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これがベースボールだ!

クレアを抱きかかえた俺は、目の前にいる仮面を付けている男を見る。

背中からはもうかなり見慣れた羽が生えている。天使。それも大天使レベルの相手だろう。


「大丈夫だった?」


俺はクレアに尋ねる。

クレアはコクリと頷く。


「一応は、ね。ゼラキエル、って名乗ってた。大天使の1人だってさ。」


ゼラキエル。初めて聞く名前だ。

ただ、大天使の1人と自分で名乗っているというのならいぜん戦った2人と同等の力があるのだろう。


「…あの、お兄ちゃん。流石に、そろそろ離して欲しいかな。」


クレアの声が聞こえる。


「あっ、ごめん。」


俺はそう言うと、地面に降ろす。すぐにルルが近づくと、手当てを始める

リヤドがまだ校内にいるであろうアリスを探しに行っている。

とりあえず、リヤドがアリスを連れて戻って来るまで時間稼ぎをする必要がある。

戻って来るまでにサタンが閉じ込められた空間を破るか、ルシフェルが結界の中に入って来れるようになるのが一番なのだが…。


「まあ、そんな上手く行くわけないよな。」


俺はポツリとつぶやく。


「腕、治っていますね。」


俺の隣に立つと、ルミナが言う。

確かに、真っ二つに切り落としたはずなのに修復している。


「気配を一切感じなかったな。」


腕の調子を確認すると、ゼラキエルが不思議そうに俺に向かって言う。

以前から習得していた、闇属性の魔術を使った自身の存在を薄くする魔術だ。

やはり、初見の相手にはかなり有効だと思う。ただ、あれで仕留めれていないので次からはゼラキエル相手には多用出来ないとは思うが。


「あいつの能力だよ。恐らく、魔力が尽きない限り無限に無敵状態って感じ。もしくは、再生が間に合わないレベルで攻撃を叩き込むか。」


クレアがルルからの治療を受けながら、俺達に説明をする。

なるほど、再生するのか。道理で腕が元に戻っているわけだ。


「ヴァンパイアみたいな能力をしているんですね。」


ルルがクレアの治療をしながら、言う。

その言葉を聞くと、途端にゼラキエルが心外だと言わんばかりの表情を浮かべる。


「失礼な女だ。あんなのと一緒にしないで欲しいな。あれは、真核さえ壊せば使えなくなるような代物だ。俺の体は、そのままの通りに不死身だ。」


そう言うと、ゼラキエルは大きな斧を出した。

恐らくは、あれがあの男が普段使う武器なのだろう。


「不死身、なんて言葉は存在しませんよ。どんな生き物にも必ず弱点は存在する。完全、なんて言葉はあってないようなモノですよ。」


ルルはそう言うと、治療が終わったのか立ち上がる。

クレアもフラフラとよろめきながら後に続いて立ち上がる。

かなり、消耗をしているようだ。正直言って、戦力として期待しすぎることはしない方が良さそうだ。

サタンとルルからもかなりの評価を受けているらしいが、流石に大天使との戦いともなるとクレアでも相当負担のようだ。


「無理そうなら、後ろに下がっていた方がいいですよ。」


ルミナがクレアに言う。

クレアは、ニヤリとルミナに笑みを浮かべる。


「嫌だよ。あの馬鹿がまだ生きているんだから。私がこんなとこで寝転んでいたら、何言われるか分かったもんじゃない。」


“あの馬鹿”が誰のことを言っているのかいまいち分からないが、最低限動くことは出来るようだ。

ルミナはそれを聞くと、何かを言うこともなく自身が腰に差している2本の刀を抜く。

ルルも同様に、杖を出すと構える。


「1対4か。流石にそれは、骨が折れそうだな。」


ゼラキエルが全くそんなことを思っていなさそうに言うと、手に持っていた斧を構える。

不気味な笑みを浮かべていた。

ルルが俺とルミナに無言で合図を送る。

俺とルミナもそれに無言で頷く。

そして、ルミナがゼラキエルの背後を取る。


「ふむ、そこの小娘もよくしているが芸がない。」


ゼラキエルはそう言うと、ルミナの方をただ振り向くだけで特に反撃する様子もなかった。

ルミナは2本の刀を振りぬく。腕を狙ったのだろうが、ほんの少しだけゼラキエルが避けたのか背中から鮮血が飛ぶ。


