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3.畑での邂逅

遠ざかる馬車の音でお客様の退出を知る。

リーラが片付けのために慌てて屋敷へ戻ると、先ほどよりも興奮した様子の伯爵たちがいた。


「でかした!!!よくやったぞ、ペスカ!」

「偉いわ!さすが私たちの子ね!」

「ありがとうございます!お父様、お母様!」

何か良いことがあったのだろうか。ここで邪魔をすると酷く機嫌を損ねるかもしれない。

なるべく関わらずいるのが良さそうだ。

しかし、茶器の片づけがある。極力気配を消して下がろうとすると、ペスカが妹を見つけて高い声を上げた。


「あぁ、あんた来たの。聞きなさい。私は王立薬学研究所の研究員になるのよ!」

声高に宣言した義姉と一緒になって、伯爵と義母は意地悪そうに嗤っている。

なるほど。先ほど来た人たちとどんなやり取りがあったか知らないけれど、父がうまく取りつけたらしい。

「それは……おめでとうございます」

深く頭を下げた。薬を作っているのは私なのに、という気持ちがないわけではなかった。

彼女は薬師の勉強はしているけれど、実際の薬の生成や薬草の管理をしているのは見たことがない。

薬草園に限って言えば、泥が付くので嫌だと言っていたくらいだ。それなのに研究員になる。

しかし、そんな不条理を流せるぐらいにはなってしまった。

にっこり笑って、もう一度お祝いを伝え、義姉を褒めたたえなければ。

「さすが、お義姉様ですわ。素晴らしいと思います」

「……ッ!!」

ばしゃん!といきなりカップに残っていた紅茶が降ってくる。

何が起こったのか分からず呆然としていると、義姉はものすごい形相でこちらを睨んでいた。

「馬鹿にして!!!」

「そんな……。私はそんなつもりはありません」

「うるさい!召使いのくせに偉そうな口をきくんじゃないっ!」

「もういい。こんなめでたい時にお前の顔など見たくもない。さっさと下がれ。今日は顔を見せるな」

まだシーラを睨むペスカの肩に手を置きながら、伯爵が冷たく言い放つ。

もう何回も繰り返された光景だ。

機嫌を直し、今後の予定を楽しそうに放つ家族を背にリーラは静かに退室するしかなかった。



ペスカはどうやら、まずは研究員見習いの名目で王城に上がるそうだ。

数日のうちに一度研究所を訪れ、準備をするらしい。その後、本格的に寮生活となる。

王都へ行った日のペスカはそれはそれは機嫌が良かった。

帰るなり、両親へ矢継ぎ早に感想を語る。


「王都は何もかも流行の最先端で素晴らしかったわ!ただ研究所はちょっと地味だったの。寮の部屋というのも狭そうだったし……。でも、働く人には高位貴族の方も多いみたい!あ、あと、すごく綺麗な方がいらっしゃったわ!平民を相手にする気はないのだけれど、あんなに綺麗な方と一緒に働けるなんて夢みたい!」


