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六十話 この夜が明けても

流れとかなんやかやがもう自分じゃ分からない


前回のあらすじ——


何かここまでぐちゃぐちゃやってきたけどもうどうでもいいや(!)結局ここでも私は影として生きるしかないんだから

やさぐれてたらねぇねが舞踏会の逸話で優しく諭してくれた

ところで皆が知ってる逸話って逸話なの? もう寓話? 言い伝え? これがミームってやつ?(いつか適切に使ってみたい単語) 

伝説っていうと宝探しに行きたくなるからそれは使えないんだ心の問題として。使えないと言えば踊りも使えないんだ、どうしてもタコ踊りを思い出しちゃって。代わりにダンスを使おうとしてもそれも何故か全てタップダンスで想像しちゃって、本当この舞踏会シリアスめなのに笑い止まんなかった。手と脳は止まるのに

脱線したわ。

まぁ、とにかく最後にして最大のメインイベントとか言って自ら首を絞めたばかりに苦しみ悶えながら始まった舞踏会。

幻想的って言葉で誤魔化しつつしつこくゲーム性に未だ拘ってみてたけど、作るつもりかゲーム?

女神、ただ黙ってあんたの思い通りになんてなってやんないんだから。

この暗幕の内側はあんたにだって覗けない

「……なんてね」


 一人、何も映っていないカーテンを睨んで啖呵を切ったが、アンナはすぐに肩の力を抜いた。


「分かってるわ、逃げてるだけよ。自分で選べないからあわよくば向こうが私を見つけられなかったって事にして、答えを出すのを一日だけでも先延ばしにしたかっただけ。こんな事しても意味はない、寧ろ……」


 そう、意味はない。どのキャラも親愛度が最大の今、このイベントで誰を選ぼうとも誰にも影響しない。誰も選ばなくてもそれは同じで、今の状態のアンナを彼らの方が見つけられなくてもそれもまた同じことだ。


 寧ろこうした事で抗うと言うよりも、運命と同義の決められた物をより突き付けられて虚しくなるだろう。彼らがシナリオ通りにアンナを見つけても、もしくは見つけられなくても、杏奈に求められるものはメレディアーナの影になる事なのだと、強く思い知らされる結果に変わりはないのだから。アンナは自嘲する様に小さく笑った。


「……明日には全て終わるの。私が選ぶか、女神に委ねるかで、全部終わる」


 明日、ゲームでは教会で女神に祈る事で最終選択パートに入る。誰かを選ぶか、全員を振るか、もしくは女神に委ねるか。

 親愛度が同じ者が複数いる場合は、自分で選択する以外に女神に委ねるという選択肢が増える。そこで女神に任せると、親愛度が同じキャラの中からランダムで選ばれた2人が決闘するエンドを迎えられる。

 せっかく苦労して全員の親愛度を同じに揃えたのだから、その場合は5人で主人公を奪いあって乱闘でもして欲しいものだ、と言う意見も古参ファンからあってアンナも同意見だが、そうなると明らかに戦力外でタコ殴りにされる奴と無双出来る奴が乱闘前から見えているので実現しない様だ。


 ともかくも、今日がどうあれ明日の選択には影響しないのだから、運命に抗うような真似をしてみても何も変わらない。上手くいけば今日の選択から逃れられるだけだ。


「分かってるけど、とぼけた女神の言いなりなんて悔しいじゃない……こんないじわるな女神の……」


 杏奈の記憶と心を残しておきながら、メレディアーナ(与えられた役割)としてしか生きることを許さない。いじわるな女神へのせめてもの反抗と、どこかで、はっきりと現実を突き付けられれば決められたその生き方を受け入れられる気がして、アンナは今日このイベントに眼鏡を持ち込んだのだった。


 会場に入ってから暫く経つが誰もアンナに声を掛けて来ない。正確には声を掛けられているか判別がつかない。時折話し掛けられた様な気がすることもあったが、振り向くか悩んでいると近くにいた令嬢が人影に手を引かれて去って行ったりする事があるので、はっきりと会話パートに入るゲームよりも判断に迷う。


