四話 この世界の誰よりも貴方が一番可愛いわ
ファンタジーですよと強調したいが為に履かせたアレ
前回のあらすじ——
時は戦国、群雄割拠の……
なんちゃってうっそーん!
最近まで戦争してたけど今は平和になったここリーベルビューネのエバーライン王国。
平和は良い事だけど、そのお陰で皮肉にも国を支えてくれた騎士が困窮してきてる!
このままじゃ国も弱るし、暴動起きるかもどうしよう! あ、そうだ! 婚活させよ!
と始まったこの世は正に大婚活時代。
その中で王家の血に繋がる公爵令嬢のねぇねは最高峰の結婚相手。
誰も彼もがねぇねの事を狙ってる!
そんな状況で殿方の囁く愛が真実なのか信じられない可哀想なねぇね。
やぁん、任せて大丈夫!
ねぇねのことは私が必ず幸せにしてあげるから!
長ったらしい世界観の説明が終わる(スキップ)と、フェアリーナが憂鬱そうな顔で不本意ながら婚活パーティーに参加するところからラブ・バーストの本編が始まる。
このパーティーで出会えるキャラは二人。サブタイトルにもなっている主要キャラクターの白と黒の騎士だ。双子の推しのこの二人を、アンナはプレイ十回中九回くらいの割合で繰り返し攻略させられてきた。
双子と瓜二つのフェアリーナのことだから、恐らくどちらかに恋するだろうとアンナは踏んでいる。二人の攻略手順はもちろん完璧に頭に入っている。今日のパーティーは攻略対象として認識する為のものだから、とにかく出会ってきて貰えばいい。勝負はその次からだ、とアンナは思っていたのだが、
「いやぁぁぁっ! もう無理ぃいぃぃっ! やめてぇぇぇっ! 折れてる潰れてるぅぅうっ!」
「何言ってるのアンナ! まだ全然締まってないのよ。もうちょっと絞るから息止めて!」
柱に掴まって泣き叫ぶアンナの背中を片足で押して、フェアリーナはアンナのコルセットをこれでもかと締めあげる。
(お、鬼、悪魔がいる……お姉様の中に双子が見える。なんでこんな事になっちゃったのよ)
遡ること一時間ほど前——
「……へえ? 私も行くの?」
アンナは思ってもいなかった事を告げられて虚を突かれ、素っ頓狂な声を出した。
「当たり前だろう。お前ももう十六なのだから、早いうちから社交の場に出て良い相手を見つけておいた方がいいに決まっている」
「いいです、私は、モブキャラなんで」
「私はリーナもアンナも同じだけ心配しているんだ。特にお前は次女でこの領地を分け与えてやることも出来ないんだから、良き伴侶の元へ嫁いで行って欲しいのだ」
女って時代や信仰とかそういうもので簡単に身の在り方を左右されてしまう生き物なのね、と民主主義の近代国家で個人の主権と自由を一応は守られてきた身のアンナはそれを肌で感じて嫌そうな顔をする。この世界の女神が司っている自由とは一体何なのか。そこへリーナが諭すように話しかける。
「アンナ、さっき私に言ってくれたじゃない。選択肢を広げなくちゃって。それはきっと貴方にも言える事なんだわ。何もこのパーティーで相手を決める訳じゃないもの、場に慣れる為に雰囲気を味わえばいいだけよ。なんて、さっきまで行き渋っていた私が言うのも変かしらね」
自嘲するリーナがあまりに可愛いものだから、アンナは簡単に絆されて渋々パーティーへの参加を受け入れる。
「……わかったわ。お姉様と一緒に行く」
「良かった! アンナが側にいてくれれば心強いわ。本当はちょっと一人で行くのが怖かったの。ああいう場は何度行っても慣れなくて」
リーナがいたずら妖精のようにはにかんでみせ、アンナはキュンとしてしまった。この笑顔のためならば何でも出来ると改めて思い、攻略に全力を注ぐと意気込んだのだが……
「ふぅ、こんなものかしら。アンナどう? もう少し締める?」
「も、いい、です。やめて」
