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三十七話 星なんて見えない ①

前回あらすじ——


ちぃっ……プラン変更。失念してたけど緑も危険水域なんだった。橙攻めは取り止めて他から行くわ。

丁度のタイミングで黒登場! ラッキーついてる!

と思ったら白まで来ちゃってバッチバチ……

これは誘導も変動率の計算も無理ね、一先ず離れてやっぱりねぇねを迎えに行こう

あ、と。またぶつかっちゃった。何この世界の人って私が視界に入らない程デカい人だらけなの? 

とと、と、灰! 気まずい! あわわわ

図書館の続きが始まるかと思ったらねぇね降臨!

でもなんか怖い! そこはかとなく怖い!

あぁ、最悪。そうであれって思い過ぎてて考えるのをやめてたけど、ねぇねはこの世界では恋愛しないキャラなんだ。

だったら私は、何の為にここにいるんだろう。

 アンナは一人テラスから離れて、星空の鑑賞の為に明かりの抑えられている暗い城の中を歩いていた。大理石様の床にコツコツとヒール音が響く。


 あんなに大勢いた人達は皆、当たり前だがテラスとそこに続く大部屋に集中していてアンナの歩く廊下に人はいない。考え事をするには静かで良いが、もう何を考える事もない。どんなに攻略の計画を練ったところで、恐らく姉は主役に戻ってこないのだから。


 アンナは立ち止まり溜息を吐いて窓から空を見上げた。先程よりも更に雲が増したのか、空は川底の泥の様な色に塗りつぶされて星なんて見えない。


「何が星見の会よ。一つも見えないじゃない、嘘つき。何が……何が願いを叶えてくれるよ、女神の嘘つき。嘘じゃないなら奇跡の一つでも起こして証明してみなさいよ」


 女神を罵り曇天を睨むが、空は相変わらず涅色の雲が立ち込めていて一向に星の見える気配も無い。女神は宣言通り一切干渉しないのか、それともこの世界には存在しないのか。


「……こんなの望んだ世界じゃない。私に出来る事はお姉様の影として陰ながらサポートする事なのに……それが私なんだから。主役になんて、私は……」


 アンナは真っ暗な空から窓の下へ目を逸らした。表のテラスにばかり注力して裏手にはあまり関心がなかったのか、簡素な生垣と噴水があるだけであとは芝を敷いて誤魔化している感のある庭が眼下に広がっている。


 ここに来る者は皆、広いテラスと頭上に広がる美しい星空が目当てなのだから、誰からも求められない庭などこれで良いのかもしれない。現在管理している王国側もそう思っているのか、明らかに植えたわけではなさそうな雑草らしき花が所々茂みになっている。


 ふと、その花が気になった。

「……花が咲いてる? 夜なのに?」


 申し訳程度に設られた外灯の弱々しい明かりに照らされて、芝の間に黄色っぽい花が咲いているのが見えた。夜色に染まった芝の中に咲く小さなそれが、アンナには落ちて来た星のように見えた。


「……女神の、奇跡?」

 思わず呟いてアンナは一階まで城内を駆け降りる。ただの花だ。そんな事は分かっているが、だけどもしこれが女神の奇跡の一端なら、まだ望みがあるかもしれない。それならば、みっともなく縋り付いてでもこのシナリオを変えてくれるよう乞い願おう。


 そんな気持ちで庭まで走ったアンナは、小ぶりな黄色い花を疎らに咲かせた雑草が群生している茂みに膝を付いて女神に祈った。


(お願いします。どうかお姉様を主役に戻して下さい。お願いします、お願いします、お願い——)


「何してらっしゃるんですか? ちょうど黄色のドレスなので待宵草の妖精かと思いましたよ」


 誰もいない筈だった背後から急に近距離で声を掛けられて、アンナはビクッと盛大に身体を震わせて悲鳴をあげた。


「きゃーーーーーーーーーっ!」

「すみません、そんなに驚くとは……足音でお気付きかと思いまして。許して下さいアンナ」


 過去最大級の大きさで鳴る心臓を押さえて振り向くと、そこには満月が落ちて来たのかと錯覚するくらい丸々としたコルが立っていた。


「こ、る……」

「こんばんは。星がとても綺麗だと聞いて今日の会を楽しみにしていたんですが、今夜は生憎の空模様ですね。曇り空を眺めていても仕方ないので城内を歩いてみたのですがテラスに戻れなくなって……大分困っていたんですが、アンナに会えたのでこれはこれで良かったかもしれないです」


 コルはちょっとだけ照れた顔をして、まだ驚きで息の整わないアンナの隣まで来ると同じように茂みにしゃがんだ。


「我が家の庭にも咲いていましたよ、この待宵草。庭師は勝手に生える雑草だって嫌がってましたけど、私はこの花が好きだったので景観を損ねない程度に残してもらい、咲く頃を見計って夜部屋を抜け出して見に行きました。よく見つかって怒られたりもしましたけど」


