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五十九話 女神にだってわからない

この期に及んでまだゲーム性にこだわってみてる

ちょっと長いです。ルビ変なとこは後で直します。今何故か操作できない。



前回のあらすじ——


急にファンタジー色が強くなって、眼鏡一つで私が透明人間になっちゃった! ここにきて空想科学にジャンル変え⁈

卑屈でうじうじしてる私はこの世界に居場所はないらしい。そりゃそんな暗い部分私だって切り離せるなら切り離したいけど無理なんだから、それも受け入れて生きようとしたのにライセンスは貰えなかった。ぴえん。

向き合った自分をまるっと否定されてさすがに泣いちゃう、えぅえぅ。ぱおん。

でも1人だけ、いや正確には家族には見えてるから1人じゃないんだけど(だって家族愛ってものがあるから。間接的に家族に愛されてるって分かったのは素直に嬉しい!)

1人だけ私の事が見えてる人がいた!

そんでもって気付いちゃった!

でも色々遅いしどうにもならない。だって私はこのゲームの主人公だから

 腫れぼったくなった目蓋を隠すのに姉が苦心している。鏡越しに飾り立てられる自分を見ながらアンナは心の中でリーナに謝る。昨日、アンナを心配して探しに来てくれたリーナに見つけてもらうまで、蹲み込んで路上で泣いていたので舞踏会当日の今日になっても目蓋が腫れたままだった。侍女やメイドにあれこれと持ってこさせて手を尽くしてくれる姉には悪いが、アンナはもう舞踏会などどうでもいい。もう相手が誰でも構わないから。


「どうかしら? まだ目立つ?」


 転んだと言い張った泣いていた理由に納得していないだろうが、リーナはアンナに多くを聞かずにいてくれる。杏奈でもアンナでも優しく見守ってくれる姉の心遣いにまた泣きそうになる。


「……もう十分だわ、ありがとうお姉様」

「あまりやり過ぎてもいけないものね。大丈夫よ、会場は暗いし仮面を着けるから。髪は……アップにしましょうか」


 リーナはアンナの髪を撫でる様に梳かして、サイドの髪を編み込んで行く。


「規定があるからあまり派手には出来ないけれど、うんと可愛くしましょうね。初めて行くんですもの楽しまなくちゃ。薄暗い会場のあちこちでドレスが淡く光って幻想的なのよ。素敵な恋が出来そうな予感に胸が高鳴って、きっと落ち込んだ気持ちも吹き飛ぶわ」


 リーナが鏡の中から慰めるように笑いかけてくれたが、アンナはそんな予感も何もしないことを知っている。舞踏会の会場で話しかけてくるのは攻略相手の5人だけ。


 ゲームでは彼らが話しかけてくると、ボイスがオフになってテキストのみになり、そのテキストの表示も滅茶苦茶のガチャガチャになってまともに読めなくなる。口調や態度がわからなくなる為相手を特定することが困難になるが、親愛度が高ければ高いほどテキストが正常に近付くので見分けがつきやすくなる仕様だ。

 狙うエンドによっては調整の為、わざと親愛度の低い者を選ぶこともあったが、そのままでは非常に困難なので目当てのキャラには女神の風切羽を渡しておく。すると当日アイテムを渡したキャラのテキストにだけ色が付くため見分けられるようになる——なんて事をしてきたが、もうそれら全てがアンナにはどうでもいい。話しかけてくる順番はランダムなので、例えば最初に話しかけてきた者に決めても、全ての誘いを断っても結果は同じだからだ。メレディアーナの置かれる環境は変わるが、杏奈はどのエンドでも誰の目にも映らずただ影として生きることになるのだから。


 そう思って黙っていると、励ましてくれた姉の顔が曇り始めたので申し訳なくなって、アンナは精一杯笑顔を作って見せた。


「そうね! 楽しみ! でもいいの? お姉様。そんなに素敵な舞踏会なら、私、姉様より先に恋人が出来ちゃうかもしれないのよ?」

「妹だからって遠慮してるの? そんなこと気にすることないのよ。私は昨年もその前も残念ながら無かったけれど、貴女と素敵な人との心躍る出会いがあれば、いつだって応援するわ」


