第6話 虫なんて食べません!
マリアは、麗しい男性に応接室のような場所に連れて行かれた。神殿の礼拝堂は、ステンドグラスがあったり豪華だが、裏手にある事務塔にあるこの応接室は限りなく地味だった。どこかのオフィスの応接室といっても違和感がないが、マリアや男性の衣服のファンタジー感が際立つ。
なぜか神殿内に足を踏み入れたとたん、服装と髪型が変わってしなった。ヒラヒラドレスに金髪縦ロールだったはずだが、白いシンプルなドレスにベール姿になった。修道着にかなり近い服装で着心地がいい。
なぜ勝手に服装が変わったかは謎だが、そういうシステムみたいだった。このゲーム世界で辻褄の合わない事は深くツッコミを入れてはいけない気がした。
「ようこそ、聖女様」
「本当に私が聖女なの?」
「そういう設定……、いや、そう聞いていますが」
麗しい男性は、一瞬嫌な笑顔を見せたが、再び感じの良いキラキラした笑みを浮かべた。
名前はメイソンというらしい。この神殿の神官で、ナンバーワンの立ち位置らしい。
「へぇ。偉いんですね!」
素直に褒めたつもりだったが、メイソンは困ったように眉毛を縮めた。
「偉く無いですよ。聖女が不在の神殿は、私の仕事が増えまして。特に信者獲得と献金集めに苦労しているんです」
「信者獲得? 献金集め?」
マリアには聞きなれない言葉だった。元いた世界の修道院には、そんなものはやっていなかった。放っておいても勝手に修道女希望者はやってくるし、献金も強制ではない。
「ええ。本当に困ってるんです。正直なところ、お金も無いですし、何かグッズ的なものを販売しようと思うんです」
「それは良くないんじゃない? 神様でお金儲けしたらダメよ!」
マリアはついつい修道女モードでメイソンに説教してしまった。ついでの神様がどれだけ人を愛しているか福音も語る。しかし、メイソンは全く心が動かないようで、「グッズだけでなく聖女の奇跡イベントも開いて人を集めたい」と言うではないか。
「だめよ、奇跡のイベントなんて。それで信じても神様は喜ばないわ」
元いた世界でもやたらと神様の奇跡を強調する宗派がいたが、異端扱いされていた。実際、御利益宗教と大差ないし、悪魔だってちょっとした奇跡は起こせるのだ。その見極めは人間の視点ではとても難しく、奇跡を見て神様を信じた人は信仰が長続きしないという特徴もある。
「いいえ! あなたには奇跡イベントをやって貰います。その為にあなたを呼んだんですから」
「そんなのに参加したくないわ。そんなのカルトじゃない」
「カルト上等! 何が悪いんです?」
メイソンは胸をはってふんずり返った。どうやら自分達がカルトである自覚はあるらしい。
カルトの特徴として信者の特別感を演出するのも好きだ。「この奇跡見られるのは信仰深いあなただけです」などと言ったり、「あなただけ特別な使命」と言って布教などの役割を与えてやる。基本的に日本人は比較意識が強い人種だし、進化論が一般的だから自己肯定感もナチュラルに低い。特別扱いされるのに弱い人種だ。
他にも集団生活を送り外部の接触を絶たせて判断力を狂わせたり、教祖のパワハラ、セクハラなどでコントロールする。
やっぱりカルトは許容できない。
「嫌です。こんな事には協力できませんよ」
意外とハッキリ言うマリアにメイソンは目を丸くしていた。
「まあ、少し冷静になりましょう。お腹すいてません? なんか持ってきますよ」
メイソンは一度出ていき、しばらくして戻ってきた。おぼんを抱えていて、そこにはフタつきの食器が乗せられていた。
フタつきの食器なんてレストランみたいだ。そういえば元の世界で読んだ冒涜の書では、ステーキやハンバーガーを食べていた。
もしかしたらご馳走様?
「マリア様、どうぞ食べてくださいよ」
「いいんですかー?」
ワクワクしながら、その皿のフタをとってみた。
「きゃあああああああああああ!」
マリアの悲鳴が応接室に響く。皿の上にはカブトムシやコオロギなどの昆虫が載っていた。名前にGのつく虫もいる。
驚いた事にメイソンは、うまそうに虫を食べていた。
「うちの教義では、昆虫を食べると徳が積まれて神に近づくんです。どうです? マリア様も食べます?」
「いやあああああああ!」
気づくとマリアは全力疾走で逃げていた。