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8.上級ポーション

本日二話目です。

体中から血の気が引いていくのが分かる。

王子様?ヴィアが??御伽噺の騎士様みたいだなあとは思ったけど、王子様だったなんて……。


途端、今までにおかした数々の無礼を思い出す。

リーラは急いで立ち上がり、深く深く頭を下げた。

「大変申し訳ございません。知らなかったとはいえ、数々の無礼をお許しください」

どうしよう。せっかく憧れの薬の仕事に就けるかもしれないのに、その前に処刑されるのだろうか……。恐怖で震えが止まらない。

「ちょ、ちょっとちょっと!別にそういうつもりで言ったんじゃないだ」

目の前の王族が慌てている。

許してもらえるか分からないけど、誠心誠意謝ろう。この頭は絶対に上げない。


「頭を上げて。ほら」

これは命令だろうか。上げなかったら逆に失礼かと思い、恐る恐る頭を上げる。

王子は困惑しきりといった顔だが、横のファビオはニヤニヤと笑っていた。

「ほーらー。先に事情を説明しないからそんなことになるんすよ」

「いや……。ベラトニアからここに来るまで色々あったから説明する時間がなくて……」

ファビオが肘で小突いている。それは不敬ではないのか。

ファビオ急に処刑されたりしないだろうか?でも、古い友人とも言っていた。ということは……。

「ファビオ様にも数々の無礼、大変失礼いたしました」

また頭を下げる。

王子と旧知の仲ということは、それなりに高位の貴族の方だろう。研究所はやはり貴族が多いのかもしれない。


「えええええ!俺っもすか!やめてくださいよう」

「リーラ、少し落ち着いて。まずは席について」

「はい……」


大人しく椅子に座る。

頭の中は混乱しているし、どうすれば良いか分からない。

この『王子』に会ってから、リーラは混乱してるばっかりだ。


「ええと。僕は、そういうつもりで言ったんじゃないんだ。この研究所で働いてもらうには、知ってもらう必要があるから伝えただけだよ。それに王子と言っても、跡を継ぐのは第一王子である兄上だ。兄上が跡を継いで、子どもが生まれたら僕は一代限りの爵位をもらって王族からは抜けるつもり。それに、この研究所内では僕を王族扱いしないようみんなにはお願いしてる。僕も研究員の一人だし、地位に遠慮していては良い成果は生まれないと思っているから。だから、リーラには今まで通り接してほしいんだけど、無理かな?」

困った。

いくら本人からの要望とはいえ、王子を呼び捨てで呼ぶなど。

それに砕けた態度なんてとれるわけない。リーラが冷や汗を流しながら返答に困っていると、彼は追い打ちをかけるように続けた。

「研究所は貴族、平民問わず雇っているけどみんな平等に接しているんだ。志は同じ仲間として。リーラもここの一員になるのだから、どうか気にしないでほしい。もしどうしても気にしてしまうのであれば、雇用契約の書類に『王子を平民と同じく扱っても不敬は問わない』と明記するよ」

