表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/62

四十一話 何言ってんの

構造が脳内で迷路で迷走


前回のあらすじ——


優しさに感謝して来ちゃったけど始まる前から後悔……シナリオ進めてどうするんだろ? 

しかもわざわざ会いに行こうとか、無駄に会いたくないのにやってくれるなこのガキは! また! その目! 尊い!

深く考えたり暗黙の了解として突っ込んじゃいけない構造をした訓練場の薄暗い通路を進んで橙に会いに行くけど……

あれ? なんか、雰囲気が……?

嘘でしょ、なんで? このイベントって変化球じゃなくて、ド直球だった⁈

 アンナは真っ直ぐに見つめてくる深緑の瞳を、ただただ見つめ返すだけでせいいっぱいだった。姉の為にある物だと、この期に及んでも思っている物が今、アンナの目の前で展開されている。


 真剣な眼差しの深緑がブレる事なくアンナを中央に据え続け、きゅっと引き結んだ唇が、想いの強さと迷いの無さを窺わせる。けれどアンナの右手を頂く様に包んだ両手が微かに震えていて、ジェレミアの中に僅かある緊張と不安を感じ取らせた。


 そこにあるゲームでは描かれないリアルさに、いま現実に起こっている本気の求愛であるとの証左を突きつけられた気がした。


 この人が口にした求愛は、紛れもなくアンナに向けられている。そう思うに十分すぎるものだったが、まだ何処かで必死に否定している自分がいた。


 状況を理解している頭と、受け入れられないのにドクンドクンと大きく脈打つ心がぶつかり、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられて言葉を発せないでいると、ジェレミアの真剣で強い眼差しが緩んだ。


「……いいんだ、返事は今じゃなくて。結婚出来るのも5年も先だし。でもさ……」

 ジェレミアがゆっくり立ち上がった。


「来週のあの舞踏会で俺はアンナを必ず見つけるから、そうしたら……」


 そして正面からアンナと視線を交わらせると、唇を軽く尖がらせて今までとは違う甘えた声で言った。


「俺を……選んでね?」


 強い光の宿っていた瞳が緊張が緩んだのか少し潤んで、隠していた不安が表出した様に眉根を軽く寄せている。先程までの大人びた表情と打って変わって、庇護欲をそそる子どもの表情で甘えた様な態度を見せるジェレミアの、大人と子どもの間を揺らいでいる絶妙な曖昧さに、アンナは心を揺さぶられた。


 来週の舞踏会、ジェレミアの言ったそれが最後のイベント。


 それは年に一度だけ王宮で開かれる仮面舞踏会で、結婚を反対されたとある2人の愛を証明する為に、女神が会場にいる全ての人を全員同じ姿に変えてしまった、という逸話がある。


 誰が誰か見分けもつかない中、2人だけはお互いの事を見つけ出しその愛を証明したと言う、童話としても幼い頃から親しまれているその逸話から、パートナーになった二人は永遠に真実の愛で結ばれると言われ、ゲーム内最後にして最大の婚活パーティーとして位置付けられている、この国の者なら誰でも知っていて、そして憧れている舞踏会だ。


 その設定通り、ゲーム的にも相手が誰か分からない様にする仕掛けがあって、親愛度がより高い者をパートナーとして選び易くなるよう設計されている。未婚やバッドを選ぶ気がなく、ストームボムや女神の風切羽といったアイテムで小細工をしなければ、ここで選んだ相手=結婚相手になったようなものだ。


 それに自身を選んで欲しいと、大きな猫目の瞳を艶めかせて上目遣いで哀願するジェレミアの姿に、アンナは胸が締め付けられる思いがした。こちらこそ守ってあげなくてはと思わされて、口から勝手に、はい、と漏れ出てしまうかと思った時、歩いて来た側とは反対から人影がやって来た。


「ジェレミア?」


 その声にアンナとジェレミアは同時にそちらを向いた。現れたのは鎧を着込んだライオットの弟だった。


「リオネスさん!」

「観に来てくれたのか」


 どうやら弟の方とも知り合ったらしいジェレミアは、アンナヘと一度向き直り軽く微笑むと、

「必ず見つけるから」

 と言い置いてリオネスの方へ走り寄って行った。


 完全に子どもの顔に戻ったジェレミアを眺めながら、アンナは押さえた胸の治まらないドキドキに耐えかねて、

「さ、先、戻るね!」

 と絞り出した言葉を投げて、元来た道を走って去った。


 走って走って通路を抜けてもまだ走って、十分にジェレミアから離れたと思える所まで来て、アンナはようやく止まるとその場にへたり込んだ。石造りの壁と床はひんやりと冷たい。


