな。」
そう言うと、部下に命じてジョニーを私の足元へと投げ捨てた。
私は距離を取ると、パチンとフォードの指が鳴った。
その直後、カプセルが割れると大量の液体と共に保管された人間達が流れ落ちてくる。
「別にいなくなれば再び作ればいいだけの話。少しばかり、病気などの理由を付けて屋敷に閉じ込めておいたと言い訳でもしておけばいくらでも代わりは作れる。」
「そんなに、自分に従順な息子が欲しいのですか?」
「従順ではない、親の意向に背く息子など必要ないだけの話だ。」
すると、保管された人間達がジョニーの元へと集まる。
それらは1つにまとまっていくと、巨大な怪物が出来上がった。
「ホムンクルスを素体としたキメラだ。しかし、やはり不格好だな。」
フォードの言葉が聞こえる。
私は握っていた杖に力を込める。
心臓部分にはジョニーの顔のようなモノが見えていた。
「申し訳ない、ルルさん。どうやら、しくじったようです。」
消え入りそうな声で言うと、ジョニーの顔が消えた。そして、赤色に輝く宝石のようなモノに変化した。
「さらばだ、ルル・ウィザード。我が息子と共に消えると良い。」
そう言うと、フォードは高らかに笑いながら部屋から出て行く。
「…待てッ!!!」
私はそう叫ぶと、フォードに向かって攻撃を仕掛けようとする。
しかし、その攻撃はキメラによって無効化される。
巨大な手を振り回しながら、私を踏み潰そうと暴れ回る。
「魔術の無効化?」
自身の魔術が全く効かないことに違和感を抱く。
防御魔術を限界まで展開して何とか防いでいるが、狭い空間の中で暴れ回られるせいで徐々に行動範囲が狭まっていく。
私は、攻撃魔法で赤色に輝く心臓の部分を撃ち抜こうとする。
防御魔術の中央部分から放つ。しかし、それは高度な防御結界によって防がれる。
「なるほど、あそこを潰せば。」
私はある程度、このキメラの仕組みを理解する。
しかし、現状の自身の魔術ではあの防御結界を破壊する術は余程接近しないとない。
「…あの人がいたら。」
思わず、例のあの少年のことを思い出してしまう。
最後の最後まで格好良く見えなかった少年。
「いない人のことを頼りにしてもダメですよね。それに、自分で言ったんですから。力を借りないって。」
そう自分自身に言い聞かせると、空中で態勢を整えようとする。
しかし、直後一瞬の油断があっただろうか。
暴れ回るキメラが振り回す腕に自信の体が掠ってしまう。
防御魔術を展開出来ていない場所だったため、思わぬ一撃に体がよろめく。
その隙を見逃してもらえず、キメラの手に握られてしまった。
「…ミスったなー。」
思わず、諦めに近い言葉が出てしまう。
キメラが私のことをジッと見てくる。
そして、心臓部分が黒く歪むと何やら穴が出てきた。
恐らく、あの穴の中に私を取り込むのだろう。
「…何で最後にあんな言葉で別れを言っちゃったかな。」
私は自分の死を悟る間近に思い出したのが最後に会ったあの少年との記憶だった。
口が悪くて、面倒臭がりでそれでいてどこか見捨てておけないあの少年のことを。
例え、どれだけ格好悪くても、お調子者で呆れてしまう一面が多くても。それでも、あの少年のお陰で自分は救われたのだ。
「…サヨウナラ、私のヒーロー。」
もし、もう一度会えるならその時はごめんなさいと言わないとなと思った。
自分の体が暗い水の中へと落ちていくような感覚を味わった。
死ぬ間際が誰もいない真っ暗な場所。大勢の人の犠牲の上に生まれた自分にはお似合いの死に方だと思った。
どこまでも暗く、そして底が見えない水の中。
このまま、沈んでいくのだろうか。
もし、この手を伸ばしたらあの人は助けてくれるのだろうか。
そんなことを思いながら、私は右手を天に向かって伸ばす。
その時だった…。見慣れたアホ面が自身の視界に飛び込んで来た。そして、そのまま自分の腕を掴むと思いっきり引き上げられていく感覚を感じた。