 そんなことが何度かあって、眼鏡を掛けてからもある程度時間が経った所で、アンナはいよいよ女神との勝負には勝てたのではと思い始める。


「これはやっぱり見つけられないんじゃない? だったら気兼ねなくお姉様探しに行こうかしら……。こう上手く行っちゃうと明日も抵抗してやろうと思っちゃうわね。決闘エンドでは応援した方が勝つから、どっちも応援しないで永遠に戦わせてやるっていうのはどう——」


 少しだけ浮かれた心持ちでそう独言た時、コツンと後ろから靴音が聞こえた。そして、はっきりと聞き取れる声がした。


「こんばんは」


 今までの、ぼんやりとして、かも知れないと思わせるような声ではなかった。明確にアンナに向けて発せられたと判るはっきりとした声だった。


(——っ!)

 アンナは息を呑む。はっきりと聞こえた割に不思議と声の特徴は捉えられず、誰の声かまでは判別できない。けれど間違いなくアンナに向けて発せられた言葉だ。


「お一人ですか?」


 途切れたり、聞こえ方がおかしかったりすることのない言葉で問いかけられて、鼓動がゆっくりと大きく鳴った。


(……負けた。やっぱりシナリオには逆らえない。女神の決めた通り)


 ふぅ、と息を一つ吐いてアンナは腹を括った。女神にもわからない筈の舞踏会でも、用意された主役のシナリオは進み続ける。アンナが主役を降りたつもりでも女神の許しがなければやはり無駄なのだ。決められている事は覆らない、そう突き付けられて、アンナは抵抗をやめて振り向いた。誰を選んでも同じだけれど誰も選べないから、最初に声を掛けてくれたこの人に決めようと思って。


 杏奈の背後に立っていたのは背が高く細身に見える男性だった。この会場の造りが視覚にも何か作用するなら別だが、この時点でジェレミアとライオットでないことが分かった。敬語で話しかけてきたことからクロードでも無さそうだが、父と話すクロードはきちんと敬語で話していたし、あのライオットとて正式な場では畏まった態度だったので一概にそうとは言えない。


(……誰だろう)

 顔はもちろん髪の長さも色も暗くて判別できない。誰だか分からない人物は、すっと片手を差し出して落ち着いた優しい声音で言った。


「よろしければ、私と一曲踊っていただけませんか」


 その落ち着きにエドゥアルドを、声音の優しさにマティアスを思わせる。


「……私でよろしければ」

 誰かを見極めかねるアンナがそう応えると、目の前に立つ人物が襟元の徽章に照らされて朧げながら微笑んだのが分かった。


「もちろんです。貴女にお会い出来る事を期待して、私はここに来てしまったのですから」


 過去に、同じ様なニュアンスの言葉を口にした者が居た気もして、記憶を辿りながらアンナは差し出された手に自分の右手を重ねた。置かれた手をきゅっと握って、声を掛けてきた人物はホール中央へとアンナを誘う。アンナは自身の指先を握るその手に覚えがある気がして、チラッと相手を見上げてみたが誰だかはやはりわからない。


 開けたスペースにまで出ると、アンナは一旦重ねた手を離して礼儀として正対した朧げな影にお辞儀をする。相手も同じく礼をしてから、自然な仕草で再び手を取って、右腕はアンナの背に回す。慣れた動作がダンス上級者を思わせて、アンナは相手の肩に手を置きながら戸惑う。


「あの……私、そんなにダンスが得意じゃなくて……」

 良家の子女としてダンスくらいは仕込まれているが、こうした正式な場で踊ることは初めてなアンナは、ただでさえ相当な身長差があって踊り辛いだろうに恥をかかせるのではと達者そうな相手に気後れする。


