新たなる夢
「とりあえず、今回の目標は達成か…。」
ザドキエルが決着がついたのを確認すると静かに呟く。
あのランスフォード家の男を始末する手間が省けた、と思うと楽になったと感じている。
「しかし、“退魔の剣”か。まさか、再びその名を聞くことになるとはな…。」
ザドキエルは懐かしそうな顔をすると、1人で笑う。
その瞬間だった。自身の心臓部分に血が滲んでいるのを感じた。
「…馬鹿な!?いつのまにッ!!!」
ザドキエルの心臓には日本刀が突き刺さっていた。背後には、赤髪のポニーテールの少女。
神野剣と共に戦っていた、ルミナと名乗る女かと察した。
「なるほど。魔力が一切ないことを逆手に取った、不意打ちか…。魔術師の風上にも置けない行動だな。」
ザドキエルが忌々しそうに言うと、余裕だと見せるために笑みを浮かべる。
「あなたこそ、最初に不意打ちを仕掛けて来たのではないですか?」
ルミナがザドキエルに突き刺した刀にさらに力を込める。
何故だろうか、ただの日本刀で刺されているだけのはずだ。それなのに、体から力が抜けていく感覚に陥る。
ザドキエルは背後から突き刺さっている日本刀を掴む。
「私のは魔術を使ったモノだ。貴様のような、コソコソとした魔術でも何でもない奇襲とは訳が違う。」
掴んでいる日本刀へ、力を込める。
このまま、この女を殺して立ち去るだけだ。
下手に時間をかけると、この女達の仲間が来るかもしれない。
これ以上の交戦は避けたいところだ。
ザドキエルはそう思うと、自身の持つ大剣を出そうとする。しかし、大剣は出てこない。それどころか、更に力が抜けていく感覚が強まる。
「ようやく効いてきましたか。」
握られている刀からザドキエルの力が抜けるのを確認すると、ルミナは突き刺した刀を抜く。
ザドキエルは、地面に膝をついた。
「…何をした?」
ルミナはそれを聞くと、小さな小瓶を見せた。
「体の内側から魔力を暴走させて、魔術師を殺す薬です。天使にも効くモノなんですね。持って来て、正解でした。」
「おのれ!小癪な真似をッ!!!」
ザドキエルはそう叫ぶと、立ち上がろうとする。
しかし、視界が揺れ体がふらつき立つことすらおぼつかない。
「ふざけるな!大天使の私が、こんな魔力のない小娘にッ…!!!」
ザドキエルが悔しそうに言う。口からは血がダラダラと流れる。
体からは白い蒸気が出てきていた。確実に自身の命が終わりに向かっていることを察していた。
「魔力もない人間が、私を見下そうとするな!!!ならば、貴様も道連れだ!!!」
ザドキエルは、最後の力を振り絞ったように膝をついた状態のままルミナに手を伸ばそうとする。
しかし、ルミナへとたどり着くことは叶わなかった。
ルミナは自身の刀をスッとザドキエルに対して振るう。瞬間、ザドキエルの首元から鮮血が飛ぶ。
「大天使、ザドキエル。ランスフォード家の者を扇動した罪で、次期当主ルミナ・ランスフォードの名の元に粛清する。」
冷たい目でルミナは見下ろしながら、静かに言う。
そして、ザドキエルが地面に音を立てて崩れ落ちるのを確認すると意識が遠のく感覚を味わった。
「…大丈夫かよ?」
俺は、ふらついて倒れそうになるルミナを抱きかかえる。
正直言って、こちらも歩くのもやっとの状態なのであまり立っていたくない精神状態だ。
結界が消えて行っているのか、夜空が再び視界に入って来た。
「大丈夫です。意識は何とかありますので。少し、地面に横にさせてください。」
ルミナはそう言うと、微笑んだ。
俺は、ルミナを地面に静かに置いた。そして、ルミナと同じように地面の上に寝転がった。
星空が綺麗だ。俺は、空を見上げるとそんなことを思った。
「天使って、あんな風に消滅するんですね。」
俺と同じように夜空を見上げるルミナが言う。
俺からしたら人生で2回目の光景だ。あまり、驚きもなくなっている。
「…、あまり驚かないんですね。私は初めて見ましたけど。」
「俺、2回目だから。」
疲れて、目を瞑りながら俺は言う。
「そう言えば、サタン様に助けられた時に見たんでしたね。」
ルミナはそう言うと、黙る。
沈黙の時間が流れる。
「人を斬ったのは初めてですか?」
「今日は随分と饒舌なんだな。いつものオドオドしているのはどうしたんだよ?」
俺は珍しくよく話すルミナに言う。
「割と、剣殿に対しては初めから話せていたと思いますよ。」
「サタンとルルちゃんが居場所取られそうになって敵意剥き出しだからとか言ってたな。」
「…あの2人は。」
ルミナはそう言うとため息をついた。
俺は、右手を空に掲げて眺めた。人を斬ったなんて、初めてだった。
意外と、すんなりと斬れるモノなんだなと思った。まあ、アドレナリン的なモノが出ていたからなのかもしれないが。
リヤドと共に戦った時は、作り物を斬っただけだったので特に何かを感じなかったが改めて言われると変な気持ちだ。
「これからどうなるんだろう?」
俺は、ルミナの問いに答えることなく、逆に尋ねた。
「さあ、どうなるんでしょうね。別に、今回は私達は純粋に襲われただけですから。加えて、謀反人どころか大天使まで倒したんですから。お褒めの言葉でも貰えるんじゃないんですか?」
またこの子は思ってもいないことを言っているな、と俺は思った。
