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五話 愛なんてそんな物ゲージを溜めて自由自在

小学生と中学生の間くらいの恋愛感でお届けしています(それ以上は極振りしないと照れちゃって書けない)


前回のあらすじ——


じゃ、早速出会って来て

と思ったけど私も行くの? 聞いてない!

ぎぇぇっ! うぇぇっ! ムリムリ死んじゃう!

コルセットこんなに締めて、私を警戒して木に擬態するフクロウにでもするつもり⁈

苦行……苦行すぎる……

でもねぇねと白黒の出会いをこの目で見れるって事だもんね、まぁ、我慢我慢。

え? 眼鏡?

まぁ、見えるし、ねぇねが言うならドレスと厚底はミスマッチだし今日くらいはずそっかな

世界で一番可愛い? 大袈裟ね

それは主役であるねぇねの方なのに


 なんだか何処かで会ったことのあるような顔をした、愛と自由と祝福の女神像が上から見下ろす入り口に、続々と着飾った男女が飲み込まれて行く。皆澄ました顔をしているが、内心は野心に溢れているのだろう。隠すべき所は隠さないのに、ギラギラした胸の内は上手に隠すものだな、とアンナは傍観者として上から目線で思った。


(この有象無象には用はないのよ、ただの賑やかしのモブだから。攻略キャラ以外はシナリオに絡んでくる事はない。このゲームのいい所の一つは、このライバルが居ないって所なのよね。誰かを蹴落としたりハメられたりっていう競い合いが無いからストレスが無い。予定調和で退屈って思う人がいるかもしれない部分ではあるけど、そこでこのゲームを評価したんだとしたら素人ね)


「アンナ、私がずっと側に居るから緊張しなくて大丈夫よ。もし辛くなったら遠慮しないで言って頂戴ね、いつ退出してもいいんだから」


 優しく気遣うリーナを前に、アンナは礼を述べるが心苦しくなる。


(お姉様……私を気遣って下さって、なんてお優しいの……でもごめんなさい。私はワザと貴方から離れます。だって、そうしないと出会えないから)


 ゲームの序盤、パーティーで遠巻きにされ所在無さ気にしているフェアリーナの元に、白の騎士ことブロン伯爵の子息マティアスが現れる。王道の王子っぽい優男な見た目で、物腰の柔らかさと優しい笑顔で多くのファンの心を掴む攻略キャラの一人。絵里奈を落とした男だ。人好きのする笑顔でスルッと心に入り込むような会話を繰り出す、良く言えばエスコート上手で悪く言えば女慣れしているキャラだ。


 因みにこのラブ・バースト、迎えるエンディングが親愛度でトゥルー、ノーマル、バッドと三段階に変わるのだが、誰もが主人公を狙う設定上、未婚を選択しない限り親愛度が低くても結婚は出来る。その為バッドエンドでの各キャラが中々に酷い。

 このマティアスは愛の無い結婚をすると、浮気三昧で咎めた所でどこ吹く風な最低野郎に成り下がるのだ。


(まぁ、百戦錬磨の私にかかれば、愛なんてそんな物ゲージを溜めて自由自在よ。ご存知かしらこの二年やり込んできた私の特殊能力。メレディアーナ(アドバイザー)に尋ねなくてもどのくらい親愛度が溜まっているか分かるのよ)


 入り口の階段を姉に続いて昇りながらアンナはニヤッとする。


(あぁ、いよいよ始まるわ。アンナになって十六年、体感では数時間から数日だけど、ラブ・バーストしてなかった時間があるから早く攻略したくてウズウズする……私結構なコアファンって言うか中毒者だったのね。でも落ち着いて、今日は出会いに来ただけよ。お姉様に狙いを定めて頂いて、ゴーが出てから攻略開始よ。美味しい部分はゆっくり食べなくちゃ、ね)


 思わず舌舐めずりしながら、リーナと共にアンナはパーティー会場に入った。

 リーナが足を踏み入れた瞬間ザワッと会場がうねった気がした。あちこちでリーナに視線を送りながら何事か囁く声が聞こえる。リーナが進むと自然と周りの人が道を開ける。リーナはそれがとても居心地悪いようだったが、アンナはその様子に神々しさを感じて、周囲に自慢して回りたいほど誇らしかった。


(見て頂戴! あれが私の姉よ! 会場に現れただけで空気を変える、その場にいる人全ての視線を一身に浴びる、歩けば自然と道が用意されるの、これが私のお姉様フェアリーナよ! エバーラインを照らす光の妖精、地に降り立った天使、生ける女神、好きに呼んで讃えなさい! 私のお姉様を!)


