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3 老師ラクーム




 スィープが新しい飲み物を入れに応接間を出ていき二人になる。


 通訳魔法を継続的にリンネ殿にかけているので話は聞いていた。こちら側(・・・・)がメインの話はカウセルが一通りしていたのであちら側(・・・・)の話を聞く番だろう。


 彼女がこの世界とは異なる理の中で生きてきたことはほぼ確信していた。言語然り、身体能力然り、知識然り。彼女が生きてきた環境について知りたい。もしかしたらそれが王子のこれからの成長の鍵となるかもしれない。


「次はリンネ殿の話が聞きたいのじゃがよろしいかな?」

「私の話か?それは構わんがどこから話せばいいものか」


 彼女は難しそうな顔をしてから『よし』と一呼吸いれて姿勢を正してから話し始めた。

 立ち姿も美しいが座り方も美しい。女性的な美しさとは違う。動き一つ一つに無駄がなく、歩く時にも音を立てない。おそらく暗殺者(アサシン)か何かの特殊な訓練を受けているのだろうと思う。


「私の昨日一日を振り返ろうと思う。長くなるが聞いてくれ」


 首を縦に振り了解の意を伝えると、彼女は話し始めた。


「私はいつも通り朝目が覚めると顔を洗い朝食をとり学校に向かった」


 学校か。リンネ殿の世界にも学校があるのか。

 魔族には学校に通うという習慣はないが、ヒトにはそれがある。幼い子供達を集めて知識を授けたりする場所らしい。こちらの学校と同じようなものだろうか。

 ということはリンネ殿は若いのか?魔族は見た目ではあまり年齢の推測はできないがヒトでいうと十代といったところか。


「朝練をして授業をうけ昼食をとり昼練をして午後の授業のあとブカツに出た。その後道場に行き稽古をして帰って風呂に入り夕食をとった。授業の復習と明日の予習をして筋トレをしてから布団に入った。いつも通り二十二時には眠ったはずだ」


 なるほど。一日にそれほど修練を重ねているのか。あの強さは日々の修練の賜物というわけだ。

 魔法が使える魔族はそこまで肉体を鍛えることは多くない。いくら鍛えたところで魔力をうまく操れる方が強いからだ。


「眠ったはずだったが。とてつもない衝撃で目が覚めるとそこは私の部屋ではなくニホンですらない異国の風景。聞きなれん言葉が耳に入り、それはエイ語でもドイツ語でもフランス語でも、私の知るすべての言語ではない。見たこともない生物や空の色大地の色。ここはチキュウではないだろう。チキュウというのは私たちが住む星の名前だ」


 時々口の動きと声が合って、彼女の名前の様に聞き取り辛い単語が出てくる。共通言語が存在していない為だろう。彼女の住む星というのはやはりこの我らが住む国、アズモパータリエが存在する世界ではないのだ。

 この世界は広い。寿命の永い魔族といえども一生かけても果てにたどり着けないと言われている。もしかしたらその最果てにチキュウが存在するのかもしれないが、生きている間にたどり着けないのならそれはもう別の世界と言っていいだろう。


「時々聞き取り辛い単語が出てくるのはそれぞれの世界で存在しない名詞が通訳魔法では翻訳できていないのでしょうな」

「それでも異世界の住人と意思疎通できるということ自体が奇跡に近いな。老師殿に感謝しよう」


 彼女の世界は魔法が存在しないのだろう。こちらからすればリンネ殿の存在自体が奇跡のような強靭さだと思うのだが。お互い様ということだ。


「そして昨晩動いてわかったのだが、ここの引力は私の住む星に比べてとても弱いようだ。身体が軽く、ほんの少し踏み込むだけで思ってもいない距離を跳べたり、ヒトの体が有り得ないほど軽かったり、私の世界では考えられない」


 引力か。概念が存在することは知識にある。大地が物質を引っ張る力。これがあるから我らの足は地面に着いているのだと。それを意識した時重力を操る魔法を思いついた。この魔法を使えるのはアズモパータリエでも自分だけであろうと自負している。

 その概念が当然のように認識されている世界ならば彼女も無意識に魔力を使っているのではないだろうか。いや、それはないか。彼女の周りの魔力が彼女に吸われている様子はない。


「老師殿たちが私を魔族だと思った所以はこの辺りにあるのだろう。私はただの一般人だ」


 一般人。一般的なヒト。何を言っているのだろう。

 ハッ!ジョークか。しまった、笑うところだったのだ。


「……フォフォフォ!御冗談がうまい!あのような棒術を使える一般人など存在しませぬじゃろうて!」


 真面目な顔をしているし口調も変わらないから気付くのに時間がかかってしまってつい笑うのが遅れてしまった。申し訳ないことをした。

 しかし彼女は気にしていない様子だった。よかった。


「棒術?あれは得物が手元になかったから仕方なく落ちていた木の枝を使ったのだ。ケンドウ……伝わらないだろうな。いやそもそもケンドウもブカツでやっているだけで本来は……まぁそうだな。剣を扱う事は慣れているな。刀、と言って通じるか?」

「刀。ええ、片刃の長剣ですな。使い手は多くありませんが存在は知っておりますぞ」


 ヒトはもちろん魔族にも使い手は少ない。両刃の剣の方が敵を倒すのに効率がいいと考えられているからだ。魔法を纏わせるにもシンプルなロングソードは扱いやすい。わざわざ片刃の剣を選ぶのは極少数であるのも道理だろう。


