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五十七話 象徴

あとちょっとだけど、ここに来てそろそろ辛い


前回のあらすじ——


この先がどうなるか分かってるって良いことと思いきやそうでもないのね。

誰を選んでも幸せだけど誰にしたらいいかで悩んで早くもラストイベント前日!

まっまに聞いてみたけど、仲良し家族とはいえ親の馴れ初め聞くってやっぱどっかでちょっぴり抵抗あるよね。いい話だったから良かったけど

それが好きってことなのかは分からないけど、私らしくありのままでいられる人って誰だろう

あっちこっちで自由にやって来たけどより自由に出来てたのって……

 街路の先からこちらへ向かってやって来るクロードを、左端のひび割れた視界に納めながらアンナは思う。


(そう……かも。まだ好きとか良く分かんないけど、言いたい事言って喧嘩して、吐き戻しそうになるくらい食べたり、お酒に手を伸ばしたり……そういう行動も全部見られて、それでもその私を認めてくれて必要って……好きって言ってくれたのはあの人だ。何も飾らない、私が私らしくいられるのは、多分あの人の側だと思う)


 アンナはそう自分の心に確認する。すると応えるようにトクンと心臓が鳴り始めた。道の先から此方へやって来るクロードが、段々大きくなるに連れ鼓動も大きくなってきて、初回の夜会でドレスを裂かれた衝撃の出会いから、先日の馬車での告白までの彼との時間が一気に脳内で再生される。


 これが好きだと言うことなのか、それはまだ確信できないが、少なくとも一番自分らしくいられるのは彼の側だろうと思える。従者と話しながら歩くクロードが一歩踏み出す毎に、ドクンドクンと呼応するように鼓動も鳴る。


 きっとそうだと気付いてしまった今、彼にどんな顔をすれば良いのかアンナはその場に佇んだまま悩む。何かこちらからこの場で言うべきなのか、それとも明日の舞踏会まで何も言わずにいるべきなのか。ゲームの仕様が現実でどう再現されるか分からないが、親愛度が最大まで溜まっていれば、明日の舞踏会でも難なく彼を見分けられるだろうから、彼を選ぶという行動で示せば良いのかもしれない。


 ならば今ここで鉢合わせた時にはどうすればいいのか。どんな顔でどんな風に会話を交わせば良いのか。もうあと数歩で目の前までやって来る。話しかけられたら、多分赤くなっているこの顔をどう隠せば良いだろう。どうすれば、何を話せば。


 そう思ってスカートをぎゅっと掴んで、ドクンドクン言う心臓を抱えて俯いたアンナの横を、クロードはそのまま素通りしてすれ違って行った。


「……え?」


 思いがけないクロードの対応にアンナは虚を突かれて、真横を通り過ぎて行った彼をすぐに振り返るも声を掛けられなかった。クロードは振り向くことも足を止めることもなく、そのままアンナが曲がってきたばかりの角の向こうへと消えて行った。アンナはしばし呆然と、ついさっき自分が歩いて来た今は誰もいない道を眺めた。


「な……に? 無視……された?」


 事態が飲み込めないアンナはその場に立ち尽くす。胸に広がっていた甘酸っぱい気持ちが一瞬で消えて、急に何もない真っ白な世界に放り出された様な気分がしている。正面から相対する形で歩いてきた彼が、アンナに気付かない筈がない。そう思われたのに、彼はアンナに声を掛けないどころかチラリとも見ずに通り過ぎて行った。


 真っ白なペンキを浴びせ掛けられた様な心の中に、小さな黒い染みとして違和感が湧き出す。去って行ったクロードの反応が理解できず、呆然が段々と動揺に変わっていく。


「なんで無視なんてするの……なんかしたっけ……返事してないから、怒ってるとか? でも……だってそれは、最終日にするもので……なんで、こんな無視……」


 アンナは動揺した心を一先ず落ち着けようとして、振り返るのをやめて元通り商業区へ至る道へ向き直った。


「わぁっ!」

 ところがすぐ目の前に男性がいて、びっくりしたアンナは叫んで慌てて横に飛び退いた。


「——! これは失礼を……?」

 ぶつかりそうになった人物は本を片手に読みながら歩いて来たのか、アンナの声に驚いたように顔をあげた。そこに居たのはエドゥアルドだった。


(エドゥアルド……びっくりした、急に目の前にいるんだもん。声くらい掛けてくれても……まぁ、気まずいかもだけど)


 と、アンナが驚き心拍数の上がった心臓を押さえて掛ける言葉を探していると、エドゥアルドは小首を傾げて一瞬考える素振りを見せてから、やはりそう歩いて来たのだろう、手にした本に目を落としてクロード同様アンナに話しかけることなく目の前を通り過ぎて行った。またも予想していなかった展開に、アンナは咄嗟に声が出せなかった。