ここまで言われてしまっては了承するしかない……。さすがに書類の話は冗談だろうけど。

それに、良い成果を上げるため、議論を活発にするためにみんな平等に、というのは素晴らしいと思う。

「分かり……ました」

「良かった!」

「でも……」

「ん??」

「王族の方を呼び捨てというのは、さすがに……」

「えっ、じゃあ……」

「ヴィアさん、とお呼びさせてください」

「リーラさん!俺のことはファビオって呼んでくれて構わないっすからね!」

「ファビオさん……」

「「えー」」

良い年をした男性二人が小さな子のようにしょんぼりしているが、こればっかりは仕方がない。

勘当されたとはいえ、幼い頃は彼女自身も貴族教育を受けた。

高位貴族や王族は敬うもの、と体に染みついてしまっている。

「じゃあ、リーラがもっとここを好きになって、僕たちと打ち解けたらまたヴィアと呼んでほしいな」

にっこりと王子は笑う。この人はずるい。

リーラは困ったようにうなずくしかできなかった。


「さて。ここの歴史も話したし、次はこれからの話をしようかな」

到着してまだ間もないと言うのに、ぐったりと疲れてしまった。

さすがにこれ以上の驚きはないだろうが、この輝く笑顔の王子様は人を驚かせることが多すぎる気がする。

「先ほども話したけれど、この研究所は既存の薬の研究と新しい薬の開発を行っている。僕は……」

リーラの瞳を真っすぐ見つめる。ヴィアは時々、この表情を見せる。

胸を突く真っすぐな言葉、真っすぐな瞳。

「僕はね、この国に広く薬を普及させたいと思っているんだ。隣国から来たリーラは驚くかもしれないけれど」

確かに驚きだった。ベラトニアでは、薬は貴族や王城で使われるもの。裕福な商人などは薬を直接買い付けることがあるが、一般の家庭ではまず買えない。

薬が高価なこともあるし、薬作りができる人間はほぼ王城が独占しているためだ。

製作するにも高価な器具が必要になる。だから、薬が買えない人達は薬草をそのまま使ったりする。


「隣国で王城に納品されていたような、高い効果がなくても良いんだ。怪我をしたり、病気にかかったときにそこまで高価ではない薬が買えたら、みんな助かると思わないかい?」

リーラはうなずく。

内臓が侵されるような重大な病では薬だけではどうにもならないが、それ以外で薬が使えるのであれば、安心できるだろう。


「だから、まずは大量に安定した品質を保てる薬を開発すること。あとは、頻繁に買い替えなくても良いように、品質が落ちづらい薬を開発すること。この二つが当面の課題なんだ。そしていつかは、黒星病にも効果のある薬を開発する……。これが僕の最終目標かな」

そうか。この国には悲しい記憶がある。

その悲しい歴史を繰り返さないように、ヴィアはこの研究所にいる。

リーラはその思いを、まっすぐ告げる彼の目を見て思わず目頭が熱くなった。


「素晴らしいと思います。私も精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」

思わず泣きそうなのがばれないように、彼女は頭を下げる。

「ありがとう。とはいえ、隣国とこの国では知識も技術もだいぶ違う。まずはリーラにそれを埋める手伝いをしてほしい。作り方を学んだり、教えを請うたとはいえ、基本の製法は秘匿されているからね。隣国では当たり前のこともこの国では知られていないかもしれない」

