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六十一話 世界から見たらモブだって

また詐欺った、ごめんなさい。膨らんじゃってラストが2話分になりました。しかも切りどころがなくてバランスが悪い。すみません。


前回のあらすじ——


女神! 覚悟しろ!

マスクONメガネ! シャキーン!

説明しよう。この状態のアンナは女神が敷いた運命のレールが見えるようになり、運命に抗うことが出来るのだー!

なんてね、出来たら良かったけど現実は甘くない。シナリオ通り声掛けられた。でも誰か分からない。ゲームは振り向いたらモロバレだったけど、まぁメインシーンが正体不明の犯人みたいじゃぁ炎上案件だもの当然よね

誰かは分からないけど、あの人だって思える。記憶の中の姿とは全く違うのに

だけどその不思議があったから逸話の世界が終わっても、私はもう迷わない

 礼拝が終わって教会の鐘が鳴る。参列者が座席から立ち上がりパラパラと教会を後にする。

 安息の日として月の最終日29日に、何曜日でもない独立した一日が設けられているこの国では、その日に教会で女神へ祈りを捧げる者が多い。敬虔な女神信仰者である父は、その日は毎月娘を連れて朝から王都の教会へと出向く。

 今日も例外なくリーナとアンナを連れて合同礼拝に参列していた。


「アンナ、戻りましょう? 帰りにお父様が前に仰ってたあの——」


 祈りを終えて立ち上がり妹に声を掛けたリーナは、まだ祈りを続けているアンナに気付いて言葉を止めた。


「……先に戻るわね? ゆっくり祈って」


 リーナは小声でそう言って、珍しく真剣に祈るアンナを訝しむ父と共に先に出て行った。きっと一昨日の号泣を思い出して気遣って一人にしてくれたのだろう、とアンナは姉の優しさに感謝する。

 例え主人公を女神の前で一人祈らせる為のシナリオ通りの行動だとしても、そこに存在するアンナへの優しさは本物だ。


 アンナは閉じていた目を開けると、祭壇に安置された何処かで見た覚えのある顔をして微笑んでいる女神像を睨んだ。


「女神、最終日よ。出て来たらどう?」


 誰もいなくなった教会にはアンナの声だけが響いて物音一つしない。ただ穏やかで静かな時間が満ちている。ついに訪れた最終選択のこの時を、全ての存在を静物に変えて沈黙し待っている様だった。


 だらしなさそうな女神だったが最初の宣言は律儀に守っているのか、今日まで一度たりとも干渉して来たことはない。

 いるともいないとも分からないが、アンナは女神像へ向けて話しかける。


「仕事は飽きたとか言って放棄してたけど意外と真面目な奴ね。いるんだかいないんだかも分かんないくらい。でもどっちでもいいわ、あんたがいてもいなくても関係ないから」


 アンナは立ち上がって女神像へ近づく。


「私ね、とっても初歩的で重大な勘違いをしてた」


 正面に立って、台座の上から見下ろす女神をアンナは見上げる。


「ここはラブ・バーストっていう乙女ゲームの世界。でもオリジナルじゃなくて発売前のアナザーストーリー版」


 そしてニヤッと口の端を持ち上げる。


「私、このゲームまだやったことなかった。だからあんたの決めたシナリオも結末も何にも知らない。私が主役らしいけど、台本も何も貰ってないんだからそんな事知らないわ。

 だから私はこの世界で、私の人生を私として自由に生きる。世界の主役なんて願い下げ、モブで結構よ」


 アンナは女神像を視界の中央に据えて力強くそう言った。


「心はもう決まってる。でもあの5人の誰も選ばない。一人で生きる気もないわ。あんたにだって委ねたりもしない。

 例え進む道が決められた物かも知れなくても、それを知り得ないんだから、私は私らしく選んだと言える生き方をするわ。

 だって世界から見たらモブだって、私の人生から見た主役は私でしょ? あんたの思い通りには行かないかもね」


 アンナは何も答えない女神像を一睨みしてからクルッと反転して、祭壇を照らす様に陽光の差し込む出入り口に向かった。

 その背を見守る女神像はやはり何も言わなかったが、アンナが開け放った扉から差した光に照らされて、にっこり笑っている様だった。

 

