四十六話 大好き
前回のあらすじ——
ひぃっ! 死んだ!
と思ったけど唐突な最終回は回避できたっぽい
体感と憶測と偏見で言ってエロゲでぶち当たる陰惨なエンドは無くなったみたいだけど、なんと実は禁断のルートって百合ルートだった⁈
よりエロゲ展開した気がして鼻血出そう……
だってこんな美しい天使が甘ったるい声とエロ目で誘ってくるのよ?
こりゃぁ、行くしかあんめぇよ
そして心置きなく百合を楽しみ、影としての人生を歩み直せばいいんだから。
それでいいんだ。きっと、それが、私の……
これで良いのだ、とアンナは目を閉じて思う。
これが自分の生き方として正しい。やはり世界には、享受するに相応しい人と物というのが決められているのだ。自分にはモブとして影として生きる事が相応しいものなのだ。
と、何もかもを姉に委ねて重ねられる唇を待つ。
待っているのだが、想定よりも長い待ち時間に、あれ? と不審に思いだす。通算年齢で言ってもキスの経験が無いのでこれがスタンダードなのか否か判断がつかない。
(……え? あの距離からこんなに待つ? ちょっとしたら頭突き出来る距離じゃなかった? 普通? これ普通なの? 何か問題あったとか……それともこっちから何かしなきゃいけないの? ヤバイ、実戦経験がないからキスの作法が分からない!)
恐るおそる薄目を開けて姉の様子を窺い見ると、姉は顔を背けて俯いていた。
「お姉……様?」
思わずアンナが話しかけると、リーナは涙を溜めた目でアンナを見てから肩口に顔を埋めるように抱きついてきた。
「ごめんねアンナ」
謝りながらぎゅうっと抱き締めてくる姉に、アンナは頭がついていかない。
(あれ……え? なに? ナイフ→ 殺戮の天使⁈ → 実は百合ルート→ めくるめく百合の花園へ……で、ごめんなさいって、経緯が訳わからなすぎるんだけど……やっぱり何かしなきゃいけなかった? 私のせい? キスってどうやるの⁈)
このまま禁断の百合ルートへ進んで2人で堕天するつもりだったアンナは、姉の行動に驚きを隠せず頭の中がプチパニックになる。
「お姉様……どう、しちゃったの?」
リーナは問い掛けに頭を振って涙を零すとまた謝罪を口にした。
「ごめんね……アンナ、ごめんね」
むむむ、とアンナは益々分からなくなって眉を顰めた。理由はわからないがリーナが泣いているので、一先ず慰めようと背中をさする。
「……泣かないでお姉様。何か分からないけど……お姉様が泣いてると私も悲しい」
「……そうね……ごめんなさい。ダメな姉ね、本当に……」
リーナはそう言って抱き締める腕を緩めると少し身体を離してアンナの目を見た。
「分かってたの。貴女は優しくて、いつもそうだから。こんなことを言ってもきっと、頷いてくれるって……分かってて、貴女を縛り付けるような事を言ったの。ごめんなさい」
直前まで妖艶さすら感じさせた薄緑の瞳が妖しさを消して、元の純粋さを湛えた透き通る宝石に戻っている。そして朝露の様なこれもまた透き通った雫を、つうっと一粒零した。
そんな場合で無いのだろうが見惚れてしまう程美しい。
「怖かったの……。お父様もやたらと結婚の話を持ち出すし、アンナももう16で、いつか誰かの下へ行ってしまう日がすぐそこに来たんだと気付いて……」
ぽろぽろと雫が頰を伝って滴り落ちる。こんなに絵になる泣き姿があるだろうか。
「何処に行くにも何をするにも、ずっと一緒に居たから……それが変わる日が、もうすぐそこに来てるんだって……思って……」
何粒も何粒もキラキラの雫が零れ落ちる。アンナはその輝きに目を奪われる。
「アンナも最近……何も教えてくれずに一人で出掛けたり、一緒に居ても気付くと居なくなったりして……はっきり距離を置かれたようで……私から、急に離れて行ってしまうんだって……こんな風に急に、隣から居なくなるんだって思って……変わっていくのが怖かったの」
リーナは後から後から溢れてくる涙を拭いながら心の内を吐露する。涙を拭うその仕草すら可憐で、この美しい天使と堕ちる百合の世界を想ってアンナはぽーっとしてしまう。
「貴女をもちろん愛してるわ、ずっと一緒にいたいのも本音よ。でも私のものにしたいとか、好きにしたいなんて思ってないわ。貴女は私の大事な妹。今まで通り変わらずにいて欲しかっただけ……ごめんね、あんな事を言って……」
完全にリーナに心酔していたアンナはその言葉に、なにぃ? と真顔になってリーナを見上げた。
心には完全に百合が咲いていたのに、それが急速に萎れていくのが見えた。
「突然おかしな事を言い出した私を突き離さないでくれてありがとう。貴女の優しいところが大好きよ、甘えてばかりの姉でごめんね」
リーナがもう一度アンナを優しく抱き締めたが、アンナは微塵も嬉しく思わず、ただ呆然としてされるがままでいた。
(え……? 失敗、し、た? 百合が散って……禁断の百合ルートが……受け入れちゃいけなかったの? 拒否するも無理やり——きゃっ! な展開が正解だった? え、やり直したい、やり直したい……あぁ、待ってお姉様……もう一度、やり直させて!)
