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第2話 帰宅すると

 大学内に友人、と呼べる人は少ない。いやもしかしたら向こうはそう思ってすらいないかもしれない。工学部で男子が非常に多い空間だというのに、グループワークがあれば軽く話すぐらいしか会話がない。それぐらい、僕のコミュニティは狭いものだ。


 今日もいつも通り1人で学食へ来ている。2限が終わってから来たので非常に混雑している。10分ぐらい並んでからメニューを選び、会計をして席に着く。今回も定食だ。白米に味噌汁、日替わりのおかずとサラダ。

 考えるのが面倒なときは毎回このラインナップだ。


 ふと、家にいるであろう涼風のことを思い出した。きちんと昼ご飯を食べただろうか。朝の様子から、昼ご飯でも美味しい美味しと連呼していても不思議ではない。

 家にいても良いと言ったが、果たしていつまで居るのだろうか。記憶が戻るまで? 家族か警察が来るまで? 

そもそも面倒をみる義理すら本来は無いのだが、何故か断れなかった。断らなかった、が正解だろうか。平行線を辿る最中、食べ終わっていることに気が付く。手を合わせ、食器を片付けに席を立つ。

 午後に行われた授業は全然集中できなかった。ボーとしたまま帰路につき、もうアパート前まで来た。朝出発したとき考えていたとおり、始めから何もなかった事にはならないものか。


「ただいま」

「あ、陽人さん。お帰りなさい」


 案の定と言うか何というか、無かったことには出来ないようだ。分かってはいたが。

 タタタ、とこちらに寄ってきてリュックをとってまた部屋へ戻っていく。涼風の後を追うように部屋へ入って違和感を覚えた。


「部屋、整頓したのか」

「はい、身の回りのお世話もすると宣言したので、まずはお部屋の整理整頓からかなと。お掃除はされていたようなので」

「へえ、少しだけ広く感じるよ」


 エッヘン、と自慢げに胸を張る涼風。台所に行くと、こちらも綺麗に整理整頓されていた。調理道具や調味料などが綺麗に仕分けされている。


「昼は何を食べたんだ?」

「炒飯を作っていただきました」


 意外にも料理まで出来るようだ。記憶喪失前は普段から家事をやっていたのだろうか。


「これからは私がご飯も作りますね」

「ああ、頼む」

「今日の夕ご飯は野菜炒めの予定です」


 どうやら本当に家事全般をこなすらしい。やってくれるのは有り難いが記憶喪失でも出来る物なのか分からない。実際に昼食は作ったようだし部屋も整頓されているから心配はなさそうだが万が一があった場合対処できなさそうだ。

 それもその時に考えるとするか。


 課題を進めていると涼風が興味深そうにのぞき込んできた。


「これどういう問題なんですか?」

「ただの計算問題だよ。マクローリン展開って言うんだけど、公式に当てはめれば解ける。量が面倒くさいだけ」


 この問題は時間さえあれば解ける。そこまで難しいわけではないが涼風にとっては違ったらしい。


「へぇ、難しいですねー。こんな問題解けるなんてはるとさんは凄いですねー。さすが理系さん」

「まあ、工学部だしね」

「それじゃあ将来はエンジニアとかになるんですか?」

「まだ分からない。機械分野なら就職に困らないだろうって理由で受験したし」


 事実、文系に比べて就職活動は楽だと聞いた。元々理系科目のが得意だったというのもあって工学部に進学している。

 涼風はどこに進学するはずだったのだろうか。今高校生ぐらいに見えるが実は大学生だったり? この近所に居たのなら大学は同じか近くだろう。最も彼女自身にすら知り得ないだろうが。


 しばらく課題をやる様を眺めていた涼風だったが、夕飯の支度をするといってキッチンに向かった。野菜を切る音、炒める音に混じって鼻歌が聞こえてくる。30分ほどしてテーブルに料理が運ばれてきた。野菜炒めに味噌汁、茶碗に盛り付けられた白米。

 そのどれも味付けが絶妙で美味しく、自分で作ったときとは雲泥の差だった。


「どうですか?」


 対面に座った涼風はテーブルに手をつきながら身を乗り出すようにして聞いてきた。その表情からは聞かなくても分かる、とでも言いたげな自信に満ちていた。


「ん、美味しいよ」


 一言、こう返してあげるとさらにぱぁっと明るくなった。反応をみて分かっていても褒められたのが嬉しいようだ。



 食べ終わって食器を片付けようとした時も、私がやりますとそそくさと持って行かれてしまった。

 その後もお風呂沸きましたよ、とかお布団敷きました、とか世話ばかりだ。朝に身の回りの世話もするとか宣言していたがこれではまるでヒモにでもなったかのようだ。


 そこで多少は自分でもやると打診したところ、渋々だが了承された。今日はもう寝ようと思ったが布団が1つしか無いことに気が付く。一人暮らしだから当然だが、こうして2人で生活するとなると問題だ。現状ではタオルなどにくるまって寝るしかない。


「私のことは気にせずお布団で寝てください」

「いや、そういう訳には」

「私は居候の身ですから」

「そうはいってもな……」


 布団の問題をどうするか考えていると涼風の方から解決案を持ってきた。


「2人で、1つの布団に入るのはどうでしょう」


 ……狭くなる気がする。あと密着もするだろう。涼風は気にしないのか。


「わ、私は気にしませんし、その、陽人さんがその気になっても、覚悟は出来ています」

「分かった、そこまで言うなら2人で寝よう。でもその気にはならないから安心して」

「はい……」


 こうして2人1つの布団で就寝する。案の定狭くて密着しているが、それ以外大して何も感じなかった。

 そう時間もかからず眠気がやってきて、意識が落ちた。


 翌朝目を覚ますと、台所からコトコトと鍋を火に掛ける音が聞こえた。そちらへ目を向けると、ダボダボのTシャツを着た涼風が朝食の準備でもしていたのだと理解する。あの服は僕のだよな、なぜ涼風が? 一瞬疑問に思って昨日の事を思い出す。手ぶらで当然替えの服も持っていないため僕のを貸したのだ。

 今日か明日にでも服や日用品を買いに行かねばならない。


「あ、陽人さんおはようございます。昨日の残りですけどご飯出来ましたよ」

「ああ、ありがとう」


 白米と味噌汁をいただいて、登校の支度をする。今日もまたいつも通りの1日が始まろうとしていた。


「そうだ、今日の講義午前で終わるから帰ってきたら服とか買いに行こう」


 ただいつもと違うのは、涼風がいるということだ。



最後まで読んで頂きありがとうございます。

是非とも評価の程お願いいたします。

好評批評誤字脱字の指摘などございましたらコメントして頂けると幸いです。

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