忘れたい、思い出したくない再会
剣の母の買い物に付き従い、スーパーから2人で出てきたルル。
「ごめんね、わざわざ手伝ってもらって。」
「いいえ、いいえ。せっかく、お泊りさせて頂いているんです。このくらいのお手伝いはさせてください。」
ルルはそう言うと笑みを浮かべた。
少しでも自分は無害な人間だと思われるための笑み。
物心ついた頃から続けていること。
“呪われた真祖の血”
気づいた時には他家の周りの大人達から陰で自分はそう呼ばれていた。
ただ、それを公然と広められなかったのは、差別されなかったのは自分に魔術の才能があったから。
姉のサタンと並んで人類最強などと呼ばれる才能があったことから、血の繋がりこそないがウィザード家の当主の娘であること。
この2つのおかげで自分はこうして無事に生きていられているのだと勝手に思っている。
「本当にルルちゃんもサタンちゃんもいい子よね。うちの子にも見習って欲しいわ。」
この人は多分知らないだろう。私はあなたの思っているよりもいい子じゃないことを。
この人は知らないだろう、今自分の隣を歩いている人が前代未聞の魔術テロを起こそうとした夫婦の娘であることを。
でも、知らなくていい。これまでも、これからもずっとそう。
だって、それを知ったらみんな私の周りから離れていくのだから。
あの姉とその仲間以外…。
ルルは心の中でいつもの自分を隠すための言葉を唱えた。
そして、付き従うがままに剣の母の車の前まで来た。
車の鍵を開けてもらい、中に買った品を仕舞おうと思った時であった。
「えっ!?」
少し離れた先にある人影を見て、思わず声を上げてしまった。
思ったよりも大きな声だったからだろうか、周りの人間が一斉に振り向いた。
「どうしたの?何かいたの?」
剣の母の声が聞こえる。
しかし、ルルはほとんどその声は聞こえていなかった。
「ごめんなさい、先に帰ってもらってもいいですか?少し用事を思い出したので。」
ルルはそう言うと、剣の母に持っていた商品の入ったレジ袋を押し付けた。
そして、自身の瞳に飛び込んできた人影に向かって走り出した。
どれだけ走っただろうか。すぐ近くだと思った距離は思った数倍遠い距離だった。
息を切らして、膝に手をついて呼吸を整えようとした。
気づいたら、額から汗が落ちていた。
「どうして、あなた達が生きているのですか!?」
ようやく追いつき、目の前の男女2人の人影に対してルルは恐怖が混じった声で叫んだ。
その2人の姿は嫌でも記憶しているものだった。
忘れたくても忘れられない顔。
初めて自分自身がエルフの真祖の血を引いていると知り、片っ端から当時の記録を漁っていた時にいの一番に目に飛び込んできた写真の2人。
自分と言う存在を産み、そしてテロの道具として利用した2人。
ラルフ・カイザーとマリー・カイザー。ルルの生みの親である。
「あら?どうして生きていないと思ったのかしら?エリナ。いえ、今はルル・ウィザードだったかしら?」
マリーと思しき人物が不気味な笑みを浮かべて近づいてくる。
ルルは、恐怖で足がすくんでいるのを感じながら後ろに下がろうとした。
すると、背中に何かが当たる音がした。
そこには、ラルフ・カイザーと思わしき人物が立っていた。
「何をそんなに怖がっている。我が子よ。」
「私は、これまでの人生の中であなた達2人が自分の両親であるとは一度も思ったことはありませんけどね。」
ルルは精いっぱいの強がりを言った。
少しでも自分を奮い立たせようと、今はこの場を何とか逃げ切ることを考えなければと思った。
逃げ切り、サタン達の元に行けばいくらでも対処法は出来る。
しかし、そんな考えはお見通しなのかラルフとマリーの2人はルルの前後を逃げれないように塞いでいた。
ルルは、簡単には逃げられないことを悟ると自身の右手に杖を出した。
そして、目の前にいる母と自分のことを呼称する人物に向けて杖を構えた。
「あらあら、随分と嫌われたものですね。あなた?」
マリーは不気味な笑みを崩さぬまま、ルルの後ろで腕組みをして立っているラルフに同意を求めた。
ラルフは少しばかり額に皺を寄せると、如何にも演技と言わんばかりの声音で言った。
「全くだ。仮にも私達2人の血を引いている娘だと言うのに。すっかり、あの憎きウィザード家の者共に洗脳されてしまったのだな。」
「随分な物言いですね。洗脳はあなたの十八番でしょうに。」
ルルは、即座にラルフに対して厳しい口調で言い返した。
ラルフはルルの言葉に少しばかり驚いた表情を見せた。
「ほう、これは驚いた。私の扱う魔術を知っているとはな。中々に勉強したのだな。父親として嬉しいぞ。」
そう言うと、目から涙を流していた。
ルルは白々しい演技をと思い、苦々しくラルフをにらんだ。
「“相手を意のままに操る魔力”。相手の精神に直接侵入し、対象の相手を完全催眠にかける魔術。術の強弱の調節次第なら複数人に同時にかけれるんでしたっけ?」
