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青春ごっこ

作者: ゆーき

ひらり、ひらり。音を立てるように散っていく桜と、耳馴染みのない誰かの声が、新たな生活の始まりを感じさせる。

ー福岡県立 八幡西高等学校 入学式ー

そう書かれた看板を横目に、入学者説明会以来の校門をくぐった。多くの同級生が歩いている。この中の誰と俺は青春を謳歌するのだろう、いや、それはどうでもいいか。

そんなことを考えていると、入学式の会場である体育館にたどり着いた。


「あれ、熊北中の早田真斗やんけ!」


誰かが後ろから、俺の名前を呼んだ。振り返ると、坊主が伸びかけたような短い髪の男子生徒が立っていた。


「覚えとる?夏の大会でお前に打たれた沖名中の…」

「あ、河田か。久しぶりやな」

「思い出したか!同じ高校やったんか」

「みたいやな、お前は野球続けるん?」

「おう、すぐエース取るためにここに来たんやから」


うちの野球部はお世辞にも強豪とは言えず…いや、普通に弱小だ。夏も秋も勝ち上がったという話を聞いたことがない。


「そうか、俺はもう野球はせんけど頑張れよ」


そう言うと、河田は少し寂しそうな素振りを見せたが、力無くおう、と言われ会話が終わった。

いつまでも話しているわけにも行かないので、ひとまず体育館に入ることに。



「えー、皆さん、ご入学おめでとうございます。本校は100年を超える歴史が…」


校長がお手本のようなつまらない挨拶をしている。入学式なんてこんなもんか。

腹減ったなーなどと関係ないことを考えていると、10分ほどしてようやく話が終わった。

次は教室に移動して、1年間を共に過ごす学友たちと初の顔合わせらしい。

校門をくぐってすぐにあった掲示板によると、俺は1組らしい。中学の同級生である健とは同じクラスだったので、そこまで不安はない。ついでに河田も同じクラスだった。


教室に入ると、黒板に『後輩たちよ 入学おめでとう!』と大きくか書かれていて、周りには流行りのアニメのイラストや明らかにスペースを埋めるためであろうお菓子の絵が添えられていた。美術部によるものらしい。こりゃまたどうも。


廊下の貼り紙名前があった席に座る。6列あるうち、窓側から3列目の1番後ろ。悪くない席を手に入れた。


その席からすぐ左側を眺めると、あら不思議、素敵な光景が目に飛び込んできた。なかなかに俺好みの女子高生だ。名札に書いてある名前は……。


「あ、隣ですね!初めまして!」

「え、あ、あぁ…」


驚いた、まさかこの俺が初対面の女子から話しかけられ、よもや笑顔を向けられるとは。

小学生の頃、好きな女の子にガチャガチャの食パンのキーホルダーをプレゼントして苦笑いされて以来、女子を嫌い、嫌われてきた俺が。

悲しい回想はさておき、咄嗟には出てこなかった返事を数秒遅れで返すことにしよう。


「どうも、俺、早田真斗って言います。 」

「どうもどうも、私、望月綾って言います。よろしくね!」

「ああ、うん、よろしく」


ああ、普通に話しちゃったよ。俺が女子と。大丈夫かな?目を見て話せてるかな?顔色悪くないかな?家の鍵閉めて来たかな?

こんな時に限って心配事が溢れてくるのが、思春期の男の子というものだろう。


「早田くん?は、この辺りの中学の子?」


ああはい、この辺りの…子?下に見られてる?私から見ればあなたなど子供同然よ、とでも?


「まあそこそこ近いかな。熊北中。」

「え、熊北なんや!私黒垣だから隣やね!」


黒垣中というのは、ちょうど我が光の母校である熊北中と、この八幡西高校を結んだ直線上くらいにある中学で、お隣さんなので関わりも少なくない。

まあ俺が他中の女子と繋がりなんてあるわけもないので、無論目の前にいる人は今日が初対面、名前を聞いたことや見覚えすらないわけだが。

健は中学時代、黒垣の女子と付き合って2時間後に電話で振られたという伝説を持っているが…。


隣の席の女子生徒は、続けて話し始めた。


「私部活の試合でよく熊北行きよったんよねー、武道場の上にプールがあるわけわかんない学校!あ、ごめん、悪い意味やないんよ!」


はいそうです、我が母校はわけわかんない学校です。


「あ、部活でなら俺もよく黒垣行ったよ。目の前が川なんよね。」

「そうそう、夏休みの部活終わりなんかは水遊びしたなー」


ところで、いつ終わるんだ?と思っていると出口の見えない世間話は、あの男の再登場によって終わりを告げた。


「おい早田!トイレ行こうぜ!」

「お前…高校生にもなって連れションかよ」

「トイレは学生の社交場だからな」


訳の分からんことを言われたが、望月さん?に軽く会釈をして、河田について行くことにした。

1年生の5クラスの中で最もトイレに近いクラスだったので、特に会話を交わさずともすぐ目的地についた。

河田が用を足しているのを待ちながら、ひょいとトイレの窓から外を眺めてみた。崖になっていて、面白くなかった。

ズボンのファスナーを上げ終えた河田が口を開いた。


「さてさて早田くん、僕が何故君を連れてきたかわかるかい?」

「ぼっち小便が寂しかったんやろ」

「違う!確かに初めてこの学校のトイレを使うのが不安だったのもあるけど!」


それが理由だろ、と言おうとしたが、間髪入れず河田が話し出した。


「お前からはラブコメの匂いがするったい」

「何を言いよるんお前は」

「さっき隣の席の子と話しよったな?」

「ああ」


こいつ、まさか女子と話しただけで好き認定か?小学生じゃあるまいし、まさか俺より女子耐性ないのか?まさか…。


「俺は予言する、お前とあの子は絶対ラブコメになる。断言する。お前がなんと言おうとも。」


勝手にしてくれ、そう吐き捨てトイレを出た。


だいたい、高校生の恋愛なんてクソ喰らえだ。中学生のように純愛でもなく、大人のように要領がいいわけでもない。半端な期待と半端な不安で板挟みにされるだけの茶番でしかない。