 リーナはアンナの髪を纏めて高い位置に引き上げながら言った。


「そんなこと言うけど、またナイフ振り回さない?」

「——あれは! 悪い……虫だと思ったからよ。アンナに邪な気持ちで強引に近付いて……でも、今日の舞踏会で出会う方なら別よ。そこにあるのは純粋な物ですもの」


 アンナは器用に髪をアップスタイルに結い上げてくれる姉の細い手を見ながら憎々しげに言った。


「女神様のお決め下さった、運命ってやつだから?」


 姉はいつもとは違う小ぶりなパールの付いた控えめな髪飾りで、結い上げたアンナの髪を止めると呆れたような声を出してクスッと笑った。


「何言ってるのアンナ。貴女あの舞踏会の逸話を忘れちゃったの?」

「え?」

「小さい頃一緒に童話を読んだでしょ? あの絵本では皆うさぎになってたけど、ちゃんと憶えてる?」


 正確な絵本の内容は朧げだが、逸話の概要はメレディアーナの記憶が知っている。


「結婚を反対されちゃった2人の愛を証明させる為に、女神が皆同じ姿に変えちゃったけど、見事お互いを見つけあえて結ばれましたってやつでしょ?」

「そうよ。でもちょっと足りない。大事なところが」

「足りない?」


 そう、とリーナはアンナの前に回り込んで、鏡越しではなく直接顔を覗き込むと逸話を語り始めた。


「結婚を反対された2人はね、身分違いの恋人だったの。一方は地位や財産を目当てだと言われて、もう一方は相手の容姿に惑わされただけだって言われて。引き裂かれそうになった2人は女神に直訴したの、2人の愛は本物だから助けて欲しいって。でもね、女神も困ってしまったの。2人の愛が本物かどうかがわからなかったから」


「えぇっ⁈ 仮にも愛の女神のくせに無能すぎない⁈」

「アンナ、そんな乱暴な言葉を使わないのよ」


 リーナに咎められたがアンナは女神の無能さに呆れる。政略結婚など愛なき関係には鉄槌を下す割に、愛の真贋を計れないというのだからお笑いだ。


 だからか、とアンナはクロードの父の話を思い出す。自由恋愛第一主義の女神は、()()さえその形式に則っていれば本心がどうあれ特段咎めることがないのかもしれない。これが女神の逆鱗の避け方か、と緩い政略結婚が無くはない世界とバッドエンドが存在出来る仕組みにアンナは納得する。


「そこでね、女神は提案したの。それならば、その愛を証明してみせてって。そしてそれが本物だと証明出来たら、2人の愛に自由を許し祝福を送りましょうと」

「それがあの舞踏会?」


「そう。そして女神は会場の全ての人を同じ姿に変えてしまったの。着飾ったドレスもピカピカに磨いた靴も何もかもみすぼらしいボロに変えて、容姿は醜い怪物に、声まで家畜の鳴き声にして喋れなくしたって言われてるわ。童話では可愛い動物になるんだけれどね」


「女神、容赦ない……」

 アンナは王城のダンスホールで、ボロを纏った怪物がそこここで嘶く地獄絵図を想像してしまって顔をひきつらせた。


「大変な騒ぎで大混乱の中、2人だけはお互いを見分ける事が出来て見事愛を証明したの。そして2人は女神の祝福の下に結婚を許されたのよ」


 語り終えた姉ににっこりと微笑まれたが、アンナは姉が何を訂正したいのかピンと来ない。


「……私の憶えてる話と何か違った? そりゃ細かいところは足りなかったと思うけど」

「アンナちゃんと聞いていて? 誰も彼もが同じ姿をしている中、お互いを見分けられたのは真実の愛で結ばれた2人だけだったのよ?」


 リーナはふぅと嘆息してアンナの顔を両手で包み込んだ。


「身分も容姿も何もかもを取り払って、それでも2人だけはお互いを見つけられたの。周りに言われたような部分じゃなくて、2人が見つめて繋がっていたのはお互いの心だったからよ。

 純粋に想い合う心、その心からの本物の愛があったから、どんな姿であっても迷う事なくお互いを見分ける事が出来たの。その愛は2人が想い合うことで生まれたものよ。運命なんていう決められたものじゃないわ。だってそれが本物かどうかを証明出来たのは2人だけで、女神にだってわからなかったんだから」


「……女神にだってわからない……?」


 だから、とリーナはアンナにもう一度天使の様に笑いかけた。


「あの舞踏会で風切羽(女神の導き)もなく結ばれることが出来たなら、それは最も純粋で運命にすら縛られない、心からの愛という事なのよ」


 憧れるわよね、とリーナが夢見る瞳でうっとりとして、アンナがリーナの言葉を頭の中で繰り返していると、部屋のドアがノックされた。


「お嬢様、馬車のご用意が整いました」

「わかりました。さぁ、アンナ。ドレスに着替えて、行きましょう」


 リーナの微笑みにまだ考え続けていたアンナは無言で頷いた。最後にして最大のイベント仮面舞踏会がついに始まる。

 