「お気になさらず、私もです」

 言い慣れた風な台詞でフォローする相手に、アンナは優しいあの人かと当たりをつける。


「そうかしら? なんだか手慣れてらっしゃるから、お上手そうだわ」

「手慣れているとは……心外です。嗜みとして多少の心得があるだけです」


 苦笑する様子の相手に、いつか誰かとこんな会話をした気がして、あれ? とアンナは思う。


「それに周りを見てください。皆、星の様に輝くばかりで動作など見えませんよ。何も気にすることはありません」


 アンナは周りを見渡してみる。周囲に点在する淡い光はゆらゆらと揺れるばかりで、ダンスをしているものか分からない。


「この真っ暗な世界では見えているのは目の前のパートナーだけで、それ以外はその他大勢に過ぎません。私も、貴女も」


「その他大勢……」

 アンナは相手の見えない顔へと目を戻す。襟元の光に照らされて僅かながら微笑む口元が見えた。


「だから今だけは名もなき者同士、何もお気になさらずに」

 そう言って、次の曲が始まった所で足を踏み出したパートナーにリードされ、アンナも合わせてステップを踏んだ。


 数メートル先も見えない夜の帳が降りた世界で、地上に落ちてきた淡く輝く星に囲まれてゆったりとしたテンポのワルツを踊る。

 幻想的な仄明かりはあらゆるものの輪郭を朧げにして、アンナをも誰とも知れないものにする。瞬く星の一つに加わって名もなき者となったアンナを、この帳の中では女神であっても見つけられないだろう。

 ただ一人、目の前にいる人を別にして。


 再現された逸話の世界でドレスの裾を揺らしながら、アンナはパートナーの仮面の下の何色か分からない瞳を見た。相手の瞳もまた、アンナを見つめていると暗がりでも判ってトクンと心臓が鳴った。そこに何か期待めいた音が混じったことに自身で気付いて目を逸らした時、向かい合った相手がアンナに問いかけた。


「今日は誰かとお待ち合わせでしたか?」


 想定よりも上手く踊れているワルツを続けながら、アンナはどこか違和感を覚える質問に答える。


「いいえ、約束は……」

「そうでしたか。壁際にお一人で、どなたかを待っていらっしゃる様に見えたので、てっきり」


 やはりアンナは相手の言葉に引っ掛かりを覚える。攻略相手は皆、自分を選んで欲しいと言ったのだから、もしそう見えたのなら自分を待っていたと思わないものか、と。加えて自身の他に求婚者がいることも把握はしていない筈だから、尚更に自分とは別の誰かを待っているとは思わないのではないだろうか。


「……どうして?」

 心に留めて置けなかった疑問が口から零れてしまったが、相手は意を汲んだものか答えた。


「この舞踏会には逸話があると聞いたので。どなたかお一人に心を決められて、その方を待っているのかと思ったのです。逸話の主人公の様に」


 また引っ掛かる。誰もが知っていてもはや逸話と呼ぶのも相応しくない有名な話を、初めて聞いたかの様な言い回しも、気にかかる者が複数いて迷っていた事を知っているような口振りも。


「……いないわ、そんな方」

 攻略相手同士で情報交換しているとは思えない。ならば何故アンナの直面している現況と心境を知っているのか。

 疑問に思うと共に心音が主張し始めた事に気付く。そこにまた期待する音が混じっていると分かって、アンナは手を握り合う相手を見上げた。


「誰かを待っていると、そう思ったのなら何故私に声を掛けたの?」


 心音が大きくなる。無いと思っているが期待する自分もいる。アンナの迷いを知っている人は一人しかいないから。


「賭けをしてみたからです。ここならば、私は何者でもなくなって貴女も何者でもなくなるから。もしも出逢えたなら、何もかもを気にせずにただ一人の人として向き合えるのかもしれないと期待して」


 淡く輝く星影に照らされて、向かい合った相手の微笑みがはっきりと見て取れた。


「だから、誰かを待っていらっしゃる様でも気付かないふりをしてみました。これが融通というやつかも知れないですね」


 口の端は頬に埋まってはいないが、その笑い方はよく知っている人のものだった。


「……ごめんなさい、私嘘を言ったわ」


 身分も容姿も何もかもを夜の帳で覆い隠して、瞬く星の一つとなって。与えられた役割からも解放された左端がひび割れた世界で、何者でもなくなったアンナを見つけてくれたのは目の前にいるこの人だけだ。


