三十八話 星なんて見えない ②
前回のあらすじ——
最低最悪の気分。もうねぇねは主役に戻らない。
祈ってみたって女神は答えな——
ぎゃぁぁ! 誰⁈ やめてよこんな暗がりの中背後から急に声かけるとか!
ああ満月……もといボム、また迷ってんのか
今落ち込んでるのベコー。ねぇねの咲く場所奪っちゃって、あなたが主役ってプラカード持たされちゃったもんだから
え? 良かった? んなわけないじゃん!
世界の主役はねぇねって決まってるのに!
は? ねぇねを知らない⁈
知らない、とこのボールの様なフォルムの男は言ったのか。アンナは耳を疑った。
王国にその人ありと歌われる天使の姉を知らない筈がない。平民ならばいざ知らず、夜会にも顔を出す貴族の端くれならば尚更に。
「知らないって……フェアリーナよ? フェアリーナ・フォン・サーヴィニー。エバーラインの天使……」
「天使……その呼び名は耳にした事があります。とても美しい女性がエバーラインにはいらっしゃると聞いた事も。けれど私はその方にお会いしたこともありませんし、その方に憧れたり応援したりということもありません。つまり貴女の言うところの主役と認めた事がないのです」
「あ、貴方が認めなかろうがなんだろうがお姉様はこの世界の主役に違いないのよ」
「アンナ、そんな者はいませんよ。世界は一つかもしれませんがそこに生きる者は多様で、其々に其々の生き方があります。誰か一人から見れば私はその他大勢の一人かもしれませんが、その逆もまた然り。私から見た世界の主役は私でしかありません。アンナ、同様に貴女の世界においては主役は貴女以外になり得ません。他人の人生は生きられないのですから」
コルの静かな言葉にアンナは動揺する。そんなはずはないのだ、姉の様に主役になれる者は初めから決まっているのだから。
「違うよ、少なくとも私は違う。私はずっと影だったの、主役がいて初めて成り立つ存在なの。生まれついてのモブなんだから、生まれ変わったってモブなのよ。こんな主人公のお話なんてありえないでしょ! 私の世界の主役は眩しく美しいお姉様、そして私はその影としてお姉様の幸せの為のサポートをする名もなきモブなの! それが私なのよ!」
アンナは叫ぶ様に言って肩で息をする。雲一つない澄んだ空の様な瞳が真っ直ぐアンナを貫いている気がして息が苦しくなる。
「何故、ありえないのですか。世界には沢山の物語が溢れています。王でも姫でも家臣でも、民でも猫でも悪党でも、どの様な者が主人公でも許されます。何故それを受け入れず、眩しく美しい存在だけが主役と盲信しているのですか」
「盲信? 違う、だってずっと……」
「貴女はどうして在り方を決めつける?」
「決めたのは私じゃない!」
決めつけてきたのは世界の方だ、とアンナはカッとなって立ち上がった。
姉の姿が正解なのだと違いを許さなかったのはそちらだ。姉の方が優れていると比べ続けてきたのはそちらだ。
「……アンナ、貴女は姉君の幸せの為にあると言った。姉君の幸せとはなんです?」
「……なに……急に」
「なんです?」
僅かも荒げる事なく静かな声音だが、腹の底に届く様な強さのある問いかけだった。揺らぎもしない青い瞳に気圧されてアンナは怯んだ。
「……何って……それは、お望みの相手と結婚して、トゥルーエンドを迎える——」
「それは真に姉君の望みですか?」
「っ——」
そう聞かれて即答出来なかった。
ゲームのフェアリーナですらもともと結婚を望んではおらず、全てはプレイヤーの意思によって導かれていたに過ぎない。
現実になったこの世界でも、トゥルーエンドを迎えさせる事がリーナの幸せなのだと、それが正しいシナリオでそうあるべきだとアンナが勝手に策謀し奔走したに過ぎず、リーナは誰の事も選ばなかったし結婚など望んでいなかった。
リーナの幸せの為と口にしながら微塵も現実のリーナを想っていなかった自分に気付いて、貫く視線に耐えられなくなったアンナは、冷たくなってきた風に揺られている雑草へと目を逸らした。コルは目を伏せたアンナを一時も視線を外さず見続ける。