滔々と語る娘を二人は微笑ましげに眺めている。

研究所に関する感想はこれだけで、あとは王都の流行や見かけた素敵な男性や、町ゆく人のドレスの話ばかりだった。

王立研究所の話が少し聞けるかもと期待していたリーラは、陰で小さくため息をついた。


そして王都に行ってからのペスカは、前にも増して妹を見下すようになった。

栄えある王立研究員(見習い)という立場を手に入れ、それを披露したくて仕方がないようだった。

彼女が家を出るまで数日とはいえ、そんな小言に耐えるのはなかなか厳しかった。


「あら?そんなところに突っ立っていると私の邪魔になるのが分からないの?」

「厨房の隅で残り物を漁るなんて!汚いうえに卑しいわね!」

「私の部屋に汚い畑の泥を持ち込まないで頂戴。仕事をさっさと終わらせて、みすぼらしい小屋に引っ込んだらどう?」


毎日飽きずにあの手この手でリーラをいびり倒した。

ある時など、機嫌が悪いことに加えペスカの気分ではない紅茶を持って行ったという理由でぶたれ、髪を引っ張られ、床に引き倒された。

この可憐な体のどこにそんな力があるのだろう、というくらいの力で倒されたリーラはただひたすらに床に頭をこすりつけることしかできなかった。



義姉の折檻が苛烈を極めていたある日。その男性はやってきた。

いつものように薬草畑に水をまきながら、前日殴られた腕をさすっていると突然声が聞こえる。


「こんにちは」

目深にフードを被ったローブの男性だった。声からしてまだ若いようだ。

「こ、こんにちは」

「立派な薬草ですね。あなたがお世話を?」

「え、えぇ」

しどろもどろで答えるリーラに、男はふっと笑ったような表情を見せた。

顔は見えずに口元が笑っただけだけれど、確かにほほ笑んだ気配がした。


よく見ると、ローブの感じからして研究所や薬学院の人間だろうか。

粗相をしてはいけないし、そもそも自分が見られること自体よくなかったかもしれないと思ったリーラは居住まいを正して少し後ろへ下がった。


「こんなに生育の良いサルバスはあまり見かけませんね。何か特別な肥料でも?」

畑を興味深そうにのぞき込むと、彼は言った。

葉を見て判断できるなんて、彼も薬師なのだろう。やはり伯爵かペスカへのお客かもしれない。

「いえ、特に変わったものは与えておりません。なるべく様子を見てお水の量を調整したり、間引いて日光を与えたり……」

「なるほど。手をかけていらっしゃるんですね。ところでこの薬草はあなたがお使いになるのでしょうか?例えば薬を作ったり」

さらに笑みを深めて彼が言う。リーラは思わず体が強張った。

ここで自分が薬を作っていると答えれば、伯爵がどうするかは火を見るより明らかだ。

特に口外するなと言われたわけではないが、リーラの存在自体を隠しているのは日々の言動からも用意に想像がつく。

「い、いえ……。私は、お世話だけ……です」

「そうですか。そこまで薬草に詳しいあなたであれば、きっと素晴らしい薬も作れるでしょうに」

残念そうに返されたリーラは、噓をついた罪悪感と、認められた嬉しさでそわそわしてしまう。

ここでこんなにお客様と話したと分かれば、あとで伯爵に怒られてしまうかもしれない。


「ところで、お客様でしょうか?」

「あぁ、失礼致しました。フォルド伯爵にお目通りを願いたく、伺った次第です。卿はお屋敷に?」

「はい。いらっしゃると思います。あちらに見えるのがお屋敷です。その……ここで私に会ったことは内緒にしていただけませんか?」

やはり伯爵へのお客様と知り、彼女は思わず口にする。

「構いませんが、何故でしょう?」

「お客様の前に私のようなみすぼらしい女が出たとあっては、お叱りを受けてしまいますので……」

言いながら声が小さくなってしまう。

分かってはいたけれど、折檻の恐怖と自らを貶める言葉に体がすくむ。

「承知いたしました。ここでのことは私とあなただけの秘密といたしましょう」

「ありがとうございます!」

「しかし……」

男性は言葉を区切る。何か条件でも出されるのだろうか。

自分に差し出せるものなど、ない。

「あなたはみすぼらしくなどない。薬草の世話を一生懸命しているあなたのどこかみすぼらしいと言うのでしょう」

「あ、でも……。お客様の前にこんな格好で……」

「服装など関係ありません。この畑は愛情がなければこんなに見事なものにはなりません。そこまで愛情深く育てられるのは、あなたのお人柄と優しさです。だから、そんな悲しいことは仰らないで。この育てられた草花たちのためにも」

あまりに真っすぐな言葉すぎて、リーラ何も言えなかった。

何か言わなければとは思うけれど、言葉が見つからない。

顔が見えなくても、本気で言ってくれているのが分かる。その真摯な声は彼女の胸を深くついた。


「あまり困らせてはいけませんね。素敵な畑を見せてもらました。では」

「あ!ありがとうございます……」

その男はローブを翻して屋敷のほうへと歩いていく。

一度も振り返らない彼の後姿をリーラはいつまでも見つめ続けていた。


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