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少女の覚悟

俺は目の前に立っている少女を見ると、立ち上がった。


「…何でこんなとこにいるんだよ?」


俺は想定外の再会に思わずつぶやいた。

ルルも思わぬ再会に驚いた表情だった。


「それはこっちのセリフですよ。ここがどこか分かっているんですか?」


知るわけがないだろう、と言いたい。

逃げるように当てもなく歩いて来たのだ。正直、ここがウィザード家の屋敷からどのくらい離れているのかも見当がついていない。

そんな俺の表情を察したのか、ルルがため息を吐いた。


「本当にどこか分からずにここに来たんですね。ここは、ヴェネーノ家の屋敷近くですよ…。」


なるほど、道理でルルがいるわけだ。

ルルは周りを見渡した。


「ウィザード家の屋敷もそうですけど、この辺一帯は魔術師の家があちらこちらにありますからね。あまり歩き回らないことをオススメしますよ。」


別に俺だって、こんな精神状態じゃなければわざわざ歩き回らないよと言い返したい。

ただ、今はそれよりも聞かなければならないことがあると思っている。


「帰らないのかよ?みんな心配しているよ。サタンなんてずっと怒った状態だし…。」


そういえば、これからあいつの元に帰らないといけないんだなと思い出した。

もう、本当に今ここでルルに頼んで日本に勝手に帰ろうかと思い始めている。


「でしょうね。勝手に手紙だけ置いて出て行きましたからね。でも、書いてある通りです。もう、決めたことなんですよ。」


「何でそこまでするのさ?そんなにあの孤児院が大事なのかよ。作った理由なんて自分で大層な理由じゃないって言うくらいなのに。」


俺の言葉にルルは黙ったままだった。

どうせ、もう会うことはないだろう。今のうちに言うことは全部言っておいた方がいいと思った。

今回の件で色々と思うことはあるのだ。


「自己顕示欲でいい人ムーブしたいだけで作っただけなら、見捨てればいいだけじゃないの?それで孤児院が閉園したところで、脅されて仕方なく自身が作った孤児院を潰された悲劇のヒロインとして世間に思われるだけだろうし。」


自分で言っていて、中々に酷いことを言っているなと思った。

でも、実際にそう思ってる。

どうして、でっち上げ後付け設定とまで俺に言ったあの孤児院にここまで執着しているのが分からなかった。

捨ててしまえば楽になれるだろうに…。


「随分と酷いことを言うんですよ。流石の私でもそれはドン引きですよ。」


ルルが呆れたように笑いながら俺に言う。

俺は首をすくめながら、ルルに言い返す。


「大丈夫だよ、俺も同じ気持ちだから。でも、実際に俺はそう思ってるよ。そうじゃなかったら、俺に対して言ったあの発言が矛盾すると思うから。」


再び沈黙が流れる。

すると、どこからか足音が聞こえてくる。

俺の視線の先には数人の黒いスーツを着た男達が近づいてきた。


「ルル様。ここにおられましたか。…その男は?」


どうやら、ヴェネーノ家の人間らしい。

ルルが逃げたと思って追いかけて来たのだろうか。

どうやら、余程外出されるのが怖いらしい。


「ただ、そこで出会っただけの男です。少しうずくまっていたので体調が悪いと思って声をかけただけですよ。すぐに戻りますから、あなた達は屋敷に戻っていてもらって結構です。」


