ルシフェルの実力
硝煙の匂いが地面に疲れ切って寝転んでいる俺の所にまで匂ってくる。
正直言って、もう立ち上がることすら出来ない。
「汚い花火ですね…。」
ルルが俺の顔を覗き込むと、上空を見上げて言う。
「また、どこかで聞いたことあるようなセリフを…。」
疲れ切って、ツッコむ気力すら起きない。
隣には同じように疲れ切って転がっているルミナがいた。
「流石にこれで倒せた、はずですよね?」
そんなフラグの建ちそうなセリフを言う。
「この状況での勝ち確セリフって大体ロクなことにならない気がするんだけど…。」
俺は上空を見上げながら言う。
爆発によって起きた硝煙によって正直何も見えない。
とりあえず、何とか立ち上がるくらいには回復してここから逃げ出す必要がある。
とは言っても、回復させてくれそうなルルも先程の防御魔術の全面展開によって立つのがやっとレベルの状態だ。
リヤドも恐らく同じ状況だろう。
そうなると、頼りになりそうなのは…。
「アリスさん、とりあえず2人を回復させることって出来ますか?」
同じことを思っていたのか、ルルがアリスに尋ねる。
しかし、アリスは首を横に振る。
「ごめんなさい。私が出来るのは傷ついた人だったり意識を失ったりした人を治すだけなんです。だから、魔力を回復ということは出来ないんですよ…。」
申し訳なさそうに言う、アリス。
「肝心なところで使えないのどうにかならない?」
隣で聞いていたクレアがアリスにチクリと言う。
アリスはそれを聞くと、しょんぼりとした表情を浮かべる。
「こら、クレア!」
ルミナがクレアに注意する。
クレアはルミナの小言を聞きたくないのか、プンと視線を避ける。
「とりあえず、合流するのが先ですかね。」
リヤドが疲れ切った顔でルルに尋ねる。
ルルもそれに同意するかのように頷く。
…その時だった。
「…嘘!?」
ルミナの小さい声が響く。
「ルミナちゃんがフラグを建てるようなことを言うから。」
「待ってください!私が悪いんですか!?」
「いや、正直そんな話どうでもいいですから。」
俺とルミナの言い争っている中にルルがツッコむ。
正直、あれで倒せないのは流石に傷つく。
というか、立つのもやっとの状態でもう一度あれを相手にしろとか中々にきつい冗談だ。
「流石に、今のは効いたな…。」
地面に降り立ったゼラキエルが怒りからなのか顔を震わせながら俺達に言う。
流石にあのレベルの攻撃が直撃したのだ。かなりダメージを受けている。
しかし、徐々にその傷も癒え始めていた。
「…どうしますか?」
リヤドがルルに尋ねる声がする。
ルルも必死になって考えているようだった。
その時だった…。クレアが俺達の前に出てきた。
「ルル様とリヤド殿はお姉ちゃんとお兄ちゃんとアリスを連れて離脱してください。私が、殿を務めます。」
そう言うと、短刀を両手に持ち構える。
確かに、この中でまともに動けそうなのはクレアくらいだろう。
ただ、それでもかなりそれまでの戦いで消耗している。とても、無事では済まないことは俺でも理解出来る。
「馬鹿なこと言わないでください。それなら、私も…。」
ルミナが声を振り絞るようにして言うと、何とか立ち上がろうとする。
しかし、体がふらつき立ち上がることすら出来ずに地面に膝を着く。
「その状態で戦うのは無理でしょ。とりあえず、ルシフェル達の所まで逃げて。」
それに…、とクレアが小さい声で言う。
そして、俺達2人の方に振り向いた。
「2人が頑張ってくれたのに、私1人何もしてませんじゃムカつくんだよね。」
そう言うと、再びゼラキエルの方に視線を戻す。
俺も何とか立ち上がろうとするがルミナと同様に立ち上がることすら出来ない状況だった。
ルルとリヤドが背後に立っているのを感じた。
恐らく、ルルのことだろう。クレアの言葉に従い、俺とルミナを無理やりにでも逃がそうとする。
そういった判断は確実にそして的確に下してくることを短い付き合いで分かっている。
「行きますよ!」
ルルが俺の腕を引っ張る。
しかし、俺はその腕を振り払おうとする。
俺の腕を握るルルの手に力が加えられたのを感じた。
「行かせると思うか?貴様ら全員、ここで殺す!」
ゼラキエルが怒りのボルテージがマックスまで上がっているのだろう。顔を紅潮させて言う。
正直、立ち上がることも出来ない状態の俺とルミナの2人を連れて逃げれるとは思えない。
加えて、戦闘能力は皆無のアリスもいるのだ。
…そんなことを考えていた時だった。
パリンッッッ!!!
