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消えた眉間の皺

背中越しからリヤドの荒い呼吸が聞こえる。

恐らく、自分も同じ状況だろう。

全てが終わって、疲れ果てたからなのか先程までは感じなかった痛みが急激に体から感じられる。

そこそこ深めの切り傷をいくつか付けられたので激痛が走る。


「…さて。僕と決着を着けるんだったか。どうする?」


リヤドの声が聞こえる。


「絶対に今するべき行動じゃないだろ。体が回復したらやるかくらいの気持ちにしかならないわ。あー、全身が痛い…。」


この期に及んで、まだ強がりを言うリヤドに対して俺は言い返す。

一発、仕返しにぶん殴りたい気持ちは山々だがもう立ち上がることすら億劫な状況だ。

誰でもいいから、さっさと治療をして欲しい。


「しかし、まさか本当に来るとは思っていなかったな。まったく、想像以上に馬鹿な男だな。」


リヤドは何が可笑しいのか、少しだけ笑いながら言った。

笑っていても、コイツの眉間の皺は取れないんだなとどうでもいいことを考える。


「誰かが来ること前提で敵陣のど真ん中に突っ立っていた男だけには馬鹿だの何だの言われる筋合いはないだろ。」


俺は、天井を見ながら言い返す。

血が流れすぎたのか、頭がボーっとする。

このまま、目を閉じたら本当にあの世に行ってしまいそうな感じだ。


「そうだな、一縷の望みはしていたな。だが、別に君が来なくても相打ち覚悟でこの男は道ずれにしていたさ。」


リヤドはそう言うと、氷漬けにされた数分前までエンポリオだったモノをチラリと見る。

俺はそんなリヤドを横目に見ていた。


「しかし、やっぱり人助けなんてするもんじゃないな。こっちに何の得もないわ、全身に激痛はあるわ、ありがとうの1つも言われないわで散々だ。」


そう言うと、俺は少し目を閉じて息を吐いた。


「まだ、初めて会った時の方が可愛げがあったなと思うわ。お前も。」


リヤドを睨みながら俺は言う。

駅の構内や空港で話していた時は、まだ敬語交じりの腰の低い男だったはずだ。

それが、気づいたら敬語どころか皮肉交じりの言動しかしない男になっていた。

俺の方が1つ年上なんだぞと言ってやりたい。


「確かに、気づいたら素の口調になってしまっていたな。だが、君にはこれくらいがちょうどいいだろ。変にかしこまった言い方は何だかムズムズする。」


「やっぱり、俺。お前のことが嫌いだ。」


俺はリヤドに言い放つ。

そして、痛みが少しでも和らぐように全体重をリヤドにかけて脱力した姿勢をした。

早く助けは来ないのか、と思う。


「そうだな、何度も言っているが僕も君とはあまり気が合わなさそうだ。」


お前と気が合うような人間なんているのかよ、と言ってやりたい。

少し間を置くと、リヤドが言葉を続ける。


「だけど、そうだな。今回のことは感謝する。ありがとう、助かった。」


そう言うと、一呼吸置くと俺と同じように手足をだらんとして天井を見上げた。


「…、これからどうするんだよ?」


俺は沈黙が流れた後、リヤドに尋ねた。

リヤドは少しばかり考えると、答えた。


「そうだな、とりあえずは今回の件でウィザード家はもちろんお父さまからの命令を無視して勝手に向かったわけだからな。責任は取るさ。しっかりと。日本的に言うなら、自分のケツは自分で拭く、と言う表現になるのか?」


「たぶん、その拭いた紙。トイレに流したら確実に詰まると思うから、焼却処理した方がいいと思うぞ。」


俺は、覚えたばかりの日本語を使ってくる血まみれのイケメンに言い放つ。


「ふん、本当に減らず口の多い男だな。」


「お前…。今の会話の内容を録音して聞いてみろよ。ブーメラン刺さってるって自覚しておいた方がいいぞ。」


天井を見ながら、俺が無気力に言い返す。

何と言うか、天井の模様の数を数えているだけでも心が落ち着く気がする。

そんなことを考えながら、俺はリヤドに言う。


「と言うか、責任を取るって何をするんだよ。」


「別に簡単なことさ。ザスティン家から去るだけの話だ。」


リヤドがポツリと言う。


「そんなの、あの女が許すわけないと思うけど。」


俺は、サタンの顔を思い浮かべながら言った。

あの無駄に仲間意識が強い女が、そんな勝手なことを許すとは思えない。


「だろうな、だがもう自分自身で決めたことだ。だから、あの時君に言っただろ。サタン様のことを頼む、と。」


静かな声で、リヤドが言う。

俺は大きくため息をついた。


「馬鹿だな。嫌って言っただろ。本人に直接言って、ちゃんと了承を得ろよ。」


「なら、なぜこうして僕を助けに来たのだ?」


俺は、どう答えようか少し悩んだ。

そして、リヤドとの戦いの後に俺の部屋で話していた時のサタンの顔を思い浮かべていた。

恐らく、コイツはあの女に対してクソ重い感情を抱いているのかもしれないが、サタンは違うのだろう。

純粋に一緒に笑って、仲良く出来るような友人が欲しかっただけな気がする。


「お前とサタンのことが可愛そうに思ったからだよ、ただ純粋に。お互い、言いたいことがあるなら素直に言えばいいんだよ。ルルちゃんもそうだけど。どうして、こうも回りくどい関係ばかり築くのかね、お前達って。」