 女神の降り立った寧静の地たる不可侵の霊峰の方角を向いて、王城の裏手に一体となる形で教会は建てられている。見えはしない山の方から差す陽の光を浴びて、アンナは教会の入り口に立った。


 空は晴れ渡り青く澄んでいる。その空を見上げてからアンナは意を決した様に、階段を降りるべく一歩を踏み出した。


 決められた生き方を放棄して、自ら踏み出す道が正しいかは分からない。けれど恐れる事はない。神様はこの先を教えてくれることはないのだから、現実を生きるとはいつだって自らの足で未知の世界へ踏み入って行くことだ。


 踏み出した爪先が一段下に着いた時、それがスイッチでもあったかの様に教会前の広場左手から声がした。


「メレディアーナ」

 アンナは足下を映していた視界の左端で声の主を捕らえる。


「私を許して頂きたい。ゆっくり考えて欲しいと言っておきながら、貴女への想いを抑えきれずにここまで出向いてしまった私を」


 そこに立っていたのは白の騎士マティアスだった。


「あの舞踏会で貴女と出会えなかった、それが私達の答えだと思いたくはないのです。やはり貴女の言葉で胸の内をお聞かせ頂きたい」


 アンナがマティアスの方へ顔を向けようとすると、今度は広場の右手側から声が上がった。


「メレディアーナ」

 低いその声の主は黒の騎士クロードだった。


「昨日の舞踏会では答えを聞けなかったが、考える時間はもう十分だな。今ここでお前の出した答えを聞く。当然俺と結婚するな?」


 広場の両極に現れたマティアスとクロードを前に、アンナはギュッとスカートを掴む。


(やっぱり……未婚選択もせず5人の内の誰も選択しない事は、女神に選択を委ねたとみなされるのか)


 女神の目の届く世界に用意されたシナリオは、決められた選択肢以外を選んだアンナの意思とは別に進んでいく。

 やはり無駄な抵抗だったのかも知れないとの考えが頭をよぎるが、アンナは昨晩の約束を思い出して弱気になりかかった心を叱咤する。


(弱気になんてならない、大丈夫。私は私らしく生きると決めたの)


 アンナがそう思っていると、双方の存在に気付いた2人が、距離はあるが静かに火花を散らし始めた。


「これは……クロード卿。驚きました、貴方も彼女へ求婚していたとは。しかし随分と脅す様な口振りで、求婚とは思えませんね」

「こんなところでまで顔を合わせるか……。『も』とは、まさかお前もかマティアス。どこまでも鼻持ちならない奴だな」

「こちらの台詞だよ、クロード。大方、邪な気持ちで彼女に強引に迫っているのだろう。無粋な男だ」

「なんだと?」


 ピリピリした空気が広場に満たされ始めて、アンナは決闘イベントへ突入したのだと確信する。

 アンナの代わりに女神がランダムに選んだ2人が決闘し、勝った方と結ばれる。そのエンドへ向けてのシナリオが粛々と進んでいる。


「君といがみ合っていても仕方がない。選ぶのはメレディアーナ嬢だ」

「お前と一致するのは癪だが同意見だ」


 2人は一先ず睨み合いを止めて、アンナの方へ向き直ると同時に言った。


「メレディアーナ、貴女の気持ちを——」

「メレディアーナ、俺を選ぶと——」


 そして2人して言葉を止めて、不思議そうにキョロキョロと辺りを見回した。教会の前に変わらず立ったままでいるアンナが見えないかのように。


「ここにいますけど」

 アンナが2人に向けてそう言うと、それぞれ教会へと向き、目を細めて暫くじっと眺めてからまた同時に声をあげた。


「メ、メレディアーナ⁈」


 驚く2人を見下ろす形で階段上に変わらず立っていたアンナは、教会に来た時からずっと眼鏡を掛けていた。

 気を抜くと見えなくなりでもするのか、2人はずっと焦点を合わせる様に目を細めて見え辛そうにアンナを見ている。


「ど、どうなさったんですか? 今日はなんだか……影が薄いというか翳っているというか……霧でも出ているんでしょうか……」

「それは……なんだ? 眼鏡か? 随分分厚いな……何故そんなものを掛ける」


 戸惑う2人を左端のひび割れた視界に納めてアンナは答えた。


「これが私だから。貴方達が認識出来ないくらい影が薄くて暗くって、人と比べて卑屈になって何をするにも臆病で。周りの……世界のせいにして、何も見ようとしないで初めから諦めて逃げてきた。そういう弱い部分も私なの。

