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四十八話 分身みたいな友達の話 ②

アイス食べようとしてきな粉入ってるの忘れてて盛大にぶちまけて、真夜中の為に己に対する怒りと悔しさをぶつける術を失った結果、肺活量だか腹圧だかが強すぎてくしゃみで肋骨折っちゃう人みたいに、発散しきれなかった怒り等々が内に向いてぽっきり心を折ったから充電忘れちゃってた。


前回のあらすじ——


ねぇねに対する蟠りも無くなったし、こっからはさらに真剣に自分に向き合わなくちゃ!

と意気込みつつも、暫くはねぇねといちゃラブタイムを楽しもっと

広場まで来たけど、あれ、あのシルエットって……やっぱりボムだ。

あの夜のおかげで私変われた気がしてるのに、こいつグチャグチャといつまでも煩いわね

いいって言ってんのにマジ融通利かない!

ちょっと黙って私の話聞いてくんないかな?

友達の話……だけどね

「……? ええ、伺いますが……」

 

 何故急に、と言った顔のコルを前にアンナは一つ深呼吸をして話し始めた。


「その子には天使みたいな悪魔の双子の姉がいて、ずっと比べられて否定されてきたって話したことあったでしょ?」


「ええ、憶えています」


「確かにね、お姉さんの方がとか、そういうことは言われた事もあったの。露骨に比べる様に見てくる人もね」


 アンナはチラッと陽の光を反射する運河を見る。


「その子はね、周りの人は皆、私と双子とを比べてる、何かしてると、それは双子にこそ似合う物で君には不相応だよ、って責められてると思ってた。友達にしたって、双子と話したいから私に近付くんだろうって思ってた。だからずっと影になって誰からも注目されないで済む様に逃げてきた。そうすれば傷付かないから」


 アンナは運河からもう一度コルの方へ視線を戻した。


「でもね、あの夜コルに訊かれてから考えて考えて、比べてるって決めつけてたのもずっと比べてたのも、本当は自分だったんだって気付いたの。皆が皆いっつもそんな事を言うわけじゃなかったんだろうなって今は思う。すごく卑屈になってたんだって」


 コルは黙って聞いてくれる。


「そうやって決めつけて比べられてるって思い込んで、どんどん卑屈になって自信を無くしてずっと逃げてきた。逃げた先でも、もう比べる人達はいない筈なのに逃げ続けてた。あの日コルに言われなかったら分からなかったと思う。逃げてるつもり無かったから、影として生きるのが正しいんだって思ってたから。でもそれは言われた通り、今までと同じ逃げてるってことだった」


 アンナは足下の影に目を落とす。


「抱えたままで無視してきた卑屈な心が、ずっと自分と双子を比べ続けてた。頭の中で響くその声から、目から逃げたくて、影になろうとしてた」

 

 呟く様に言ってからアンナは顔をあげた。


「周りのせいにしてたけど、本当は自分を否定する自分の心から逃げたかったんだって、だから影になろうと必死だったんだって分かったの。コルが、何から逃げてるんだって、向き合えって言ってくれたから、やっと気付けた」


 アンナはコルの淡い青色の瞳を見る。コルもアンナを見返している。


「そしたらね、見えてた物も変わった。そうだって思い込んでた物が多かったみたい。悪魔だって思ってた双子がね、そりゃぁ、暴力的で悪びれもせず人を使うし、口が恐ろしく悪いのに外見と外面だけ抜群に良い卑怯な奴らなんだけど、だけど、暗くなってた私を無理やりだけど外へ連れ出したり、色んな物を、まぁ大抵買わされるんだけど教えてくれたりして、それは全部私の事気にかけてくれてたからで、実はすっごく……好きでいてくれてたんだなって気付けた。ちょっと遅かったけどね……もう、会えないから」


 コルの瞳に反射する運河の煌めきが、双子の輝きを思い出させて目の端が滲んでくる。アンナはゴシっと目を擦った。


「あの2人、やり方が乱暴だから分かり難いのよ。もっとリーナ姉様みたいに優しく言ってくれれば、こんなに長い間……」


 滲んだ物が零れ落ちそうになってアンナは青く澄み渡る空を見上げた。


「……結局ね、私、双子の事大好きだったみたい。だから一緒に居たかったけど、あまりにも優秀な姉だから勝手に卑屈になって落ち込んで、本当は心配してくれてた双子の事も見えなくなってた。

