決別
その夜、俺はリヤドの家から少し離れた場所の草むらに隠れていた。
1時間くらい見張っているが、リヤドが出てくる気配どころかそもそも誰も人の出入りすらない状態であった。
ルルの頼み事とは、リヤドが勝手にエンポリオに指定された場所に行くのを監視していて欲しいというモノであった。
サタンはもちろん、ルルもルミナもリヤドと幼馴染みと言う関係性から下手に動けば疑いの目が向けられるため思い切った行動が出来ない。
そこで、ウィザード家ともザスティン家ともほとんど繋がりがない俺ならある程度自由に動けるから、と言う話らしい。
「ふはぁぁぁ。何で、こんな夜中に他人の家の前でストーカーみたいなことしないといけないんだか…。」
俺は眠い目を擦り、大きなあくびをした。
普段ならもう寝ようかどうかの時間である。
もう出てこなさそうだから、ルルに適当に連絡をして帰ろうかと考え始めていた。
そんな時だった。
「流石に、警戒心が足りなすぎるかと…。」
突然、背後から声が聞こえ俺はギョッとした顔をして振り向いた。
そこにはここ数日着ていたスーツ姿のままのリヤドが呆れた顔をして立っていた。
背中には大剣を背負っていて、どこに行くかは俺でも瞬時に分かるくらい明白だった。
「いつから気づいてたの?」
俺の質問にリヤドが答える。
「最初から。剣殿がここに来た時からずっとですよ。そもそも、午前中に3人でここの家に来た時点である程度察してはいましたが。」
「何だ、気づかれてたのか。じゃあ、話は早いから一緒にお家に帰ろう。俺ももう眠いから。」
俺はリヤドに軽口を叩いた。
正直、リヤドが俺に声をかけてきた目的が理解出来ない。
俺が見張っていることに気づいているのなら、黙って行けばいいのに。
そんな俺の考えを察したのか、リヤドは俺のことを見てきた。
「どうして、わざわざ声をかけるような真似をしたのか知りたそうな顔ですね。」
そう言うと、リヤドは遠い目をした。
俺はその視線をジッと見ていた。
一呼吸を置くと、リヤドは話し続けた。
「ただの気の迷いみたいなモノです。サタン様とルル様のことを頼もうと思いましてね。ちょうど、こんな場所にいたので。」
「お別れの挨拶が言いたいなら、本人達に直接言ってくれよ。俺はそんな面倒そうな役割は御免被るぞ。」
俺は、吐き捨てるように言った。
「でしょうね。あなたなら、そう言うと思っていましたよ。」
丁寧な口調で言う、リヤド。
その顔は何かしらの覚悟を決めているかのような感じだった。
「例の男のとこに行くんだろ?どうせ。エンポリオって名前だっけ?別に行く必要なんてないと思うけど、わざわざ。」
「どうやら、あの後にルル様が調べられたのですかね。全く、相変わらず速い人だ。」
リヤドはそう言うと、フッと笑った。
そして、中腰の俺に対して見下ろしながら言った。
「これは、ザスティン家の問題だ。だから、僕が自ら行く必要がある。わざわざ、ウィザード家はもちろん、サタン様の手を煩わせるわけにはいかない。」
「だったら、黙って行けばいいだろ。何で、わざわざ俺のとこに話しかけに来たんだよ。寂しんぼかよ。」
俺の言葉にリヤドは、そうかもな、と小さな声で言った。
「寂しんぼ、か。日本独特の言葉か。そう言えば、ここ数日の間にサタン様もすっかりあまり聞き慣れない言葉を言うようになっていたな。誰の影響なのやら…。」
先程までの丁寧な口調から高慢な感じの口調に変わっていた。
前から思っていたが、この男の素はこちらの方なんだろうなと思う。
「いや、そもそもあいつ自体が割と日本大好きマンだから勝手に覚えただけだろ。マンじゃなくてウーマンか、あいつの場合は。」
