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五十三話 誘惑に負けそう

前回のあらすじ——


一人だけまともなシチュエーションでズルしたキラキラな告白に脳が溶かされたまんまで全然考えられない!

暴れてたらぱっぱが来てお小遣い握らされて家を追ん出された。何故に?

まぁちょっと外を歩きたい気分だし丁度いっか。

と、街に出たらアイテムショップ発見!

でっかい黒胡椒みたいなストームボムが!

これがあればいつでもボムに会えるじゃん!と思ったけど値段が法外!

舐めやがって……私が最初から本気出せてたらお前なんて2個も3個も所持するなんて余裕だったんだからね! 負け惜しみがじゃないかんね!

はあ、悔しい……と悲嘆にくれてたら急に後ろから引き摺られて馬車の中に放り込まれた⁈

嘘でしょ⁈ こんな大都市の往来で誘拐……⁈

 驚くアンナと対照的に何食わぬ顔でクロードは馬車に乗り込んでくる。


「な、何してくれてんの……」


「出せ」

 クロードは御者にそう言うと座席に着いた。程なくして馬車は動き出す。呆気に取られていたアンナは馬車が揺れ出した事でやっと慌てる。


「いや、出せじゃないし! 降ろしなさいよ! 何なの急に馬車に放り込んで、この誘拐犯!」

「人聞きの悪いことを言うな。許可は取ってある」


「誰によ⁈ 私は聞いてないし誘拐OKなんて許可出す筈ないでしょ! 助けて! 誘拐されてます!」

 アンナは大声で叫ぶ。


「やめろ、本当に人が来る……」

「ほら、人が来たら困るんじゃない! 誘拐犯! 犯罪者ぁ! 助けてぇ! 売られるぅっ!」

「やめろと言っているんだ、お前のお父上に許可を頂いている。誘拐じゃない。喚くな」


「はぁ⁈ そんな許可……」

 アンナは今朝の父の挙動を思い出してハッとする。

 執拗に王都まで一人で出向く事を勧め、リーナには秘密にしろと金を握らせた挙句、謎のウィンクを2度も寄越して去って行ったあの父の顔。


「以前交わした約束がまだ果たされていないと申し上げたら、閣下の方からお前に口添えしておくからと今日を指定されたのだが、一向にお前はやって来ない。探してみればこんな所で油を売って、まだ逃げるつもりかと強制執行したまでだ」


(あの親父……私に数枚の紙幣を握らせてこの男に売ったのね……だからお姉様に内緒とか、しつこく王都に行けとか……あのウィンクは何? 逢瀬の場を作ってやった的なキューピッドにでもなったつもりだった⁈)


 怒りが瞬時に頂点に達したアンナはギリギリッと唇を噛む。


「私は聞いてませんから! そのお約束は無効じゃありませんこと⁈ こんな誘拐紛いな!」


「それはお前と閣下の家族間の連絡ミスだ。俺に責任を求めるな。仕立てに付き合うという約束は約束だ」


「それに関してはちゃんと付き合うわよ! でも連絡もないし——」

「散々している。3通は出した。それでも無視を決め込むとは余程良い躾を受けているようだな」

「無視なんてしてないわよ! 手紙なん——」


 と言いかけたアンナの脳裏にサイドテーブルに置かれたままの手紙の山が浮かんでくる。結局は1通も読んでいない。


「……あー……」

 そうだった、とアンナは自分の非に気付く。


「読んでいないんだな」

「む、無視したんじゃないわ、気付かなかったって言うか読み忘れてただけよ、色々、忙しかったし……頭の中が。大体……さ、3通もとか……しつこぉい。お父様にまでコンタクトしちゃって……そんなに付き合わせたいわけ?」


 寄越されていた手紙を読んでいない、それを無視と呼ぶのだと気付いて、勢いを失ったアンナは誤魔化そうとして挑発めいた事を口にする。クロードはそんなアンナに一瞥くれてから口を開いた。


「そうだ、と言ったら」


「は?」

 クロードがアンナの方を向いて再度言った。


「そうだと言ったらどうする」


 紫の瞳がアンナをじっと見つめてくる。いつもの様な意地悪そうで上から目線な余裕のある表情はせず、ただ真摯に真っ直ぐと。アンナはそれにハッとして目を逸らす。


「それは……やっぱり、しつこいですね……としか……」

「そうか」

 クロードはアンナの答えを鼻で笑ってから前を向いて黙った。アンナはそのクロードを横目に思う。


(誘拐紛いの手法で気付くのに遅れたけど、これってデートだ。ってことは昨日と同様……)


 そこでマティアスとの昨日のやり取りを思い出してしまい、アンナはぶんぶんと頭を振った。


(いやいやいや、昨日の様なドキドキの展開にはなると思えない。昨日のあれは親愛度がLockされてて、心からの愛だったからよ。

 今までの4人には過去ときめく一瞬が少なからずあったし、それが計らずも親愛度を溜める事になった、その結果齎されたドキドキだと思うわ。

 でも、こいつとはどう? 基本喧嘩しかしてないし冷や汗的なドキドキしかしてない気がする。例えボムの力があってもノーマルエンドが関の山、ないしバッドエンドなんじゃ……。

 そう思ったら今日は物凄く淡々と告白シーンを受け流せそう。ううん、それどころかもしもバッドエンドコースなら……)


 チラッと再びアンナはクロードを盗み見る。


(悪女エンド……狙っちゃう?)