 でも、コルのお陰でそれに気付けて、自分に向き合えたんだと思う。ダメな自分でも愛してもらえてたって分かってなんだか自信が持てた。

 比べることはこの先もきっとあるけど、もう大丈夫。だって眩しくて見てるのが辛いくらい大好きな人達が、どんな私でも大好きでいてくれてたって分かったから」


 アンナは空の青から同じ色をしたコルの瞳へ目を移して、見つめ直すと微笑んだ。


「だから謝らないでね、感謝してるの。あの夜の貴方の言葉があったから私気付けた。ここではちゃんと、自分を生きる。コルが友達になってくれて良かった。ありがとう」


「……アンナ」

 コルもほんの少し微笑んだ。ここまで黙って全てを聴いてくれたコルのその笑顔がとても優しかったので、アンナはまた泣きそうになって誤魔化す為にヘラッと笑った。


「……ごめん、友達の話だったのに途中から自分の話みたいになっちゃった。わかんないよね」


「大丈夫です。ちゃんと分かりました。ご友人もアンナもきちんと自分に向き合って、心に抱えていた物を消化できたんですね」


「うん多分。もう大丈夫な気がしてる。あの時は何を小難しい事をと思ったけど、コルのお陰!」


 アンナはそう言って笑った。コルはそんなアンナを見て微笑むと視線を足下へ移した。


「アンナは己と戦ったというのに私は……貴女にあのような事を言っておいて、まだ二の足を踏んでいる」


「コルも何か悩みがあるの? 向き合わなきゃいけない事が」


「……そうですね、向き合えた筈なのですが、最後の一歩がまだ踏み出せません」


「最後の一歩ね……。最後の最後の決断って本当難しいよね。ちゃんと考えなくちゃ……」


 はぁ、とアンナが溜息を吐いたのでコルは顔を上げた。


「まだ何か悩み事が?」


「……う……ん。向き合ったからこそ無視出来なくなった物がね。この世界の主役とかそこは置いておくにしても、少なくとも向けられた物は現実で真実だって分かってるから。あの真剣さには真剣に返さなくちゃいけないって思うから」


「……真剣?」

 コルが無垢な瞳でこちらを覗き込むのでアンナは気恥ずかしくなって運河の方へ顔を向けた。


「あー……そのぉ……告白って言うか、求婚……されてて。しかも3人も。だから、返事とか、誰と……とか考えなくちゃなって。自分の事だから……」


 それまで自分には直接的に関係の無い世界の話だった色恋の真っ只中に、放り込まれている事を自分の言葉で思い出したアンナは赤面する。


「……でも、どうしたら良いか分かんないんだよね……。そんなの、された事ないし。そもそも結婚の前に恋愛とかも……あ、コルは大人だから多少は……」


 込み上げる恥ずかしさから早口で喋ってコルへ振り向いたが、彼は胸元を握り締める様に押さえて思い詰めた顔をしていた。


「どうしたの? 苦しいの?」

 体型故の持病か心不全でも起こしたかとアンナは心配したが、コルは小さく首を振った。


「……いいえ。自分がいかに愚かで浅はかだったかと思い知っただけです」

 呟いてコルは握り締めていた手を緩めると、アンナに微笑んだ。


「アンナ、貴女が彼等の想いに向き合えば、きっと幸せな未来が待っていると思いますよ。貴女の幸せを心から祈っています」


 発せられた言葉とは裏腹に浮かべられた表情が哀しげで、アンナが不思議に思った時、ひゅうっと運河の方から瞬間的に強い風が吹いてきて、巻き上げられた髪で視界を遮られた。


「ぅわっぷ!」

「……すみません、迎えを待たせているのでこれで失礼します。会えて良かった。さようならアンナ」

「え? あ、待って、貸してもらった上着のことなんだけどさ……」


 視界を塞ぐ乱れた髪を抑えて見た時には、コルは既に背中を向けて小さくなっていく所だった。


「……あれって、コルの……だったんだよね?」


 遠ざかった背に向かって呟いたが返事があるはずもなく、コルは振り返ることなく通りの向こうに消えて行った。

この先で詰まってます。出来たら更新します。読んでくださってる方ありがとうございます。


お読みいただいきありがとうございました。



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