人はそれを青春と呼んだりするのだろうが。俺はそんな馬鹿げたことはしたくないね。

拗らせてるとかじゃないから。いやマジで。俺みたいな反青春派一定数いるから、ほんとだって。


教室に戻ると、望月さんは自分の席で本を読んでいた。


「太宰?」


俺が彼女の本に視線をやりながらそう聞くと、彼女は目を輝かせながら


「太宰読むの!?」


と言い、『女生徒』と書かれた表紙を俺の顔の前に突き出してきた。太宰の代表作だ。


「親の影響でちょっとね。本、好きなん」

「うん!えー、なんか嬉しいなあ」

「何が?」

「いやこういうのってあんま話す相手いないからさ、太宰自身も作品も有名なのに、意外と読んでる人少ないよねー」


まあ今どきの中高生は純文学などそう読まないだろう。ラノベかミステリーかラノベか…まあそのへんが王道だ。

俺も実際に読むのはラノベがほとんどだが、幸い彼女が手にしている本は中学時代読んだので、適当に話を合わせておいた。

そうこうしているうちに担任が前で話し始めたので、会話を終わりにした。その日はそれ以降、彼女と話さなかった。


家に帰った俺は、普段通り日記をつけることにした。中学時代に部活の反省をノートに書いていた頃の癖で、今もなんとなく続けている。

受験が上手くいったのは、このノートに書いた反省によるものが大きいかもしれない。


4月8日(火)


高校の入学式。無難にやり過ごした。自己紹介で軽くしくじった以外は。

隣の席の女子と少し話した。黒垣中出身らしく、少しだけ親近感が湧いた。太宰の『女生徒』を読んでいたので、文学少女のようだ。ここでは女生徒と呼ぼう。

ついでに沖名中の河田と再会した。よくわからん宣告をされた。




入学式から早くも3日、高校生として最初の週末を迎えようとしていた。今日は華の金曜日、今日1日乗り越えれば、めでたく2日間の休暇を得られる。


土日のいいところはなんと言っても1人で気ままに過ごせるところ。中学生の頃は部活があり、それを引退してからも受験やらなんやらで忙しかったので、週末ゆっくり過ごせるようになったのはこの春からだ。


さて、今週は何をしようか。家でアニメを1クール一気見して擬似ニート体験?スーパー銭湯のサウナでキマる?いや、市販の全バニラアイスを混ぜて究極のバニラアイスを作りたいんですよぉ!

なんて、もしも他人から頭の中を覗かれれば一撃で馬鹿認定されるようなことを考えていたが、それは砕け散ることになった。


「ねえ早田くん、今日一緒に帰ろうよ」


突然、例の女子高生、いや、『女生徒』から声をかけられた。いや、ん?帰る?一緒に?俺が?こいつと?え?

訳が分からない。今まで女子からそんなことを言われたことは無い。

俺が女子に言ったことはあるが、5打席連続で凡退したあたりで、惜しまれつつ打率0割で引退したのだ。

ただし、ここで怯んで0割打者の片鱗を見せては駄目だ。世の中はハッタリが7割、中学時代に宮本先生から教わったでは無いか。

こういうときはスカした対応をしておくに限る。別に、変な期待をして傷つきたくないわけではない。決して。


「暇だしいいけど」

「そっか、じゃあ帰りのホームルーム終わったら声かけるね」

「っす…」



「お前ふざけんなよマジで!だから言ったろ!」


河田の声が食堂に響く。その声に驚き、肉うどんを床にぶちまけている男子生徒かいた。心の中で俺の方から謝っておこう。すまん。


「なんだよ、そんな騒ぐほどのことじゃないだろ」


河田が荒々しくなっているのは、俺が先程の出来事を話したせいだ。

女子と一緒に帰る、しかも向こうから誘われて、というのは高校生の花形イベントの1つのようで、河田からしてみれば、ほれ見たか!ということらしい。

入学式の日にトイレで受けたラブコメ宣告の第一歩を、俺は踏み出してしまっのだ。


「早田…お前とは仲良くなれるっち思っとったのに…」

「別に女とつるんどることが仲良くなれん理由にはならんやろ」

「お前にとってはそうでもな、世の男子高校生にとっては大事件なんたい!うあああああ!」


再び河田が大声を出したせいで、先程こぼした肉うどんを拭いていた生徒が今度は尻もちをついてしまった。なんかほんとにごめんね。

河田をなだめ、目の前をカツ丼を口に運び、なだめ、食べ、なだめ、食べ…そんなことを繰り返していると、また面倒くさい奴が現れた。


「あ、早田も食堂デビュー?」


一応、中学からの同級生である中田瑠璃だ。一応とは言ったもののそれなりに親しく、中学時代はよく男女グループで一緒になって遊んだりした。

世間的に見ればそれなりに仲のいい女友達なんだろう。

ついでにインスタの親しい友達に俺を入れてくれてる。ここ重要。

男子が女子から友達認定されているかを判断する際に、SNSでの繋がりは大きな指標となる。それが現代っ子。

友達から○○ちゃんのストーリー見た?と言われ確認してみるものの、自分には表示されない…なんてことがあればガン萎えしちゃう。それが現代っ子。

そういう意味では、中田は俺が安心して話せる数少ない女子の1人なのだ。


「ああ、こいつに誘われて」

そう言いながら河田の方に目をやると、河田は目を細め、睨んでいるとも羨んでいるとも取れる顔で俺を見ていた。

口パクでら、ぶ、こ、め、と言っている。こいつはどこまで恋愛脳なんだろうか、と思い呆れていると、ラブコメ坊主はケロッと顔色を良くして口を開いた。


「どうも!河田良樹です!」

「あ、どうも中田瑠璃です。早田とは同中で……」


そこからは2人の間に繰り広げられる世間話をボケーッと眺めていた。出身中学がどうとか、食堂のメニューがどうとか。

河田が野球部のマネージャーに中田を勧誘し、あっさり断られた辺りで予鈴がなった。


「あ、教室戻らないかんな。じゃああとはおふたりさんで、早田!二股はすんなよ!」


河田はそう言うと、そそくさと食堂を後にした。


「二股ってどういうことかな?」


振り返ると、中田はニタニタしながら腕を組んでいた。俺も早く教室に帰りたいというのに、河田が余計な置き土産を残してくれたおかげで…。


「いや、あいつが勝手に言ってるだけで…」


事の経緯を話すと、中田はみるみる口角を上げ、終いには口元に手を当てて笑い始めた。


「ラブコメ?早田が?面白すぎ。絶対そんなタイプやないのに」

「うるせえな」

「だって中三の頃もう恋なんてしない!って…」

「うるせえって!」

「はいはーい」


出会った頃からこんな調子なので慣れたが、こいつはこいつでたまに面倒くさい。

ていうか人の恋愛弄ってる場合ですか?あなた高校入学前の春休みに彼氏から振られて泣いてましたよね?