 アンナは興奮して叫び出しそうになったが、目的を思い出しなんとか落ち着きを取り戻す。


(いけないいけない。進行を妨げるところだった。お姉様に一人になって頂く為に、私はここで気配を消して離れる)


 アンナは一歩後退ると深呼吸を二回してから、スッと目の中から光を消した。


(第一スキル発動! 隠遁する忍の如く(気配滅殺)


 読んだまんま極限まで気配を消して、アンナはその場を静かに離れ会場の壁付近を移動する。


(杏奈として磨かれてしまったスキルがこんな所で役に立つとは思わなかったわ。経験って無駄な物は無いのかもしれないわね)


 アンナはそのまま中央付近が見渡せる場所を探して、テラスへ繋がるガラス扉の前のテーブルで談笑する一団に近付く。


(ここならお姉様と白の出会いのシーンが良く見えそうね。楽しみだわ。第二スキル発動! ただそこにある木の如(背景擬態)く)


 ハハハ、ウフフと楽し気に談笑する男女の側で、アンナは同じ様に笑みを浮かべておく。会話にはもちろん入らないし、男女に視線を送ることもない。これは双子が外でファンと交流したり買い物をしたりしている間、気配を薄くして街の背景に同化し、人待ちをしている風に見せるなどして、そこに居ても不思議ではない、かつ居ても気に留めさせないスキルだ。


(我ながら素晴らしいスキルだわ。正にモブ令嬢として生きるに相応しい)


 自画自賛しながらリーナの動向に目を向けると、妹が居ないことに気付いたのかキョロキョロオロオロしている。


(お姉様、心配させてごめんなさい。でもこれは必要な事なんです。貴方が一人で不安そうにしてないとマティアスが話しかけて来ないから。だからお願い悪い妹を許して。そして早く私に攻略させて下さいな)


 アンナは談笑する一団の隣でニコニコとその時を待つが、リーナは不安そうに辺りを見回すだけでマティアスは未だやってこない。


(……ちょっと着くのが早かったのかしら。まだまだ入り口から参加者がどんどん入ってきてるものね。お姉様には申し訳ないけど、もうちょっと待ちましょう)


 そうは思ってもアンナもずっとニコニコ混ざったフリを続けるのに飽きてきている。今回は笑っておかなければいけないので長くなると中々にキツい。おまけに目の前には美味しそうな御馳走が山盛りになっているのに、ホホホ、アハハと笑っているだけで隣の一団は手もつけないから、アンナも手が出せず辛い。


(くそぅ、笑ってるだけで飲みも食いもしないのか、流石はモブキャラ共。賑やかしに徹するなんてやるじゃない。こんなに美味しそうなのに……誰も食べないんだったら勿体無い。そういえばパーティーなんて来ちゃって夕御飯はいつ食べれるの? もしかして今日は食べれないの?)


 屋敷に帰っても用意されないかもしれないと思うと、急にお腹が空いてきた。口の中に涎がじわっと染み出して、目が積み上がった料理に釘付けになる。


(……ちょっとだけ良いわよね。だってだって、勿体無いし、私はお腹が空いちゃったわけだし。なんと言っても私はモブキャラ、誰も見ちゃぁいないんだから)


 アンナはついに小皿を手に取り、パパパっと手早く料理を取るとパクッと一口放り込む。蕩けるような柔らかさの肉と、様々な野菜やフルーツが時間をかけて煮込まれたであろうソースが絡み合い、得も言われぬ美味さだった。


(美味しい……。そりゃアンナだって公爵令嬢、今日まで日々美味しい物は頂いてきてるし、その記憶ももちろんあるわ。でも一般庶民杏奈としての記憶が戻った今、家庭料理やジャンクフードの味の思い出がある中で、この丁寧で高級な贅沢料理を頂いたら……美味しいなんて言葉じゃ陳腐すぎて足りないわよ! なんて最高なの! こんな美味しい物を高頻度で食べておいて今まで苦手だとか言って残したりしてきたのアンナ! なんて罰当たりな子! 感謝なさい感謝!)


 アンナは皿に伸びる手が止まらなくなり、一口食べては恍惚の表情を浮かべて舌鼓を打ち幸せに浸る。ちょっと、が聞いて呆れる程、小皿に山盛りを繰り返しては平らげる。食欲魔人と化したアンナはリーナの事もここに何をしに来たのかも忘れ掛けて次々に料理を口へ放り込む。


「……っふふふ」


 不意に間近で、耐えきれずに漏れてしまったような笑い声が聞こえて、アンナは恍惚の世界から引き戻された。リスの様に頬を膨らませてフォークを咥えたまま、未だモグモグと口を動かしながら声のした方に顔を向ける。そこには銀色に近い白髪の長身な男性が、口許に手を当ててこみあげる笑いを堪えるようにしていた。


「……失礼、ご令嬢。貴女があまりにも……ふふっ……一心不乱で可愛いものだから、つい」

 