「リヤドみたいにサタンの前から去るとか言ってやるなよ。また、あいつがメンヘラ発動して面倒そうだから。」
「しませんよ。言ったでしょう?私にはランスフォード家の当主となりサタン様の騎士になる夢があるんです。」
「あれだけのことがあって、まだそれを言えるのは逆に尊敬するわ…。」
俺は呆れながら、ルミナに言う。
と言うか、それは本当に本心から言っているのかと問いたい。
「…ありがとうございました。あなたに礼を言うのは今日だけで2回もですね。」
ルミナがポツリと言う。
「そうだな。もっと感謝してもいいんだぞ?」
俺は、空を見上げながら言う。
「相変わらずですね。まあ、でもあなたは初めて会った時からそうでしたね。失礼で、口が悪くて。」
「この期に及んで、憎まれ口かよ。ホントにツンデレだな。」
「ツンデレじゃないです。事実をそのままに言っているだけです。」
俺は疲れた体を無理やり起こして、ルミナに言う。
ルミナは俺の顔を見ずに空を見上げたまま言い返す。
俺は、やれやれと思い再び地面に寝転んだ。
「でも、まあ。そうですね。私の努力を褒めてくれたのは正直言って嬉しかったですよ。例え、それが無駄な時間だったとしても…。」
ルミナはそう言うと、目を閉じた。目からは、一筋の涙がこぼれていた。
他人からの評価を誰よりも気にして、誰かに認められたいとばかり思っている。
少なくとも、認めてくれる人は周りにいるはずなのに全く見えずに、自分の殻に閉じこもってしまっている。
「無駄な時間じゃないさ。お陰で、こうして俺は生きてるんだから。」
俺はルミナに言う。
少なくとも、ルミナがいなければもっとボロボロになっていただろう。もしかしたら、命を失っていたかもしれない。
俺にとっては、ルミナがこれまでの人生を賭けたモノは無駄なモノなんかじゃないと思っている。
「もっと自分を褒めればいいんだよ。無い物ねだりしても人生辛いだけだぞ。」
俺の顔を見つめる、ルミナに俺は言う。
「上ばかり見てるから大変なんだよ。自分より下を見るのも大事だと思うけどな。」
ルミナはそれを聞くと、クスリと笑ったように見えた。
「ホント、ダメな人ですね。でも、まあそうですね。大事なんでしょうね。そう言うのって…。」
再び空を見上げたルミナが言う。
俺に対して言っているのか、自分に言い聞かせているのかよく分からない言い方だった。
「少なくとも、ルミナちゃんは俺よりもよっぽど立派な人間だと思うよ。10数年間、ずっと同じこと続けられるほどの努力家なんだし。それに…。」
俺はそう言うと、ルミナの方を見た。
「十分、強いじゃないか。散々馬鹿にしてきた奴を倒せたんだぞ。そりゃあ、サタンとルルと比べたら弱いってなるかもしれないけどさ。でも、あれは自分で人類最強とか言っちゃうような奴らだぞ。」
俺の言葉を聞くと、ルミナは何が面白いのか笑い始めた。
「おい!人がせっかく元気づけようと恥ずかしいこと言っているんだぞ!」
俺はムキになって、寝転んでいた状態から再び起き上がる。
急に起き上がって、体が少し痛む。
「いえ、ホントにどうしようもない人だなって。でも、そうですね。そんなあなたに、私は救われたんですね。」
クスクスと楽しそうに笑いながら、ルミナは言う。
「剣殿。私は先程、自身の夢はランスフォード家の当主でサタン様の騎士になるって言いましたよね。」
「そう言えば、言ってたな。そんなこと。」
先程、聞いたことを改めて言ってこの子は何が言いたいのだろうと思う。
ルミナは夜空を見上げたままだ。
「私、夢を変えようと思うんです。」
俺はそれを聞いて、今更かと思った。
正直、遅いくらいだと思う。あれだけ辛い目に遭いながら、今の今まで夢を諦めてなかったんだな。
本当に、何と言うか強情な子だと思う。
「いいと思うよ。」
俺はそう言うと、起き上がったままの状態でルミナに言った。
「どんな夢なのか、とか聞かないんですか?」
ルミナが俺の方を見てきて、尋ねる。
「いや、別に。正直、そこまで興味はないかな。他人の夢なんだし。あれか?ケーキ屋さんになりたいとか?」
「ケーキ屋さんって…。今時の小学生でもそんな夢言わないでしょうに…。」
ルミナが呆れながら、俺に言う。
それもそうだなと思う。今の子供って無駄に成熟してるからな、とルミナの言葉を聞いて思った。
「サタン様の騎士になると言う夢は諦めるつもりです。」
ルミナはそう言うと、少しだけ悲しげな顔をして笑みを浮かべた。
そして、言葉を続ける。
「あの人は、私なんかがいなくても強い方ですから。だから、あの人の隣にいられればいいかなって思ったんです。」
リヤドみたいなこと言ってるな、と思った。
あいつも、似たようなことを言っていた気がする。
と言うか、サタンの騎士は諦めると言ったがランスフォード家の当主の夢は諦めてないのかと思った。
「ランスフォード家の当主と言う夢は変わりませんよ。そもそも、私より実力があるクレアはなる気ありませんしね。お母さまにこれから先も負担をかけさせるわけにもいきませんし…。」
別に誰か他の人に任せると言う選択肢はないのか、と言いたい。
まあ、言ったとこで無駄なことは分かっている。
俺は、ルミナの顔を見た。
ルミナの顔はこれまでに会った中で、初めてと言えるような清々しい顔をしていた。
そして、それは…と俺に言った。




