一口のコロッケ
部活の練習が終わった俺は、着替えを済ませて部室から出た。
いつもなら、同じ部活の同級生と帰るはずだったが今日は1人で駐輪所の自転車に向かっていた。
自分の止めている自転車のロックを外し、跨ると軽く右足で地面を蹴り上げ自転車を漕ぎ始める。
そのまま、校門まで走ると校門を出たすぐそこに自転車に跨って携帯をいじっているサタンがいた。
「おっ、来たか。」
サタンは俺が来たことに気づくと、行くかと言って並んで自転車を漕ぎ始めた。
うちの学校は中等部は徒歩か公共交通機関で登校が義務づけられているが、高等部からは申請さえすれば自転車で通うことが出来る。
自転車での登校に憧れていたらしいサタンは早速、申請を通して近所の店でママチャリを購入していた。
そして、今日がサタンにとっての自転車での初めての登下校らしい。
部活にも入っていないのに、こんな時間まで何をして待っていたのだろうか。
中等部の方に編入しているルルとルミナとリヤドの3人は部活に入っていないので授業が終わり次第帰ったのだろうか姿は見当たらない。
「お前のことだから、マウンテンバイクみたいな高そうなのを買うかと思っていたけど案外普通のを買ったんだな。」
俺は、隣で走っていて何か話した方がいいかと思い適当な話題を振った。
サタンはと言うと、器用に自転車に乗りながら携帯をいじっていた。
正直、女子とこうして自転車で一緒に帰るなんてシチュエーションがほぼない俺だ。何か、地味に緊張する。
普段の家での言動のせいで、女子っぽさがないサタンだが制服を着て黙っていると相当の美人であることは疑いがない事実だ。
「それは考えたのだがな。あの手の自転車ってかごが最初から付いてないだろ。で、かごは後付けで付けれるらしいのだが、何かダサく感じてな。お前と似たのにした。」
サタンはそう言うと、携帯を制服のポケットの中にしまった。
「お前って、イギリスの方ではどうやって通っていたんだよ?」
「基本は、家の者が車で行きと帰りは来てくれていたな。ルルも同じ車に乗っていたが。」
想像通りの登下校だった。
何と言うか、その風景が脳内で簡単に予想出来る気がする。
「何かいつもと違うな。どうした?腹でも痛いのか?」
サタンが、普段の話し方と違うと思ったのか俺に尋ねる。
「べ、別にいつもこんな感じだろ。」
俺は虚をつかれて、少し声が上ずった。
「何だ、私と一緒に帰っているから緊張しているのか?まったく、これだからモテた経験がない男は。」
相変わらず、無駄に勘だけはいいサタンがニヤニヤしながら俺に言う。
俺は軽くサタンを睨んだ。
「余計なお世話だよ。別に緊張なんてしてねえよ。あと、モテた経験くらいあるぞ。」
俺は図星だろと言わんばかりのサタンに言い返す。
「ほう、そうなのか。是非、そのモテた経験の話とやらを聞いてみたいな。」
サタンが意地悪気に言う。
「いつか話してやるよ。今はまだその時じゃないだけだから。」
俺はシッシッと手を振って自転車で距離を詰めてくるサタンにジェスチャーをした。
サタンはそんな経験などないくせに、と言わんばかりの表情をする。
余計なお世話だと言いたいが、やめることにした。
「そう言えば、コンビニに寄って何か食べたいな。」
サタンが思い出したかのように言う。
「何か食べたい、って…。帰ったらすぐに夕飯だぞ。」
俺は、呆れるように言う。
「ほら、学校帰りにコンビニに寄って何か食べるってよくある話なんだろ。私、一度そう言うのをしてみたかったんだよな。」
サタンはウキウキした表情で俺に言う。
俺からしたら当たり前のことかもしれないが、この女にとってはそう言う経験は今までの人生の中でないようだ。
「しょうがないな。もう少ししたらコンビニあるはずだから。そこに寄るか。」
だいぶ、いつもの調子に戻って来た俺はサタンに言う。
「あれだ、ホットスナックが食べてみたいな。」
サタンが相変わらずの偏った日本の知識を言う。
ホットスナックは別に総称であって、それ単品の料理ではないと思う。
「てか、お金あるのかよ。正直、買うとしても部活終わりに俺は飲み物を買ったから俺とお前の2人分を買うとかは無理だぞ。」
まあ、お金がないのなら代わりに買ってあげればいいかと思った。
どうせ、帰ったらすぐに夕ご飯が用意されているのだからわざわざ食べる必要性も感じない。
サタンはそれを聞くと、カバンから財布を取り出した。
「…、100円しかないな。」
「ほとんど、何も買えないレベルじゃねえか!仕送りとかちゃんと貰ってるんじゃないのか?」
一応、こちらでの学費や生活費は全てウィザード家から支給はされているらしい。
うちの家でかかった食費云々も毎月、いくらか俺の両親へと送ると言う話も決まっている。
俺の両親はそんなの悪いから、と最初は断っていたらしいが結局あっちがそれではこちらのメンツが的なことで押し通されたらしい。
ただ、サタンとルルに支給されているお金の管理はこの女1人に任せるのはやはり両親としても不安だったのだろう。
