三十九話 それは親愛度がMAXの証 ①
この辺から不安の塊
前回のあらすじ——
ねぇねを知らないって何? 視野狭すぎじゃない?
どっちにしてもねぇねが主役な事に変わり無いけどね
だからそんな風に小難しい質問ばっかりして来ないでよ! 私凹んでるって言ってんじゃん? これが噂のロジハラってやつ? 融通効かないってこういうところよ⁈
でも痛いところ突かれたのは事実。意識してなかったけど何も言えなくなったのが証拠
雨も降ってきちゃって、最悪。私何の為にここにいて何してるんだろう……
⁈
何⁈ 誰⁈ 声はボムだけど……でも、私の知ってるボムじゃない
向き合えなんて、どうしたらいいか分かんないこと言って消えないでよ
あぁ、でも一つだけ分かるのは、そろそろ、あらすじでふざけてる場合じゃないってこと……
あれから三日。アンナは自室に籠りきりだった。雨に濡れて帰ったあの日に微熱を出して、熱が下がった後もそのまま部屋に籠城している。
リーナが心配して何度も部屋の前に来て声を掛けてくれるのにまともに顔も見せないのは心苦しい。けれど面と向かって話せる気がしなかった。姉の為と言っておきながら、彼女の幸せを決めつけてそう在るようにと押し付けていたのだから。
「未遂に終わったのがせめてもの救いかもね……」
アンナはベッドの上で上体を起こしてポツリと呟いた。あの雨の庭からずっとコルの言葉が頭の中を占めている。
『アンナ。貴女は今、一体何から逃げているのですか?』
逃げているつもりはなかった。むしろやっと、自分らしく生きられると思っていたのだ。この身に染みついた攻略スキルで、主役の影に徹して要望通りの展開へと導いていく。これこそ自分らしい生き方だと。
しかしそれは杏奈が自分を諦めて見出した傷つかない為の生き方に他ならなかった。眩しすぎる双子と比べる目から、劣っていると指摘する声から逃げる為に影になって、いないものとして生きてきた。
そして双子のいないこの世界でも同じように影として生きようとした。その必要はない筈なのに。姉のサポートは堂々と正面から、それこそオリジナルのメレディアーナの様にアドバイスすれば良かったのに、影になる事の方に必死だったと、アンナは自身の心情を振り返った。
「お姉様のことは大好き。幸せになって欲しい気持ちは本当。……でもコルの言う通り、奉仕の心からなんかじゃなかった。お姉様が主役でなくちゃいけないから、そうでないと私が影でいられないから、私は影に生きるしかないから、そういう気持ちからだった」
この世界がオリジナル版ではないと知ってから、その気持ちが加速した。自分が主人公の筈がない。主役になんてなれない。影に生きなければ。
「何から……逃げてる……」
影に徹して地味に暗く見つからない様に、まるっきり違うのだと比べるまでもないように。
その必要の無くなった世界で尚も光から逃げるのは何故だろう。この優しい世界では例えオリジナルだろうと、リーナとアンナを比べる人はいないのに。誰の目から、誰の声から、逃げ続けているのか。
コンコンッという控えめなノック音でその思考は中断された。少しして扉が開いて、悲痛な面持ちのリーナが顔を覗かせた。
「アンナ……具合はどう?」
あまりに心配している様子のリーナにアンナも胸が痛い。もうそろそろ籠城も止めにしなければいけない。
「……心配させてごめんなさい。本当はもう全然平気なの。怠けてるだけ。実は……先生の授業が難しくなって来ちゃって、もう終わりにしたいんだけど、こっちから頼み込んだ手前お父様に言い出せないでしょ……だからサボる為に具合悪いフリ続けちゃった。内緒よ?」
週に1〜2回やって来る家庭教師は昨日の予定だったが、自分が主役だと受け入れられないでいるアンナは、微熱を出したのを幸いと断る口実にして、本来ならデートと夜会とボムを駆使して追い込みをかける時期に誰にも会わずに自室に籠城しぼんやりと過ごしていた。
オリジナルであればこの時期に送られて来るデートの申込みと思われる手紙も届いているが、封も開けずにサイドテーブルに置きっ放しだった。
「もうっ、アンナったら」
アンナの言葉を聞いてリーナが破顔して部屋に入ってきた。やっと笑顔に出来たとアンナもホッとする。嘘をついているので心苦しいままだが。
「悪い妹だこと。でも治っているなら良かった。ずっと心配してたのよ? 私が側にいなかったから、また何かあったんじゃないかって……。あの上着を見た時も、月初の出来事が頭を過って……でも、お友達の物なのよね?」