「影に徹するとも言いましたね。それが自分だと。奉仕の心から出た言葉なら心より尊敬します。けれどそうでないのなら、その生き方は、そうせざるを得なかったご友人が悩まれていた生き方に他なりませんか?」
コルの言葉が突き刺さる。
明るく眩しい姉の輝きは傍にいる杏奈の影を暗く濃くした。足下に広がる黒い影に抗う気持ちも飲み込まれて、影に徹して生きる事にした。そうする事でもう誰からも注目を浴びず、抜け出ようともがくよりも楽になったから、その生き方が自分だと自分に納得させて抗う事をやめて逃げた。
転生したこの世界でもそう生きて、リーナがゲーム通り主役としてシナリオを全うする事を望んだ。女神の用意した世界が杏奈の熟知した世界とは違うと知って尚、姉を主役に戻そうと奮闘し、必死で光の当たる場所から逃げた。全ては影でありたいが為に。
姉の光から逃れる為に影になった杏奈は、姉の光の届かなくなったこの世界では影になろうと追い縋っている。
その矛盾がコルの眼差しによって炙り出されてアンナは下を向いて黙る以外になくなった。そんなアンナをしばらく見つめ続けていたコルは、ゆっくりと立ち上がって言った。
「アンナ。貴女は今、一体何から逃げているのですか?」
向き合った二人の間を強い風が通り抜けて其々のブロンドを乱した。
間も無くしてぽつりと雨が一粒アンナの頬に落ちて来た。待宵草の花弁にも、一応の生垣にもパラパラと落ちて来て段々と雨足が強くなっていく。
「……いけない、雨が。アンナ、中へ入りましょう。濡れてしまいます」
アンナは答えず、黙って足下の地面を暗く塗りつぶしていく雨の染みを見ていた。
「アンナ」
髪も服も足下も。冷たい雨にじわじわ浸食されていく。何度名を呼んでも俯き返事のないアンナを置いて、コルは諦めたのかその場を離れた。
本格的に降り出した雨の中、アンナは一人立ち尽くしたままコルの言葉を繰り返す。
「何から逃げて……いるの……何から」
その時、バシャバシャバシャッと誰かが近付いてくる音がして、バサっと頭の上から布を被せられた。
突然の事に驚くも、半分以上遮られた視界の端に袖部分が揺れているのが見えて、被せられた物が男物の上着だと気付く。誰の、と思っているとグイっと肩を抱き寄せられて城内へ向かって歩かされた。
「ちょっ——」
「歩いて。歩かないのなら抱き上げます」
激しくなって来た雨音と共に頭の上から降って来たのは、先程まで話していたコルの声だった。
(……コル? あれ、でも……)
違和感を感じて顔を確認しようと被せられた上着をずらすと、逆にグイッと目深に被らされてしまった。
「濡れますよ。そのままで」
穏やかだが有無を言わせぬ強さのある声に、アンナは大人しく従い上着にかけた手を離した。
それでも消えない違和感にチラリと隙間から見上げてみるも顔までは見えず、代わりに丁度アンナの目の高さで揺れている、不思議な色の液体がほんの一滴入れられた、小さなガラス製のトップがついたペンダントが目に入った。
真横で揺れているそれに、降ってくる声に、肩を抱く手の大きさに、違和感を超えて疑念が強まる。
(コル……なの?)
早くも出来た水溜りを踏み越えて、庭に面した廊下の張り出した屋根の下に入ると、薄暗い廊下の先から待ち構えていた様に従者の声がした。
「こちらにいらっしゃいましたか、雨足が強まって参りましたお急ぎ下さい」
「分かっている。今行く」
やはりこの声はどう聞いてもコルの物だと、アンナが再度上着を剥ごうと手をかけると、その手を上からそっと抑えられた。
「……アンナ、どうぞ貴女もご自身と向き合って下さい。貴女に向けられたものは、真実、貴女の為のものですから」
コルの声がそう言い置いて抑えていた手が離れた。
「待って!」
離れた直後に上着を退けるも、そこにいた人物は既に廊下の暗がりに消えた後だった。
もう戻れない怖いぉ。
抱き上げます(キリッ)ってところでどうしても
是非お願いしますっ!!って答えしか出なくなっちゃってしばらく進まなかった思い出。
お読みいただきありがとうございました。




