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第4話 久しぶりの感情

 涼風が家に来てから、一週間と少しがたった。その間にも涼風は事あるごとに過剰ともとれる表現をしていた。本当に、どうしてここまでリアクションが大きいのか。最近ではその様子を見るのが少し楽しくなってきている。


 今もまた夕食中にクイズ番組を見ながら、数分単位で表情がころころ変わる。問題が出されればう~んと唸り、正解したらやったーと喜び、分からなかったら口を尖らせて苦言を呈す。

 僕が先に答えを口にすれば『なんで言っちゃうんですかー!?』と悔しがる。


 涼風と過ごしていると、退屈という単語とは無縁だ。食器類を片付けて戻ってくると番組の司会者が先を促し、問題が画面に映し出されるところだった。


『はい、それでは次の問題です。ある動物園の社長が経営難になってしまったため2匹の動物を解雇してしまいました。その2種類の動物は?』


 動物、解雇。言い換えると辞める、クビ、リストラ……。

 ああ。リス、トラでリストラか。


「……解雇、ニートになるって事だよね。答えはニワトリだ!!」


 ニワトリって、なんだその答えは。珍回答過ぎる。思わず声に出して笑う。


「あははっ、何その答え。もっとましなの無かったの? ニとトしかあってないし」

「もう、何ですか。そう思ったから答えたのに! それにまだ答えは出ていない、んです、から…………」


 急に涼風は黙り込んでしまった。その瞳からは驚愕の意が感じられる。どうかしたのだろうか。


「涼風? どうしたの?」

「……が、……った」

「ん? なに?」

「陽人さんが!! 笑いました!!」

「……え? どういうこと」


 涼風は興奮しているのか、腕をブンブンと振りながらまくし立てた。


「気が付いていないんですか!? 陽人さんが笑ったんですよ!! あの何をしても動じなかった陽人さんが」


 言われて気付く。確かに、涼風の解答が面白くて笑った。……いつぶりだろうか、声に出して笑ったのは。数ヶ月どころではない、数年ぶりだ。

 つい最近まで笑うどころか楽しいと感じることすらなかったのに、どうして今になって。

…………いや、理由は明白だ。目の前の少女、涼風と出会ったからだ。涼風の明るさに触れて、これまで失っていた感情がまた戻ってきた。


「……久しぶりに笑ったよ。ありがとうって、言った方が良いよね」

「気にしないで下さい。それよりもせっかく笑ったんですからもっと笑って下さい」

「無茶を言わないでくれ。そうそう笑えないよ。何年ぶりに笑ったと思ってるの?」


 この時も、口角が上がっていたと思う。すると口元もつられたのか、また笑いを零す。するとまた涼風が、太陽のような笑みを向けてきた。その全てを包み込むような笑顔が、たまらなく愛おしいと心の底で思う。

 ひとしきり笑った後、涼風が聞いてきた。


「それにしても、何年も笑っていないなんて陽人さんに何があったんですか?」


 楽しかった空気が一変、暗いものになった。


「えっと、言えない事情なら聞きません。そこまでして聞こうという訳ではないので……」

「ううん、せっかくだから話すよ。といってもたいした話でもないんだけどね」


 それからゆっくりと、順を追うように僕は昔を思い出していた。


 昔から、感情表現は苦手だった。そのせいで小学校の演劇会では出来るだけ出番の少ない脇役を選んでいたぐらいだ。けど、その頃は楽しいこともたくさんあった。休憩中や学校終わりには友達とよく外で遊んでいた。その頃は、笑顔になることも勿論あった。ただ引っ込み思案なだけで、どこにでも居る普通の小学生だった。


 高学年になるにつれて、クラスの前で発表する機会が増えていった。それがたまらなく嫌で、内気な性格に拍車が掛かった。それと同時期、3つ下の弟と母がよく口論になった。母が弟を叱るのだが、弟には自分が悪いという自覚がない。だから口論になる。そこに父も帰宅し、また叱る。

 時々本当に弟が悪くないときもあるが、普段の行いからか母には分かって貰えずに叱られ、さらに激しく言い合いになる。

 僕の実家はアパートで、部屋数も少ない。子供部屋なんて場所はなく、キッチンとリビング、それに寝室があるだけだった。だから2人の口論を間近で聞かねばならず、ストレスがたまる。


 そのストレスから逃れるようにして、何も感じないよう僕の心は変化していった。それが数年間続き、中学を卒業するまでには今のように感情が抜けて周りがモノクロに見えるようになった。

 今ではもう弟も叱られることはなくなり、実家は平和そのものらしい。


「これが今まで無感情だった理由になるかな。思い当たるのはこれだけだし」


 話し終わり、ふぅと息をついて涼風の顔を覗いてみると、ボロボロと泣いていた。以前ドラマを見たときより泣いている。


「泣きすぎじゃないかな」

「っうう、だって陽人さんにそんな過去があったなんて、私、知らなくて、ぐすっ」

「そこまで重くはないと思うよ。今も家族は仲いいし」

「そういうことを言っているんじゃありません。どうして誰かに相談とかしなかったんですか?」


「相談する勇気がなかったからですね」

「もう、今度から何か困っていたらすぐ私に相談して下さいね。何でも聞きますから」

「え、ああ。ありがとう」


 なにもそこまで大袈裟に考えなくても、とは思ったがこれ以上涼風に不安な思いをさせたら心配のしすぎで倒れかねない。ここは話を合わせておこう。


「何かあったらその時はお願い」

「はい! 任されました」


 涼風も落ち着いたところでそろそろ就寝の準備を始める。それぞれの布団を敷いて、歯を磨く。寝るにはまだ早いが、たまには早寝をしても問題はないだろう。

 照明を消すと、涼風が僕の布団に潜り込んできた。


「今日は、一緒に寝ても良いですか?」

「まあ、いいけど狭いよ」

「その分陽人さんの体温を感じられるので問題ありません」


 その言葉に、思わずドキリとする。涼風が初めて来た夜は何も感じなかったのに、今日はしばらく寝付けそうになかった。


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