ルルが俺の方を見てくる男達に制するように言う。


「…しかし、フォード様よりあまり外部の人間と接触させるなと言われていまして。」


「大丈夫です。それとも、これからその息子と結婚する女性を疑うというのですか?もし、そうなら私も相応の接し方に変えますよ。」


ルルが少しばかり、語気を強めて男達に言う。

男の1人が少しばかり、どうすべきか悩んでいる様子だった。


「分かりました。申し訳ございません。ですが、あまり長く外出はなされないでください。フォード様が知られた場合…。」


「構いません。私の一存でしたことと言いますから。あなたたちの落ち度にはしません。安心してください。」


そう言うと、手で帰るようにジェスチャーをする。

スーツの男達はやはりまだ迷った様子だったが、仕方なさそうな表情をしながら帰って行った。


「随分と板についているじゃないか。もう立派な次期当主のお嫁さんって感じだね。」


俺は嫌味たっぷりに男達が帰って行く姿を横目にルルに言う。

ルルもそれが嫌味だと分かっているのか、ニコリと笑みを見せる。


「お褒めの言葉と受け取っておきましょうか。外出も中々満足に出来ない状況ですからね。たまにはこうして目を盗んで散歩でもしないと疲れるんですよね。精神的に。」


ルルはそう言うと、やれやれと言った感じに首をすくめる。


「そこまでして、あの男と結婚しないといけないのかよ。」


俺はそんなルルの姿を見ながら、尋ねる。


「そうですよ。ジョニーさんからお話は聞いているんでしょう?これは、私とジョニーさんの間で決めたことです。」


「協力して、あのフォードとかいう男を止めるって話か。」


俺がルルの言葉に続ける。ルルはその言葉に無言で頷く。

どうやら、ジョニーが俺に色々と話したことはルルに報告されているようだった。

まあ、もしかしたら勘の良い子だ。自分からジョニーに聞いたのかもしれないが。


「どうして、あの男にそこまで肩入れするんだよ?ルルちゃんに何の利益があるんだよ。」


俺は純粋に疑問に思い、ルルに尋ねた。


「あの孤児院の子供達を守ることが出来る、ですかね。私の利益としては。あとは、単純にただの気まぐれです。一度死んだはずなのに再びこの世界に生を与えられ、親の都合で犠牲になっているジョニーさんに自分自身の過去が見えただけですよ。」


「やっぱり分からないよ。そんなにあの子供達が大事なのに、あんな理由を俺に言ったことが。」


ルルの言葉に俺は聞き返す。

正直、どこでフォードに見られているか分からない。

ここに長居はあまりいいことではないと思う。だけど、こればかりは聞いておきたかった。

自分の中のモヤモヤを取り除くためにも。


「そうですね。じゃあ、どうせ剣さんと会うのもこれが最後でしょうし。本当のことを言いましょうか。」


ルルが観念したかのように俺のことをジッと見てきた。

先程までは、どこか周りを気にしている様子だったのに急な変わりようだ。


「あの子供達の素性って知っていますか?」


俺は首を横に振った。

ただ、ルルが拾って来た孤児だという情報しか持っていない。


「あの子達は、私の本当の両親達によって行われた非合法な研究で犠牲になった女性達の子供です。」


ルルから以前聞いたことがある。

以前起きた、ルルの生みの親が起こした事件。そもそも、あの2人が罪に問われていたこととしてルルを生む際に大勢の女性達にエルフの“真祖の血”を注入して無理やり子供を産ませていたことだ。

数10人ほどが犠牲になり、最後の最後に入れた血が上手い事適合して生まれたのがルルらしい。


「苦労しましたよ。1人で犠牲になった女性の素性を全部調べましたからね。加えて、その子供達も基本的に親がいない状態で散らばっていましたからね。1人1人、探したましたよ。」


「じゃあ、その女性達をルルちゃんの両親に渡していたのがあの神父さんだったって話?」


「あら、よく分かりましたね。ちょうど、組織から殺されそうになっていましてね。それを助け出して、私の罪滅ぼしに付き合えって言ってあの孤児院の管理を任せたんですよ。ちなみに、私が生まれた女性の子供がルーシーだったって話も加えておきましょうか。」


「何でそれを急に話そうと思ったのさ。このタイミングで。というか、あの時に話した話もウソだったってことになるし。」


俺は、夕日が登りオレンジ色の光が差して見えにくくなっているルルを見つめながら言う。

風も吹いて来て、ルルの短い銀色の髪が揺れていた。


「これが最後だと思ったからですよ、あなたと会えるのも。それに完全にウソではありませんよ。実際に、私という人間が優しくて素晴らしい人間だと思われたいと思って始めたことでもありますから。」