傷は癒えたんですか?俺が『他にいい男がおるよ』という消毒液と『お前の良さがわからない男なんてほっとけよ』という絆創膏で処置してあげたおかげですか?


「じゃあ私、部室寄って教室戻るけん。またね」


そう言い残し、中田は所属するバレー部の部室の方へと駆けていった。


6時間目の現代文の授業が終わり、一日を締め括る掃除の時間となった。

ホウキと雑巾で日本の社会も綺麗になればいいのに…なんて幻想を抱きながら俺の掃除担当である体育館へと向かっていると、またしても中田と遭遇した。


「あ、早田やん。お疲れっ」

「おう、お前どこ掃除」

「私は部室、1年が曜日毎に担当になってるから」

「高校でも続けたんだな、バレー」

「その推薦で入っちゃったからね」


他愛のない会話をしながら、並んで廊下を歩き出した。この姿を川田に見られでもしたら、またラブコメガーと言い出すだろう。

俺達1年生の教室は四階、体育館は二階の渡り廊下を渡ったところにある。

一度外に出る必要が無いので、行くのはそこまで手間ではない。


世間話が止み、無言で階段を降りている途中で中田が話を切り出した。


「そう言えばさ、さっき言いよったラブコメ……の……子ってさ、どんな子なん?」


ラブコメのところで笑いやがった。俺が言い出したわけでもないのに。


「えっと、ポニーテールで肌白くて脚が綺麗。胸はまあまあかな」


「なんで男子ってそんなことしか考えてないん?」


「話せば長くなるぞ、拘りが強いからな」


「まあいいけど、てか名前は?」


「望月綾」


「え、綾ちゃんのことやったと!?」


「知っとるん?」


「だってあの子バレー部入って最初に仲良くなったもん」


世間は狭いというかなんというか、まあ同じ高校な時点で狭い世界なんだが。中田は驚いた様子のまま続けた。


「へえ、じゃあ帰ろっち誘われたのも綾ちゃんなんや。意外やな、あの子積極的そうには見えんけど」


「だよな、もしかして俺、弄ばれてるんじゃ…」


「はーいネガティブ禁止。すぐ卑屈になる」


「悪かったな、芯から根暗なせいで恋愛はおろか友人関係すら一苦労の社会不適合者で」


「そこまで言っとらんわ。」


「にしても、なんで俺を誘ったんだろうな」


「私も知り合ってすぐやけんね、あの子のことはまだよく知らんからなあ、アドバイスできんですまんね」


「いいよ別に、むしろお前の恋愛を俺がサポートしてきたんだし」


「やかましいわ、もう泣かん。」


話しているうちに体育館についたので、中田のじゃあねという言葉に手を振って返し、掃除の持ち場へ行くことにした。




なんだかんだで帰りのホームルームも終わり、教室からは続々と人が出て行っている。

鞄持っていいの?早く帰りたいよ?と思っていると、左の席の女生徒から声をかけられた。


「やっと放課後やね、お疲れ様」


「おう、お疲れさん」


「じゃ、帰ろっか」


そう言うと望月は、俺の背中を廊下の方へと押した。一日に二人の女子と廊下を歩くという、ラノベ主人公のような展開に出くわしてしまった。

一緒に廊下を出ると、周りの視線が刺さった。入学直後に異性と二人で帰ろうとしているなんて、そりゃあ周囲からすれば気になるもんだろう。

俺はイケメンでもないし。悪かったね、モブ男が女の子連れてスカして歩いてて。

しかし隣を歩く女生徒はと言うと、わりかし顔は整っているように感じる。


クラスのマドンナという雰囲気では無いが、艶があり深い黒色の髪を束ねたポニーテール、ブレザーの下に着ている、まだ数回しか着用していないシャツに負けず劣らずの白い肌、学ランのボタンより大きく見えるパッチリとした瞳、彼氏の一人や二人……二人はおかしいが、それなりにモテそうな見た目をしている。