「待宵草?」

「ご存知ないですか? 雑草と言われますが月影に照らされて咲く愛らしい花ですよ」


「月の影にしか咲けない雑草か……」

 女神の奇跡で無かったことにがっくり肩を落として、アンナは黄色い小さな花の花弁を指でなぞって揺らした。暗がりに咲く雑草とは自分の事を言われた気がした。


「……今日も元気が無いんですね。こういった会場でお会いするのは随分と久しぶりですが、それと関係がありますか?」

「関係があるようなないような……貴方こそここへは星を見に来ただけなの? 送っていってあげるから会場戻ったら? 今日は大人気のパーティーなんだからお相手候補は大勢いるわよ」


 投げやりにぼんやりとした口調で喋るアンナにコルは微笑んだ。


「ああ……そちらはもういいんです。自分の中で答えが出た気がするので。色々と無理を通してここまで来ましたが、結局の所自分の問題だったんだと気付きました。自分自身を信じられなかったから相手を疑うばかりだったのだと、漸く。

 気付いたからこそ、今の私がこういった会に参加するのが適当でないと思うのです。だから今日は噂に聞く星の美しさを楽しみに来ただけです」


 もういいんだと微笑むコルの淡い青色の瞳に、アンナはいつか習った童話の王の話を思い出した。女神の教えに背き見放された愚かな王と名を同じくし、ゲームの理を無視する存在のこの小男もまた、女神に見放されたと悟ったのだろうか。


「諦めちゃったってこと?」 

「いいえ、そんなことは。寧ろやっと辿り着けたのだと思っています。ただ……自分の愚かで浅はかな行動が、相手を欺き傷付ける事になるのだと分かっていなかったんです。壊してしまうのが怖いんです。本当の事をお伝えして、やっと得た物を壊すのが……臆病というか卑怯なんですね、私は。本当に情けないと思います」


 そう言ってコルは困った風に笑った。わざと核心部分を避けているような話し方にアンナは腑に落ちない顔をした。


「……結局どういうこと?」

「それは……もう少し勇気が出たらお伝えしますね。ところでアンナは何されてたんですか? アンナこそ会場へは戻られないのですか?」


 これ以上触れて欲しくないのかパッと話題を変えたコルに、深掘りするのも良くないとアンナは視線をまた黄色の花に戻した。


「何もしてないわ。する必要もなくなっちゃったし。もういいの。戻ったってお姉様は主役には戻らない」

「主役?」


 はぁ、とアンナは溜息を吐いた。


「……私、生えるところを間違っちゃったの。あろうことか其処がお姉様の、主役のあるべき場所だったのよ。それで本来お姉様が受け取るべきだった水も肥料も寵愛も、全部私が掠め取っちゃってて、その上気付かなくてがっしり根を張っちゃったもんだからお姉様が返り咲く余地なくなっちゃったの……」


「……それはつまり、アンナが何かしらの主役となって、陽の当たる場所で愛でられる事になった、という事ですか?」


「不本意ながらね。だからもう何の——」

 アンナが溜息混じりに言いかけると、コルが明るい声を出した。


「それは、良かったじゃありませんか」


「良かっ……た?」


 予想外過ぎる言葉にアンナは頭が真っ白になってコルを見返した。コルはふくふくの頬に口の端をめり込ませて笑っていた。


「そうです。以前にもご友人と姉君とを鉢植えの花と雑草に例えられた事がありましたよね? それならば、陽の当たる場所で咲く事が出来たのは喜ばしい事ではないですか?」


 アンナはコルを得体の知れない物を見る目で見た。


「……全然、良くない、よ? だってそれは、私が居るべき場所じゃないし受けるべき物でもないんだもの。全ては主役であるお姉様が受け取るべき何もかもなの」


「主役である、べき、などとアンナは先程から言いますが、それは誰が決めた事なのですか?」


「そんなの世界に決まってるでしょ? 眩しくて華やかで美しくて聡明で、誰からも愛されて応援される憧れの存在。それこそが主役でつまりはお姉様よ。

 あらゆる物も人も全てお姉様の為にあるの。私はそんなお姉様の影に徹してサポートするだけのモブで、立ち位置としたらその他大勢に過ぎないの。そんなのが主役になんてしゃしゃり出ちゃいけないでしょ?」


 転生した時この身にあったのは姉を幸せに導く為の攻略知識と影に徹するスキルだけだった。明確な主役と相手役がいてそれ以外は全てモブと決められているこの世界。姉の為に影となり親愛度を操って幸せに導き自らはモブとして生きる、それこそが自分に与えられた使命なのだと確信した。だから世界が根底から覆ってしまっては自分の意味を見失ってしまう。


「それはおかしいですよアンナ。貴女の理論を踏襲すると世界の一部たる私も、姉君を主役と認めている様に聞こえます」


「そうよ、その通りでしょ! だって貴方はボムなんだからお姉様の——」


「お言葉ですが、私は貴女の姉君を存じ上げません」


「————————……は?」

コメディりたいのに心の淀みと濁りが滲み出てくる


お読みいただきありがとうございました。



※こっそり色を修正

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