第1話 ムーンショット計画
月村月子は、とある化学技術者だった。
長年、「仮想世界に肉体を持ったような感覚で行ったりできないか?」という仮説をたて、研究を繰り返していた。
ついに長年の研究成果が身を結び、 この技術が政府に採用された。
政府はムーンショット計画というものをたてていた。一言でいうと仮想現実世界に人々を住まわせ、寝たままで生きられる計画だ。仕事も全部ロボットがやるようになり、夢のような技術だ。SF小説にしか見えない計画ではあったが、現実の内閣府のホームページに掲載されていた。
当初は仮想現実のゲームとしてこの技術を開発したわけだが、肝心のゲーム内容が酷く、選りすぐりのプロの手が加えられる事になった。
シナリオもイラストもバリエーション豊富にあり、プレイヤーそれぞれにピッタリのゲームが展開される模様。
月子も自分で作っておきながら、なかなか面白く思う。美人で可愛い公爵令嬢になったり、邪神になって世界を支配したり、リアルな感覚で遊べる。まさに夢のようなゲームだった。自分で作った「エレン」というキャラクターは、自分の欲望、性癖、夢を詰め込んで作ったので大変気に入っている。
政府からは死んだ人の脳が生き返るような技術も依頼されており、絶賛研究中だった。今日も一人、職場の研究室に篭って仕事をしていた。仕事をしながらもあのゲームがやりたくて仕方ない。
一旦ゲームを始めると、あまりにも楽しいので現実を忘れてゲームを没頭してしまった。仕事で作ったゲームだが、家に持ち込んで楽しむぐらいだった。
世の中の現実は、色々とひどくなっている。仮想現実の世界で楽しむのは悪い事には思えなかかった。
月子は職場である研究室を出て、トイレに向かった。
鏡を見ると50過ぎの冴えないオバサンがいる。研究に没頭して生きてきたから、結婚も逃した。若い頃は美人としてチヤホヤされたが、それも年々枯れていき、すっかりオバサンになってしまった。今では、もう美も恋愛も全て諦めていた。
鏡を見ていると、そんな現実を見せつけられるようで嫌な気分ににしかならない。
「帰ったらゲームやろ……」
月子のシワっぽい声が、誰もいないトイレに響いた。