入学から今日までの4日間で彼女についてわかったことは、お隣の黒垣中出身ということ、バレー部で中田の友人であること、太宰を好む文学少女であること、そのくらいだ。

その程度しか知らない俺が判断できることではないが、少なくとも男子から好意を持たれたことが無いといことは無いだろう。

ひょっとしたら、クラスには既に、彼女に目を付けている男がいるかもしれない。

そんなことを考え、ドキドキ半分ハラハラ半分で歩いていると、彼女は俺の顔を覗き込みながら話し出した。


「私がなんで一緒に帰ろって誘ったかわかる」


女心を読む検定4級不合格の俺にはわかる、ズバリ俺があたふたする反応を見て楽しみたいのだろう。

この子はそんな性悪女には見えないが、経験上そう思ってしまうのは仕方がない。

悪いのは俺じゃないから!環境だから!ひとまず、無難な答えを返しておくことにする。


「んー、入学してすぐやし友達が欲しかった?」


「間違いではないけどー、一番やないね」


「俺に一目惚れした?」


「意外と冗談とか言うタイプなんだね」


ディスられた?ちょっとだけ期待してちょっとだけ頑張って聞いてみたのに。もう知らないんだからね。


「結局なんなん?」


「そーれはねー」


一度振り返って周囲を確認した後、俺の目を見て言った。


「2人きりになれたら教えてあげます。」


「はあ?」


思わずそんな声が出てしまった。感じ悪く思われてしまったかもしれないが、向こうから質問して、ディスって、焦らしておいて更に放置プレイとは。

仮に俺にそういう趣味があったとしてもちょっと はイラッとくる。

そういう趣味は無いので結構イラッとした。


「2人きりになれる場所ってどこ?」


「さあ?」


おもしれー女。なのか?女心がわからないのは今年で16年目になるので慣れたが、思考そのものが読めないのはなんだか悔しい。

そうこうしているうちに、下足箱に着いた。俺の相棒、白のスタンスミスに履き替えて待っていると、女生徒は学校指定のローファーに履き替えてきた。


「まだ慣れんけ足痛いんよね、ゆっくり歩こ」


そう言うと、昇降口を出て門へと向かって歩き出した。




門を出て学校の前の坂を下り始めたが、俺達は昇降口を出て以来、一言も言葉を交わしていない。

俺が無意識のうちに余計な発言をしたのだろうか。

あ、と言い、女生徒が振り返った。


「バス停、着いちゃったね」


バス通学の生徒がよく利用する、『龍玄寺』というバス停に着いた。名前通り、龍玄寺という寺の前のバス停だ。


ちなみにうちの高校は、立地の都合でバス通学の生徒が大半らしい。俺は電車通学というのに憧れがあったので親に頼んだが、一駅しか乗らないのにわざわざ金を払うのは馬鹿らしいという理由で却下された。


ここから乗れるバスは本数が少ないので、もう少し坂を下ってコンビニエンスストアの前のバス停から乗る生徒が多いが、今日はちょうど坂の上に信号待ち中のバスが見えている。


「バス、どこで降りるの?」


「熊戸四つ角やけど」


「私熊戸通りやけん、私が先に降りるね。今日は二人きりになれるタイミングはなかったかー」


「じゃあ、誘われた理由は?」


「今度にお預けだね」


「こんだけ焦らしといてまだ先延ばしかよ」


んー、そうだなあ、と少し悩んだ後、閃いたように口を開いた。


「じゃあ明日、会おうよ。学校の外で。それなり二人やん?」


帰ろうと誘われた次は休日デートか?いや、単に男女が会うというだけではデートとは言わんのか?

このへんの解釈は人によって変わるからわからん。都合よくデートだと解釈しておこう。


「別にいいけど……」


「じゃあ黒垣駅に11時ね、また明日!」


そう言うと、そのままバスに乗り込んで行ってしまった。

ちなみに俺は定期券を探しているうちに扉が閉まってしまった。しまったな。ということで次のバスを待つことに。


なんだかよくわからないまま、俺の人生初の下校デート(5分程度)が終わった。


家に帰り、適当に時間を潰して夕食を済ませた俺は、たった今風呂をあがった。

念の為、念入りに体のあちこちを洗っておいた。備えあれば憂いなしだ。

化粧水と乳液も、普段より気持ち多めにつけておこう。特に多くつけたところで意味は無いが、気持ちの問題だ。


部屋に戻ると、デート(?)前日の最難関が待っていた。そう、『何着ていけばいいかわからない問題』だ。

帰宅後すぐにクローゼットから服をあれもこれもと引っ張り出したため、洋服たちが部屋中に散乱している。


ファッションはそれなりに好きだ。暇な日は古着屋を巡ったりもするし、男友達からはそれなりに服装を褒められたりもする。

ただし、デート服となれば話は別。着たい服を着ればいい男友達との遊びとは別物としてら捉える必要がある。


まずTPOを意識しなければならない。もし仮に『うわあ、こいつこんなお店にボロいデニム履いてきてる……』なんてなった日には、相手からの評価はガタ落ちだ。


古着しか持ってない俺のような人間は、特に注意しなければならない。


まずはトップスからだ。4月とは言えそれなりに暑いので、シャツ1枚くらいでちょうどいいだろう。

お気に入りの青のストライプシャツこれが女子ウケ無難かつ、俺的にも納得出来るちょうどいいラインだ。


次にパンツ。これは無難にワイドデニムでも履いておけばいいだろう。

靴は相棒スタンスミス……は通学の相棒なので、お出かけの相棒であるコンバースにしておこう。

俺的女子ウケコーデ完成!結局、こういうのはシンプルな格好に落ち着くのだ。置きに行ったくらいがちょうどいい。


明日の朝も色々と準備があるので、寝ることにしよう。デートは当日の朝が一番忙しい。



4月11日(金)