心の中で叫ぶが姉には届かず、リーナはアンナから身体を離すと、涙のやっと止まった目を軽く擦って笑いかけた。
「……ありがとう、もう落ち着いたわ。本当にごめんなさい」
いつもと同じ柔和な微笑みに、完全に耽美な世界が霧散した事を悟ったアンナだったが、攻略マニアの血がその世界の欠片にしがみつかせる。
「そんな……お姉様、私、本当に、お姉様がお望みなら、堕天するのも——」
「アンナ……貴女って本当に優しいのね。いつもそう。私の事を優先してくれる」
「それは当たり前よ。だって私はお姉様の影……の様な存在なんだから、お姉様の為に生きるのが使命みたいなものだから」
「同じ様に思い合ってるのね私達、嬉しいわ。でもねアンナ、いいのよ、そんな風にいつもいつも私の都合を優先しなくて」
食い下がるアンナにリーナは優しく諭すように答える。
「都合とか、そんな、私は本当に——」
「貴女は優しいから、いつだって私に先を譲って、私のしたい事に付き合ってくれる。まるで従僕みたいに。さっきのもそう。あんなおかしな願いを貴女は受け入れてくれようとした。きっと私がいけないのね、貴女の事を守るつもりで本当は縛っていたんだわ」
「縛るだなんて、そんなこと——」
「私はねアンナ、貴女を従えたい訳じゃないの。貴女と出来るだけ沢山同じ時間を過ごして、同じ物を見て経験して、一緒に笑って時には……泣くかも。そうやって隣で対等に笑い合っていたいのよ」
「……対等って……それは……」
無理な話だ、とアンナは思う。
姉は主役で自分はモブ。同じ場所には立てないのだから。例え立てたとしたって姉の輝きの前にはどうあっても影に沈む。隣に並ぶには相応しくないのだから。
「……いいのよ、私は影で。お姉様の側に居られればそれで。従僕でいいのよ、やることは何も変わらないじゃない」
「私は嫌よ、そんな妹」
嫌、と珍しくはっきり否定の言葉を使ったリーナに軽く驚いてアンナは姉の顔を見た。瞳と髪の色が異国感を漂わせるが、その顔は姉の双子そのものだった。
「ずっと、ずっとずっと一緒にいたの。同じ物を見て聞いて一緒に楽しんで。それなのにいつからか距離を置くみたいに貴女はどこかよそよそしくなった。急に眼鏡を掛けたり、何をしてても一歩引いた様な態度で……私の事嫌いになったのかなって思ってた時もあったわ」
「嫌いになんてならない! 大好きよ!」
リーナと双子が重なって見える。声もそっくりなリーナの言葉が双子の言葉に聞こえる。
「じゃぁ、どうしてそんな態度を取るの? 私貴女が生まれた時、妹が出来て心から嬉しかった。うんと可愛がって、お揃いの服を着て出掛けて、一緒に楽しい事を沢山しようって思った。でも、いつからか貴女はいつも少し後ろを歩く様になって、いつか振り向いたらいないんじゃないかと思って不安で、縛る様に側に……隣で一緒に笑っていて欲しかったのは私だけだった?」
「そんなことない! 私だって……」
隣にいたかった。並んで笑っていたかった。けれど心に刺さった小さな棘が、抜けることなく段々大きくなって杏奈の心を卑屈にさせた。変わらず輝く姉の姿が眩し過ぎて隣に居るのが辛かった。
いつしかその隣に居るのは相応しくないと思うようになる程。
「でも……私とお姉様は違うから……一緒に居るのは相応しく——」
「違うのは当たり前でしょう? 私と貴女はどんなに似てても別の人間なんだから。私は私、貴女は貴女よ。それが相応しくないってどういう事か分からない」
違うことは分かっている。姉になれないことも分かっている。それでも比べてしまうから苦しくて、影になって自分を誤魔化した。そうして卑屈な心を抱えて、どうして隣で笑えただろうか。
「相応しくないの、私じゃお姉様の隣には! 釣り合わないの! 何をしてもどんな事でもお姉様には一段も二段も劣るんだから」