俺はそう言うと、中腰の姿勢から立ち上がった。
背の高さ的に明らかにリヤドと差があるため、見上げながら言った。
「さあ、どうだろうな。まあ、いいさ。先程の話だ。サタン様とルル様のことは頼んだ。ただ、それを言いたい為だけにここに寄っただけだ。」
「だから、それは自分で言いなよ。俺だって好きでこんなとこで見張っているんじゃないんだし。何なら早く帰って寝たいまである。」
「サタン様に直接言えば、僕の決心が揺らいでしまう気がするからな…。」
俺の言葉を聞くと、リヤドは自嘲気味に言った。
「なら、話は早いな。今すぐ、俺と一緒に帰ろう。そして、さっさとそんな決心とやらは揺らいでサタン達と一緒に倒しに行けばいいだけの話だろ。」
「言っただろ、これはザスティン家の問題だ。君は、サタン様達に伝言を伝えるだけでいい。それで、後は全て僕が終わらせてくる。」
俺はその言葉を聞くと、右手をかざして昨日渡された大剣を手に取った。
鞘から刀身を抜くと、鞘を地面に投げ捨てた。
そして、リヤドに対して構えた。
「やっぱり。俺、お前のことが嫌いだわ。何か、ムカつく。イケメンって時点で割といけ好かないけど、今の言葉で余計にそう思ったわ。」
リヤドは大剣を構えた俺を見ると、フンと鼻で笑った。
そして、背中に背負っていた大剣を鞘から抜き放った。
「奇遇だな。僕も、君みたいな軽そうな男はあまり好きじゃないんだ。」
そう言うと、俺同様に大剣を構えた。
「想定はしていたけど、やっぱりこうなるんだな。いいぜ。ここでお前を黙らせて、さっさと皆で日本に帰れば解決する話だ。」
俺はそう言うと、両手で掴んだ大剣を肩に背負いながらリヤドに飛びかかった。
「そうだな。それが一番、簡単でそして楽な方法なんだろうな。」
リヤドはボソリと小声で言うと、悲壮感溢れる笑みを浮かべた。
その瞬間、懐に潜り込んで一太刀浴びせようと俺がすると、
「だが、そうはいかないんだ。」
リヤドの足元から冷気が浮かび上がると、俺の足元を鋭い棘のような形をした氷が襲った。
「くっ!」
俺は、魔力を体に覆いその氷を無効化する。
あの後も、時々ルルから教えてもらいだいぶ魔力の扱いにも慣れてきていた。
「魔力が顕現して、1週間ちょっとくらいか。それでこの成長スピード。サタン様が気に入る理由も分かる気がする。」
そんなことを言うリヤド。
俺は、リヤドから距離を取った。
体には少しばかり、氷が付着しており体が冷える。
それも、何と言うかただの冷えではなく体の芯から凍るような冷え方である。
俺は、荒い息を吐いて呼吸を整えた。季節が季節だけに、白い息が漏れる。
「だが、実戦経験が少なすぎる。それでは、僕には勝てない。」
そう言うと、リヤドは足元から湧き出ていた白い冷気をより一層強める。
「随分な言い様じゃん。流石は、女に手を抜かれて勝ったことに不満を持つようなプライドの高いイケメン様は違いますね。」
俺はニヤリと笑みを浮かべ、嫌味ったらしく言った。
リヤドはその言葉を聞くと、少しばかり顔をしかめた。
「ルル様はまた、余計なことを…。まあ、いい。」
そう言うと、俺との距離を一気に詰めてきた。
しかし、俺にとってはそれは想定内だった。
リヤドは大剣に冷気を纏わせると、俺に胸の部分を狙ってきた。
「待ってたぜ!これをよ!」
俺は叫ぶと、纏わせた魔力を一層強めた。
リヤドはそれに構うことなく、大剣を振るう。
同時に、俺を襲ってきた冷気が跳ね返るとその冷気はリヤドを襲った。
「ッッッ…!!!」
リヤドの右腕に氷の膜が張られた。
俺は、それを見ると思いっきりリヤドに対して大剣を振るった。
