自身の主の為に
部屋の中央には、大きめのテーブルが置かれていた。
向かい合うように1人の男がワイングラスを片手に赤い色をしたワインを嗜んでいた。
自身の目の前にも同じグラスに入った液体が置いてあるが、残念ながら未成年の自分にはまだ飲めない代物だ。
「噂通り、堅苦しい男だな。リヤド・ザスティン。どうせ、今際の際だ。ワインの一杯くらい嗜めばよいものを。」
男はそう言うと、グイっと一気にワインを流し込んだ。
男の名はエンポリオ、昨日のパーティーを襲撃した男である。
「今際の際か。はてさて、それはどちらの話かな。」
リヤドはそう言うと、周りを見渡した。
恐らくは、市街地で襲撃してきたのと同じだろう。顔を布で隠した集団がエンポリオの周りを固めていた。
軽く数えても100はいるだろう。よくもまあ、これほどの数を作ったモノだと感心する。
「さて、では聞こうか。ザスティン家の次期当主の座、譲り渡す件はどうする?」
エンポリオが尋ねた。
この男の狙いは、ザスティン家の次期当主の座。しかし、それを自分から奪ったとこで家の他の人間達をどう騙すつもりなのだろうかと疑問に思う。
リヤドはそれを聞くと、男の真似をするようにグラスを指で回す。
「そうだな。欲しければくれてやる、と昔の僕なら言ったのだろうな。」
そう言うと、テーブルの上に再びワイングラスを静かに置く。
エンポリオがジッとこちらを見つめる。
リヤドはそのまま言葉を続ける。
「だが、今の僕にはその話を受け入れる気はない。」
その言葉にエンポリオは再びワインを注いでいたグラスに静かに力を込めた。
そしてポキっと音がすると根本が折れ、丸いワインの入った器が地面へと落ちた。
「なるほど、断るか…。」
その言葉は、静かな口調だった。しかし、確かに怒りに満ちた声だった。
その瞬間にリヤドの周りを囲んでいたエンポリオの手下が武器を構えた。
しかし、エンポリオがジェスチャーで制し、武器を収める。
「意外だな、リヤド。貴様はこの地位にさほどの執着がないと思っていたのだがな。」
「言っただろう、昔の僕なら、と。今の僕にはその地位は必要なモノなのさ。」
ザスティン家の次期当主。それが自分に与えられた新しい肩書きであった。
全てはあの1人の少女との出会いから始まった。
現代最強と呼ばれ、ずけずけと遠慮もなく人の領分に勝手に入ろうとする少女。
何度家から逃げようとしても捕まえられ、捕まえられるたびに独房に閉じ込められる自分を興味本位で話しかけてくる少女。
こちらがいくら拒絶しても諦めない。
自分の何に目を付けて、部下になれだの何だの言ってきたのか分からなかった。
終いには、勝手に勝負を仕掛けておきながら手を抜き負けきた。
その時に放った言葉が、“これでお前はもう自由だ。どこにでも行くと良い”である。
ふざけるな、と当時の自分は思った。
勝手に勝負を仕掛けられ、手を抜かれた挙句、自由だと。舐めるのも大概にしろと言いたい。
あの当時ですら、自身と少女の間にある圧倒的な力量差に気づいていた。
勝てるはずのない勝負に勝った、自分。ならば、どうすべきかは知っている。
「まだ、僕はあの方に借りている借りを返してはいない。」
リヤドはエンポリオに言っているのではなく、自分に言い聞かせるように言った。
本当の意味であの少女に勝たなければ、自分のプライドが許さない。
ただ、それだけの為にあの少女の部下となった。
「…、借り?そんなくだらないモノの為にわざわざこうして殺されに来たと言うのか。」
エンポリオが軽蔑するような目で言った。
「そうさ、借りさ。だが、それだけなら別にこの居場所である必要性なんてないさ。」
リヤドはそう言うと、立ち上がった。
そして、窓から外の景色を眺めた。
警戒するかのように、手下達が距離を詰める。しかし、手を出すなとエンポリオの声が聞こえる。
リヤドは再び、振り向くと窓によりかかるようにしてエンポリオを見た。
「僕にとって、ザスティン家の次期当主と言う地衣だけが唯一あの方の隣にいる場所となる。ただ、それだけの理由さ。断ったのは。」
そう言うと、リヤドは自嘲気味にフッと笑った。
サタン・ウィザード。親も兄弟も親戚すらもいない、誰からも手を差し伸べられなかった自分に初めて差した光。
今でも、あの少女に初めて言われた言葉を覚えている。
“いつか、この私が貴様のその額の皺を取ってやろう”
恐らく、今もその皺は取れていないだろう。
自分には恐らくあの光は眩しすぎるのだ。
本来、自分のような人間があの人の隣にいていいわけがない。
いつから、そう思い始めただろうか。気づいた頃には、かつて浴びせていた汚い口調から距離を置いたような丁寧な口調で話すようになっていた。
