五十五話 それが打算であっても、確かに感じるそれもまた真実ならば ②
お前って言葉がゲシュタルト崩壊するんじゃないかってくらい出てくる回
前回のあらすじ——
せっかく遠出したけどすぐに帰って来ちゃうあたり引きこもり気質なアテクシ
あとどのくらいかかるか分かんないけど無言で居るのも辛いから話題を振ってみたら、お爺ちゃんとの思い出話を……と思いきや何とも胸糞悪い話を聞かされてしまった。
あんたの父親クソ野郎すぎない⁈ もしねぇねの相手がそんなやつだったら……私、どんな方向にでも罪を犯す覚悟を今持ったわ!
ってここまで話に共感してたんだけど、カエルの子はカエルってやつかしら?
あんた、やり方がストレートなだけでやろうとしてる事同じじゃありません?
アンナはそこまで聞いて、今までの話に共感し一緒に憤っていた事が急激に馬鹿らしくなった。
「……あのさ、貴方自分で何言ってるか分かってる? 散々お父さんの事最低だって言っておいて、私もそう思ってたけど、今貴方同じ事しようとしてんのよ? それも超直接的に。いくら酷い話だからって、協力してあげる為に結婚とかしませんから」
「同じじゃない。俺は嘘で塗り固めて求婚していない。偽りなくお前が必要だと言っているんだ。心の底から、本気で」
「同じでしょうが! よりたちが悪いわ! 君を利用しますって、それが目的ですって言われて、嬉しい喜んでってなるわけないでしょう」
「ならどう言えば伝わる。俺が本気だと分かる」
「だから伝わってますけど、利用目的本気で来られても貴方のこと好きには——」
アンナが勢い立ち上がりかけた時、石にでも乗り上げたのかガッタンッと馬車が大きく揺れて傾いた。
「きゃあっ——!」
振動でバランスを崩したアンナは投げ出されてクロードにぶつかった。
「いたぁ……」
「ちゃんと座っていないからだ」
「今のは不可抗力ってもんじゃないの? あんなに大きく揺れたんだか……」
そこまで言ってアンナはクロードの顔が近くにあること、自分が抱き留められている事に気付いた。
「あ、ご……ごめんなさい、ぶつかって」
すぐに離れようとしたアンナだったがクロードの腕がそれを許さず、ぎゅっと強く抱きしめられた。
「ちょっ、と……なに……」
「誰でも良かったんだ。お前と同等でなくともそれなりの地位と財があれば、誰でも」
ほらね、とアンナは抱き締められて不覚にも胸を鳴らしたことを恥じた。
「なら他の人——」
「たまたま最初に知り合えたのがお前だっただけで、小生意気で口が悪くて公爵令嬢とは思えない喧しいガキだが、手に入れるのは簡単だと思った。丁度良いと。それだけだったが今は違う」
ぎゅうっとより強く抱き締められてアンナは苦しくなる。
「ね……離して、苦しい……」
「お前がいい。俺に力をくれる地位も財も持っているお前が。馬鹿正直になんでも話してしまう、取り繕う為の嘘も吐けないお前が。飾らない言葉で思った事を素直にそのまま口にするお前が。誰でも良くない。お前がいい。俺にはただ一人、お前だけが必要なんだ」
アンナは低い声で囁かれた『お前だけ』という言葉にドキッとする。他人を自分が登り詰める為の足場としか思っていない冷酷な男が、主人公にだけ執着を見せるその言葉を吐くのは、トゥルーエンドを迎えられる証だからだ。
(あれ……バッド、じゃないの? だってこの人は、私の血と持参金が目当てで、公爵家を利用したくて……そういう、打算的な理由で私に求婚して……それなのに……)
さっきうっかり鳴らした心臓が、今は早く大きく鳴っている。頭の中が混乱して熱を持つ。それでもなんとか考えようとするも、耳元で囁かれた低い声に意識を持っていかれてより熱くなって考えも纏まらない。キツく抱き締められたままだから息も出来ないくらい苦しい。
はっきりと、利用したいと目的を告げられた至極打算的な求愛なのに、どうしてこんなに身体が熱くなるのか分からない。何とも思わず淡々と受け流せる筈だった告白に心が乱される。
アンナが熱と苦しさでぼーっとして来た時、漸くクロードの腕が緩んで身体が離れた。やっと息をつけたがクロードの片手はアンナの腕を掴んだままで、もう片方の手は程なくしてアンナの頬へ伸びてくる。
急に触れられて驚いたアンナは俯けた顔をあげてしまい、真っ直ぐにこちらへ強い眼差しを向けていた紫の瞳と目があって動けなくなった。
「メレディアーナ」
掴まれた腕を引かれて、クロードの顔が近付けられてくる。
「お前が良いんだ。守る力も、明るい未来もくれるお前が。母と祖父が死んでから、ずっと嘘ばかりの世界でただ力を付ける事だけに意識を向けて何も面白くなかった。