しかし、使えなくなった右腕ではなく左腕に大剣を持ちかえるとギリギリの所で俺の一撃を防いだ。
「そう言えば、そんな技があったな。すっかり、忘れていた…。」
荒い呼吸のリヤドが悔しそうに言う。
致命傷は与えられなかったが、大剣がリヤドの腹付近をかすったのか少しばかり血が流れていた。
「…、一撃は与えたぞ。」
俺はリヤドに言う。
リヤドは何が面白いのか、この数日の間に何度も見ていた鼻で笑う動作をした。
「そうだな。確かに、一撃だ。それでこそ、サタン様を任せられる。」
そう言うと、リヤドは血が流れていた腹部の部分を氷で止血した。
そして、俺の方を見てきた。
「カウンターで僕の氷結魔術を逆に当ててきた発想は認めるよ。だが、この魔術自体は自分自身の魔術。僕が、自分の魔術を自分で解ける方法を持っていないと思っていたか?」
そう言うと、凍っていた右腕から白い煙が出ると覆っていた氷が無くなった。
そして、動くようになった右手を俺にかざしてきた。
その瞬間だった…。
俺の体に付着していた薄い氷の粒が広がり始めた。
顔の頬から首にかけて、右腕から肩にかけて、左足から指先にかけて滲みるような冷たさが襲った。
俺は体を動かそうとしたが、あまりの冷たさに立つことすらままならず、地面に倒れ込んだ。
「僕の魔力は、相手の血液そのものを凍らせる。そして、それは体に付着したちょっとした氷からでも操作出来る。」
倒れ込み、地面にうつ伏せになっている俺にリヤドの声が聞こえる。
リヤドは俺に近づくと、見下すようなそして冷たい氷のような目で言った。
「言ったはずだ。僕と君との差は、戦闘経験にある。先程の発想は中々だったが、やはり知識も技術もまだまだ未熟だ。それでは、僕には勝てない。」
そう言うと、背中に背負っていた鞘に大剣を仕舞う。
そして、そのまま俺の前を歩こうとした。
俺は、そんなリヤドの足元を見ると言った。
「何、勝った気でいるんだよ…。まだ、負けちゃいねえぞ。」
俺は、凍り付き動かなくなった体を無理やり起こした。
そして、フラフラと立ち上がると大剣を片手にリヤドに斬りかかった。
しかし、それは無情にもリヤドに届かず。逆にリヤドに首元を掴まれると、そのまま後方にあった木に体ごと叩き付けられた。
「そのまま、寝ていればいい。すぐに助けが来る。言っただろ、これは僕の問題だ。君には関係がない話だ。だから、僕の頼んだ通りにサタン様とルル様に言葉を届けてくれればいい。ただそれだけの簡単な話だ。」
「はっ!だから、それがムカつくって言ってるんだよ!言いたいことがあるなら自分の口で言えよ、恥ずかしがり屋さん!」
俺は遠のく意識を必死に戻すように声を張り上げる。しかし、悲しいことにその声は消え入りそうなモノだった。
「本当に面白いな。なぜ、そこまでムキになる。サタン様から聞いていた君が本来とる行動ではないと思うが?」
リヤドはそう言うと、首を掴んでいた右手に力を籠める。
冷たい感触を感じ、一層意識が遠くなっていく。
「頼まれたからな、ルルちゃんに。お前のことを頼む、って。ムカつくイケメンからのお願いとかなら断固拒否だったが、女の子からのお願いだ。カッコつけたくなっただけさ。」
俺の言葉にリヤドはフッと笑った。
そして、掴んでいた右手を離した。俺は、叩きつけられた木からずり落ち座り込んだ。
もう、立ち上がる気力も意識もなかった。
そんな俺の耳に、リヤドの言葉が聞こえた。
「サタン様のことを、頼んだ…。」
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