——

「いい? アンナ。一曲踊った程度で愛の真贋が見極められれば皆苦労はしないわ。貴女と分かって逸話を逆手に利用するものがいるかも知れない。万が一貴女に声を掛ける方がいてもすぐにお相手を信用してはダメよ。私が見極めて——」

「お姉様、言ってる事がさっきと違う……」


 シャンパンゴールドのドレスに身を包んだ2人は、同じ色のドレスを纏った他の令嬢達とともに王城への長い階段を上っていく。デコルテの空き具合やスリーブに多少の違いはあるが皆同じドレスで、髪型もアップかハーフアップで統一されているので今の時点でも一見すると見分けが付きにくい。これに仮面まで着けて薄暗いとなると本当に誰か分からないだろうな、とアンナは想像する。

 だが、それでもあの5人はアンナを見つけ、そしてアンナもあの5人を見分けられるだろう。これは乙女ゲームラブ・バーストの世界であり、彼らは攻略対象で親愛度も最大で、全員を断らない限り誰かと結ばれると決まっているのだから。


「こっちよアンナ。入り口が男性と女性で別れているの」


 姉に続いてダンスホールの入り口へと向かい、目元を隠す仮面を受け取ってアンナはいよいよ会場へと入って行く。どの選択をしても何も変わらないと思っているがほんの少し緊張している自分がいるのは、ゲームのメインイベントをこの身で体験するという興奮と期待から来ているのだろう。そう自分を分析する冷静さと足が地に着いていない様な高揚感を抱えて、アンナは会場と入り口を仕切っているドレープを潜った。


「——暗い」

 ドレープの内側は正しく夜だった。薄暗いどころではなく、目の前を歩く姉の姿さえ朧げにしか見えない。ただ会場に入った途端ドレスが淡く光を放った為、辛うじてこの距離ならば姉と分かる。

 頭上には明かりはほとんどなく、足元にだけ転ばぬ様にぽつぽつとか細い明かりが灯されている。


「アンナ階段よ、気を付けてね。ダンスホールはこの下なの」

 何となく遠くの方から聞こえる姉の声に注意を促されて、此処が上階なのかと気付いたアンナは手探りして手摺りを探し、階段を降りる前に下階を覗いてみた。


「——わぁっ……!」


 広く真っ暗な空間の中に、令嬢達のドレスが放つたくさんの淡い光が、散りばめられた星の様にあちこちに灯っている。眼下に広がる夜空を思わせる光景は姉の言った通り幻想的だ。ゲーム内でも描かれていたが、令嬢達が動くたびに星が瞬いてでもいるように淡い光が揺らめいて、この場で実際に見ると何倍も美しい。

 まるで星が落ちてきた様だ、と階下の光景に見入っていたアンナはあの星見の会を思い出してしまった。コルと再開したのもこんな風に頭上に星はなく、足下の暗闇にだけ星かと錯覚した待宵草が咲いていた夜だった。思い出した所でもう会えないし、会えたとてどうにも出来ないと分かっているが、コルへの気持ちに気付いてしまった心が忘れさせてはくれない。

 昨日痛んだ胸にまた痛みが走った時、急に姉に背後から呼ばれた。


「アンナ」

「なぁにお姉様……」

 返事をして振り向くとそこに姉の姿はなかった。


「あれ……? でも今確かに後ろから……」

 後ろから? と思ってアンナは思い出す。姉は前を歩いていたのだから急に後ろに回る筈がない。

 

 なんだ、と思っていると今度は急に近場でハハハと男性の笑い声が聞こえて、驚いてそちらに顔を向けるも誰もいない。そもそもこちらは女性側の入り口で、入ってきたばかりのこの場所に男性がいよう筈もない。


(……気のせい? でも確かに……)

 不思議に思いながら先に降りて行ってしまった姉を追いかけようと階段を降りはじめると、それまで音楽が流れているだけで静かだった世界に、急にザワザワと人の話し声がノイズの様に混ざって来て、アンナは音の波に飲み込まれた。


(何? 急に。今まで静かだったのに……)

 音楽と喧騒が混ざり合ってわんわんと鳴り響く。その中で聞こえて来る人の声はまるで水の中を思わせる様にくぐもっていて、聞こえ方も遠かったり近かったりして薄暗い会場内では人との距離が掴めない。