抑えきれずに笑い声を漏らすその若者の顔を、アンナは知っていて思わず呟いてしまった。

「マティアス……」


 そこに立っていたのはフェアリーナが最初に出会う攻略対象、白の騎士こと、ブロン伯爵の子息マティアスだった。口を開いた拍子に驚きで手の力も抜けたのか、咥えていたフォークがポロッと落ちた。マティアスはそれを空中で捕まえて、クルッと回して持ち手をアンナに向けて差し出す。


「私を存じ上げて頂いているとは光栄です。妖精とは聞いていたけれど、こんなに可愛らしい……ふふ、腹ペコ妖精だとは思ってもいませんでしたよ」

 

リーナに負けず劣らず柔らかな笑顔を見せるマティアスにそう言われてアンナは困惑して固まる。何故ここに現れたのか。


(なんでこの人は私に話しかけて来たの? スキルが発動してない? いえ……他の誰も私を見てもいないし、お姉様ですら私を見つけられてない。完全な背景、完全なるモブ。それがどうして……ううん、それよりも)


 アンナは差し出されたフォークに手を伸ばしながらマティアスを見上げる。口許は微笑んだままで、琥珀色の瞳が優しく見つめ返して来る。


(貴方が話しかけるべきなのは私じゃなくてお姉様。それがお姉様をほったらかしてどうして私に話しかけてきたの? 何が起こってる? こんなシーンはゲームに無かった。そもそもメレディアーナが付いて行った描写が無かったんだから。それってつまり、私は付いてきちゃいけなかったってこと? もしここに居るべきじゃない私の存在が正常な進行を妨げたのだとしたら……まだ間に合う修正しなければ)


 アンナはフォークを受け取って、口の中の物を咀嚼もそこそこに飲み込むとマティアスに話しかけた。


「ごめんなさい、急に話しかけられたものだから驚いて……馴れ馴れしく呼んでしまった非礼をお詫びしますわマティアス卿。貴方の事は、そうね、風の噂に。でも、そちらも私の事をご存知のようですけど」


 アンナは令嬢っぽく振る舞いながら修正の道を模索する。そんなアンナにマティアスはにっこり笑って応える。


「こちらこそ、お食事中に失礼を。貴女の耳に届いたという私に関する便りが良い物であったことを祈るばかりですが」


 絵里奈を落とした笑顔を間近で向けられて、アンナも多少は思うものがある。


「貴女のことは存じ上げていますよ、恐らく私に限らずどなたでもね。エバーラインの可憐な妖精、サーヴィニー公爵閣下のご令嬢」 


 アンナはハッと気が付く。この人は姉と自分とを取り違えていると。


(何処に目ん玉付いてんのよこいつ! 姉様と私を間違えるってあり得なかろうが! 妖精って言うと悪戯っぽさが強くて、お姉様は精霊って言った方がしっくりくる神秘さがあるから違うと思った? そもそもなんで私を公爵令嬢と見抜けたのよ。こんなにも完璧なモブキャラなのに)


 頭を軽く捻った時、シャリと髪飾りが音を立てた。


(あ! そうかお揃いの髪飾り! 家の紋章をモチーフにしてるからそれでバレたのか。女神の翼は王家の紋章、羽を紋章に入れて許されるのはその傍流か繋がりの深い大貴族のみ……こんなモブキャラの髪飾りで気付くとは、やるわねモテ男。でも残念ね、今回ばかりは外してるわよ)


 アンナは無言でフォークを受け取った手の人差し指をピッと立てて、遠く会場の前方付近でキョロキョロしているリーナを指差した。


「あっち」

「?」

 マティアスはきょとんとする。


「あっちなの。貴方が言ってるのは。私は妹の方、間違ってましてよ。今ならお一人だから早く行って下さいませ」

「間違い……?」


「そうよ。可憐な妖精は姉のフェアリーナのことよ。いいから早く行って差し上げて。ずっとお一人で不安そうになさってるじゃない、いつまで放っておく気でして?」

「……ええと」


 きょとんとしたまま動かないマティアスにイライラしてアンナはつい大声を出した。


「だから貴方が声を掛けるべき相手は私じゃなくてお姉様なの! 私にはまだ食べるべきお料理がたくさん残っているんで、貴方がお姉様のお相手をして頂けるかしら! これで伝わります⁈」


 ザワッと群衆の注目がアンナに向いた。


(しまった! 目立っちゃった。お姉様にも見つかっちゃう)


 スキルが解けて、探るような好奇の目がアンナにグサグサと刺さって来る。覗き込んで来るような視線が、杏奈の記憶に残った棘を掠めてチクッと痛む。アンナは視線を避けるように顔を下に向けて、料理の乗った小皿を持ったままテラスへと駆けて行った。その後ろで白の騎士が呼び止めたが、アンナは振り返らなかった。


ベタな出会いってなんだかんだ好き。


お読みいただきありがとうございました。

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