 きっと貴方達が好きになってくれた部分だけじゃない、暗く翳った部分も持ってる私を、それでも好きでいてくれるかしら」


 2人はアンナの姿にたじろいだ様子だったが、そこは流石と言うべきかマティアスはすぐにいつもと同じ笑顔に戻った。


「もちろんですよ、メレディアーナ。どんな貴女でも愛します。貴女がその……眼鏡を掛けたいと仰るのなら掛けて頂いて結構ですよ。貴女の輝きが翳ることはありませんから」


 マティアスに先を譲った形になったクロードも苛立たし気に口を開いた。


「詭弁だなマティアス。メレディアーナ眼鏡そんなものは無い方が良い。明るいお前がわざと翳る必要はない。そのままのお前でいればいい」


 やはり、とアンナは思う。この2人には辛うじて眼鏡の存在は認識できても、逃げ続けた杏奈の弱い部分は理解も受容も出来ないのだ。何故ならこの世界の主役には存在しないものだから。

 このまま女神の理に抗えずシナリオが展開していけば、杏奈はやはり主役の影になる事を強いられると、はっきりと突き付けられた瞬間だった。

 そうこうしていると2人の騎士はまた睨み合い出す。


「随分な言い方ですね。彼女に着飾る自由も与えない気ですか?」

「着飾る? あれのどこが着飾っていると言うんだ? 自ら貶めているの間違いだろう」

「貶めるとは……彼女の装いにまで口を出して束縛しようなどと、どこまでも強欲」

「お前こそ気取るのを止めろ。狼狽たのは同じだっただろう。あれを社交界で連れ歩けるのか」

「その場に合わせた装いをして頂けば良いだけの話。後はお好きにしていただいて構わないのですよ私はね。元の彼女の美しさは知っていますから」

「戯れ言はよせ。血と財と後ろ盾が手に入れば用無しだからの間違いだろう?」

「……それは君の方じゃないか?」

「同類だろう……俺とお前は」


 緊張がいよいよ高まって来た2人はどちらからともなく佩剣はいけんに手をかける。アンナはその様子にドキッとする。遂に決闘が始まってしまう。


「お前とは一度きちんと闘り合わないといけないようだな」

「奇遇だね、私もずっとそう思っていたよ。奇しくも同じ女性に求婚している。彼女を賭けて決闘と行こう」

「いいだろう。そのスカした顔に傷を刻んでやる」


 空気がビリビリ振動している気がする中、向かい合った2人の騎士が同時に剣を抜いた。

 女神を目隠しした夜の帳が明けてしまっては、やはり世界の理には抗えない。与えられた役割を全うし、許された選択肢の範囲内で決められているシナリオを歩むしかないのだ。

 影はいつまでも影だ。そう思って足下の影を見やった時、アンナの正面、大通りに繋がる広場の入り口から大きな声がした。


「その決闘、待って頂きたい」


 アンナはハッと顔を上げる。待ち望んだ人の声に、女神すら知らない物語が描かれ出したのを感じた。


「彼女を賭けて決闘となるならば、私も是非参戦させていただきたい」


 悠然とした足取りで広場にやってきて、剣を向け両側で睨み合う白黒の騎士の間に割って入ったのは、丸々としたフォルムでぷよんぷよんの頬を揺らした、けれど肉に埋もれ気味な青い瞳には強い光を宿したコルドレインだった。

宣言すると伸びるという、終わる終わる詐欺……

こちらも不本意です。すみません。


お読みいただきありがとうございました!

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