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2.突然の訪問者

屋敷での仕事が増えても、薬の作成や薬草園の管理の仕事は変わらないままだった。ただ、好きな仕事が息抜きになっているのも確かだ。


「あ、あの……。お父様……。薬の作成についてご相談が……」

無言で必要な薬の一覧を差し出した父に声をかける。

とたんに顔をしかめ、ゴミを見るような目でこちらを向いた当主は無機質な声で答えた。

「なんだ?私は忙しい」

「申し訳ありません。出来れば、薬をあらかじめ作成しておいて必要な分だけお持ちしても良いでしょうか……?食糧庫でしたら涼しくて暗いので保存もできます」

指示が入るたび、小屋と屋敷を行き来するのは効率的ではない。

ただ、薬を詰める瓶は高価なものであるため、倉庫には鍵がかけられている。

メモと一緒に鍵を預かり、薬と共に鍵を返す。家の仕事も増えたいま、一分一秒が惜しい。

少しでも仕事が遅れれば、義母の扇子と義姉のお小言が飛んでくるのだ。

そういった事情で願ったことだが、父は突然激昂して声を荒げる。

「なんだと!?高価な薬を食糧庫に作り置き!?品質が下がるではないか!!そんなことも知らないのか、お前は!!!」

思いもよらない大声にビクッと肩が跳ね上がってしまう。そんなに怒るようなことだったろうか……。

薬師だったリーラの母はよく作り置きをしていたようだが。

「王城のように専用の保管庫ならともかく、食糧庫なんぞに置いてみろ!!すぐ劣化して使い物にならなくなる!自分が楽をしたいからと言って、適当なことを言うんじゃない!」

「も、申し訳ありません……」

反論など許されるはずもなく、慌てて頭を下げる。伯爵は鼻で息を吐くと、彼女に退室するよう顎をしゃくった。

何故だろう。母のノートに書いてあることは間違いないはず。現に彼女はそのようにやっていたのだ。

しかし、勝手に倉庫から瓶を持ち出して、それがばれたら怒鳴られるどころの話ではない。

諦めて必要な瓶を取り出すためにリーラは倉庫へ向かった。


―――おどれ おどれ さざ波のように

   おどれ おどれ 春の風のように―――


いつものように小さく歌いながら、薬草をかき混ぜる。

リーラはこの時間だけが本当の自分でいられる気がしていた。

そういえば、なぜ母は歌いながら薬を作っていたのだろう。長いこと思い出さないようにしていた母のことをふと考えてしまう。


『かあさま!なぜおうたをうたうのですか?』

『そうねぇ。リーラはどんな時にお歌を歌う?』

『んー。たのしいとき?』

『ふふ、そうね。じゃあ、お歌を聞くとどんな気持ちになるかしら?』

『きもち?うーんと、やさしいきもちになったり、うれしくなったりします』

『きっと薬もそんな気持ちで作った方が、良いものになると思わない?』


遠い記憶。母との優しい思い出。

こんなに暗い日々でも、歌を歌えば優しい気持ちになれた。

そう、彼女は言っていた。

『人を癒すものなのだから、使う人が元気になるように優しい気持ちを込めるのよ』と。


この薬を使う人が元気になれば良い。今つらい思いをしている人が、少しでも辛くないように。

気づけば薬は淡く色づき、ほんのりと黄色味がかった緑色になった。

今、どんなにつらくとも自分にはこれがある。お母様の思い出と薬作り。自分が自分でいられる時間。

また頑張らなければ。




「ベラ!ペスカ!」

屋敷の仕事をこなすようになって数か月たったある日。

伯爵は妻と長女の名前を大声で呼びながら部屋に入ってきた。

二人へお茶を出した後、思わず退室のタイミングを逃してしまったリーラはその場に佇む。


「王立薬学院の方がお見えになるぞ!!