「なんで、こんな所で告白……オリジナルでは家で主人公と舞踏会の練習してる時にするんでしょ、それがなんで……」


 思いがけない場所で思ってもいなかった人物から、心の準備もないままに求愛されてアンナは酷く動揺していた。


「しかも……しかも、跪いて……。なんでよ、いつ? ジェレミアとの接触なんてほんの数回……それでなんでLockされてんのよ」


 Lockとは、コアファンの間で親愛度がMAXまで溜まった状態の事を指す言葉だ。カンストとかMAXと呼ばないのは、最大値まで親愛度が溜まると会話や相互作用の影響を受けなくなって、この先下がる事が無くなるからだ。


 相互作用も加味した上で一点集中すれば最大値まで溜めるのは難しすぎる事もない——ここがコアファンと一般ユーザーとの認識の違いとは前者は気付かない——ので、このLock機能を上手に利用して別のキャラを攻略し、マドンナエンドや決闘エンドなどに持ち込むのが攻略マニアかつコアファンとしての腕の見せ所だった。


「しかもご丁寧にLock状態のキャラと結婚すると、エンドロールが普通じゃ見れない結婚式の映像に変わるのよ。こういう細かい所でもこのゲームを評価して貰いたいのに、俄かが、やれ面倒なシステムだ乙女ゲームに求めてないシステムだと叩くから……ま、だったらキャラ増やせには同感だけど……って、違う違うそうじゃない! 

 Lockってことは満タンって事で、それは当然当たり前にトゥルーエンドなわけで、トゥルーエンドっていうのは、つまり、つまり……」


 アンナは両手で頬を押さえた。


「心からの、真実の……愛……」

 

 口に出して確認すると一気に現実感が追いついて来て、アンナの押さえた頬は真っ赤に染まった。


 財産や血筋狙いじゃない、ただただ純粋な心からの愛を、真剣な眼差しで震える手で、飾らない直球の言葉でもって彼はアンナに向けたのだ。


 そう理性も感情もしっかりと捉えているのに、まだ何処かで違うと否定する声が聞こえてアンナは頭を振った。


 ふさわしくない、勘違いをするな、それはお前の物じゃないと責め立てるこの声はどこから聴こえて来るのだろうか。


『貴女に向けられたものは、真実、貴女の為のものですから』


「……分かんないよ……そんな風に思えないんだもん……」


 アンナはひんやりした壁に凭れて火照った顔の熱を落ち着かせると、ハァと一つため息を吐いて立ち上がった。


「……戻ろう。お姉様待ってる」


 くるっと来た道を振り返るも、全く通った覚えのない道と、何処にどう繋がっているかも分からない四方に広がる通路を前に立ち尽くした。


「……え? ここどこ?」

 


 この訓練場は円形、恐らく壁に沿って行けば出口もしくは通った道に出るし人にも会うだろうと思っていたが、一向にそのどちらにもぶち当たらないのでアンナは愈々溜息を吐いた。


「何処ここ、いつの間にか地下とかに来ちゃってて壁沿いに歩いてたんじゃ一生出れないとか?」


 ぼやきながら通路の角を曲がると、ようやく鎧を着けた人影を見つけた。やっと出れる、そう思って近づくが、アンナは何かに気付いてバッと近くの武器や鎧が置いてある小部屋に身を隠した。


 あの目立つ色味の鬣の様な髪を後ろで一纏めにした大男。そこに居たのはライオットだった。


(よりによってあいつとは……やだやだ、無駄に接触してこれ以上進展させたくない)


 先程のジェレミアの告白を思い出して胸が鳴った。ライオットとも接触を繰り返していてはいずれは求愛シーンまで進んでしまう。


 イベントは起こさずとも最終日は迎えられるのだから、告白に繋がる接触をこの先極力避けたかった。相手が誰であろうとあんな求愛を何度も受けたら多分心臓が耐えられない。


(早くどっか行きなさいよ、出番はまだなの何してるの?)