「フハハハハハ。流石は我が娘だ。サタン・ウィザードと並んで人類最強などと持て囃されるだけはある。」
そう言うと、ラルフは丸々と肥大した顔に生えている髭を軽く触った。そして、この世のものとは思えないような邪悪な顔をした。
「だが、お前自身はもちろん、俺を切り捨てた協会の連中もあの憎きウィザード家の連中も何も知らない。お前がいかに強力な私達の手札であることをな。」
そう言うと、向かいにいるマリーに何かしらの合図を送った。
ルルはそれを察すると、身軽な体を活かしてがら空きとなっているサイドに逃げようとした。
しかし、飛び上がった直後に気づいた。なぜ、この2人は前後しか塞いでいないのか、と。
これではすぐにこちらが逃げれてしまうのではないか、と。
しかし、瞬時に気づいた。辺り一面に白い霧のようなモノが現れていた。
「そう言えば、あなたは知らないのね。私の持っている魔術を。まあ、基本的に表で色々やっていたのはこの人だから私は完全に裏方だったから当時の残されていた記録でも残ってはいないものね。」
ルルは、しまったと後悔した。
恐らく、マリーの術が発動してしまったようだ。
その直後に、自身の脳裏に何やら聞き覚えのある言葉が流れ込んできた。
『呪われた真祖の血』
『大罪人の子』
『呪われた娘』
強烈な頭痛と共に脳裏に聞きたくない言葉が次々と流れ込んでくる。
ルルは、あまりもの頭の痛みに左手で頭を抱えると膝をついた。
額からは先程の走った後に流れている汗とは別の種類の汗が滝のように流れ込んでくる。
「私の能力は、“心を破壊する魔力”。簡単に言えば、対象となる相手の精神を蝕んでいく能力。その者が過去に受けたトラウマとか心の傷を再現させる感じね。」
「夫婦揃って性悪な魔術を扱うんですね。私の両親にお似合いの魔術だと思いますよ。」
ルルは必死に痛みを耐えながら、マリーを睨みながら半笑いで言った。
そして、震える手で杖をマリーに向けると、
「ただ、この手の精神魔法に私が対策をしていないと?」
そう言うと、マリーに向けて杖から火の渦を出した。
マリーは防御魔法でそれをいとも容易く防いだ。
ルルは容易く防がれると思わず舌打ちをした。
この手の精神魔術は術者に直接攻撃することが一番手っ取り早く対策出来ることを知っている。
しかし、魔術による頭痛と背後にいるラルフへの対策で満足な威力の攻撃が出来ないでいる。
「何を遊んでいる。早く終わらせろ。サタン・ウィザードに見つかるのは面倒で避けたい。」
聞きなれない声が聞こえた。初めて聞く声である。
恐らく、2人の仲間であろうか。
ルルはとりあえずはこの霧の中を抜けることを第一優先で考えようと決めた。
「申し訳ございません。すぐに終わらせます。」
背後にいたラルフの声が聞こえた。
その瞬間、ラルフがルルのすぐ後ろに回った。
ルルは体の周りに防御魔法を張り巡らせようとした。
しかし、それが間に合わないのと防御魔法が効かないタイプの攻撃であることを考慮し、足元から竜巻を起こし、全身を覆った。
「とりあえず、この霧の魔術を無効化することからですかね。結界的なものであれば、解析さえ済めばすぐに無効化出来る。」
ルルは頭の中でこの場を乗り切る作戦を考え、一度心を落ち着かせるために小声で呟いた。
先程から脳裏に響いていた残響のような声は精神魔法への耐性魔法を自らにかけることで一時的に防ぐことは出来ている。
ルルは、体を覆っている竜巻を更に大きく広げた。
鎌のような鋭い切れ味を持たせた風が背後に回っていたラルフを襲った。
ラルフが展開した防御魔術に直撃したのを目視で確認すると、ルルは素早く距離を取った。
マリーは先程からかなり離れた場所にいる。
恐らく、近接戦に対する対策がないからであろう。それなら、先に仕留めるのはラルフの方か。
ルルは、自身の脳内で勝ちへの道筋を軽く計算した。
マリーの魔術について、まだ正確に理解できていないことだけが不安だがこの2人レベルならおそらく自分1人で対処は余裕。
ルルは多少残る頭痛を感じながら、展開した防御魔術を仕舞ったラルフに対して杖を向けた。
しかし、その直後だった。ルルは背後に何者かがいる気配を感じた。
マリーかと思ったが、彼女に関してはしっかりとどこにいるか把握している。
ルルは後ろを振り向くと同時に地面から魔法陣を展開し、地面から土で作られた槍を相手に向けて突き刺した。
しかし、突き刺した相手の顔を見た瞬間である。ルルは動揺を隠しきれなかった。
それは、自身の姉であるサタンの姿だった。
しかし、本来サタンはここにはいない。恐らく、マリーが作り出した虚像。
ルルはすぐに冷静さを取り戻した。が、そのコンマ数秒が命取りとなった。
自身の首に自分以外の手を触れられる感触を感じた。
「…、サタンお姉さま。」
ルルはラルフに触れられたことで自分が彼の魔術にかけられたことに気づいた。
消えゆく意識の中で、自分の姉の名を小さな消えゆくような声で、助けを求めるように呟いた。