女生徒と一緒に帰った。向こうから誘われた。まさかのまさかだ。しかも明日遊ぶことになった。緊張と恐怖が留まるところを知らない。助けてマッマ。

ついでに河田に食堂に連れて行かれた。

明日は忙しいのではよ寝る。




チュンチュンチュン。雀が鳴いている。ような気がした。アラームに設定した通り、8時に起きた。

集合時間までは3時間もある。遅刻する心配が無いのは勿論、準備にしっかりと時間をかけられる。備えあれば憂いなしだ。

シャワーを浴び、お顔の保湿も終わり、朝食を取り、文学(ラノベ)を少々嗜んでいると、時間は10時を過ぎていた。

少し早いが、昨晩決めたコーデに着替えて家を出ることにした。まあ早く着きすぎても問題は無い。

あ、香水も忘れずに。


「じゃ、行ってくるけん」


廊下からリビングの母親に向けて言うと、はーいと適当な返事が帰ってきた。

世の中には子供の色恋沙汰に敏感な母親が多いらしいが、うちはそのタイプじゃなくて良かった。

余計に詮索されることもなく、俺は家を出た。


「……あんなに気合い入れて……さては女の子ね?」




集合場所の黒垣駅までは、我が家から歩いて20分ほど。

黒垣中出身ということは、望月さんの家は俺の家よりも駅寄りの地域のはずなので、彼女の家はもう少し駅から近いだろう。


イヤホンをして終わらなそうな歌や人にやさしくしたくなる歌を聴いていると、すぐに駅に到着した。

平日は平日で通勤通学で人が溢れているが、土日は土日で遊びに行く若者で溢れている。

現在の時刻はちょうど10時30分、俺はカフェに入って待つことにした。

別にカフェで待ち合わせてごめん待った?待ってないよ、はいこれラテ頼んどいたよ、なんてやり取りに憧れているわけではない。決してない。


スターフォックスに入るか、テリーズに入るか迷った俺は、普段からお世話になっているスターフォックスに入ることにした。

店に入ると、あ!という声が聞こえた。


「おはよ、早田くん。私服は新鮮やねえ、制服姿も何回かしか見たことないけど」


そう言う彼女も勿論私服で、黒のニットにグレーのスラックス、スニーカー、俺より少し厚着していた。


「おはよ……もう着いとったんやね」

「家におっても落ち着かんくてね」


デート前の焦りや緊張というものは、ひょっとしたら男女共通なのか、なんて思ってると、彼女はレジの方にめをむけた。


「私二人席取っとくけんさ、なんか頼んできなよ。まだちょっと早いし飲みながらだべってから行こ」


そう提案する彼女の手には、期間限定のキューカンバークリームフラペチーノらしきものがあった。


「それ美味いん?」


と聞くと、


「60点」


と返ってきた。俺はいつも通りアイスコーヒーを頼むことにした。


「へえ、ブラックなんて大人だね」


「保守的なだけよ、飲み慣れとるけん。俺にはキューカンバーに挑戦する勇気は無い」


「んーでもキュウリの瑞々しさと塩気がマッチして意外と悪くないよ?」


瑞々しいも何もあなたが持ってるのは飲み物ですよ?液体ですよ?と思ったが、本人が気に入っているならそれでいいので口にはしなかった。ついでに甘いフラペチーノに塩気は必要なのかとも思ったが、やはりこれも口にしなかった。でも幸せならOKです。


「てか、今日どこ行くか決まっとるん?」

「んーん、なんも考えとらんよ」

「どうするんよこっから」

「とりあえず電車には乗るよね、西に行くか東に行くか…あ!」


何か閃いたようで、望月さんはパァっと表情を明るくした。


「海行こうよ、海」

「まだ泳げんやん、寒いし」

「気分の問題やけん、海行って風に吹かれるってのが青春ぽくていいんやん」


一理あるような?そういえば、海なんて小学生以来行ってないかもしれない。


「じゃあ行こっか、海。でもどこの?」

「福岡で海と言えばあそこしかないやん」

「もしかして……」

「糸島!!!」


軽いノリで糸島に行くことになった俺達だが、ここ北九州から糸島はなかなかに距離があり、車があるならまだしも公共交通機関だとなかなか時間がかかる。

市内にも海はあるのでそちらを提案したが、取り合ってもらえず、強行で糸島となった。


「私糸島って初めてやなー、レンタカー借りてドライブしよ」

「免許持っとらんやろ、まだ15やん」

「ぶー、私は4月生まれやけん16ですう」

「どっちにしろだよ」

「あと大きいブランコ乗って、海鮮丼とスイーツ食べて…」

「行ったことない割に詳しいんやね」

「福岡の高校生ならこのくらい知っとかな」


話しているうちに、時計の針は本来の待ち合わせ時間である11時を指した。


ここから糸島までのルートは、電車でまず博多へ、そこで乗り換えて筑前の方へ行けば着くらしい。

高校生からしてみれば、ちょっとした小旅行だ。


冷静に考えれば、出会って数日の女の子と糸島なんてよくわからない。


ただ出会ってすぐから感じていたことだが、どうもこの人からは誰もが持つ悪意のようなものを感じない。

人間誰しも多少は他人を見下しているし、悪口も言う。それがどの程度なのかは、少し接してみればある程度察しがつく。


この望月綾という人間は、純粋無垢な聖人とまでは行かずとも、確実にこれまで出会ってきた下賎な人間とは違う。

その正体が何なのか、今日一日を共に過ごすことで、その答えが出るかもしれない。


店を出ようとすると、ちょっと待ってと呼び止められ、驚きの提案をされた。


「今日一日、私達は恋人です」

「違うけど」

「違いません」


意味がわからず考え込んでいると、続けて説明された。


「私達ももう高校生やん、青春ぽいことしてみたくない?やけん今日は青春を楽しむカップルになりきります」


先程からよくわからないことばかり言っているが、『青春ぽい』という概念が一番よくわからない。

俺がこの世で一番嫌いな形容詞かもしれない。


「具体的に今日一日どうするん?」

「まず名前で呼び合わないかんよねえ、真斗?」


いきなりの名前呼びに困惑していると、俺も名前で呼ぶよう促された。


「ほら、私の名前覚えとるん?」

「覚えとるけど……」

「言ってみなさい」

「……綾」

「はいよくできましたあ!」


恋人としての第一歩だね、とはにかんだ。


「あのさ、まだうまく理解できんのやけど」

「ん?」

「ほんとに恋人のフリするん?」

「フリやないよ、今日一日だけ本物の恋人」

「好きでもないし告白もしてないのに?」

「そうだよ、意外と形式に拘るタイプ?」

「そういうわけやないけど……」


あまり反抗しても埒が明かないので、了承することにした。

晴れて人生初の恋人が出来ました。一日だけ。


とりあえず店を出て切符を書い、改札を抜け、ホームに着いた。

これが駆け落ちなんかだったら、このへんで捕まって力任せに殴られるんだろうなあなんて思っていると、これまで通り俺をリードするように綾が話し始めた。


「糸島に着いたらまずはお昼ご飯やね」


今から行くと向こうに着くのは1時頃、少々遅めのランチとしてはちょうどいい時間だ。


「お店は電車の中でリサーチしとくけん」


この辺は女子の方が得意だろうと思い、任せておくことにした。


「あと大きいブランコも忘れずに」


糸島名物らしい。テレビでやってた。


「あとはドライブ」

「やけん免許が無かろって」




電車に乗って10分ほど経過した。長い、長すぎる。乗り換えの博多までは約1時間、ここまでの10分間はスマホゲームのログインに時間を費やしたが、それももう終わってしまった。


綾は糸島リサーチに夢中で話しかけてくる雰囲気は無い。となると俺から話しかけるか……いや、下手なことを言って機嫌を損ねてはいけない。

糸島に行くということは早くとも夕方、高確率で夜まで二人で過ごすことになる。ここで悪い空気にするわけには……待てよ?夜?


