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ヒーローなんかじゃない

孤児院を後にした俺は、ウィザード家の屋敷へと帰ろうと歩き出した。

後ろから、ルミナとルーシーが後を追うように走っていた。


「ちょっと、どうするのですか?」


ルミナが俺に尋ねてくる。

どうするのですか、と言われてもどうしようもないですと答えるしかない。


「サタンに報告しに行くだけだよ。気は進まないけど…。」


俺はルミナを振り向くと、答える。

本当に気は進まない。また、何を言われることやら。


「サタン様がその報告を持って行って許してもらえると思いませんが…。」


ルミナが分かり切っていることを言う。

分かっているけど、それ以外にすることなんてない。

少なくとも、現状の俺達に出来ることなんて何も無いのだから。


「じゃあ、俺の擁護を頼むよ。付き人なんだろ?」


俺は都合がいいなと自分でも思いながらルミナに言う。

ルミナの顔が一瞬だけムッとしたように見えたが、すぐに元に戻っていた。

いつもなら、ここで言い返してきそうなのに。


「本当に剣様がそれを望んでいるのなら、してもいいです。でも、本当にそれでいいのですか?」


俺は歩いていた足を止めた。

気づくと、見覚えのある公園だった。

そういえば、ルルから孤児院の話をされた時も同じ公園だったような気がする。

少しばかり疲れた俺は、公園の中央にある噴水の石造りの平らな部分に腰を下ろした。

朝早くにサタンに叩き起こされてから、全く寝ないままここまで来たのだ。

何だかんだ疲れが溜まっていた。


「じゃあ、どうするのさ?今から、ルルちゃんのいる場所でも探すか?まあ、いるとしたらヴェネーノ家って家の場所だろうけど。行ったところで門前払いされるのが目に見えてるだろ。」


サタンが行くならまだしも、ウィザード家の部下の家のルミナだけでは門番がいたとしたら追い払われるのがオチだ。


「…でも、このままではルル様は結婚して私達の前からいなくなるんですよ。」


「ルルちゃんが自分で望んで行ったんだろ?だったら、俺達に出来ることなんて本当に何もないだろ。突然、姿を消したくらいなんだから。もう俺達の前に現れることすらないと思うぞ。」


俺は当然の結論をルミナに言う。

もし、俺が本当にルルの言うヒーローという存在なら助けに行かないといけないのかもしれない。

だが、少なくとも俺は自分がそんな立派な存在なんて思っていない。

だから、ルルが自分で望んでヴェネーノ家に婿入りするというのならそれを受け入れようと思っている。

そもそも、孤児院の閉園を脅されたくらいでどうして結婚を決めたのかも謎だ。

言い方は悪いが、別に閉園したところでそれはしょうがないと思っている。

そこの理由も分からない限り、どう助けたらいいかも見当もつかない。

ルミナが座っている俺をジッと見下ろしていた。

いつもなら、ここの辺りくらいから嫌味混じりに色々言ってくる頃合いなのに今日は何も言ってこない。


「…何だよ?言いたいことがあるなら言えばいいだろ。」


俺は、ジッと見てくるルミナの視線に耐えられなくなり不満気に言う。


「いえ、特に言いたいことはありませんよ。今回はルル様がご自身で決めたことですからね。どうするかどうかは、剣様が決めるべきだと思っていますから。主の意志を尊重するのも付き人の勤めだと思っています。」


この子はどうしたのだろうか?昨日、何か悪いモノでも食べたのだろうか。

ルミナは俺の不思議そうな視線を見ながら話を続ける。


「それに、どうせそんなこと言いながら結局は何とかしようとするのが私の知っている神野剣という男ですから。」


「大した矜持ですこと。俺がそんな立派な男に見えるのかよ?」


皮肉たっぷりにルミナに言い返す。

ルミナは特に表情を変えずに俺を見下ろしたままだった。


「ただ、もしルル様の結婚を受け入れるという選択肢を取るのなら今回はサタン様についていこうと思います。少なくとも、私自身はルル様の結婚には反対ですから。」


「いいんじゃない?というか、今日に関しては最初からサタンと一緒に行動していたら良かったじゃん?わざわざ、俺と一緒に来た理由が分からないよ。」


「それは、先程も言いましたけど私があなたの付き人だからです。」


俺はルミナの言葉を無視するかのように、ルミナの視線から目を逸らす。

まあ、サタンは恐らくこのままルルの結婚を阻止するために実力行使も辞さないだろう。

正直、それをしてルルが考えを変えるわけがないし、悪いのはサタン側になってしまうのは明白だ。

あの、フォード・ヴェネーノのしている非合法な研究とやらが世間に知られない限りはただ自分の妹を婚約相手のヴェネーノ家から奪おうとしているという図式にしかならないからだ。