 ふつふつっと心の中で攻略マニアの血が沸いた。他の4人の親愛度は最大、もしもこの男の親愛度がバッドエンドのライン内ならば、この男を結婚相手に選べば他の4人と密通三昧の悪女生活を送れる。


(あぁっ! 血が滾る……! 悪女したいわけじゃないの攻略マニアの私の性なの! 狙えるなら狙いたい!

 もしかしてさっきのアイテムショップも、こいつの親愛度を下げるアイテムを買わせようとする女神の見えない誘導だったんじゃ⁈ 

 くぅっ! しくじったぁ! ボムに気を取られてフラグを掴み損ねたぁっ! 

 いや、でもまだ5日あるから明日以降でもまだ間に合う……狙うか、悪女エンド。やるか、密通三昧。だってそうすれば、もう誰を選ぶかで悩まなくて——)


 そこまで考えてアンナはパァンッと両手で自分の両頬を思い切り叩いた。その突然の奇行にいつも飄々とした態度のクロードも、ビクンッと肩を震わせて驚きアンナへ顔を向けたが、アンナは自分の足先を睨んで、じんじんして熱を持った頬を両手で押さえたままで固まっていた。


(また、逃げてる。しかも最悪な形で。あの4人は真剣に好きでいてくれてるのに、悪女エンド狙うとか……そんな都合良く弄ぶような真似……。

 ちゃんと向き合うって決めたのよ。逃げない逃げない、ちゃんと考える。誰を選ぶのか、私は誰を好きなのか)


「……痛い」

「それは……そうだろうな」


(ちゃんと、考えなきゃ。そうよ、よくよく考えたらバッドエンドのこいつと結婚したら私オリジナルと同じで幽閉されるんじゃない? 王家に繋がる血と持参金が目的なんだもん。密通どころじゃそもそもないんじゃ……あれ、でもこう言う時って現実ではどっちが優先されるんだろう? 個別バッド? ゲーム通り特殊エンド? あぁ、知りたい……マニアの血の誘惑に負けそう……)


 アンナは今度は頭を抱えて唸り出す。その一連の様子にクロードが堪え切れなくなった様に吹き出した。


「さっきから何を一人で暴れているんだ……いつ会っても愉快な奴だな」


 余裕たっぷりで意地悪そうに笑う姿しか印象に無かったアンナは、その意外な笑顔に呆気に取られて、尚も笑いが込み上げるのか口許を押さえて下を向いたクロードをただじっと見てしまった。


(……意外と可愛い笑い方)

 うっかりそう思った時馬車が止まった。窓から覗くのは王都とは違う長閑さのある田舎町の風景だった。


「行くぞ」

「何処なのここ? いつの間にか遠くまで」

「ノアル領、我がノアル家が治める領地だ」

 


 馬車を降りてスタスタと先を行くクロードを追って、緩やかな坂になっている町の中を歩いて行く。両側を三角屋根を被って長屋の様に繋がった住宅に挟まれているので、道は狭く圧迫感はあるが、小窓や玄関付近に飾られた鉢植えが色とりどりで目に楽しく、この狭さもミニチュアの世界を歩いている気がして可愛らしく思えてくる。


 少し行くと広場の様な開けた所に出た。そこはサーヴィニー領や王都で言う所の商業区になっている様で、小規模ながら庶民向けの靴屋や帽子屋、鍛冶屋にパン屋まで様々なお店が並んでいた。


「お店がいっぱい」

「専門の職人が多いんだ。曽祖父の意向で我が領では職人は地代諸々が優遇されているから、居つく者が多い。田舎町ゆえに儲けは薄い店が多いだろうが、都市部に卸している店も中にはある」

「へぇー」


 正直な所、平民上がりのクロードの設定上、領地と言っても田舎の貧乏な土地だと思っていたアンナは驚いた。この店の多さと活気溢れる様子は都市部と遜色がない。


 キョロキョロとあちこち見回していると、クロードが広場の隅の方にある庶民向けのテーラーに入っていった為、アンナもその後を追った。


 誘拐紛いなことまでして付き合わせたのだから色々と意見を聞かれるのかと思っていたが、クロードは店の主人に破れた服を見せ、二、三注文を付けただけで店を後にしたので、アンナは拍子抜けしてしまった。