「そっち、門限とか大丈夫なん?」


よく考えず、咄嗟に出た言葉だった。


「んー平気。親には遅くなるかもって言ってあるし、男の子と一緒やけん大丈夫って言っとる」


用意周到、さすがですね。

だがしかし、男の子と一緒だから安心という考えは如何なものか。

むしろ健全な男子高校生であればあるほど、娘と二人きりにはさせたくないのが親心というものではなかろうか。

ましてや出会ってすぐの何処の馬の骨かも分からない男。

俺が紳士じゃなかったら今頃どうなっていたことやら。


「顔しかめてどうしたん?」

「なんでもないです、ちょっと葛藤を」


変なの、と言ってクスッと笑った。


つい勢いで話しかけてしまったが、感触は悪くないようでよかった。

どうしても小学生の頃の一件以来女子との関わりを避けてきた俺だが、対人能力そのものは低くないと自負している。

どうだ、俺だってこのくらいやれるんだぞ。


とは言え、やはりこのビギナーズラックじみた小さな成功体験が一日持つとは思えない。

俺の友人随一のプレイボーイである健に連絡し、対策を練ることにしよう。

あまりボーっとしていては良くない。

忘れてはいけないのが、俺は今隣にいる女の子がなかなかにタイプだということ。

何もしていない時間こそ、何かに集中してしまう。その集中の対象が彼女になってしまえば、俺はきっと……。



入学式の日、私は一人の男の子に出会った。早田真斗君、お隣の熊北中出身らしい。

第一印象は、『何を考えているか分からない』だった。

と言うより、何も考えていないように見えて、実は日々葛藤しながら生きている、そんな人に見えた。

気になった私は、声をかけてみることにした。


「あ、隣ですね!初めまして!」


初対面なので、少し大袈裟に明るく挨拶をしてみた。

彼は戸惑ってこそいたものの、向こうから自己紹介してくれ、私の世間話に付き合ってくれた。

男の子に自分から話しかけた経験はあまり無いので少し緊張したけど、よかった。うまくやれたみたい。


それから彼は友人らしき別の男子生徒にトイレに連れて行かれた。

彼の帰りを待ちながら、という訳ではないけど、太宰治の『女生徒』を読んでいると、教室に戻ってきた彼が声をかけてきてくれた。

周りはファンタジーや恋愛モノの本しか読まない人が多いから、趣味を共有できる相手を見つけられたような気がして嬉しかった。


出会ったその日のうちに、彼が何が好きなのか、何を考えて生きているのか、彼のことを、もっと知りたくなっていた。

私は意を決して、彼を一緒に帰ろと誘った。

出会った瞬間と同じように、彼は戸惑っていたけど、すぐに了承してくれた。私は胸を撫で下ろした。


その日の放課後はすぐにやってきた。

彼の方から声をかけてくれることを少し期待していたけど、私から誘ったことだから、と思い彼を教室から連れ出した。

彼のことを試すように少し言葉を交わしながら、部室に行く生徒や家路につこうとする生徒に紛れて歩いた。


何を話そう、何を聞こう、踏み込みすぎて嫌われないかな、いきなり変な女だと思われてないかな、なんて色々なことを考えながら歩いていると、すぐにバス停に着いてしまった。