(え⁈ エドゥアルドも……? 何? だって今ぶつかりかけたよね? それでなんで……本読んでたから、気付かなかった? まさか……だって何か言い掛けてたし。何か、おかしい気がする……何か……)


 小さな染みだった違和感がじわじわと胸の中に広がり始めて、アンナはこの世界をまだ姉が主役の世界だと、明確に何がとは言えないが何かおかしい、と思っていたあの時の感覚が蘇って段々と焦りだす。


(何……? なんなの? イベントをこなし終わったから舞踏会まで接触出来ないってこと? いいえ、進行に親愛度の高低は関係ないから、進め具合によってはたっぷり日にちを残して速攻個別イベント終わらせる事も可能なゲームよ? イベント終わらせたって夜会で会うことは出来るし、出来なきゃ攻略できないし……無視されるなんて事ありえない……筈……)


 アンナはこの違和感を気のせいに押し留めようと、無視された理由を考えながら足を商業区へ向ける。早足に得体の知れない感覚への焦りが表れている。


(……夜会じゃないから? それ以外では会話出来ない? それならそもそも街中で出会うのがおかしい。ゲームの世界だけど一応現実として生きているんだし、会ったら世間話くらい……しない、もの? それとも無視じゃなくて本当に気付かなかったの? どっちも目の前にいたのに? そんなこと……)


 悶々としていたところカランカランという何処かの店のドアが開閉する音が耳に届いて、顔をあげて見るとすぐ近くのテーラーからマティアスがルパートと共に出て来た所だった。気付けばもう商業区へと入っている。


 マティアスはルパートと談笑しながら、アンナが立っている側とは反対側へ歩いて行こうとしていた。きっと優しいマティアスの事だから、ルパートの舞踏会用の服の仕立てにでも付き合ってあげていたのだろうと思って、アンナはその背に声を掛けた。どこかで、優しい彼ならきっとこの不安に変わり始めた違和感を払拭してくれると期待して。


「マティアス!」

 アンナの呼び掛けにマティアスが足を止めて振り返った。


(良かった。ほらね、何もおかしくない。至って普通の反応。やっぱりさっきのは気付かなかったのね)


 多少強引にそう思って安堵したのも束の間、マティアスはアンナの方を振り向いて周りを見回す素振りをした後、不思議そうな顔をしてからまたルパートと一緒に歩いて行ってしまった。


「え……」


 マティアスのその行動にアンナは心底驚いて、一気に不安に変わった染みをそれ以上広げまいと思わず服の胸元を掴んだ。


(無視……じゃない。私の声は聞こえてた。私を探す素振りもしてた。でも、私を見つけられなかった。ここに、遮る物も無く後ろにいたのに。マティアスは私に……気付けなかった?)


 その考えが浮かぶと、胸に留めて置けなくなった不安が指先の震えとなって表出してきた。小刻みに震えるその指でアンナは口許を押さえて、ふらふらと買い物客で賑わっている街中を歩き出す。


(なんで? どうして? 気付かないって何? ついこの間まであんなに真剣に気持ちを伝えてくれた人達が、急に私の事が分からなくなったみたいな……)


 彼らの行動を思い返していた時、店のガラス戸に映り込んだ自分の姿が目に入った。


「——あっ! 眼鏡!」

 元々掛け慣れていたのですっかり忘れていたが、アンナは自分が眼鏡を掛けていた事を思い出した。


「なんだ……。眼鏡これのせいで私が誰か分からなかったのね。そんなに変わらないでしょうに、気付かないだなんて失礼しちゃう。仮にも私の事好きなんじゃないの⁈」


 安心した様にわざと明るく言って姉に合流すべく歩き出したが、残った疑問が胸の不安を取り払わせてはくれない。


(……それだけだったのならなんでエドゥアルドは謝りもせずに行ってしまったの? あの人の性格的にぶつかってなくても驚かせた事を謝るでしょ? 何か言いかけて途中でやめて、あれはまるで——)