「…言ったはずだぞ。不死身、と。」


そう言うと、攻撃が終わった直後で隙が出来たルミナを見下ろす。

そして、そのまま右手に持っていた斧を振り下ろす。

ルミナに直撃したかのように見えた。しかし、土ぼこりが舞うとルミナが上着として着ていた黒い服が真っ二つに斬れて宙に舞う。

それを見た直後に俺もゼラキエルに対して一気に距離を詰める。

ルミナもそれに呼応するように、ゼラキエルの横を狙う。


「ふむ、同時に攻撃か。悪くはない。」


そう言うと、ゼラキエルは俺の攻撃をギリギリの所で避ける。

そして、ルミナの刀をワザと受けるとそのままルミナに対して体ごとタックルを仕掛ける。


「くっ!!!」


ルミナは、ゼラキエルからの一撃を2本の刀を交差するようにして防ぐ。

しかし、勢いを殺しきれずに後方に吹っ飛ばされる。


「“精霊魔法・水撃(すいげき)連打(れんだ)”。」


ルルの声が背後から響く。

直後、俺の背中越しから無数の水の弾丸がゼラキエルに向かって飛ぶ。

そして、止めとばかりにゼラキエルの頭上に龍の顔を模した水の塊が降り注ぐ。

校庭の一面が水浸しになる。


「ほとんど、効果が無いのは流石に傷つきますね。」


ルルがつぶやく。

俺とルミナの2人はルルとクレアのいる場所に戻る。


「斬っていても、仕留めたという感覚が一切ないんですよね。」


ルミナも不満気に言う。


「…なあ、そういえばだけどあいつ。俺の攻撃だけは避けていなかったか?」


俺は、ふと気になりルルに言う。

明らかに俺への攻撃は避けてルミナの攻撃は気にする素振りも見せずに受けていた。

ルルは俺の方に視線を向ける。


「確かに、明らかに避けていましたね。その大剣で斬られることを嫌がったからですかね…。」


“退魔の剣”。魔術を無効化する大剣。ルシフェルから軽く説明は受けていたが、もしもこの大剣のおかげなのだとしたら…。


「ただ、それだと腕が再生したことの理由はどうするの?」


クレアが尋ねる。

そう、そこが謎だ。腕の再生は普通に出来ていた。

この大剣の効果が本当だとしたら、腕が再生されることはないはずだ。


「何かしらの対策をしている、とかですかね。ただ、その大剣で斬られるのが嫌がっているのだとしたら、時間稼ぎをするだけなら十分策はあります。」


ルルは小声で俺達に言う。

クレアも次は自分も行くとばかりに短刀を両手に構える。


「作戦会議は決まったのか?」


わざわざ、俺達が話し終えるまで待っていたのか。

だいぶ、舐めていると思う。というより、大天使全員に言えるがこの手の傲慢さが目立つ気がする。

あの天馬ですらいぜん戦っていた時には、ちょっとした舐めプをしていた。


「お姉ちゃん!お兄ちゃん!突っ込んで!私が援護する!」


クレアが飛びあがると、短刀を数本ゼラキエルに向けて投げつける。

俺とルミナはそれを合図に同時にゼラキエルに対して突撃する。

ルルが後方から何かを唱えていた。すると、ゼラキエルの四方八方に魔法陣が浮かび上がる。


「“精霊魔法・鶴翼(かくよく)絶唱(ぜっしょう)”。」


魔法陣の中央からレーザーのようなモノがゼラキエルに対して放たれる。

しかし、ゼラキエルは一切動く気配がない。全ての攻撃を受け止める。

俺はルミナの前に出ると、土煙を切り裂くようにしてゼラキエルの懐に飛び込もうとする。


「確か、貴様の魔力は反発するのだったな。」


そう言うと、ヒラリと俺の一撃を躱す。

やはりだ、明らかに俺の大剣を嫌がっている。

ルミナは予測するようにして、ゼラキエルの逃げる方向に向かい、先に構える。


「ふむ、流石に鬱陶しいな。これは。」


そう言うと、ゼラキエルは態勢を整えると空中に飛び上がる。

そして、左手を天へと掲げた。


「あまり時間をかけて、サタン・ウィザードとルシフェルと合流されるのは面倒だ。早めに仕留めるとしよう。」


そう言うと、天に掲げた左手に小さな球体が浮かび上がる。

その球体は段々と大きくなる。


「…流石にあれは、ヤバいですね。」


ルルが冷や汗を浮かべながら、小声でつぶやく。

まるで、太陽のように光り輝いていた。