「恐らく、ただのリヤドと言う名では自分はあの人の隣にはいられない。だから、エンポリオ・ザスティン。貴様に、その地位を譲る気はない。」
リヤドは、対峙するエンポリオを睨みつけると言った。
その言葉にエンポリオはフフフ、と不気味に笑うと立ち上がった。
「くだらんな、たかが女1人の為にその命を捨てるか。まさか、あのような言葉に乗って来るとは想像もしていないかったが…。よもや、本当に来たとはな。」
面白そうに、エンポリオは笑う。
すると、その背後から1人の男が現れた。
見たこともない男だったが、明らかに実力の違いが明確に分かった。
今の自分では、あの男には勝てない。そう確信する。
「言っただろう、確実にそうなると。」
よく見ると、その男の背中には大きな白い羽が生えていた。
そして、本来あるはずの右腕が欠損していた。
「なるほど、道理でこれほどの量を作れるわけだ。貴様が、サタン様が言っていた大天使と言う奴か。」
恐らく、以前にサタンから戦ったことがあると聞いていた3人の内の1人だろう。
見た目的に、ザドキエルと呼ばれていた天使だろうか。
「ようやく、尻尾を出したようだな。エンポリオ。」
リヤドはニヤリと笑った。
「だから、どうしたと言うのだ?すでにこちらには大量のストックで作り上げた兵隊がいる。ザドキエル、貴様の手を煩わせる必要もない。すぐに終わらせ、ザスティン家を乗っ取り次第に計画を実行する。」
そう言うと、手下が一斉にエンポリオを守るように集まった。そして、武器を出すと、リヤドに向けて構えた。
「ふむ、ならばそうするとしよう。私としても、これ以上貴様と関わる気は特にないのでな。」
そう言うと、魔法陣と共に姿を消した。
「僕が生きてきた中で学んだことがある。」
リヤドはそう言うと、背中に背負っている大剣に手を掛けた。
「1つは1人で生きる為には強くならないといけないことだ。」
育ての親すら知らずに、気づけばスラム街に立っていた。
日々の食事すら満足に取れない状況、空腹で死にかけた日々。
その中で、生きる為に必死に金を奪い続け、人を傷つけてきた。
付いた名が“スラムの狂犬”。
「そして、もう1つ。誰かを守るためにはそれ以上に強さが必要だ、と言うことだ。」
リヤドはそう言うと、サタンの顔が脳裏に浮かんだ。
遠慮も何もない、平気で土足で人の心の中に入ってくるような少女。
その癖、妙に勘が良く面倒見も良く、心優しい少女。
恐らく、自分はサタンと言う少女が好きなのであろう。
いつから、この感情が芽生えてきたのかは分からない。
しかし、それは意味のない感情だと知っている。
サタンは自分のことを大切な仲間として思っているかもしれないが、それ以上の感情は持っていないのだから。
でも、それでいい。自分にはあの少女は大きすぎる存在なのだから。
後ろに付き従って、共に同じ世界を歩めればそれでいい。
そう言えば、最近似たような人間に会った気がする。
面倒臭がりで、失礼な物言いしかしないのに頼まれたら嫌とは言えずに何かしらの手を差し伸べようとして来る少年。
自分よりもよっぽど、サタンと打ち解けている少年。
恐らく、自分よりもあの少女の隣にいるべきであろう少年。
「大切な人を守るためなら、例えどんな手を使おうが。どれだけ嫌われようが構わないさ。」
そう言うと、エンポリオに向けて冷たい目を向けた。
サタンと出会う前、たった1人で孤独に生きてきた顔である。
リヤドはさらに、言葉を続けた。
「この世界に生まれ、親の顔すら知らない、恐らくあの時ギャングに捕まって終わっていたであろうこの命。わざと負けてまでして、自分を自由にしてくれようとしたあの人の隣に僕はまだ、やるべきことがある。」
そう言うと、リヤドは背中から大剣を抜いた。
そして、抜いた大剣を持ったままだらりと両腕の力を抜いたような形で立った。
「ならば、死ぬと良い。この人数、1人で倒しきれる数ではない。」
勝ち誇ったように言うエンポリオ。
だが、リヤドは不敵な笑みを崩さないままでいた。
「流石に、それは僕のことを舐めすぎではないか?僕の名は、リヤド・ザスティン。いずれ、サタン・ウィザードを王にする男だ。」
そう言うと、大剣を持ち上げエンポリオに向かって突き刺すように構えた。
「それに、いつ僕が1人でここに来たと言った…?」
リヤドの言葉にエンポリオはわずかに動揺した顔を見せた。
「何を言っている?貴様以外にこの場には誰もいないはずだ…。」
リヤドは知っている。
必ず、あの男は来ることを。
例え、どれだけ文句を言おうと来てしまう男を。
その瞬間だった、部屋のドアが思いっきり蹴り上げられるような音がすると1人の少年が飛び込んできた。
「遅かったじゃないか、待ちくたびれたぞ。」
リヤドは黒髪の少年に笑いかけながら言った。