「わざわざ、自分を生んで亡くなった女性の本当の娘であるルーシーちゃんを大事に自分の隣に置いておいてそれ言うんだ。」


「ただの罪滅ぼしですよ。私は、本来生まれてはいけない存在だったのです。だから、今回も私と似たような境遇だったジョニーさんを助けようと思っただけですよ。」


ルルは微笑を絶やさないで俺に言う。

見慣れた顔だった。恐らく、この顔を見るのもこれが最後なんだなと思った。

だから、今のうちに言いたいことは全部言っておこう。

今回の件で、この子には散々ストレスを溜められているのだから。


「矛盾してるな、本当に。どっちが本当の気持ちなんだよ。それとも、どっちも本当ですってまたウソをつくつもり?」


ルルという少女が今、この場で話していることが全く理解出来ない。

罪滅ぼしと言ったり、前に俺に言った自己顕示欲だったりと。


「そうですね、どっちも本当って話はウソじゃないですよ。実際、私が自己顕示欲で始めた孤児院ですし、自分の中にあった罪の意識を少しでも軽くしたいと思って始めたことですから。でも、以前の私ならジョニーさんの助けになろうとは思っていなかったですよ。それこそ、あなたが言っていた孤児院を閉園するという選択肢を取ったと思います。無くなってもまた作ればいいだけですしね。」


そう言うと、ルルはニコリと笑った。

そして、少し間を開けると再び話し始めた。


「でも、私の大切な人なら。ヒーローだったら同じような場面に遭遇したら絶対にジョニーさんを助けると思ったからです。だから、そうしただけです。」


また、この言葉だ。この数日、何回か聞いてきた単語だ。

俺は、ギリッと歯ぎしりをした。

そして、ルルに向かって叫んだ。


「だったら、助けて欲しいって言えよ!ヒーローなんだろ、俺は。ルルちゃんにとって!だったら、助けて欲しいって言えよ!意味が分からねえんだよ!勝手にそんなこと言い触らして。俺は、そんな…。」


「立派な人間じゃない、ですよね。」


ルルが俺の言葉に続けるように言う。


「知っていますよ。あなたは凄く普通の人です。ヒーローなんて恐らく、100人が聞いたら99人はそうじゃないと答えるでしょうね。でも…。」


そう言うと、ルルは一度呼吸を整えた。

そして、優しい笑みを浮かべた。


「100人の内の1人は。私にとっては、あなたはヒーローなんですよ。私はあなたに救われたんです。」


俺はそれを聞くと、だったらと小さな声で言おうとした。

しかし、ルルがそれを遮るように言葉を続ける。


「だったら、助けてやる。あなたはそう言うんですよね?知っています。そういう人なんです。例え、口では面倒臭がっていても、嫌な顔をしても最後には手を差し伸べようとしてしまうんです。そういう人なんですよ。でも、だからこそ今回は私1人で何とかしないといけないんです。これは、私の問題です。あなたの助けを再び受けたら、私はこれから先もあなたに頼らないと行けなくなってしまう。」


「いいじゃないか、それで。それで、全て…。」


「全て解決してしまう。そうですね。それが一番楽な方法なんですよね。でも、違うんですよ。ヒーローってのはみんなのモノなんです。私だけのヒーローじゃダメなんですよ。」


そう言うと、ルルは体を返して歩き出した。

そして、最後とばかりに俺の方をチラリと見てきた。


「サヨウナラ、私のヒーロー。恐らく、これが最後だと思います。でも、もし無事に私がやるべきことを終えてあなたの前に再び帰ることが出来たらおかえりって言ってください。」


そう言うと、ルルは再び振り返ることもなく俺の前から姿を消した。

俺はその姿をただ見ることしか出来なかった。

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