「私、本当は待ってる人がいたの。でもその人とはもう会えないと思ってた。そう決まっていたから」


 その人もまた、この逸話の世界では己に割り振られた役割から離れる事を許される。誰とも見分けのつかない世界で誰でもなくなれば、用意されたシナリオにだって縛られない。


「でも、今……きっと会えた」


 決められた理から外れた場所でお互いを見つけられるのは向き合った2人だけ。それがどんな物語になるのかは女神にだってわからない。


 曲が終わって2人は足を止めた。ホールの中央で揺らめいていた光が周りを囲んでいた光と入れ替わって次の曲を待っている。2人は入れ替わる光の中で、手を取り向かい合ったまま立ち尽くしている。ざわざわと近くなったり遠くなったりする話し声や笑い声が、流れていた曲の代わりに耳に届く。


「……だけど変なの。きっとそうだって思うのに、私の知ってる姿をしてない」


 アンナは記憶の中と違う姿をした人を見上げた。その人もまたアンナを見返している。


「この会場では女神に姿を変えられてしまうんですよ。お忘れですか?」

「私の知ってる人はそんな機智に富んだこと言う人じゃなかった気がするから、やっぱり違う人かも」


 見つめ合った2人がふふっと笑い合うと程なくして音楽が流れ出した。舞踏会も終盤で、きっとこれが最後の曲だ。


「一曲、というお約束でしたね」

 踊り始めたのだろう周囲の輝きがゆったり揺れ始めたのを見て、向き合った相手は徐にそう言うとアンナの背中を支えていた手を離した。

 アンナは記憶の中の姿とは違うけれど、彼だと思う人の肩口にまだ手を置いたままでいる。


「……融通の利かない人ね。せっかく会えたのに、何も話さずに行ってしまうの?」

「……今の私がここで貴女に何かをお話するのは相応しくないと思うので」


 誰もアンナを見つけられない世界でただ一人見つけてくれた人は、そう言ってゆっくりと後ろに下がっていく。その人の肩に置いたアンナの手も徐々に離される。開いていく距離に世界の理を思い出してアンナは呟いた。


「これで本当にさよなら、かな」


 この夜が明けてしまえば、アンナもこの人もまた与えられた役割に戻って、もうきっと会話を交わすことも会うこともない。女神の用意したシナリオが進んでいくだろう。

 直前まで満たされていた胸が、別れを思ってまたぎゅっと痛んだ。それならば、せめて女神の目から逃れたこの影の世界にいるうちに気持ちを伝えておきたい。報われないと分かっていても二度と言えなくなる前に、この気持ちに結末を迎えたい。

 そう思って口を開くと、繋がっているのが右手だけになった相手の方が先に言葉を発した。


「そのつもりでした。お会いできないだろうと、貴女にはお相手がいらっしゃるだろうと思っていたから、それならば何も言わずに去ろうと。貴女との出会いに賭けたのです」


 暗闇に呑まれて辛うじてそこにいると判るだけになった相手が繋がった手をぎゅっと握った。 


「だけど私は賭けに勝ちました。貴女に会えた。だから今一度踏み出そうと思います。今度は名も無き者ではなく、私として貴女と向き合う為に」


 その言葉に、この夜が明けても物語に続きがあると感じ取って、アンナも彼の手を握り返す。感触は違っても幾度も繋いだことのある暖かくて大きな手だった。


「明日、必ず貴女に会いに行く。私として貴女に伝えなければいけないことがあるから」

「……待ってる。明日は王都の教会に行く決まりなの。私もそこで、私として貴方を待ってる」


 わかった、と言う代わりの様に一瞬強く握られて、繋がっていた手が惜しむように離れると暗闇に消えて行った。


「素敵な夜をありがとう、割れ眼鏡のレディ」


 襟元の徽章だけが淡く光る人影が暗がりからその言葉を残して遠ざかる。


「貴方に会えて良かった、名もなき人」


 アンナもそう言ってもう人影の見えない暗がりを見つめた。


 明日は強制イベント、最後の選択の日。女神の用意した結末から一つを選ぶ日。ずっと悩んで答えを出せずに、半分放棄していた物をいよいよ明日決める。

 だけどアンナはもう明日の選択を迷わない。女神も知らない結末が、まだ訪れていないから。

ついに、次がラストと思います。もうこれで良いとか悪いとかわかんなくなって手が止まってますが、更新してない間も見てくれている方がいて嬉しい。最後まで書けるように頑張ります。もう自分じゃ分からないので纏まるかとそれでOKかは別として……


お読みいただきありがとうございました!

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