コルセットを着けるだけで早くも気概を無くしかけている。呼吸をしても胸骨もお腹も締め上げられているので全然身体に空気が取り込まれていかない。
「さ、ドレスを着ましょう! 何色がいいかしら……あ、先にお化粧もしなくちゃ。眼鏡外してね」
甚く楽しそうに妹を飾り立てるリーナに身を任せ、息も絶え絶えなアンナは考える。
(パーティーにメレディアーナが付いていく描写なんて無かったと思うんだけど……フェアリーナは一人でパーティーに行って、高嶺の花すぎて遠巻きにされて所在無げにしているところに……って流れのはずでしょ? それとも描かれてないだけで実は付いていったのかしら? 辛うじて名前はあれど立ち絵すらない、本質的にはモブキャラだから省略された可能性はあるけどそういう事? まぁ、でもいいわ。パーティーに同行すればお姉様と白黒の出会いを間近で見られるって事だものね)
「出来た! どう?」
手鏡を目の前に差し出されアンナの意識は現実に戻ってくる。鏡の中には丁寧に化粧を施された見慣れない少女が写っていた。
(そっか、これが今の私か。こんなしっかり化粧すること今も以前もあんまり無かったから違和感……。でも、杏奈の時と顔自体は変わってない……かな? 髪色は流石に変わってるけど。外国感あるアッシュ掛かった金色でリーナ姉様より幾分か暗めね。瞳はお姉様と同じ薄緑。でも星の数が違うわね、キラキラが足りない感じ。肌は色白ではあるけど、透明感はお姉様程じゃないわ。けどラッキー、肌荒れは治ってる)
「とっても可愛いわアンナ。髪型もお揃いにしたのよ。もちろん髪飾りもね」
サイドの髪を編み込んで後ろにまとめてハーフアップにしたところを、サーヴィニー家の紋章に描かれている羽をモチーフにした、シャリシャリと揺れる髪飾りで留めている。リーナと同じ髪型、同じ髪飾り。
(お揃い、ね……それが一番辛いのよ。だっていくら身なりを揃えても、絶対的に何かが違うんだもの。似せれば似せた分だけ突き付けられるのよ、自分が圧倒的に質の低い下位互換だって。こんな残酷な事ないわ)
アンナは杏奈であった時を思い出す。幼い頃よく両親は双子と一緒に杏奈にもお揃いの服を着せた。当時杏奈は大好きな姉達と三つ子になったようで嬉しかったが、人に会う度に段々と思い知ったのだった。同じ物を着て、同じ髪型をしていても姉と杏奈では何かが違うことに。
『まぁ! 本当お人形さんみたいに綺麗な双子ちゃんねぇ、溜息出ちゃう』
『あら、妹ちゃんもお姉達ちゃんとお揃いしてるの? 可愛いわね』
『こんなに色素が薄いなんて外国の血でも流れてるんじゃないか? 今からこんなに綺麗だと逆に心配で気が気じゃないだろう。この先悪い虫がつかないか』
『杏奈も将来お姉ちゃん達みたいに綺麗になれるように頑張るんだぞ。でもそうするとパパの心配事が増えるから、そのままの方がいいのかもな』
アンナは小さく溜息を吐く。棘が刺さったままで忘れようにもチクチクと痛む記憶も引き継ぐなら、チート出来なくて良いから純粋にニューゲームで良かったのに、と。
「さっ、ドレスに着替えましょ! 悩んだけどイエロー系はどう? アンナの愛らしさと明るさに合ってると思うの!」
姉は終始楽しそうで、少し沈んだ気持ちになっていたアンナはその姿に癒される。
(杏奈の記憶はあるけれど、でももう気にすることないわ。だって私は今、乙女ゲームの主人公の妹メレディアーナなんだから。やるべき事は決まってる。頼れるアドバイザーとして愛するお姉様の幸せな結婚の為に全力で黒子に徹するだけよ)
そう闘志を再度心に燃やした時、バサッと重たい布を渡された。
「おっもぉい! 何これ?」
「何って、ドレスよ? どうしちゃったのアンナ、正装してパーティーに出るのが初めてだからって今日はちょっと変よ? ぶつけた所がやっぱり良くなかったんじゃ」