「——ルナール……ここ——」

 至近距離で聞こえて話しかけられたかと振り向けば、遠くの方でカップルが抱き合うのが見えた。

 朧げながら笑い合っている様に見えた一団とすれ違ったが、笑い声は遠くの方で微かに聞こえただけだった。

 そんな調子で誰が誰に向けて何処で発した言葉かまったく判断が付かずアンナは戸惑う。けれど冷静な頭が、なるほどと解をみつける。


(これがゲームで言う所のガチャガチャテキストね。くぐもって聞こえるから誰の声かはっきりしないし、私に話しかけてるのかも何て言ってるのかも判別し辛い。なるほどね)


 アンナはそう納得して、早くもはぐれてしまった姉を探して会場内を移動する。しかし誰が誰かも分からない会場においてそれは容易ではないとすぐに気付く。


(こんなに大勢居るのに皆見事に同じ格好……髪型やドレスの細かい違いなんて、この仄明かりじゃ判別できない。男性に至っては参加者を示す襟元の徽章が光ってるだけで遠目にはほぼ影。ホールの構造かしら、声の聞こえ方も奇妙だし完璧に逸話を再現してるわ)


 感心しながらキョロキョロしていると胸元が微かに光っている人達がちらほらと目についた。ほんのりと赤や青など様々な色に光っていて、何だろうと思っていると胸元を同じ色に光らせた人影が近づいていく。


(なるほど、あれが風切羽の使い方か。同じ色の羽を胸に付けてお互いを見分けるのね。ロマンチックな物語の主人公になって舞踏会を楽しむカップル達と、出会い待ちガチ勢にどうやら別れてそうね。

 確かにこんな状況の中でダンスのパートナーになれたら、特別な物で繋がってるって思えそうだもの、憧れる気持ちは分かるわ)


 幻想的な夜空の中を歩きながらゲームで見た世界を体験して楽しんでいたアンナは、あちこちで近付いて離れてを繰り返す淡く光る人影に、一時忘れていた現実を思い出す。


 風切羽など持っていないが、あの5人は必ずアンナを見つける。特別と言えば特別ではあるが、運命のように決められているシナリオ通りの展開として、そうするように定められたものとして彼らは話し掛けて来る。

 アンナもまた彼らを見分けられる。親愛度が最大の今それはとても容易に。そして与えられた役割通りに彼らの誰かを選ぶか、もしくは全員を断るかの選択をする。それ以外の選択肢は用意されていないから。


 けれど、とアンナは足を止めた。何百という人を易々と収容できる広いホールの端の方を移動し、本来その先は広いテラスでもあるのだろう重そうなカーテンで塞がれた窓際まで来て、見えぬ月を見上げる様にカーテンの上部へと目を向けると呟いた。


「……それは私がメレディアーナ(主役)だから」


 攻略対象として、主人公の相手役として、彼らは役目を果たすのだ。ならば、とアンナは腰の後ろ辺りに手を伸ばす。


「そうで無くなったらどうなるんだろう?」


 出発前に姉の話を聞いて、沈んでいた心にふつっと灯ったものがアンナを動かす。


「愛を司る存在でありながら、その真贋を計れないふざけた女神様……」


 何処にいるともいないとも知れない女神に言って、アンナは初めて参加した夜会と同じく、腰のリボンに挟んでいた物を後ろ手に取り出す。


「もしも私がメレディアーナ(主役)で無くなったら、貴女の決めたシナリオはどうなっちゃうの?」


 パカッと、手にしたケースを開けて左のレンズがひび割れた眼鏡を取り出す。


「あの人達には杏奈わたしが見えない。メレディアーナには卑屈な心は存在しないから。それでも彼らは役割を全う出来るのかしら?」


 目元を隠した仮面を一旦ずらして瓶底眼鏡を掛けてまた戻す。暗がりで判りづらいが目の前に広がる世界の左端がひび割れた。


運命あんたを攻略してみたくなったの。だって誰が誰かも分からないこの会場では、起こることの経緯も結果も女神あんたにだって分からないって聞いたから」


 沸き立った攻略マニアの血が、女神に許された選択肢以外の道を歩ませる。


「いじわるな女神め、抗ってやるんだから」

この先を持ち合わせで書ききれるのかと自問自答

能力を鑑みて図面を引いてない



お読みいただきありがとうございました!

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[良い点] めっちゃ面白くて続きが楽しみです!
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