「はい。私にできることでしたらなんでもご協力します」

「心強いよ。では、早速だけどリーラにも薬を作ってもらおうかな」

突然の機会に思わず萎縮する。

でもリーラは、この国の、この人の役に立ちたい。と思う。

臆する気持ちを抑え、彼女は力強くうなずいた。


ヴィアが目配せすると、ファビオが退室し台車を押しながら戻ってきた。

台車の上には、薬製作で使用する器具一式と見慣れた薬草が載った籠がひとつ。

「どうかな?器具は変わりなさそう?僕が見る限り、向こうの研究所で使用していたものと変わらないと思うけど」

器具を一通り見まわすが、特に変わったものや足りないものはないようだ。

「そうですね、同じだと思います」

「良かった。ではいつも通りやってもらって良いかな?」

リーラはうなずくと、薬草の選別をするために籠に手を伸ばした。

そこでふとヴィアが声を上げる。

「あ。ちょっと待ってて」

そのまま退室してしまう。

どうしたのだろうと思っていると、何かを持って戻ってくる。

「はい。これを使って。そのままだと服が汚れるかもしれない」


手渡されたのは、綺麗な若草色の上着だった。

服の上からそのまま着れるような、ややゆったりした作り。胸元と横にもポケットがついていて、初めて見るタイプの服。

男性用のジャケットやコートに似ているけど、少し違う。

袖などはすっきりしていて、作業中も邪魔にならなそうだ。

前は開けて着るようだけれど、一応とめることのできるよう二、三個ボタンがついている。


「これは……?」

「ここの研究員はみんな着ている制服のようなものかな。服が汚れることもあるしね。ベラトニアの研究員はローブを着ているんだけど、あれって袖が邪魔で」

リーラ自身は、今までボロボロの服で薬を作っていたので、服が汚れるというのを考えていなかった。

羽織ってみると、袖が少し、いやだいぶ余る。裾も引きずりはしないけど、けっこう長めだ。

「女性用の小さいサイズを持ってきたんだけど、やっぱり大きかったかな。大丈夫?」

「あ、はい。袖は捲れば、気になりませんので」

袖を折り畳みながら答えた。初めて着る制服に気合が入る。

気合を入れて、いつものように、用意された薬草の中から生育の良いものを選んでいく。

火にかけた水に入れて、かき混ぜようとしたとき、ふと思う。


一人で作っていた時は、お母様のように歌っていたけれど歌わない方が良いだろうか。

以前、お父様の前で歌いながら作っていたら『神聖な薬作りを馬鹿にしているのか』と怒られたことがある。

それ以来、一人で作るときだけ歌っていたけれど……。


なんとなく気まずい気がして、歌わないまま製作をすすめた。

出来た薬は普通のもの。ただ、いつものように淡い光はない。

色味は以前見せてもらった他の薬と同じだが、今まで見たことがない色で少し不安になる。

「ありがとう。さすがの手際だったね。製法も温度や時間が少し違うくらいで、大きな差はないかな。じゃあ、ちょっとこれを借りて……」

ヴィアはそう言って、薬の入ったフラスコを持ち上げて眺める。彼も色の違いが判ると言っていた。

彼の眼にはどう映っているのだろう。


「薬効判定の検査紙(けんさし)は見たことあるかな?」

薄い丸い紙を取り出して言う。

「はい。特殊な溶液に浸して乾かしたものですよね。薬の薬効があるかどうかを判定するのに使う……」

「そう。隣国も同じものを使っていたと思う。一定期間過ぎると、同時期に納められた中から一本選んで薬効判別をするんだ。それで薬効が切れているのを確認して廃棄するんだよ。昨日の君の薬はそこからもらってきたものだよ。……うん。薬効はきちんとあるね」

紙に薬を一滴たらし、色が薄青に変わったのを見てヴィアは満足そうに頷いた。


「あ、あの!」

「ん?なんだい?」

「昨日仰っていた、色の違いが分かるっていうのは……」

「あぁ。ごくまれにだけど、色が人と違って見える人っているんだ。特定の色が見えなかったりすることもあるようだけど、逆に通常の人では分からない微妙な色の違いも見れる人がいる。僕らはその後者だと思っている。君がサミナとサミヤの目の色の違いを指摘したことがあったでしょう?」