「頭は、全然平気よ。ただちょっとすっきりし過ぎちゃって、何もかも新鮮に映っちゃうだけ。こんなにバサバサふりふりしててリボンもレースもごしゃあって付いてるんだから重いに決まってるわよね。知ってたわ、知ってた……待って、これ歩くのも大変そうなのにどうやってトイレに行けばいいの? スカート持ち上げられそうに無いし、下着だって……」
「そんな心配しなくて大丈夫よアンナ、何のためにエロ下着があると思ってるの」
「は? エ……? いや、もう名前に用途が組み込まれてるんだから、その為にあるんだと思いますが……それよりお姉様の口からそんな言葉が飛び出たことが衝撃で……」
「さ、早く履き替えて。パーティーに遅れちゃうわ。御手洗いには大抵お手伝いがいるから心配しなくて大丈夫よ」
守るべきところを守ることを放棄した小さな布切の紐を両手で摘んで広げてみせて、パーティーを嫌がっていた事が嘘のようにリーナはにっこりと天使のように微笑んだ。
ガタガタ揺れる馬車に乗って今夜の婚活パーティーもとい交流パーティーの会場、王立会館へ向かう。着ける意味が無いに等しい下着に落ち着かず、ふんだんにフリルの付いたパニエで重く嵩張るスカートがただでさえ狭い馬車の中をより窮屈にする。おまけにぎゅうぎゅうに締められたコルセットで息苦しい。
(こんなに大変な思いをするなんて……これは想定外だったわ。上流階級の暮らしも楽じゃ無いのね。皆こんな苦行に耐えて、大事な所を隠しもせずに澄ました顔して優雅を演出してるんだから)
尊敬しちゃうわ、とアンナはパーティーが始まる前からぐったりした顔で姉を見る。姉は同じ苦行を経ているはずなのに、狭い馬車の中でも優雅で嫋やかだ。
「もうすぐ着くわね。アンナ緊張してるの? なんだか顔が疲れてない?」
「ちょっとだけね」
リーナに心配されてアンナはいけないっと気持ちを入れ直す。
(ゲームの序盤とはいえ気は緩められないわ。白と黒の二人とは絶対に出会えるけど、問題はお姉様が気に入るかどうかだもの。双子は推しのアイドルが熱愛発覚したとかで精神状態に揺らぎがあった時にだけ他のキャラに行ってたけど……お姉様はどんなタイプが好みなのかしら。しっかり観察して確認しなくちゃね)
ぺちぺちと自分で頬を叩いて気合を入れるとガタンッと馬車が揺れて止まった。
「着いたわね。ところでアンナ、その、眼鏡は外さないの? 割れているし……無くても見えるんでしょ?」
言われてアンナはドキッとする。リーナに知られている通り、随分と分厚い眼鏡だが掛けなくても支障はないのだ。そもそも杏奈の頃から目が悪いわけではなく、顔を覗き込まれるのが嫌だからいつからか掛けるようになっていた。アンナになってもそれは同じで、杏奈の記憶がない幼少の頃から好んで自然と掛けていた。好んで、では決してなかったのだろうと今は思う。記憶がなくても無意識に潜在的に、人の目から遠ざかろうとしてしまっていた結果だ。
(転生しても私である以上何も変わらないのかも……)
アンナは昼間からずっと左端がひび割れている視界の中央にリーナを据える。
「……外した方がいいかしら」
「そのままのアンナも可愛いくて大好きだけど、今日はせっかく着飾ったんだし、いつもと違うアンナになっても良いと思うわ」
心を見透かした様な姉の優しい言い回しに、アンナは口には出さずに、そうねと思う。
(私は今アンナで、ここはラブ・バーストの世界。皆リーナ姉様だけを見てる。私に注目する人はいない)
アンナは眼鏡を外してリーナに微笑んだ。
「そうしてみる」
それを聞いたリーナもアンナに優しく微笑みかける。
「大好きな私のアンナ、自信を持って。この世界の誰よりも貴方が一番可愛いわ」
一回投稿したと思ったら出来てなくてプチパニック。
そして未だに相手役が出てこない事に改めて気づき大丈夫なのかちょっと焦る。
お読みいただきありがとうございました。