私は言葉を言い逃げするように、彼をデートに誘った。

後先のことは何も考えていなかったけど、彼とじっくり接してみたいと思ったから。

二人の時間が欲しかった。

好きとかそんな大胆な感情じゃなくて、興味とか、なんならもっと単純な感情だった気がする。


そして今日を迎えた。男の子との初デートがこんな形でやって来るとは思わなかった。誘ったのは私の方だけど。

お化粧は念入りに、でも濃すぎないように。洋服は男の子が好きそうなもの、でも狙いすぎてないもの。


人並みにデートの準備ができている気がして、なんだ心が高鳴る感じがした。プランも何も決まっていないし、ましてやお互いよく知らない相手とのデートだというのに。


張り切りすぎたせいか、緊張のせいか、私は予定より早く待ち合わせ場所の駅に着いてしまった。

カフェで時間を潰していると、彼も集合時間よりだいぶ早くやってきて、同じ店に入ってきた。


早く着きすぎたところも、同じ店を選んだところも、なんだか長年付き合っているカップルみたいで、少しドキッとしながらもおかしく感じちゃった。


会って何をするか決めていなかったけど、私の思いつきで糸島に行くことになった。

彼には一方的に付き合わせてしまうことになって少し申し訳ないけど、彼を見ていると、私が少し強引にするくらいがちょうどいい気がした。


彼がお店を出ようと席を立ったところで、ずっとしたかった話をした。私と一日だけ恋人になって欲しいということ。

顔から火が出そうだった。彼に嫌そうな顔をされれば、倒れていたかもしれない。

幸い彼は空気を悪くしたり引いたりすることなく、いつも通り戸惑いながらも了承してくれた。第一関門突破だ。


そして今、一緒に電車に乗って目的地へと向かっている。私は糸島のリサーチというら名目でずっとスマホをいじっている。

その最中に彼が帰りの時間を気にかけて話しかけてくれたけど、それ以外は言葉を交わしていない。

向こうから話しかけてくれたのは二度目なので、なんだか少し嬉しかった。


私はスマホからずっと目が離せない。だって、男の子と二人きりで遠出なんて緊張するし、それを悟られるのは恥ずかしすぎる。

何より、彼の少し年上と言われても疑わないような横顔をこの距離から眺めてしまえば、私はきっと……。




出発から約2時間をかけて、ようやく糸島市に到着した。博多での乗り換えも上手くいき、適当に世間話をしていたので、思ったほど長くは感じなかった。

綾がリサーチしてくれた情報によると、なんたら食堂というところがリーズナブルに新鮮な海鮮丼を食べられるらしく、ランチはそこで決定した。

二人とも始めて訪れる土地なので、適当に景色を楽しみながらぶらぶらして、気になる店などがあれば行ってみようということになった。


ちなみに健からはとりあえずニコニコして、相手が何を言ってもそれに同調し、相槌を大切にしろという有難いアドバイスをいただいた。

そんな単純なことでいいのかと聞いたところ、これが出来てればお前だって彼女の一人や二人できるんたい、と軽く説教された。


糸島に着いてまず感じたことだが、イメージ通り本当に景色がいい。

なんというか、地面やその辺の木々でさえ、都会とは違ったものに見える。ここに来る途中で通った博多なんかとは全くの別世界のように感じる。


綾は風が気持ちいいねと微笑みながら、コンクリートが整備されていない土の地面を軽く駆け出して行った。


まだ4月なので海から来る風は少し冷たすぎるが、夏になると観光客が爆増する理由がわかった。


俺達は予定通り、まずランチの店に向かった。


「メニューいっぱいあるねえ」

「俺はサーモン親子丼で」

「はや!もしかして……真斗もリサーチしてた?」


まだ慣れない名前呼びに少し戸惑いながらも、


「いや、第一印象で決めた」


と答えると、綾は第一印象かあ、と言いながら微笑んだ。


「じゃあ私は生しらす丼かな」


ほどなくして二つの丼が提供され、家から駅、電車を経由して約三時間、ようやく昼食にありつけた。

かなり腹が減っていたのでこの大親友の彼女のツレが作った……訳では無いパスタ……ですらないものにすぐにでもがっつきたかったが、そうはいかなかった。

俺が共に行動しているのはイマドキJK、もちろんSNS向けの写真を撮り始めた。


「俺だけ食べよっていい?」

「ダメ、二個とも写真に写す」

「SNSに載せるん?」

「そ、あ、てか」

「ん?」

「私達、連絡先交換してない!」


そう言えばそうだった。出会ってからの日は浅く、今日のことも口約束で決めていたため気づかなかったが、俺達はお互いのSNSのアカウントはおろか、電話番号すら知らない。

いや、現代っ子はむしろSNSしか交換しないパターンが多い気もするが。


綾はスっとインスタグラムのQRコードを示してきた。


「インスタ、やっとる?」

「うん、一応」


俺は、提示されたQRコードを読み取り、綾をフォローした。目の前にいるだけあって、すぐにフォローバックされた。

中学の同級生は大抵インスタで繋がっているが、高校の人と繋がったのは初めてだ。

いや、よくわからんうるさい坊主頭の男に無理やりフォローさせられた気もするが、まあそれはいいか。


綾はインスタに一件だけ投稿していた。

同年代と思われる女子が5人で仲良さそうに写っている。しかし俺は、その写真を奇妙に感じた。


「綾、写ってなくない?」

「あー、それね、6人で遊んだ時なんやけど……周りに他の人おらんくってさ、撮ってくれる人がおらんかったけん、私がするよーって……」


出会ってからこれまで、いつも前のめりで話していた綾が、少し言葉を詰まらせながら事情を話した。

気にするほどのことでは無いかもしれないが、言葉を連ねる間合いが、明らかに普段のそれとは違った。


「そうなんや」


当時のことも、望月綾という人間のこともよく知らない俺が口を出せることではない。そう思い深くは触れないことにした。

その話をしてから、やはり綾は少し目尻が落ちていて、声のトーンが下がった。


「よし、撮影完了!お待たせー、食べよっか」


イマドキJKへの撮影協力が終わり、やっと二人でいただきますできた。

味はまあ普通に美味しかった。普通に新鮮で普通に油が乗ってて普通に酢飯との相性が良かった。

いつも以上に刺身の舌触りが良く感じたのは、モノが良かったのか。それとも女の子と二人で小旅行という、俺にとってはアブノーマルな状況に、少し繊細になっていたからなのか。

そんなことを考えていると、10分もかからず二人ともぺろっと食べ終わり、少し腹を休ませてから店を出ることにした。

ここで難関が待ち受けていた。


「じゃあらお会計しよっか」


はーい来ましたよ、女の子と二人で遊んだ時お会計どうするのか問題。

相手の気付かぬうちに済ませておくのがベストなんて聞くが、高校生のガキがそんなら出来すぎた真似をしても、傍から見れば浮ついてるようにしか見えないだろう。

となると、割り勘か。しかし、綾の生しらす丼より俺のサーモン丼の方が150円高かった。

自分の方が高い物を食べておいて割り勘を提案するほど俺は馬鹿じゃない。

これも健に聞いておくべきだった……。どうしよう、最適解は一体なんなんだよ。


「個別会計できるみたいだから、私先に済ませちゃうねー」


ウブな男子高校生の葛藤が、呆気なく終わった。平和的解決ができて何よりですよ。はい。


「じゃ、次はスイーツだね」

「まだ食うの?」

「デザートは別腹やけんね」


次に連れて行かれた店は、小さな古民家カフェだった。こういう店の雰囲気はとても好きだが、なかなか来る機会が無かったので少しテンションが上がった。

店の雰囲気に合わせて言うのなら、高揚感を覚えた。

若者らしく表現するなら、バイブスブチアゲだ。


こちらでは、俺はチーズケーキとアイスコーヒーのセット、綾はフルーツタルトとカフェラテのセットを注文した。

ちょうど俺達以外の客はおらず、忙しなく回り続けたこの一日で、やっと一息つけた。

人目を気にせず、薄暗く和の調子の店内から窓の外の自然を見ながらコーヒーの味を感じる。なんだか……とても良い!