金銭面はほぼほぼルルが現在は管理しているらしい。
サタン1人に任せるのは不安だが、ルル1人に任せるのはいいのかとツッコミたいが…。
まあ、正直自分がこの女の親だとしても同じ選択をするだろうなとは思う。
当のサタン本人もルルが管理してくれるなら楽だな、と言って任せきりの状態だ。
お前はもう少し姉としての自覚を持てと言いたい。
「財布の中身を確認していなかったからな。ルルから、貰い忘れていた。」
サタンは、楽しみにしていたのかあからさまにがっかりした顔を見せていた。
自分の財布の中身くらいちゃんと確認しておけよと言いたい。
まったくこれだから、世間知らずのお嬢様は…。
俺は、コンビニの前に着くとため息を1つ吐いてから自転車を降りた。
「一応、200円くらいなら俺が持ってるから。安いのでいいなら買ってやるけど。」
「いいのか?」
サタンの顔が露骨に明るくなった。本当に分かりやすい奴だなと思う。
「いいよ、別に。今、食べてお腹膨れて夕飯食べれないとかなる方が嫌だから俺は食べる気なかったから。」
俺はそう言うと、サタンと共にコンビニの中に入った。
レジ前にある商品棚を見て、サタンにどれにすると言った目線を向けた。
「じゃあ、これにするか。」
サタンは、棚に並んでいる商品札の1つを指さした。
そこまで、値段が高くないモノを選んでいた。
コイツにも遠慮と言う言葉が存在するんだなと少しだけ感心した。
「すみません、これ1つください。」
俺は、レジを打っている店員に頼むと200円を渡す。
お釣りと共に紙袋に包まれた小さめのコロッケを受け取ると、サタンに渡す。
「ほらよ、大事に食べろよ。」
そのまま店の外に出る、サタンは受け取ったコロッケの紙袋の端を破ると一口コロッケに嚙り付いた。
冬の寒さで、まだ暖かさが残っているコロッケから少しだけ白い湯気が出ている。
恐らく、人生で初めてこういった場所で食べたのだろう。普段よりも美味しそうに食べていた。
コロッケなんて、家の夕飯で何度か食べているだろと言ってやりたい。
しかし、こうして見ると案外自分と同じ年齢の年頃の少女なんだなとサタンのことを再確認する。
普段は虚勢を張っているのか分からないが、強気な言動ばかりが目立つが…。
学校の方でも、俺に対しての言動程ではないがそれなりに我の強い一面をちょくちょく見せてはいる。
クラスメイトから何だコイツは、みたいに思われてハブられたりしないか心配していたが、何だかんだ言って人を引き付けるような何かがコイツにはあるのかもしれない。
割とすぐにクラスの女子とも打ち解けている。
美味しそうに食べてるサタンの顔を見ると、少しだけそう言えばコイツって可愛いなと不覚にも思ってしまう。
そんなことを考えていると、サタンが俺の視線に気づいたのか少し首を傾げた。
そして、サタンがふと半分ほど食べていたコロッケから口を離し、俺の前に食べかけのコロッケを出してきた。
「食べるか?剣も。」
数週間の付き合いで、こういう妙なとこで気が利く一面を見せることがある。
普段は食い意地を張って、人のおかずにまで手を出そうとするような奴の癖に。
「俺は別に大丈夫だよ。サタンが全部食べればいいよ。」
「いいだろ、一口くらい食べても。大して夕飯前だとしても変わらんだろ。」
サタンは食べて欲しいのか、俺に半分残っているコロッケを突き出す。
俺はそんなサタンの顔を見て、クスリと笑う。
「それもそうだな。じゃあ、一口貰おうかな。」
俺はそう言うと、サタンからコロッケを受け取り一口食べた。
よく、部活終わりに食べているがどこのコンビニも味に大差ないなとどうでもいいことを思う。
「いつものコンビニのコロッケの味だな。」
俺はそう言うと、サタンにコロッケを渡す。
サタンは、クスリと笑うと受け取って残っていたコロッケをパクリと一口で食べた。
そして、包みの紙袋を丸めるとゴミ箱にバスケのシュートよろしく投げた。
「よし、ゴールだ。」
それなりに距離があるゴミ箱に向かって、綺麗な弧を描いて入れてみせた。
サタンはどうだと言わんばかりの顔で俺を見てきた。
「はいはい、凄い凄い。」
俺は適当にサタンを褒めると自転車に跨った。
こういう所は本当に子供っぽいなと思う。
1つ下のルルの方がよっぽど大人に見えてしまう。
「全然凄いと思ってなさそうだな。まあ、いいか。帰るか。」
不満そうにサタンは言うと、同じように自転車に跨り右足で軽く地面を蹴り上げてペダルを踏む。
「なあ、剣。」
サタンは隣で並んで走る俺に声をかける。
「何だよ?」
俺は、サタンの方を見て言う。
サタンはそんな俺に向かって、満面の笑みを浮かべる。
「ありがとな、コロッケ!」
俺は、少しだけ恥ずかしくなったのか思わずサタンから視線を逸らす。
そして、再び前を向くとサタンに言葉を返した。
「どういたしまして。」
そう言うと、少しだけ漕いでいた自転車のスピードを上げた。