「あぁ……うん、そう……」
おそらく、としか思えないのは、あの時のコルらしき人物がアンナの知るコルとはかけ離れていたからだ。
アンナの知るコルは丸くて横に大きくて、背もそれほど変わらないか少し向こうが低いくらいだ。手もぷにぷに丸っこく、何度か繋いだ事はあるが厚みはあっても一度も大きいと感じた事はない。
だが雨の庭の人物は声こそコルと同じだが、アンナの肩を抱く手が骨張って大きかった。胸元で揺れるペンダントが真横に来るほど背が高かった。コルが二人羽織でもしていない限り完全に知らない人だった。
「……アンナ、本当は何かあったんじゃない?」
あの雨の夜を思い返して、考え込み俯いていたアンナの頬に手を当てて、リーナがそう言った。
「ね? 何かあるなら話してみない? 誰かに話すと楽になる事ってあると思うから」
「お姉様……」
頬に置かれたリーナの手が暖かい。眼差しが声が、アンナを思ってくれる陽だまりの様な心が暖かい。
「貴女が悲しい顔をして俯いていると心配なの。お節介って思われたってどうにかして救い出してあげたいって思うの。ウザったく思うわよね、でも、私本当にアンナの事が……」
言いながら顔を寄せてきたリーナの額にコツンとアンナも額を合わせる。
「……ありがとうお姉様、何もないから大丈夫よ。ウザったいなんて思わないわ。気にかけてもらえて嬉しい。ありがとう」
リーナの暖かさに心が和らぐ。冷たい雨に塗り潰された地面が乾かされて優しい光で照らされていくような気持ちがした。その光のイメージに、何故かサラサラの後ろ髪を靡かせて振り向き微笑む双子の姿が重なった。
「……ねぇアンナ、それなら気分転換しない?」
「気分転換?」
アンナは微笑むリーナを見上げた。
「そう。ジェレミアがね、憧れのライオット卿とお近付きになれたそうで、トーナメントみたいな規模じゃないけど、騎士団内で開かれるジョスト競技会に招待されたんですって。訓練の延長みたいなものでお身内や関係者しか観戦できないそうなんだけど特別にって」
「…………へぇ」
それはオリジナルの展開であれば主人公が直接ライオットから受ける招待であり、それをジェレミアが受けるとはどういうことだとアンナは眉根を寄せる。
「それでね、一緒に観に行こうってジェレミアからお誘いがあって、この後迎えに来てくれることになってるんだけど、行かない?」
なるほどそう来るのか、とアンナは感心した。
ここはアナザー版の世界。直球で主人公に挑んでも守護天使にあえなく打ち返されるのがオチだ。あえてワンクッション、それも同じ攻略キャラでありながら主人公の身内のジェレミアを挟んで、天使を迂回する変化球を投げてくるとは小賢しい真似をする。
「どう? アンナ」
欺かれた天使は無邪気に敵の巣へ庇護対象を放り込もうとしている。
「うん……」
アンナは肯定とも否定ともとれない曖昧な返事で濁した。
このジョストはライオットの個別イベントの一つで、気さくなおじさんでしかなかったライオットの、騎士としての雄々しい姿に主人公が心を動かされ、応援の仕方によって親愛度も大きく加算されるイベントであった。
ただそれはオリジナル版であればの話なので、今までと同じ様に、アナザー版の世界でこのイベントがどの様に展開していくのかはアンナにはもう分からない。
姉にトゥルーエンドを迎えさせるという目的を失った今、親愛度を溜める必要もなく、イベントをこなす意味を見出せなかった。
「貴女のことあの子もすごく心配してたの。自分がアンナを一人にさせたから雨に降られてしまったんだって言って。熱が下がってからも元気がないって知って、少しでも元気づけようとして誘ってくれたみたいなんだけど……病みあがりだものね、やめておきましょうか」
リーナがそう言ってアンナの頭を撫でた。悩ましい顔で考え込んでしまっていたのか、リーナがそんなアンナを見てまた心配そうな顔に変わっていた。
リーナだけでなく——若干の彼氏づらを感じさせるも——ジェレミアにまで心配をかけているのか、とアンナは申し訳なく思う。
ゲーム進行上の観点から見ると天使の迂回路として使われただけのジェレミアだが、現実からみれば姉と従兄弟の行動は、弱っているアンナの事を思いやってくれたが故のものだ。
その優しさを無碍には出来ない。そう思った時、口が勝手に返答していた。
「行くわ」
この先の不安を消し去る魔法の言葉「テンポ感」を胸に強く生きていきたい
お読みいただきありがとうございました。