突然、上空を覆いつくしていた結界が音を立てて割れ始めた。
恐らく、その場にいる全員が上空を見上げていた。もちろん、ゼラキエルも。
上空には1人の女性が立っていた。
ルシフェルであった。しかし、ルシフェルの姿はここ数日会った中のどの表情よりも俺は恐怖を感じた。
俺が見ていたルシフェルは常に何を考えているか分からない。いや、正確に言えば何も考えていないようなニコニコとした顔をしているイメージしかなかった。
しかし、今。上空に立っているルシフェルの顔からはいつもの笑みは消えていて、冷たい目をしていた。
まるで、小さい頃に夏の暑い日に庭を隊列で歩いているアリの群れを見ている人間のような目だった。
「随分と、手間を取らせてくれましたね。」
上空から感情のこもっていないルシフェルの声が聞こえる。
正直言って、初めて聞く声だった。
こんな声を出すことがあるのか、と思う。
恐らく、ゼラキエル以外の全員が同じ気持ちだろう。
アリスに至ってはあまりの豹変ぶりに怯えているようだった。
「仮にも相当の準備をして張った結界なのだがな。まさか、この短時間で破壊されるのは想定外だった。」
ゼラキエルが冷や汗を浮かべながら言った。
今まで、どんな時も不気味な笑みを浮かべていたあの男がだ。
俺は隣にいるルミナを見た。ルミナは足が震えていた。
「相当の準備をして、あの程度の結界ですか。やはり、今の大天使はいけませんね。」
ルシフェルが冷たく言い放った直後だった。
ゼラキエルの体が真っ二つにされていた。
鮮血が飛び散り、ルシフェルの顔に少しばかり飛んでいた。
ルシフェルは口元についた血を舌で少しばかり舐める。
「再生出来るのでしょう?いいですよ?」
余裕そうな表情でルシフェルが下半身だけとなったゼラキエルの前に立つと言い放つ。
それと同時に、地面に転がっていたゼラキエルの上半身がルシフェルの背後に回る。
「ルシフェル!後ろ!」
俺はルシフェルに向かって叫ぶ。
すでに下半身はなくなっていた。そして、上半身だけでルシフェルの背後に回っていたはずのゼラキエルの元に戻っていた。
「お気になさらず。」
ニコリとルシフェルが俺に笑いかける。
そして、その瞬間だった。ゼラキエルの首が地面に転がっていた。
先程もそうだが、まるで時間が飛んでいるような感覚だ。
どうやってルシフェルがゼラキエルに攻撃を仕掛けているのか全く理解出来ない。
それは、その場にいる全員が同じ気持ちだった。
ルルに至っては、ルシフェルに視線を釘付けにされていた。
「…さて。そろそろ、終わりとしましょうか。この茶番を。」
そう言うと、ルシフェルは背中に生えていた羽を大きく広げた。そして、再び上空へと舞い上がった。
「万象は灰燼と化す。世界は再生する。全ては無と帰す。地を這いずる獣よ。恐怖に慄き、震えるがいい。」
ルシフェルが何やら呪文のような言葉を唱え始めた。
そして、その直後だった。
ルシフェルの背中越しから無数の魔法陣が浮かび上がった。
その数は千や万はくだらないだろう。数えきれない程の魔法陣が浮かび上がっていた。
ルルがよくやるような魔術のように見えるが、恐らくルルが出せる魔法陣の数は多くても10個とかそれくらいだろう。
あの量の魔法陣を一斉に出すのは今までで見たことがないレベルだった。
「開け、宝物庫よ。我が、命に答えよ。」
そう言うと、ルシフェルはゼラキエルに対して右手をかざす。
すでにゼラキエルの体は再生し終わっていた。しかし、逃げる場所が無いのか立ちすくんでいるだけだった。
「“宝物庫の嵐”。」
ルシフェルが静かに言う。
その言葉と同時に、無数の魔法陣から大剣だの槍だの斧だのが出現すると立ちすくんでいるゼラキエルに対して降り注ぐ。
「魔力が尽きる限り、再生をする魔術を持っているのならその魔力が尽きるまで継続的な攻撃を加えることが最善。実に簡単な話です。」
上空からゼラキエルを見下ろすルシフェルが言う。
言うは容易く行うは難し。まさにそんな言葉が当てはまる気がする。
それが出来ているのなら、俺達がしていた。
しかし、実際にルシフェルはそれを現実として見せていた。
終わりのない攻撃。土煙が上がっていて、正直言って何が起きているのか分からない状況だ。
俺達は今、起きている状況をただ眺めているだけだった。
ルシフェルはというと、上空に浮かんだまま地面を見つめているだけだった。
どのくらい、眺めていただろうか。数分だけな気がするが、とても長い時間見ていた気がする。
地面から土煙が消え去ると、そこにはいたはずのゼラキエルの姿は無くなっていた。
あるのは、地面に染み込んでいた血痕だけだった。
「これで終わりですね。」
満足と言った表情でルシフェルが俺達の元に降りて来る。
その顔には先程まで見せていた冷酷な姿はなく、見慣れたニコニコとした柔和な表情をしていた。
「アリスちゃん、大丈夫でしたか?怪我はなかったですか?」
ルシフェルがアリスの元にゆっくりと近づくと、腰を下ろし頭を撫でた。
アリスは少しだけ先程の光景を見ていたからか、怯えた表情を浮かべたままであった。
「大丈夫です。…その、ありがとうございました。」
震えた声で、アリスはルシフェルに礼を言う。
ルシフェルはニコリと柔和な笑みを浮かべて、アリスを抱きしめた。
アリスはルシフェルの胸に顔をうずめると、怯えた表情が少しだけ無くなり安心したような表情になっていた。
クレアはそんな2人の姿をジッと眺めていた。
「とりあえず、お姉さまが戻って来るまでにこの状況を終わらせましょうか。」
ルルが我に返ったかのように言う。俺とルミナ、リヤドも同じく我に戻ると頷く。
結界が破られたということはここにいる人達の意識も回復し出す人もそろそろ出てくる頃だろう。
というか、まだ意識が戻っていないが従兄妹の2人も元いた教室に戻さないと状況を説明するのが大変だ。
そんなことを考えていた時だった…。
「その必要はありませんよ。」
突然、上空から聞き覚えのない女性の声が聞こえてきた。
俺達は一斉に上空へを視線を向けた。