「……ねぇ、私ついて来る必要あった? そもそもここ貴方の領地でしょ。あの店でいいならいつでも頼めたじゃない」


 またスタスタと前を行くクロードを追ってアンナはそう問いかけた。広場を横切り、今度は緩やかな階段を下って行く。階段の下は水路になっていて、水の流れてくる方の先、遠くの方に農園があるのが見えた。


「そうだな、ないな」

 クロードは振り向きもせずにそう言って階段を降りて行くのでアンナはイラッとくる。


「ならなんで手紙3通も寄越してまで付き合わせたのよ。請求書だけ送ってくれれば……」

「それは単に口実にしただけだ。お前と話がしたかった」


 そう言うとクロードが立ち止まって振り向いたので、ぶつかると思ったアンナは慌てて止まった。2人の距離は階段2、3段分開いている為、いつも見上げているクロードの顔が近い位置にある。クロードは馬車で一瞬見せた様な、真摯な目でアンナを見てから言った。


「回りくどい話はしない。お前もその方が良いだろう。単刀直入に言う。メレディアーナ、お前の地位と財が欲しい。俺と結婚しろ」


(お、おお……ものすごい直球……もはや投げてないわね、手渡しって言った方が良いレベル)


 これがデートイベントである以上、何処かでされるだろうと思って居たが、またもこんな道端で、しかもムードも何もなく不躾なまでに直接的に求婚されて、アンナは驚くより妙な感心を覚えてしまった。


(さすがと言うか、やっぱりバッドエンドなんだ。求婚の仕方にすら愛が微塵もない。これは悪女エンドの条件が揃っちゃって魅力的だけど……迷うけど……いや、物凄く迷ってるけど……うぅっ、蠱惑的すぎる……でも、もう逃ずに向き合うと決めたから、非常に口惜しいけど……)


「……しません」

 単的に言われたのでアンナもそう単的に答えた。が、クロードは引かない。


「何故」

「何故⁈ 逆に聞きますけど今ので、「はい」って応える人いると思ってるの⁈」

 今し方返事をしかけた口でアンナはそう言った。


「嘘八百を並べて飾り立てるより余程分かりやすいだろう。俺はお前と結婚したい」

「私はしたくないですし、今後の為にももう少し言葉を飾ることを覚えた方が良いと思いますけどね。貴方が結婚したいのは私じゃなくてサーヴィニー家の血と財力でしょ。いくらなんでも丸見えすぎよ、少しは隠す努力したら?」


 呆れるアンナだったが、クロードは何故か尚も引かない。


「ならどうしたら首を縦に振る?」

「どうしたらって……それは、お互い好きだったら、じゃないの? そういう教えでしょ? この国は。そもそも貴方私の事好きじゃないんだろうから結婚なんて」

「そんな事はない」

「……嘘は並べないんじゃ無かったの? だとしても私は貴方のこと何とも思ってないから、結婚なんてしません」

「ではどうしたら好きになる?」


 なんだかいつかのコルとのやり取りの様で、アンナは返答に詰まる。特にその質問は今まさにアンナが悩んでいることだ。


「……それは、一目惚れみたいに瞬間的になることもあるでしょうし、何かのきっかけで急に気付いたり、本気で好きになってもらったら、その人のこと考えてる内に好きに……なったりする、ことも、あるでしょうし……色々でしょ」

「本気かどうかはどこで量るんだ」

「それは……」


 目安となる言葉と、跪く行為で。この世界はアンナにとって至極その判断をつけやすい。本気だと分かるから、アンナも本気で選ばなければならない。適当に選んでは失礼だ。


「こ……言葉とか、態度とかで分かるものよ。何なのさっきから、変な質問ばっかり!」

「どう飾れば効果的なのか参考にしているんだ。今後の為に。確か三十路の年上女性だったなと思って」

「まだ16よ! 恋したこともないね!」

「そうか、可哀想にな」


 クロードは鼻で笑ってまた前を向くとスタスタと階段を降りて行く。


「可哀想って何⁈ どういう意味⁈」

(可哀想って何よ、失礼ね……。バッドって告白の時点でこんな最悪だったっけ? そう大きく変わらない筈じゃ……)


 アンナが立ち止まって記憶を掘り起こしているとクロードが階段下から呼び掛けてきた。


「何をしている、早く降りてこい。送ってやる」

「あったりまえよ!」


 クロードの言い草に頭に来たアンナは大声で返して階段をドスドスと降りて行った。

折角外に出たのに何もせずにすぐ帰ろうとする引きこもりの性



お読みいただきありがとうございました。

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