五十四話 それが打算であっても、確かに感じるそれもまた真実ならば ①
微妙な長さになったので2分割しています。
前回のあらすじ——
きゃー! いや! 誘拐! 降ろして降ろして犯罪者ぁ!
はぁ? ぱっぱに許可貰ってる?
あんの親父やってくれるな! 紙幣数枚で売ったんか!
でも手紙寄越されてたらしいから、ずっと無視してたのは事実……仕方ない付き合おう。
と付いてきたけど一瞬で用事終わって速攻とんぼ返り。
途中ついでの様にありえないぐらい直接and打算的に告られる。またも道端で。
やっぱりこのゲームやっつけで作ってるのかしら。メインシーンの筈の絵が映えな過ぎる。
まぁバッドエンドだからかな。悪女エンドは魅力的だけど……結婚なんてありえませんわ
帰りの馬車の中は無言だった。行きの車内では、ぎゃぁぎゃぁ騒いでいたし頭の中が忙しかったのでそう感じなかったが、ノアル領は都市部から離れた地域のようで、王都ないし自領までの道のりはまだまだ遠いようだ。
牧歌的と言うよりは殺風景な、あまり整備されていない街道と車内の無言が、よりその時間を長く感じさせる。そろそろ居た堪れなくなってきた時、ふと疑問に思っていた事を思い出した。
「……ねぇ、なんで職人さん優遇なんてしてるの? 都市部からも遠そうな場所なのに」
クロードは前を向いたまま答えた。
「曽祖父の遺言だからだ。ノアル家は元々平民で曽祖父の代に戦時下に民間から志願して出兵し、叙爵されるまでの功績を挙げたのが始まりだ」
知ってる、とアンナは思う。ラブ・バーストは白と黒を対比させるように、2人は似通った設定になっているのだ。
「曽祖父は元は仕立て屋の生まれだったと聞いている。詳しくは知らないが、仕立てと言っても分業していたのか、少なくとも曽祖父本人はどうもボタンを主に作っていたようだ」
「ボタン……」
「象牙やら銀で出来たボタンに彫り込みを入れていたようだ。お前が破ったあの上着に付いていた紋章が入った銀ボタンも曽祖父が彫った物だ」
「へぇ、器用なのね……って、破ったの私じゃないし!」
そのボタンのせいで姉の殺戮スイッチが入ってズタボロになったのだ、と口から出掛かったが犯人は未だ不明という事で収まっているのでアンナは口を噤んだ。
「ボタンじゃなくて本当は金銀細工の職人になりたかったのかもしれない。その方がより富裕層を相手に出来るから儲けも多いしな」
クロードは言いながら、ごそっと腰の辺りから、いつかの忌まわしいナイフを取り出してアンナに見せた。そもそも別の世界だったわけだが、ナイフを見てこいつのせいで歯車が、との思いが過って一瞬顔を顰めたアンナだったが、鞘をよく見ると美しく細工が施されている。
「綺麗……これも?」
「そうだ。支給品のダガーナイフにわざわざこんな細工をして腕を磨いていたものか。戦火の激しいあの時代では、そんな奢侈な物を楽しめる余裕は誰にも無かったのにな。希望だったのかもしれない、いつか戦争が終わったらまた職人として生きるのだと。ただ皮肉にも戦火の激しさのどさくさで、ノアル家はのし上がれてしまったんだが」
歴史に疎いアンナでも、マティアスとクロードの話から戦争が奪った物の大きさが良く分かる。昨日まであって明日もきっとあると信じて疑わなかった日常が、一瞬で奪われていったのだろう。
「戦争はまだ続く中、小さく狭いがついには領地を貰えるまでになった。だが、元が平民だったからか与えられたのは更地の様な狭領で、そこから徐々に発展させていく上で曽祖父は職人の町にしようとしたようだ。職人には地代を優遇し税も緩和して、かつての職人仲間も呼び寄せた」
「……そうしようって思ったのは、ひいお爺さんの希望だったからかな。職人が職人として生きていける普通の世界が」
クロードがアンナをチラッと見てほんの少し笑った。
「……そうかも知れないな、きっと。その遺志を祖父も継いで今の様な形になって、俺も継いでいく。そう思っていたが……父は違ったようだ」
「え?」
クロードは一瞬緩めた表情を今度は険しいものに変えた。
「あの人はその曽祖父の遺志を撤廃して地代や税を上げて搾り取る気でいる。領地の経営に精を出して騎士もいずれは辞めるだろう」
ギリッと奥歯を噛み締める音が聞こえて来そうな程、クロードは憎々し気にそう吐き捨てた。普段から意地悪そうに笑って不遜ともいえる態度なクロードだが怖いと思った事は無かったのに、余程憎んでいるのか今はとても怖い。