 エドゥアルドの行動を思い返して不安の正体を探していたアンナの思考は、路地から飛び出て来た男に出会い頭に跳ね飛ばされた事によって中断された。


「きゃぁっ!」

 ズシャッとレンガ敷きの通りに倒れ込んだアンナに、ぶつかってきた黄味がかった赤毛の大男が声を掛けた。


「悪い! 大丈夫……か……?」

 大男ことライオットは何かを探す様にキョロキョロと辺りを見回している。

「あれ……?」


「どうしたの、兄さん?」

 また2人でスイーツでも買いに行くのだろうか、ライオットの後ろには弟のリオネスもいた。


「いや、今誰かにぶつかった気がしたんだが……」

「犬か何かじゃないか?」

「そう……だな……」

 ライオットは腑に落ちないと言った風に首を捻って弟と共に歩き去ってしまった。目の前で地面に横倒しになっているアンナに一瞥もくれずに。


「……やっぱり」

 アンナは愕然として呟く。ライオットとはニアミスではなく確かにぶつかったのに、その彼はアンナと気付かないどころかぶつかった相手すら見つけられていない様子だった。


「気付かなかったんじゃない……私が見えてなかった?」


 中断されていた思考が再開されて、止まっていた震えも戻ってきた。


「なんで……? 見えてないって何? なんでそんなこと……明後日には全部終わる、こんな終盤に追加のイベントがあるとも思えないし何かした覚えもないのに。思い当たることなんて……それこそこの眼鏡くらいしか——」


 そう、眼鏡くらいしか思い当たらない。分厚くてオシャレとは言えないこの眼鏡しか。姉と自分とを比べる視線から顔を隠す為に掛けていた、踠いて逃げ続けた卑屈な杏奈の象徴の様な眼鏡しか。


「……眼鏡くらいしか、変えたものはない。あの人達の前で掛けたことはないから、見慣れなくて私と分からない事はあっても……眼鏡掛けただけで見えなくなるなんて事……ありえる?」


 自分の問いかけにそんな馬鹿な事がと思いながらも、焦りと不安が大きくなっていくのを感じたアンナは、立ち去ったライオットを追って大通りへ続く街路を走った。ありえない仮説をありえないと一笑に付して欲しくて。


「まさか、そんな馬鹿な事あるわけない。気のある子には優しくするけどその他大勢には虫けらを見る目を向ける奴って世の中にはいるじゃない。そういう嫌な奴らだったのよあの人達は! 知らない奴には謝りもしないし、助けもしないのよ最低ね!」


 言いながら、それこそありえないとアンナは思う。そういう人達でない事はこれまでの関わりから分かっている。けれどそう思わないと不安が膨れて動けなくなりそうだったので、アンナは鼓舞する意味で無理矢理にそう納得してライオットに追いつこうと走った。


 しかし追いつかぬまま大通りまで出てしまったアンナは、彼ら兄弟の事だからスイーツ店にでも居るだろうと手近な店に目を向ける。すると、反対側の通りに母親と思しき女性と連れ立って歩く少年を見つけて、思わず呼びかけてしまった。


「ジェレミア!」

 従者を伴った母イザベラに連れられたジェレミアが、呼び掛けられてアンナの方へ向いた。


 従兄弟のジェレミアならば、アンナの眼鏡姿を幾度となく見たことがある。分からないなんて事も見えないなどという事も絶対にない。他の4人の態度がおかしいのだと彼なら言ってくれると確信に近い期待をしていたが、ジェレミアはアンナの期待を裏切り他の4人と同じ様に周囲に目をやった後、イザベラに呼ばれて小走りに行ってしまった。


「う、そ……。ジェレミアまで。本当に見えてないの? そんなこと……」


 足下がふらついて、よろめいたアンナは後ろの店の壁に手をついて寄り掛かった。雑貨店のようで張り出した小窓が開け放たれていて、窓際には鳥の置き物が置かれている。その開かれた窓ガラスに、眼鏡を掛けたアンナの顔が丁度映った。


「……ジェレミアは、私が眼鏡を掛けてると見失うって言った事があった。なんで? 眼鏡に何があるの。たかが眼鏡一つに何が……」


 そう疑問を口にしながら、何が詰まっている眼鏡なのかをアンナは知っていた。姉の影に徹してあらゆる言葉と視線から逃げて逃げて逃げ続けた卑屈な杏奈の心がその眼鏡に象徴されている。見られないように気付かれないように、何もかもを放棄して影に隠れた卑屈な杏奈がそこに在る。その眼鏡を掛けたアンナに、彼らは気付かず、あまつさえ見えてすらいなかった。卑屈な杏奈の存在は彼らには見えていないのだ。


 そう頭の中を整理してアンナは現状を理解すると、壁に寄り掛かったままズルズルとその場にへたり込んだ。


「……あの人達には卑屈な杏奈わたしは見えてない。あの人達が見つめていて、好きだって言ってくれたのは、天真爛漫でいつだって明るく元気で、自由にどこでも飛んで行っちゃう、無謀で素直で率直な気取らない物言いの、眩しい光の妖精みたいな……メレディアーナ(主人公)


 アンナは地面に突いた手を見つめて呟いた。

杏奈わたしじゃない」

こういう澱みを出しちゃいけないと小耳に挟んで、怒られるんかと震えてるけどもう今さら遅いからそのまま行く。すみません、次もこんなテイストです。何故ならここは当初一つに入る予定だったから。


お読みいただきありがとうございました。

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