「そうか、刀が存在するのはなんとなく嬉しいな」


 そう言って彼女は柔らかく微笑みを浮かべた。刀を深く愛している者の笑みだ。


「まぁ要するに私は魔族でもなければ冒険者や勇者とも違う、ただの刀が使える一般人だ。お前たちの認識しているヒトと同じであるかはあやしいが」


 え、このヒト本気で一般人だと自称してんの?嘘じゃろ。

 まさかリンネ殿の世界ではこれが普通なのだろうか?こんな化物がうじゃうじゃいる世界など恐ろしすぎる。世界は広いということか。また一つ知識が増えた。知りたくなかったそんな世界があるなんて。コワイ。怖すぎる。


「さて。そろそろ私はもとの世界へ帰りたいのだが」


 遠くに行きかけていた意識が強制的に引き戻される。いかんいかん。この話の流れになる前に王子と面会させたかったのだが。


「それはなりませんぞ!まずは王子と面会してもらわねば!」

「会うのは構わないが会ってどうする。私はこの世界の仕組みもろくに知らんし無礼を働くと思うぞ」

「王子は礼など気になさらぬし、そもそもリンネ殿がどのような態度で接しようと問題はありませんぞ!地位で言えば同じ高さになるのですからな!」

「……まぁ、そこまで言うなら会うだけ会ってもいいが。しかし老師殿?私が王子と地位が同じになるとはどういう意味だろうか?私は一介の客人に過ぎないはずなのだが」


 段々と眉間に皺が寄っていく。片眉が吊り上がり顎が軽く持ち上がる。気付いたのだろうか?

 まぁ状況に気が付いてもおかしくない。元の生きていた世界からいきなり召喚されて異国の王子と見合いさせられようとしているのだ。帰れないと知ったら怒るだろう。


「……何か御気に障ったじゃろうか?」


 努めてとぼける。嘘をつくわけにはいかない。後から騙されたと思われたら困るのだ。


「先に言っておくが私は軟弱な男が嫌いでな。昨夜のようにメソメソとしているような姿をみるとイライラするんだ。それ以上に弱いものをいじめるようなクズどもが嫌いだから手を貸したが」


 言葉の端々に険がこもる。これは思った以上に説得が難しいかもしれない。


「落ち着いてくだされ!きっと王子の本質に触れれば王子に魅了されるはずですじゃ!自らすすんで婚儀を行いたいと思えるはず!」

「まさか老師殿?これは私の勘違いであるといいのだが」


 彼女はついに立ち上がりこちらを冷たい瞳で見下ろしている。とても怖いがここで踏みとどまらなければ。こういう時こそ冷静に。あの短気で恐ろしい魔王様の側で仕えていた頃を思い出すのだ。


「私を喚んだのは貴殿だと従者殿は言っていたな。理由を聞いていなかった。さあ聞こうか?」


 口元だけ見れば笑顔に見えたかもしれないがその瞳はまったく笑っていない。

 ごまかしは通用しないだろう。正直に言うしかない。


「昨夜召喚した女子(おなご)を妃に迎え愛し合うようになれば王子は覚醒し力を得るという旨の宣託が降りたのですじゃ」

「ほう……私があの軟弱王子の嫁に。百年前にも外した宣託で。そう出たからと」


 額に青筋が浮かんで見える。もう自分の命はないかもしれない。しかしそれでもいい。何があってもこの(ヒト)を王子に娶らせなければならない。それが自分の役目である。


「ははは。冗談が過ぎるぞ老師殿。私は魔族でもなければ冒険者や勇者でもなく、はてはこの世のヒトでもない一般人だ!軟弱王子の嫁なんざ恐れ多くてもったいない!」


 言葉とは裏腹に彼女の顔はもう一切笑っていなかった。目が据わっている。

 恐怖で身体が震えるなんて何千年ぶりだ。

 だがしかし。王子は歴代最強の魔王となるお方だ。その御方の為ならその恐怖にも打ち勝てる。


「今すぐ帰らせて頂く!もう待たん!軟弱王子になど会うものか!さっさと私を帰せ!今すぐだ!」

「帰すことはできませぬ!何が何でも王子に会って頂きますぞ!“レストリクション”!!」


 掴みかかってこようとこちらに手を伸ばそうとした彼女に束縛の魔法を放つ。

 彼女の足元の影から闇の蔦が伸びて彼女の身体に巻き付いていく。その蔦は彼女の身体の自由を奪いその場へと縛り付ける。

 時間を稼ぐのだ。王子がこの場に現れれば状況は打開できるはずだ。


「ぐぬぬ、動けん……!貴様がそのつもりなら一人で帰る!構うものか!やってできないことはないだろう!お前の力など借りん!離せ!私は今すぐ帰る方法を探しに行く!!」


 バターン!


 間に合った。よかった。正直レストリクションの効果はもうほとんど猶予がなかった。

 レストリクションは闇属性Aランクの補助魔法だ。王族などの上位魔族相手でも一対一なら解除には数時間かかる効力がある魔法なのに。本当に化物だこの女は。


「凛音!」


 勢いよく開けられた扉から嬉しそうな王子が飛びこむように入ってきた。走ってきたのだろう。息が上がっていて顔も赤い。

 その勢いのまま走りこんで来てがばっとリンネ殿に抱きついた。


「……は?」


 彼女はあまりにも急な出来事に驚きと困惑の表情で固まっていた。レストリクションの束縛は解けているのだが。Aランクの魔法よりも王子の抱擁の方が効果があるらしい。さすがは王子だ。


 さて。自分の役目はこれで終わりだ。正直この女子(化物)が召喚されてきた時はどうなることかと思ったが何とか城に連れ帰り王子との面会までこぎつけることができた。

 王子の魅力(チャーム)には抗うことはできないだろう。それは心配していない。茶でも飲みながらゆっくりと婚儀を見届けることにしようと思う。


 はー、久々に死ぬかと思ったわい!




続きは明日12時に予約投稿済です。

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