呆れるように俺は言った。

リヤドは遠い目をしていた。


「君みたいに単純になれたらどれくらい楽だっただろうな。自分の思いを素直に伝えたらよかったのかもしれない。結果がどうなっていたとしても。でも、それをしてはいけないんだよ。僕にとって、あの人は太陽のような存在なんだ。あの人の背中を見て、一緒に歩ければいい。ただ、それだけでいいんだ。」


そう言うと、リヤドは自身の手を眺めた。


「僕の命を救い、さらには自由にさえしようとしてくれた方なんだ。どうして、あの時にそれに気づけなかったのだろうな。気づいた時にはもう遅すぎるくらい一緒にいたというのに。」


俺は、それを聞くとサタンの言葉を思い出した。

多分、この男は勘違いをしている。

本当はお前を自由にする気なんてサラサラなくて、お前を仲間にするためだったんだぞと言ってやりたかった。

でも、言うべきじゃないんだろうなと感じた。

すれ違いばかりのこの2人にはお似合いだろう。


「てか、お前がいなくなったら俺のお前に一発ぶん殴るって話がなくなるんだけど。」


ふと思い出したかのように、リヤドに言う。

リヤドはそれを聞くと、鼻で笑って答えた。


「別に、したいならいつでも連絡をくれれば個別で相手くらいしてやる。まあ、君が僕に勝てるとは思わないがな。」


「本当に可愛げのない奴だな。どんな育てられ方したらそうなるんだか…。」


俺の言葉に、リヤドは自嘲気味に言った。


「本当にそうだな、君の言う通りだ。いつも、そうだった。1人で生きていけるからそれでいい。誰かの助けなどいらない。そう思って、生きてきた。」


そう言うと、右手を天井に掲げてその手を見上げた。


「もしかしたら、自分は今の両親に愛されていたのかもしれない。自分のことを大事に思ってくれる人がいたのかもしれない。だけど、自分のことを大切に思ってくれる存在なんていないと思っていた。もしくは、その思いに気づくことは出来なかった…。」


リヤドの独白を俺は聞いていた。

その時だった、部屋の外から複数人の階段を登ってくる音が聞こえる。

その音が徐々に大きくなると、何人もの男達が乗り込んできた。


「急いで、怪我人の救護を。それと、エンポリオ・ザスティンの確保を!」


遅れて入ってきたルルの声が聞こえる。

ルルは、室内を見渡すと部屋の中央で座り込んでいる俺達に気づく。

俺は、無事であることをアピールするように小さく右手を振った。

ルルは、少しばかり安心した顔を見せると、部屋のテーブル際に氷漬けにされている男を確認した。

そして、部下と思われる数人の男達に指示を出した。


「その氷漬けにされているモノは丁重に運び込んでください。そして、怪我人の治療を…。」


全てを言い終わる寸前に、凄い勢いで部屋に1人の少女が息を切らしながら入ってきた。

長い腰まで伸ばした黒髪が乱れるのを気にせずに、慌てた表情をしていた。


「リヤド!剣!無事か!」


入って来るや否や、大声で叫ぶサタンの姿が目に入ってきた。

そして、部屋の中央の俺達を見つけると治療をしようと準備を始めていた男達を押しのけるようにして俺達の元にやって来た。


「よかった!よかった!2人とも!無事で!」


俺達の前に座り込むと、サタンは俺とリヤドの2人を同時に抱きしめた。

目からは大粒の涙が流れ落ち、俺とリヤドの肩に涙の染みが付いていた。

俺は、大泣きをしているサタンを見るとリヤドに言った。


「なあ、リヤド。お前はさっき自分のことを大切に思ってくれる存在なんていないと思っていた、って言ってたよな。」


俺は、言いながらリヤドの顔を見た。


「いるじゃねえか、ここに。誰よりも、お前のことを大切に思ってくれる人間がさ。」


そう言うと、泣きじゃくるサタンを再び見た。

リヤドは、いつものようにフッと笑った。


「そうだな。本当に、そうだな…。」


その表情には、眉間からあれほど取れないと思っていた皺が取れておだやかな笑顔を見せていた。

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