「“(ヘル)太陽(フレア)”。」


ゼラキエルは徐々に巨大化していく球体を左手で持ち上げるようにして聞き取れないような声で何かを言った。

どうするか、と考えていた時だった。ルルのポケットに入れていた携帯から音が鳴る。

ルルはすぐにそれを取り出す。


「…分かっています。流石に、この状況なら仕方ないですね。」


ルルはそう言うと、携帯を再びポケットにしまう。


「逃げましょう。流石に、これを防ぐのは私達では無理です。」


言い終わるとすぐに、杖をしまう。

その背後からはリヤドが俺の従兄妹2人を抱えて、そしてアリスを連れて戻って来た。


「アリス殿を無理やり連れて来ました。すぐにでも逃げられます。」


ルルに対して言う。ルルもそれに無言で頷く。

ルミナも仕方がないとばかりにすでに後ずさりをしていた。

俺はアリスの方を見る。アリスは本当にここで逃げるのか、といった表情をしていた。

その表情は泣きそうな顔だった。

俺だって、逃げるのが最善だと思う。

というか、それ以外の方法はない。とりあえず、アリスと従兄妹の2人の無事は確保出来ている。

こちらの目的としては十分達成している。

すでに、俺以外の全員が走り出そうとしていた時だった。


「…剣様?」


ルミナがゼラキエルが今にも放とうとしていた巨大な球体を見つめていた俺に声をかける。

その声に、3人も立ち止まる。


「…なあ、もしここで逃げたとしたらサタンが戻って来た時に何言われるか分かんないと思わないか?」


俺は、背後にいる4人に対して振り向かずに言う。


「…これを防ぐ手段があると?」


リヤドが俺に尋ねる。

手段があるのか、か。あるわけがない。

というか、そんな手段はどこぞの人類最強が匙を投げている時点で確信がある方法なんて考えられるわけがない。

俺はそんなことを考えながら、持っている大剣をゼラキエルに対して突きつける。

そして、そのままそれを肩に担ぐようにして持つと、野球のバッティングフォームを取る。


「あるさ。それに、ここであいつなしであれを倒したってなればあの自称人類最強にマウントが取れるんだぜ。」


そう言うと、握っていた大剣の柄の部分に力を入れる。

そして、ゼラキエルに対して大声で言う。


「来いよ!バックスクリーンに飛び込む、逆転サヨナラ満塁ホームランでゲームセットだ!」


ゼラキエルがニヤリと笑みを浮かべる。出来るわけがないだろ、と言った顔だ。

上等だ。その余裕の顔、絶望に変えてやるよ。


「…情報が多すぎるんですよ。」


ルミナの声が背中越しから響く。

すると、ルミナが俺の隣に立つと同じように左側に構える。


「あなた1人であれを打ち返せるとは思えませんからね。私も手伝いますよ。」


ニコリと笑みを浮かべる、ルミナ。

俺はそんなルミナに対して、ニヤリと笑い返す。


すると、小学校の建物の外側に大量の防御魔術が浮かび上がった。そして、その内側を氷の膜が覆いつくす。

ルルが俺とルミナに対して言う。


「…しょうがないですね。リヤド!作戦変更です。ここで全ての魔力を使い果たすくらいの覚悟をしてください!ここまで来たら乗ってあげますよ!私は、勝てない戦いはしない主義なんですけどね。」


「期待しているぜ!」


そう言うと、ゼラキエルに再び視線を向ける。

ゼラキエルが余裕の笑みを浮かべたまま俺達を見下ろす。


「フン、馬鹿な連中だ。そのまま、消え去れ。」


そう言うと、巨大な燃え上がる球体を俺達に落とす。

俺とルミナはその球体をそれぞれ、大剣と刀で受け止める。


「「ふんがっ!!!」」


必死に押し負けないと全身の力を振り絞って耐える。


「見てろよ、大天使様よ!これが…。」


俺が小声で言うと、ルミナと声を合わせて叫ぶ。


「「ベースボールだ!!!」」


同時に、球体を弾き返す。

勢いよく、ゼラキエルに向かって球体が飛んでいく。


「…まさか!?」


ゼラキエルの口元から笑みが消えていた。

そして、空を飛んでいたゼラキエルに球体が当たると爆音と共に火花が散った。

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