余生はこんな喫茶店を経営しながらのんびり過ごせればと思う。


俺達が座っている窓辺の席に運ばれてきた飲み物とスイーツは、映え写真に疎い俺でも記念に写真に収めておきたいと思うほどに良いツラをしていた。

特に綾が注文したフルーツタルトは彩り鮮やかで、五種類ものフルーツが器を模した形のタルト生地に乗っていた。


それらを食べ終えた俺達が店を出ようとレジへ行くと、店主と思われる白髪混じりで細身の男性からにこやかに話しかけられた。


「若いなあ、高校生かい?」

「そうです!糸島初めてでー」

「そうかあ、初めてが彼氏と一緒なんて、良い思い出になるな。この辺、良いとこだろ」


いや付き合っているわけでは……と言いかけたところで、綾が俺の口に手のひらを伸ばしてきた。


「忘れたん?今日の私達はカップルよ?」


初めての場所の風景や料理に気を取られ、すっかり忘れていた。果たしてその設定は必要なのだろうか。




店を出ると、いよいよ今日のメインイベント(恐らく)である、海デートに向けて歩き出した。

とは言っても足下から顔を上げればそこには海があるので、見えている場所に到達すればいいだけの話だが。


「風が気持ちいいねえ」


そう言ってにこやかにしている彼女だったが、海を見ながら、時折不安げとも寂しげとも取れるような、どこか光のない表情を見せていた。

そして彼女は語り始めた。


「真斗ってさ、掴みどころがないよね」

「どういうこと?」

「優しいようで実は消極的なだけに見えたり、無愛想なようで媚びをへつらわないだけだったり」

「……よく見とるんやな、人のこと」

「わかってしまうんよ、よく見らんでもね」


彼女が次に口にした言葉は、これまで俺が彼女に対して抱えていた違和感を説明してくれるものだった。


「HSPって知っとる?私、それなんよね。多分君もそう」


勿論知っていた。一般的な認知度がさほど高いものではないのだろうが、HSPとは、端的に言えば『繊細な人』という意味だ。

主に五感が優れている、空気を読むことが得意、外部からの心身への影響をら受けやすいなどの特徴が挙げられる。

病気のようで病院じゃない。生まれつきそういう人間と言うだけの話、だが、自身がHSPであることに悩まされている人間は多く、俺もその一人だ。


小さな頃から、周りの大人からは、やれ神経質だのやれ気にしすぎだの雑にその特性をやんわり否定されてきた。


一年ほど前にHSPという言葉を知った時には、自分が何者であるのかを知ることが出来た安堵と、これが今のところなんの解決策も無く、自分にはどうすることもできないという小さな絶望に苛まれた。


俺は自分がHSPだということを他人に話したことは無い。理解されるとは思えなかったからだ。

だからそれを他人から、ましてや出会ってすぐの相手から言い当てられるとは、思ってもみなかった。


「そう、俺も、HSP。君がそれに気づいたのも、HSPによるものなんだろうね」

「なんか、わかっちゃうんだよね」


かく言う俺も、出会った頃から彼女に対しての目には見えない違和感を感じていた。

その正体が自分と同じ人種であるということだと知り、また複雑な感情になった。


「一緒に帰ろうって言ったのは……」

「うん、この話がしたかっただけ。他の人に聞かれても不味くはないけど、やっぱり二人きりで話したいなって」

「糸島に行くことにしたのは?」

「君がいろんなものを目にして、触れる中での表情や声色の移り変わりが見たかったから」


一日過ごして確信できたよ、と綾は小さく笑った。


敏感な俺が彼女の見せる仕草に不快感を覚えなかったのは、同じ気質の綾が、俺以上に慎重に接してくれていたからだろう。


「一日限定の恋人については?」

「それはただの私の我儘だよ。こんな性格やったらさ、恋愛も悩んでばっかで上手く出来んやん?同じような人とやったら上手くいくんかなって」


「色々試すようなことしちゃって、ごめんね。でも、私は今日一日楽しかったよ」


俺だって最初は乗り気じゃなかったが、この小旅行を普通の高校生として楽しめた気がするし、何より綾の意図を知り、彼女と出会ってからの数日間に大きな意味を見い出せた。

だが、それを上手に、同じHSPである彼女がスっと真っ直ぐに理解してくれそうな言葉は、またまだ子供な俺の中にはなかった。


「じゃあ、恋人はこの時を持って終わりとします。ありがとね」


綾は話しながら、少し寂しそうな表情を見せた。


「ああ、ありがとう」


そう返すと、この話を締め括るように、今日一番の笑顔を見せてきた。


もし俺達がHSPじゃなければ、本当に、本物の青春を、何も気にせず楽しむことが出来ていのだろうか。

いや、仮にそうだったら関わってもいないか。


海を眺め、夕日に照らされながらいつまでも微笑んでいる彼女の儚さや美しさを形容することは俺にはできなかった。

そんな安っぽい思い出にしたくなかった。


俺達は夏を待ちわびながら青く透き通る糸島の海を後にし、黒垣駅へと帰った。

既に時刻は夕食どきだったので、一応綾を家まで送って帰り、その後は一人でもう一度駅に戻り、またスターフォックスに入店した。

今日三杯目のコーヒーで喉を潤しながら、一日を振り返り、悶々とした時間を過ごした。

いつか今日のことを振り返ったときに、それは美しい恋の思い出になるのかもしれない。


4月12日(土)


望月綾と糸島へ小旅行。多くは語らないが、彼女が俺と同族、いや、仲間であることを知った。

彼女はそのことを話しながら、海を眺めて微笑んでいた。

彼女と過ごした時間に名前を付けるとしたら、


『青春ごっこ』


そんなところだろう。




時は流れ、季節は移ろい、とうとう一学期は終わりを迎えた。

俺も彼女も、普通の高校生活を過ごしていた。自分が少し敏感な人間なのだと、悟られないようにしながら。

何も考えず絡んできてくれる河田のような人間もいる。


「おい早田!夏休み何するよ?」

「お前は部活でそれどころやないやろ」

「うわまじやん。でも16歳の夏、ささやかな思い出を……あ、花火大会行こうや」


ベタな提案だなあと思ったが、了承した。あの日以来、少し俺の頭は柔らかくなった気がする。


終業式を終え、部活に行く河田を見送り、俺も教室を出ようとした。すると後ろから、耳馴染みのいい声がした。


「早田くん」


振り返るとそこには、例の『女生徒』がいた。


「……またね」

「ああ、またな」


夏の少し重たい空気に混ざって、潮風の匂いがした。


初めまして、ゆーきです。人生で初めて書き上げた小説が、この『青春ごっこ』です。小学生の頃、THE BLUE HEARTSの歌詞に感化され、自分も言葉で人を心を震わせたいと思い、小説を書いてみました。構成や話のまとまりなど荒削りですが、楽しく読んでいただければ幸いです。これからも小説を書いていきたいと思っているので、ご縁があれば次回作もよろしくお願いします。

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