興奮した様子で話す伯爵は佇む彼女に気付いていないようだ。

「まぁ、あなた。落ち着いてくださいな。どうしてそんな方がいらっしゃるの?」

「詳しいことは分からないが、先触れには『是非私と話をしたい』とある。もしかしたら薬学院への誘いかもしれん!!」

「すごいわ、お父様!」

伯爵の興奮にあてられ、2人も色めきだつ。

そうか、こうやって薬師の貴族へ声をかけているのだな、とリーラはどこか他人事のように思ってしまう。


王立薬学院には宮廷薬師を含め、優秀な薬師が多く在籍している。そのほとんどは貴族だが、ごくまれに優秀な平民もいるらしい。

王城に納められる薬の管理や、直轄の研究所での新しい薬の開発や製作を行っていると聞く。

薬学院に入れなくとも、研究所に所属するだけで相当な名誉なはずだ。彼らが浮足立つのも納得だ。

ぼんやりと三人を見ていると、ふと伯爵がこちらを向く。

「なんだ、いたのか。このあといらっしゃるから、茶の用意をしたらお前は出てくるな。お前みたいな出来損ない、我が家の名誉に傷がつく」

吐き捨てるように言うと、彼は速足で出て行った。

その出来損ないに薬を作らせているのは誰だろう。なんだか馬鹿らしくなったリーラはおとなしく退室した。


「ようこそおいでくださいました!!」

ひときわ大きな声が響き、あぁ来たのだなと思う。数人の話し声が聞こえ、応接室へと続く。

このまま屋敷にいると鉢合わせしてしまう可能性もあるため、リーラは小屋へ引っ込むことにした。



「早速ですが」

訪問した三人のうち、年嵩の男が口を開く。

ゆったりとしたローブをまとい、胸には三枚の葉がついた植物のブローチを留めている。残りの二人は、一枚葉のブローチをつけていた。

どちらもフードを目深にかぶり、口は開かない。見る限り、年若い同伴者のようだ。

このブローチは葉の数で、位が決まる。

宮廷薬師は最高の五枚。主任研究員相当で四枚だから、男もそこそこに高い地位なのであろう。


「先日納品いただいたポーションはフォルド殿がお作りに?」

伯爵の顔がこわばる。ほんの一瞬だったためか、相手は気付かなかったようだ。

「え?えぇ、何か不具合でも……?」

下の者には横柄に、上の者にはこびへつらう。

分かりやすい伯爵はもみ手をせんばかりの勢いで相手の顔色を窺う。もし不具合があったと言われれば、どうやって他者のせいにしようと考えながら。

「いえいえ、そうではありません。大変高品質のものだったので、詳しくお話を伺いに来た次第です」

見る見るうちに伯爵の顔色が復活する。『なんだ、そんなことか』と顔に書いてある。実に分かりやすい男である。

その薬をいつも虐げているリーラが作ったことなど忘れている勢いだ。


と、ここで伯爵は一計を思いついた。

どうせ自分がこのあと王立研究所に入ったとしても、この年齢だ。大した出世もできずに終わるだろう。

今とは比べ物にならないほどの金と名誉は手に入るだろうが、自分よりよほど優秀なやつらや若いものに使われるのは気が済まない。それならばもっと長く甘い汁を吸いたい。

幸い、ペスカも薬が作れる。自分に似て優秀だし、なにより若く美しい。

もっと技術を吸収して、薬学院でも出世するだろう。出世できなくとも、持ち前の美貌で王城の誰かの目にとまるかもしれない。

「あぁ、私としたことがうっかりしておりました!」

「なにか?」

大げさに天を仰いだ伯爵を見て、男は聞き返す。

「ここのところ、娘のペスカに手伝わせていたのです。まだ17ですがなかなかに優秀でして。最近お納めしたものはほとんど娘が作ったと言っても過言ではないのです。私としたらお伝えするのをすっかり忘れておりました!!」

「ほう、それはそれは」

芝居がかった大声を出す伯爵を怪しむ様子はない。その「優秀な娘」とやらに興味津々だ。

さっそく娘と母親を呼び寄せ、言外に「娘がとても優秀である」と匂わせる。

こういったことに聡い二人も伯爵の調子に合わせて、否定せずに困ったように微笑んでみせたりもする。


実際、ペスカは優秀だった。

薬師としては十分な技術があったが、あくまでもそれは「父親と比べて」という意味である。王立の研究所であれば、辛うじて下っ端として作業ができるくらいであろうか。

そんな現実は見ずに、父親は娘を褒める。

いつの間にか、薬師としての技術から話が飛び、容姿のことまで褒めだした。

やがて、たっぷりと娘の話を聞いた年嵩の男は納得したように話し出す。


「なるほど。確かに優秀なようですな。フォルド殿が良ければ、ペスカ嬢を王立研究所に迎えたいのだが、いかがかな?」


提案を受けたフォルド家の三人が喜色を浮かばせ、快諾したのは言うまでもない。


まだまだ文体が安定しません。読みづらい、良かったなどあれば感想をお聞かせください。

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