どう見ても、こちらが積んでいる状態だ。

そんなことを思いながら、地面に視線を落とした。

アリの群れが隊列を組んで歩いていた。だから何だ、と言ったらそれまでだが時間潰しをするにはちょうどいいと思った。

どうせ、この後サタンにグチグチ言われるイベントが待っているのだから。

そんなことを思いながら、再び視線を正面に向けた。

気は進まないが、そろそろ帰らないといけないと思ったその時だった。

目の前には、数10人ほどの子供がいた。

平日の昼間の公園と言うこともあり、俺達以外に人は全くいなかった。


「ちょっと!どうして、来たんですか!何かあったら大変なんですから、施設の中にいないといけないですよ!」


ルーシーが驚いたように言う。

何名家の顔に見覚えがある。ルルの運営している孤児院の子供達だろう。

一体、何をしに来たのだろうか。

先頭に立っていた少年が俺の前に立った。

名前は分からないが、何となく顔は覚えている。ルルにサッカーのレアカードを渡そうとしていた少年だろう。


「ねえ、お兄さん!ルル様の友達なんだよね!ルル様の結婚しちゃう話は知っているんだよね!さっき、神父様と話していたから。」


俺は何も言わずに、少年達を見ていた。

正直、この後の展開なんて読める。

どうせ、助けて欲しいと言うのだろう。だけど、俺が何か出来るわけがない。

ルルが結婚を嫌がっているならまだしも、本人はそれを受け入れている状態なのだから。


「無茶苦茶なお願いだってことは分かっているよ!でもね…。ルル様が前に神父様と話をしていたの聞いちゃったんだよ。ルル様が結婚することで僕達が助かるって言ってた。」


そう言うと、少年は自身の服をグッと握りしめていた。

そして、再び顔を上げると俺のことをジッと見てきた。


「聞いたんだ、ルル様は僕達を拾ってくれた理由を。ただの気まぐれだって。でもね、ここにいるみんなはルル様のおかげで学校にも行けるし美味しいご飯も毎日食べられる。ルル様のことが大好きなんだよ!」


本当に気まぐれで拾っただけなのだろうか。

ルルは後付けだなんて以前言って、自分と同じ境遇の子供を拾ったことを否定していた。

だが、その気まぐれという理由すらも嘘なんじゃないかと思っている。もっと、別の理由があるのではないかと。


「ルル様が結婚したら、もう会えないなんて嫌だよ!だから、ルル様を助けて欲しいの!ルル様が言ってたもん!お兄さんは面倒臭がりだし、頼んだことは全然してくれないようなダメな人だけど何だかんだ優しくて、仲間を見捨てられずに助けちゃう人なんだって!」


本当に誰のことを言っているのだろうか。

最初のロクでもない評価以外何も合っていないと思う。

今までだって、自分の意志で助けたことなんて一度もない。ただ、サタンという何かあってもどうにかしてくれそうな存在がいたから。ルルやルミナ、リヤドがいたからだ。

少なくとも、自分1人だったら行動すら起こしていないと思う。


「そんな立派な人間がいるなら、是非俺の前に見せて欲しいよ。本当に誰だよそんなこと言ったの…。」


俺はため息をつくと、呆れながら立ち上がった。

少なくとも、ルルが変な勘違いを言い触らしていることだけは分かった。

もう、恐らく会うことはないだろうが最後に会ったら文句を言いたい。


「これ。僕の大事なモノ…。」


少年が俺のすぐ近くまで近づくと、1枚のカードを差し出してきた。

以前、ルルに渡そうとしていたサッカーカードのレアなカードだ。

恐らく、俺がこの手のカードを集めていることをルルから聞いたのだろう。


「いらないよ。というか、それルルちゃんに渡そうとしたやつでしょ?だったら、ルルちゃんに渡してやりなよ。」


俺は少年の方を振り向かずに言う。


「ルル様が言ってた。お兄さんがこのカード集めていること。だから、あげる。その代わりにルル様を助けて欲しいの!」


俺はその言葉にどこか俺の中にある何かがプツンと切れてしまった気がした。

ジョニーから言われた、“自分にとってのヒーロー”という言葉。

本当にどういう勘違いをしたらそんなことになるのか。

俺はそんな大層な人間でもないし、大それたことが出来る人間でもない。

ただ、人生のんびりと楽に何も変なことも起きずに生きていければいいと思っている普通の人間だ。

どいつもこいつも、本当に何を考えているんだ。

俺が、脅されて縁談を受け入れる少女を助けてあげられるような人間に見えるのか。


「だから、出来ないって言ってるだろ!無理なモノは無理なんだよ!それこそ、サタンにでも頼めよ!」


俺は少年に対して、大声で叫んだ。

少年がビクンと一瞬だけ震えていた。

そう、サタンにでも頼めばいい。あいつは人類最強なんだ。

少なくとも、あいつなら今のこの状況を何とか出来るのかもしれない。

だから、俺を頼ろうとするな。


「ごめん、大きな声出しちゃって。でも、そのカードは受け取れないよ。俺は、ルルちゃんの言うヒーローでも何でもない。ただの、何も出来やしない普通の人間なんだよ。」


俺はそう言うと、逃げるようにしてその場を走り去った。

少なくとも、あの場所にはいたくなかった。

とりあえず、どこかで時間を潰そう。そうだな、1時間くらい人気のないところで休みたい。

一度、頭を冷やしてそしたらサタン達の元に戻ろう。

その頃には、ルミナもルーシーも帰っているだろう。

そんなことを考えていると、見慣れない場所まで来ていた。

道に迷ってしまった。後で、マップアプリで帰り道を調べないといけない。

俺は、そんなことを考えながら建物の壁にもたれかかり腰を下ろした。

そして、一度落ち着くために突っ伏すように額を自身の組んだ腕に押し付けた。

正直、このまま帰らずにいてもいいかなと思ってしまう。


「どうされましたか?具合が悪いのでしたら、近くに病院がありますけど。」


頭上から声が聞こえてきた。

こんな場所で座り込んでいたから、体調が悪いと思われたのだろうか。

とりあえず、適当に返答しないといけない。以前にルルにかけてもらった翻訳魔術のお陰で知らない人に声をかけられても日本語に勝手に聞こえるから本当に便利だ。

俺は、顔を上げた。


「大丈夫ですよ、少し休んでいた…だけ…ですから…。」


俺は声をかけてきた相手を見た。

一瞬、その顔に思考が止まってしまった。相手も同じだったのだろう。

ポカンとした表情をしていた。


「…ルルちゃん?」


「…剣さん?」


目の前にはルルが立っていた。

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