気の乗らない訪問
サタンから孤児院にルーシーと共に行けと言われた俺達は問題となっているルルが運営している孤児院へと向かっていた。
「何でルミナちゃんまでいるのさ?」
俺は後ろを歩いているルミナに尋ねる。
「私は剣様の付き人です。同行するのは当然かと。」
別にこっちは付き人の話は認めていないのに、というツッコミをしたいのだがそれはそれでまた言い返されて口喧嘩になる未来が見えるのでやめておこう。
「別に来なくてもいいのに…。」
俺はポツリとつぶやく。
ルミナがその声に目ざとく反応する。
「今回は妙に乗り気じゃないんですね?仮にもルル様が結婚されて私達の前からいなくなる可能性があるというのに。」
こういう時だけ、勘がいいのはやめて欲しい。
別に、今回は乗り気じゃないという言い方には語弊がある。
いつも、基本面倒ごとに巻き込まれたくてしているわけじゃない。
というか、巻き込まれないに越したことはない。
加えて、脳裏にフラッシュバックしてくるジョニーに言われた“ヒーロー”という言葉だ。
ルルがどうしてそんな言葉を使ったのか、説明されても理解出来ていない自分がいる。
少なくとも、自分がそんな人間じゃないことくらいは自分自身が一番よく分かっている。
ルル自身が結婚することを決めてすでに姿をくらませてしまっていること、ルルからの妙に高い評価。
この2つのせいでどうもいつも以上に関わりたくない、という気持ちが大きい気がする。
それをサタン達に言う訳にもいかないので、こうして自分自身の中に留めておいてしまっている。それも何かモヤモヤしてしまっている理由の1つな気がする。
「前提として、俺がどうこう出来る問題じゃないからな。サタンはまだ姉という立場とかで色々出来るかもしれないけど。俺に関しては、ただの一般人。ましてや、魔術師でも何でもないような人間だぞ。そんな人間が、魔術師同士の家の結婚に首を突っ込んだところでって気持ちがあるだけだよ。」
俺はルミナの方を振り向かずに言い返す。
どうも、足取りが重い気がする。
正直、このまま逃げてしまうのが一番なのかもしれない。ただ、それをしたところでどうせ連れ戻されるのがオチだろう。
「…本当にそれだけなんですか?」
ルミナが歩いていた足を止めて、俺に尋ねる。
「どういう意味だよ?」
俺は立ち止まったルミナを無視するように歩き続ける。
ルーシーが先程から気落ちした様子で歩いていた。
しかし、ルミナが足を止めたのを見たのか立ち止まっていた。
「そのままです。何かそれ以外の理由があるのではないかと思っただけです。」
「それ以外の理由なんてないよ。変な勘繰りはやめてよね。」
俺は顔の表情をルミナに見られたくないからか、少しばかり歩くスピードを上げた。
今日のルミナは何だか話していてやりにくさがある。
これまでのルミナならルルを助けないのか、とサタンと共に食って掛かってきそうなのに今日はなぜか理解がいい気がする。
調子が狂うのでやめて欲しい。
「分かりました。なら、これ以上は聞かないでおきましょう。」
ルミナは静かに言うと、再び俺の後ろを歩き始めた。
何だかなぁ…。
俺は歩き始めてから、ずっと感じているモヤモヤにどこかイラつくような感覚を感じていた。
「着きましたね…。」
ルーシーが門の前に立つとつぶやいた。
前、来た時は遊具の近くに多くの子供達が遊んでいた気がする。
それが、今日は誰一人としておらずひっそりとしていた。
まるでどこかに隠れているかのように…。
「何やら視線を感じますね。」
ルミナが身構えながら言う。
正直、俺にはどこからそんな視線が来ているのか全く感じられない。
「恐らく、ヴェネーノ家の人間が数人見張っていると思います。おかしな行動をしていないかを確認するために。」
ルーシーが小さな声でルミナに言う。
「なあ、これ。俺達が来て、大丈夫だったのかよ?」
下手に敷地内に入って園内の人間と接触することで、ルルはもちろんここの人達に危害が及ばないかを俺は心配した。
「大丈夫だとは思います。ルル様がこの孤児院に関わる人間に手を出さないことを条件としてしたそうですから。だから、ここで私達が近づいたところで何も出来ないはずです。」
「それなら、とりあえず入りますか。」
ルミナがルーシーの言葉を聞くと、中に入ろうとする。
俺とルーシーもその後に続く。
本当に静かだ。建物の中からも一切声がしない。
本当に誰かいるのか怪しくなる。
「お待ちしていました。」
玄関のドアの前に立つと、カチャリと開き老人が出てきた。
この孤児院を預かっている、自身を神父と名乗る男だ。
正直、いまだに名前が分からないのでそう呼ぶしかない。
「申し訳ございません。いきなり、連絡をしたと思ったら急に訪問してしまって…。」
ルミナが申し訳なさそうに言う。
ここに行く前にサタンが電話をして、訪問の約束を取り付けていた。
本当に今回のあいつは色々な意味で暴走していると思う。
元々、考えもなしに突っ走るタイプだと思っていたがここまでとは思っていなかった。
「構いませんよ。ルル様の友人なら歓迎です。ただ、あまり外で話すのは得策ではありませんな。とりあえず、中に。ルーシーも。」
神父はそう言うと、俺達を中に入るよう手招きする。