あれが違う、ここが違う、姉の方が、姉なら出来る。
そうやって卑屈になっていっても姉は変わらず笑いかけるから、隣に居るだけで苦しさが増していく。この笑顔に同じように屈託なく笑い返せる自信がない。
姉のせいじゃない、卑屈な自分のせいだと分かっているから、比べられる必要のない場所へ、影となって自分を誤魔化す。それでもどうしても、姉の側を離れられはしないから。
「釣り合わないって何? 誰が決めたの? 私が貴女に隣に居て欲しいのに、貴女以外の誰の意見が必要なの? 劣ってるなんて自分を卑下するのはやめて。何処かの誰かが何を言おうと、私は貴女の事をこの世界で一番可愛いと思っているんだから。貴女を貶める人がもしも居るなら私がその人から貴女を守るわ。心ない言葉で傷付いたならその言葉の何倍も、その傷が癒えるまで何度でも言うわ、貴女のことが大好きって、自慢の妹よって」
「……でも……」
姉の言葉に胸に何かが込み上げる。これ以上喋ったら溢れ出てしまいそうでアンナは言葉を飲み込んだ。
「貴女が悲しい顔をして俯いていると心配なの。どうにかして救い出してあげたいって思うの。美味しい物を食べたら、楽しめる所へ行ったら、一緒に趣味に没頭したら……足下の影ばかり見ている貴女を明るい所へ連れて行ってあげれば、いつかまた小さい頃の様に、心に何の蟠りもなく隣で笑ってくれるんじゃないかって思うの。だって貴女が笑ってくれなくちゃ私の世界は翳ったままだから。アンナの笑顔が私の世界の光よ! 貴女が大好きなんだから!」
目の前に立つリーナが急にぼやけて、焦点を合わせようと瞬きするとボロボロッと目から雫が溢れ出た。胸に押し込めて来た物が、姉の言葉に押し出されて涙に変わって溢れてくる。
「私……隣に……一緒に、いて良かった……? こんな、私で……」
並び立つには相応しくないと、姉もきっとそう思っているんだと思っていた。だから執拗に行動を共にする姉に、違いを論う為にわざと側にいるものと思い込んで来た。
けれど思い出す姉は、人をアゴで使うし暴力的で絶望的に口汚かったが、杏奈の容姿を貶めたり低能と蔑んだりはしなかった。
唯一手で口で狙うのは顔を隠す為に掛けた眼鏡だけで、杏奈を連れ回して振り向く双子はいつだって眩しい笑顔だった。
「当たり前でしょう? 大好きな妹なんだから」
にっこり微笑んだリーナの瞳からも涙が零れた。
何処に行くにも一緒に、何をするにも三等分。ずっと隣で対等に杏奈と一緒にいてくれようとした姉の姿がやっと見えた。
「お……ねえ……ちゃ……」
アンナが手を伸ばすとリーナも応えて、姉妹はぎゅうっと抱き合った。
比較し続け卑屈になって、何もかもを不相応だと責め立てたのも、姉もきっとこんな自分を疎んでいると決めつけていたのも全部自分だった。
端から並び立つものではないと示し納得するため影に徹したのは、眩しさに卑屈な心が膨らもうとも、それでも一緒に居たかったから。どんなに苦しくたってあの輝きが、姉が大好きだったから。
ここまでずっと逃げ続けていたものに漸く向き合って、やっと刺さった棘が抜けた気がした。姉はこの世界でも相変わらず眩しいから、きっとまた比べて卑屈になる事もあるだろうけれど、もうこんな風に影に隠れなくても大丈夫だと思える。
「ねぇ、アンナ。私達を知らない誰かの世界では私達ってその他大勢だけど、私と貴女の世界ではお互い大切な存在なの。だから貴女は、貴女として笑って生きてね。そうしたら私も幸せ」
「うん……。私も、お姉様が笑ってたら幸せ」
何故なら、お互いがお互いを照らすように思い合い、こんなにも愛されていたのだと知れたのだから。
頭が良くなったら作り変えるかも、頭が良くなったら。
お読みいただきありがとうございました。
ストックがあと1本で、予定ではそのあと5本くらいで畳み切れる事になっています。予定。