「はい」

「君は他にも違うことがあると言っていたけれど、目の色の話を聞いた時にもしかして、と思ったんだ」

「そうだったんですか」

これであのテストに納得がいく。

自分自身も知らなったことを何故だろう、と思ったが彼自身も二人の瞳は違う色に見えていたのだ。


「リーラ、申し訳ないんだけどあと二、三本作ってもらっても良いかい?」

「はい!」

久々の薬作りは楽しかった。リーラは周りも気にせず黙々と薬を作る。

時々、ヴィアとファビオが何かを書きつけながらじっと見つめていたが、そんなことも気にならないくらい集中していた。


「できました」

出来上がった三本を並べる。どれも先ほどと同じ色をしている。

薬効を調べた彼が、作り手をじっと見つめながら口を開く。

「ところでリーラ」

「はい!?」

思わずビクッと大声で返事してしまう。やはり色の違いだろうか……。


「もしかして君、今までと違う作り方をしていないかい?」

「えっ」

「君も見えているだろうけど、今まで作ったものと色が違うんだ。水や薬草の生育条件かと思ったけど、君のその反応を見る限りどうやら違うようだね」

「あ、えっと……」

リーラの顔をヴィアとファビオがじっと見つめている。ええい、言ってしまえ。


「歌を……」

「「歌?」」

「歌ってませんでした……」

二人の顔には疑問符が浮かんでいる。頭のおかしいやつだと思われたかもしれない。

「歌か……。そのやり方でやってもらっても良いかい?」

「はい……」

なんだか急に恥ずかしくなってきた。しかし、言ってしまった手前やらないわけにはいかない。

薬草を煮出しながら小さく歌う。


―――おどれ おどれ さざ波のように


   おどれ おどれ 春の風のように―――


使う人が元気になるように。つらい思いが少しでも減るように。

先ほどとは少し違う、淡い色がにじみだす。

薬を完成させると、見慣れた黄色味がかった色のものが出来上がった。


「興味深いね……。ちょっと借りて良いかな。うん、薬効はある」

ぶつぶつと言いながら、検査紙に薬を垂らす。

その姿は王子というより、研究者のほうがしっくりくるくらいだった。

「ファビオ、あれを」

ヴィアが合図すると、ファビオが台車に乗っていたもうひとつの小瓶を持ってくる。

その液体を先ほどの試験紙に垂らすと、ヴィアとファビオが息をのんだ。

「あの、そちらの液体は……?」

「あぁ、失礼。これは我が国が開発した薬の品質を見るためのものだよ。薬効を調べた試験紙の上に垂らすと……」

はじめに作った薬を試験紙に垂らし、そのうえから薬品を再び垂らす。

すると、薄青だった紙は薄紫に変化した。

「わあ。すごい」

「研究所設立の目的からも分かるように、うちは解析技術に特化せざるを得なかったんだ。これは通常の品質の薬。で、今作った薬は……」


再び同じようにやってみせる。すると今度は、ほぼ赤色に近い濃い紫色に変化した。

「品質が高い、効果が高いほど赤色が濃く出る。つまり、これは今までの物とは比べ物にならないくらい効果が高い薬ということ」

思わず彼の顔を見る。先日言っていたのはこのことだったのか、と納得する。

だがしかし、何故だろう……。歌で薬の効果が上がる?


「それに、君の薬を廃棄される中からもらってきたと言ったね。調べたところ、君の薬は薬効が落ちていなかったんだよ。捨てられる薬と同じくらい前に作られたというのに」

「リーラさんすごいっすね!」

ファビオがにこにこと褒めてくれる。リーラは少し恥ずかしくなり、謙遜した。

「いえ、そんな……。母が……歌っていたので、真似してやるようになったんですけど」

「君の母上が?なるほど。お母上も薬師だったんだね」

ヴィアに問いかけられ、母の笑顔が浮かぶ。

こうして母の話をできるのは、少し寂しいがそれより嬉しかった。

「えぇ。どこかに所属していたわけではありませんが、元気なころはたまに薬を作っていました」

「失礼だけど、君のお母上の生家はどこか分かるかな?」

「いえ……。母から実家の話を聞いたことはありません。父とどこで知り合ったのかも、特には……」

「そうか……」

リーラが答えると、ヴィアは顎に手を当てて考え込んでしまう。

「すみません、お力になれず……」

「君は悪くないよ。それに、高品質な薬の作り方が分かっただけでも素晴らしい。これに関してはもう少し時間をかけて調べていこう。ただし」

ヴィアは急に真剣な顔になった。


「調査が進むまでは、この話はここだけの秘密にすること。我が国にはいないと思いたいが、君の力を悪用して高品質の薬を独占しようとする悪いやつがいるかもしれない」


考えてみたこともなかった。

ベラトニアでは多数あるうちのひとつだから、たまたま効きが良くてもそこまで気にされない可能性が高い。しかし、この国では明確な測定手段がある。

確実な差が分かってしまえば、そういったこともあるかもしれない。

「はい……」

「怖がらせるつもりはなかったんだ。それに、目下の目標は大量生産と品質維持だからね。そちらでも君の力を貸してほしい」

「はい!」

私でも誰かの役に立てる。とてもうれしいことだった。


「ひとまずこの高品質な薬は上級ポーションとても名づけようか」

「上級ポーション……」

自分の作ったものが『上級』と呼ばれるのはなんだかくすぐったい。彼女は今まで愚図だと言われてきた分、嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちだった。

「あれ?他になにかつけたい名前がある?」

「いや、そういうわけでは……」

「上級とかそんなつまらない名前じゃだめっすよ!リーラさんが作ったポーション……リーラポーション!どうっすか?」

「上級でお願いします!!!!」

ファビオのとんでもない提案を、リーラは大声で訂正するはめになった。

なんだかここ数日、大声を出してばっかりだ。

でも、実家で小さく息を殺して生きるよりずっと自分らしくいられる気がした。

面白いと思っていただけた方、評価ぽちっとしていただけると嬉しいです。

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