 戻ろうにも隠れてしまって出るに出れなくなったアンナは、チラッと部屋の影からライオットの様子を窺った。そしてあまりの驚きに思わず声をあげてしまった。


「はぁっ⁈ あんたこれから出番なんじゃないの⁈ 何お酒飲もうとしてんのよ⁈」


 キャップを取って傾けかけたスキットルを口許で静止させて、驚いた表情でライオットがアンナの方へ振り向いた。しまったと思ったがもう遅い。


「……お嬢ちゃん。何してんだこんな所で」


 ライオットがアンナと気付いて近づいてきた。アンナは観念しておずおずと隠れた小部屋から身を現した。


「……ジェレミアに招待状くれたでしょ? それで一緒に観に来たの」

「あぁ、そうだったか。だが何でこんな場所に? 厩舎から騎馬を引き込む通路だから、お嬢ちゃんの用があるとは思わんが」


 ライオットが笑いながらアンナの側までやって来た。


「……迷っちゃって、戻れなくなっちゃったの」

 神出鬼没のあの人みたいだと思いながら、アンナは恥ずかしそうに言った。


「そうかそうか、確かに同じ様な造りの通路ばかりで分かりづらいな、ここは。向こうの奥に扉があるだろ? あれを真っ直ぐ行った先が控え室に繋がってる。そこから外に出られるぞ」


 ライオットはぽんぽんと鉄甲を着けた手でアンナの頭を軽く叩いて、出口を教えてくれた。すぐに去ろうと思ったが、彼が手に持ったままのスキットルが気になって、つい聞いてしまった。


「ありがと。ねぇ、それ……お酒でしょ? 試合前に飲んでいいの?」


 酒豪な上にバッドでは酒乱と知っていたが、大事だろう試合の前にまで我慢出来ずに飲むとしたら依存症まで疑ってしまう。


「ああ、そうだな、ウィスキーだな。飲むのは……良くないな」

 ライオットはそう言って手にしたそれを何とも言えない表情で見た。


「……じゃぁ、我慢出来ない程お酒が好きなの?」

「酒は好きだが……我慢出来ないってことはないな。騎士の精神力を侮るなよ?」


 ニヤッとふざけて笑うライオットに、何かを誤魔化している気がして何となく引っかかる。


「ならなんで? あ! もしかしてお酒がないと怖くて戦えないとか?」

 もしくはパワーアップする超展開になるのかもしれない、とアンナは後者にはちょっと期待する。


「ハッハッハッ。それこそ舐めてくれるなよ? 俺の二つ名を知ってるか? 槍の赤獅子は伊達じゃないんだ、負けた事はない。酒になど頼らずともな」


 わざとらしく得意げに笑ってみせたライオットを大口を叩く自信家と思わなかったのは、重厚な鎧を身につけたその姿が過信など寸分もなく、言葉通り負けなしなのだと納得させるだけの雄々しさに満ちていたからだろう。


「……だったら尚更、なんで飲むのよ」

 アンナがそう追求すると、ライオットはバツが悪そうに笑った。


「……負けないから。だからその為の言い訳に、だな」


 言葉の意味と理由が繋がらないと顔に浮かべたアンナを見て、ライオットが続けた。


「普通にやったら負けない。だから普通じゃなかったと言い訳したい。その為に飲むんだ」


 はぁ、と溜め息を吐いてライオットは頭を掻いた。


「え……それって、負けたいって……こと?」

 騎士としてその強さを内外に示すチャンスのこの競技会で、この男は負けたいと言った。


 それどころか先日オラジェ家の跡取りとして騎士団に入る事は当たり前で、強くある事は誇りだと言った男が、理由を作ってまで負けようとしている。益々理解出来なくて困惑の色を隠せないでいると、ライオットが困り顔で話し始めた。


「……次の試合で当たるんだ。弟のリオと。親父ももう70が見えて来て、俺が爵位を継ぐ日も近い。リオもいずれはあの家を出て行く。そうなった時の為にも、あいつには騎士団員であり続けて欲しいと思っててな。たとえ過去の事であっても、褒めそやされる功績の一つでもあれば、簡単に退団って運びにはならないからな」


 困り顔のまま笑顔を作ったライオットをじっと見て、アンナは彼の言葉を混乱気味の頭の中でまとめ合わせる。


「……つまり、弟を勝たせる為に、わざと……負けたい……の?」

 恐るおそる訊いたアンナにライオットは困った顔を向けて笑った。


「……そうだ、その通りだ。俺はあいつに勝ち進んで騎士団に相応しい力を持っていると示してほしい。万全でないとはいえ槍の赤獅子すらも下す力があるんだとな。俺は踏み台となって、あいつにこの先も騎士団員であれる様な功績を残させてやりたい。だから飲む」


 ハハッと笑ったライオットにアンナは頭が冷たくなって、代わりに体が熱くなるのを感じた。


「……何言ってんの?」

テンポ! テンポ!


お読みいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