俺とルミナは軽くお辞儀をすると、中に入る。その後ろからルーシーも静かに入って行く。
建物の中も静かだった。
外から一切声がしなかったが、中に入ってもそれは変わらない。
まるで、時間が止まっているかのような感覚に陥りそうになる。
「すみませんな、大したもてなしは出来ませんが。今は、どうしても状況が状況でして子供達にも静かにするように言っているのです。」
廊下を歩く神父が説明をする。
俺は廊下の周りを眺める。
通り過ぎる部屋から少しばかり視線を感じる。恐らく、孤児院の子供達がコッソリと覗いているのだろうと想像する。
一応、子供達は無事らしくそこは安心する。
ただ、この状況が安全なのかと言われたらそうですとは言えないなとも思った。
「こちらの部屋へ、どうぞ。」
神父がドアを開けて、部屋の中へを案内をする。
俺達はその部屋の中へと入る。
神父は、部屋に入るとカップに紅茶を注ぎ俺達の座ったテーブルの前に出した。
「何もない部屋ですがね。」
苦笑いをしながら、言う神父。
俺は一口、紅茶を啜った。
「それで、ルル様の状況をお聞きしたいのでしたね。」
落ち着いた声で神父が言う。
ドアの向こうから大勢の気配を感じる。恐らく、孤児院にいる子供達だろう。
「…その。ルル様が結婚を決めた原因がこの孤児院について脅されたと聞いたのですが。」
ルミナが話を切り出す。
いつものルミナなら黙っていそうなのに、今日は饒舌だなと思う。
流石に状況が状況だから、いつものコミュ障をしている余裕はないのだろう。
「もう、そこまで知っていましたか。ルーシー、言ってしまいましたか?」
神父が優しく、ルーシーに言う。
「いや、言ったのは俺です。昨日、ルルちゃんの婚約者の人からその話を聞いていたので。サタン達に言ってしまいました。」
ルーシーを擁護するように俺が口を挟む。
「なるほど、そういうことですか。その話は事実ですよ。孤児院の存続を条件にルル様の結婚の件を認めさせたようですな。私も、ルル様とフォード・ヴェネーノとの間の話は詳しくは知りませんが…。」
そう言うと、神父は一口紅茶を飲んだ。
「脅し、とはどういったモノなのでしょうか?言いたくなければ構わないのですが…。」
ルミナが恐る恐る尋ねる。
普段もこれくらい話せればルルに怒られることもないだろうに、と思ってしまう。
「何、簡単ですよ。私の過去を探ったようでしてな。しっかりと、バレてしまいましたわ。」
笑いながら、神父が言う。
しかし、その表情にはどこか諦めに近かった。
「…過去?」
俺は神父の言葉に反応する。
確かに、どういう人物なのか全く分からない人だとは思っていた。
しかし、見た感じの神父の印象はただの人の良さそうな老人といった表現しか出来ない。
「私が立派な人物に見えますか?私の両手は多くの人間の血で染められているのですよ。」
そう言うと、神父が落ち着いた様子で静かに話し始めた。
「元々、私は裏稼業で生計を立てていた人間でしてな。殺しから人身売買まで大抵の罪は重ねてきたと自負しますよ。ただ、所属していた組織からついにお払い箱になりましてな。殺されそうなところをルル様に拾われただけですよ。」
「そんなこと、ルルちゃんから聞かなったけど。」
「それはあの人が黙っていただけでしょう。」
俺は、以前ルルから話された孤児院の話を思い出した。
正直、あの話がどこからどこまでが正しくて、どこからがルルが隠している話なのかさっぱり分からなくなった。
「まあ、それを理由に孤児院の閉園を迫ってきましてな。数週間前に、黒いスーツを着た男達がここにやって来たのですよ。流石に、私だけでは対処出来なかったのでルル様に相談したら、後は任せて欲しいと言われましてな。」
「気づいた時には、もうルル様が結婚の話をまとめていた…?」
ルミナが神父の話に続くように言う。
なるほど、点と線が少しだけ繋がった気がした。
まあ、本当に少しだけだけど…。
神父はルミナの言葉に無言で頷く。
「その、ランスフォード家の方でこの孤児院に見張りを付ける手筈になっています。もう、すでに配置も完了しているはずです。ルル様に連絡を取ることって可能でしょうか?」
ルミナが神父に言う。
神父は静かに首を横に振る。
「無理でしょうな。そもそも、私もあの話を聞いてすぐにルル様に連絡を取ろうとしましたが無視をされている状態でしてな。それに、ランスフォード家からわざわざ人を呼んで頂いたのは感謝いたします。しかし、あまり変なことはしないで欲しいというルル様からのお願いなのです。どうか、そこは了承していただけないでしょうか?」
そう言うと、神父は頭を下げた。
その表情は悲痛に満ちたモノだった。
正直、この状況で俺達に出来ることなんて何もないと俺は思った。
当の本人が完全にこちらとの接触を断ち切っているのだから。
“そんなことを言いながらも最後には何とかしてくれるかもしれない”
ジョニーが言っていた言葉を思い出した。
本当に何を言っているのだろう。俺が何とか出来る?冗談も大概にして欲しい。
俺は、何も言わないまま椅子から立ち上がった。
「剣様!」
ルミナが俺の名前を叫ぶ。
「帰る。ここにいた所で何も俺に出来ることなんてないんだし。」
俺はそう言うと、神父に軽く頭を下げて部屋を出た。
入った直後に感じた大勢の気配はすでに消えていた。