その中で唯一お前だけだ。突拍子もない事をしてみたり、喧嘩をふっかけて来てみたり、側にいてこんなに愉快だと思えるのは。だからお前が良いんだ。口の減らない生意気なガキだが、きっとこの先も一緒にいたら楽しいと思える」
耳に届く低い声がいつもより優しく、紫の瞳は唯一人アンナだけを映している。
この人の結婚の目的はアンナの血筋と齎す財と公爵家の後ろ盾。本人が口にした通りそうだと分かっているのに、なのに今向けられている眼差しに言葉に、それ以上の物を確かに感じる。
アンナを必要とするのは利用したいが為。そうと分かっているそれが打算であっても、確かに感じるそれもまた真実ならば、ならば。
「初めて愛しいと思うのも唯一人お前だけだ。メレディアーナ、俺はお前の全てが欲しい。俺と結婚しろ」
これは間違いなくトゥルーエンドを迎えられる程の心からの求愛だ。
そう思ってアンナは近づいて来る唇を前に目を閉じる。打算を隠そうと取り繕う事もなく、嘘も偽りも口にしない。そんな人から呆れるほど直接的に伝えられる強い想いを、断る気持ちは今のアンナには湧かなかった。
流されていると何処かで思いもするが、そうやって好きになる事もあるだろう。好きになるのに定型等なく、色々なのだから。
唇が触れる。
そう予感した時、ガタンッとまた馬車が大きく揺れて、その拍子にガツンッとお互いの唇ではなく額をぶつけ合ってしまった2人は、バッと顔をそれぞれ別方向に背けた。
「——————っ!!!」
痛みに声なく悶える2人に、止まった馬車の外から御者が到着を知らせる。いつの間にかサーヴィニー領の市街地まで戻って来ていて自宅はすぐそこだった。それに気付いて、お馴染みのズキンズキンする額の痛みにアンナは段々冷静さを取り戻す。
(——めちゃくちゃ流されてた。驚くほど……これがメインキャラの力か? 落ち着かなきゃ。良く考えて、受け入れたら結婚まで決まっちゃうのよ。一時の勢いと感情に流されちゃいけない、冷静に、冷静に……)
額を押さえて深呼吸していると、同じく額を押さえたクロードがチッと舌打ちして、アンナを見るとニヤッといつものように笑った。
「今のは、イエスで良いんだな?」
必死に冷静さを取り戻そうとしていたアンナの頭の中が、ボッと瞬時に熱くなった。
「ちがうから! ちょっと雰囲気に飲まれただけだから! 空気読んじゃったの! そういう気遣いの出来ちゃうタイプなの私は!」
真っ赤な顔で弁解するアンナを眺めてクロードはニヤついている。
「そうか。ならその気遣いとやらで空気を読んで俺と結婚すると言え」
「言いませんし、しません!」
「素直じゃないな、妖精」
クロードはそう言って先に馬車を降りて行く。もう自宅もすぐそこなので、まだ頬の赤みは引かないがアンナも馬車を降りようとすると、クロードが礼儀として手を差し出すのでアンナも礼儀として手を借りる。
「……どうも」
地上に降りてすぐに手を離すが、クロードはアンナの手を掴んだまま離そうとしない。
「……離してよ」
「俺は本気でお前が好きだと伝えたが、お前は頷かない。頷かせるにはどうすれば良い」
「それは……」
クロードの事を好きなのだと自身の心と向き合ってそう結論を出せたら、だ。
「女神の教えに則って、私が貴方を……好きにならないと、いけないんじゃない?」
「なら、なれ」
クロードはそう言って、アンナの手を掴んだまま地面に片膝を突いた。
「週末の舞踏会には参加するな? 運命で結ばれた2人、女神の導き、愛の証明。女はそういった演出に弱いと知っている。俺はその舞踏会で、何百何千といる参加者の中から必ずお前を見つける。だからお前も必ず俺を選べ。そしてその時には運命だと思って好きになれ」
「好きに……なれって、そんな……」
跪いたクロードを前にアンナは動揺する。この男もLockされる程の心からの愛をアンナへ向けてくれているのかと。
「なれ。俺は嘘偽りは言わない。本気でお前が欲しいんだ。お前の持つ血筋も財も心も全てだ。いいか本気でだ。それを舞踏会までの間よく考えて、当日俺を選んで好きだと気付け」
物凄く上からで、直接的で不躾で、打算を一切隠さない告白なのにアンナの心は揺れる。
「そして俺と結婚すると言え。メレディアーナ、俺はお前の全てを愛している」
それはきっとアンナへ向けられているこの愛も、仮に跪いていなくても、嘘偽りも隠す事も飾る事もなく純然としたそれなのだと分かるからだろう。
跪いて真っ直ぐに強い眼差しを向けるクロードに、アンナはもうそれ以上何も言えずにただクロードを見つめ返し、自分の心音を聞くだけだった。
一人ずつ倒して行くラストダンジョンの様なスタイル
ここまで来たので後もうちょっと
お読みいただきありがとうございました