「……お父さんは、お爺ちゃん達の気持ち、分かってくれないんだ……?」
アンナが恐るおそる聞くと、クロードは気持ちを落ち着けるように一つ溜息を吐いてから答えた。
「血が繋がっていないからな、あの人は。祖父には俺の母である娘しかいなかった。入り婿なんだ、あの男は。だからあの地に対する曽祖父の遺志も何もきっとどうでもいい。今のギリギリの生活をどうしていくかにしか興味がないんだ」
クロードはそう言うとアンナに顔を向けて、意地悪そうに笑った。
「面白い話を聞かせてやる」
「え、急に? 小噺?」
「実に面白いぞ。母と父は戦争がようやく終結した頃、女神の教えに則って純然たる愛の下結婚した。そして一人息子の俺が生まれた。
家督は父に譲ったがその時にはまだ祖父も生きていて、俺は祖父から亡き曽祖父の話を聞いて育った。戦争で得ていた恩賞だなんだが無くなって、領地の収入だけでは厳しくなっては来ていたが、それでも祖父から父へ父から俺へと繋がれるであろうものをこれからも守っていくのだと思っていた。
だがな、母が病で死んで、祖父も悲嘆に暮れて後を追うように亡くなった所で、父は変わった。いや、本性を現したのか」
クロードはニヤッと笑う。
「祖父の死から数ヶ月、母の死から一年足らずで後妻を娶った。某男爵家の三女だそうだ。別に悪い事じゃない、好きにすれば良い。
ただな、その後妻には連れ後の男の子がいた。俺は弟が出来たわけだが、それが俺と数日しか生まれた日が違わない。そして後になって聞いてみれば、その弟は父の実の息子だと言う。
つまり父は母と婚姻しておきながら、この後妻とも密通して子を作っていた。それも母が身籠っているのと同じ時期に」
急な昼ドラ展開にアンナは言葉を失う。でももし声が出たら実の息子を前にその父親を躊躇いなく罵倒してしまいそうな、それ程胸糞悪い話だ。クロードは口の端だけで笑って続ける。
「更に面白いぞ。俺は当時騎士見習いだったからな、祖父の伝手で他領の騎士に師事して作法を習っている最中だった。共に外出する事もあるから色々な人に会う機会も増えた。
だがお節介で噂好きな口さがない奴らは何処にでも居るものだ。そこで父と後妻の聞きたくもない話をたっぷり聞けた」
アンナは聞く前から想像して嫌な気持ちになっている。
「父は後妻と元々恋仲だった。だがお互い三男と三女。この先に不安を覚えた脳にマシュマロの詰まったお貴族様の端くれは考えた。手頃な相手を見つけて婿養子となって家督と領地を継いだ後、理由をこじつけて妻を放逐して後妻を迎え入れようと」
「あんたの父親最っ低ねっ!」
耐え切れなくなってアンナはクロードの父を大声で罵倒した。それにクロードが吹き出すように笑った。
「素直でいいなお前は。まぁ、今のは噂に尾ひれが付いた創作だろうが、ともかく父は母と婚姻し婿養子となってノアルの爵位と領地を取得した。そして母と祖父亡き後、以前から繋がっていた男爵家の女とそれに生ませた自分の子を家族として迎え入れた。これは事実だ。更には祖父達が取り戻し守ってきたものを踏みにじろうとしている。俺はそれが許せない」
アンナも大きく頷く。そんな話を聞いて許せるはずがない。リーナも同じ立場に立たされているのだから尚のこと、この様な男が取り入ってきたらと思って憤る。
「女神の教えはどこへ行った。純然たる愛の下に結婚したんじゃなかったのか? 結果はどうだ。父は母を裏切り続け、母のお陰で手にした物で、囲い続けた別の女と幸せに暮らしている。
祖父が死の淵に立った時には、あいつは何と言った? 曽祖父の、祖父の遺志は守っていくから安心しろと言ったんだ。だがそれは今、反故にされようとしている。
嘘ばかりだ、愛も誓いも何もかも」
そこにあるのは利用する心と打算だけだ。誓った愛も約束も虚飾でしかなかった、とアンナも頷く。
「俺が反発してるのを知っている父は、最近では家督を弟の方に譲りたいようだ。あいつは騎士にならずに経営だ経済だばかり勉強しているらしいからな。そうなったらもう、あの地は曽祖父達が守ったものじゃ無くなる。そうはさせない。俺が次の後継だ。俺が後継に相応しいと認めさせあの領地を守っていく」
だから、とクロードは紫の瞳にアンナを据え直す。
「お前が要る。お前のその王家に繋がる血と、財力、公爵家の後ろ盾を得られれば、俺はあの地を守れる。だからメレディアーナ、俺のものになれ」
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