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三十五話 星空そっちのけ ①

前回のあらすじ——


トゥンク

なんてときめいてる場合じゃ無い

あのガキねぇねに泣きついて告げ口しよった卑怯者!

ねぇね、確かに泣かしはしたけど、そもそも約束してないし嘘とかついたわけじゃないからぁ

確かに昨日の事で隠してる事はあるけど嘘はついてないの、だからその射殺す目で見るのやめてぇ!

そして間に入って緑との仲を取り持つのもやめてややこしくなるからぁ!

って、待てよ? ねぇねも夜会に行くんだったらありよりのなしなしのあり? むむ?

ハッ! 考え込んでるうちに行くことになってた!

むぅぅ……こうなったら、また盛っちゃった余計な設定使って親愛度を操作してやる!

ねぇね、待ってて! 必ず主役の座に返り咲かせてみせるから!

 星見の会とは名ばかりで既に形骸化しているのだろう。各階に巨人用の外階段かと見紛う形で設けられている広いテラスにも、窓から見える室内にも沢山の人がいるが、ざわざわと楽しそうにお喋りに興じるばかりで夜空を見上げる者など居なさそうだ。


 かくいうアンナもその一人で、うっとり星など見上げている余裕はない。


(ベストは誰とも鉢合わせずにお姉様だけを接触させ、そのうちになんらかの手立てを見つける……だけどこれはまず無理ね。そもそもジェレミアと一緒に来てるし。

 次点は接触ありきで各キャラの親愛度を減らす方向に会話を誘導しつつお姉様を引き合わせる。とにかく好きになってもらう機会を作らない事には、ライバルとか主役とかの話になってこない)


 叔父の先導に従って城の中には入らず、外周部から直接二階のテラスに向かう。階段の様だとは思っていたが強ち間違ってはおらず、テラスからテラスへも直接上がる事が出来るような造りは、テラスというよりは物凄く広い踊り場と表現した方が正しいのかもしれない。


 上りきるとそこでは大勢の人達が飲み物片手に談笑していて、城の中からテラスへ出入りする為に開け放たれたガラス戸の向こうの部屋でも、沢山の人がグラスを傾けあっている。なんならここから見える星の数より多いんじゃないかと思ってしまう程の人の多さだ。


「今日は普段よりも人が多いな……天気の関係で先週の予定が今日に延期されたからだろうか」


 第3週の2日と決まっているこのイベントに関する叔父の発言に、またもパラドックスを感じながらもアンナはふぅんと受け流し、視線をキョロキョロと動かす。


 相互作用で真っ先に低めておかなければいけないのは図書館デートをこなしてしまい、あわや告白までされかけたエドゥアルドだ。学者で非武闘派の彼は、武闘派たる騎士とライバルとまではいかないが対極の関係にある為、騎士との会話で親愛度をマイナスすることが出来る。故にアンナはまず騎士に会わなければいけなかった。


(どこどこどこどこ? 白でも黒でも橙でも良いのよ。あんな髪色(白)とサイズ(橙)してんだからすぐ見つかると思ったのに……この階じゃないのか)


「アンナ緊張してんのか? さっきからずっと黙ったまんまで」


 集中していた所へ検討外れな横やりを入れられて、アンナは完全に意識の外だったジェレミアの方へ忌々しげに歪めた顔を向けた。


「人の事子供扱いしたくせに、お前の方こそ子供じゃぁん。ま、でも、こんな立派な城に来ることそうそうないもんな、お前ん家公爵家だけど城ないし。緊張しても仕方ないと思うぜ?」


 ジェレミアがそう上から目線で言いながらスッと手を差し出した。アンナはそれを目だけで冷たく見る。


「……初代が時の王の五男だったんだから、領地と邸を貰えただけマシだったのよ。土地だけは戦争のどさくさで拡がったけど、公爵って言ったって王家とはもう遠縁も遠縁なんだから。それで何よこの手は?」


「何って分かれよ、優しさだろ? お前の緊張をほぐす為に俺が手を引いてやろうという優しさだ」


 索敵の邪魔をされたばかりかジェレミアが早く取れとばかりに差し出した手を上下させるのでアンナはイラつく。


 因みに彼は騎士見習いなので騎士にカウントされないし、子供なので他の攻略相手とは深い関係性もなく宙に浮いた存在だ。相互作用の影響は彼を喜ばせれば他が微減して、悲しませれば微増する程度しかない。


 故にアンナは返答を躊躇わない。


「してませんから要りません。邪魔しないでみそっかす」

「みそっ……どういう意味だよ⁈」


「こっちの話よ。とにかく私は緊張なんてしてないからほっといて。それともあんたが緊張してるから手繋いで欲しいって言うの⁈」


 アンナが勢い責め立てると、ジェレミアがかぁっと顔を赤くして黙りこんで俯いた。


(え、やだ、図星? また泣くんじゃ……)


 ここで泣かれては人目もあるし非常に困ると思いどうにか宥めようと焦っていると、ジェレミアがまた手を差し出して、アンナにだけ聞こえるように小さくか細い声で言った。


「うん……緊張してる。だからアンナに手……繋いでて欲しい……ダメ?」


 赤らんだ頬を隠す様に軽く俯き、潤んだ深緑の大きな瞳で上目遣いに懇願されて、アンナは思わず声が漏れかけた程胸の奥をギュギュッと掴まれた。可愛い、とにかく可愛い。


 こんな風に頼まれて断れる三十路が居るだろうか。頭の隅の方にいる厳格なアンナだけは断れと叫んでいるが、大多数の脳内アンナによる可愛いの合唱で、アンナの口からは承諾の言葉が飛び出ていた。


「……仕方ないわね。どっちが子供よ」


 アンナは自身に向かって伸ばされたジェレミアの手の先に、引っ掛けるように指先だけを絡めた。しっかりと繋がなかったのは籠絡された訳ではないとのせめてもの抵抗のつもりだった。


「ほら、行くわよ。お姉様達先に行っちゃったんだから」


 アンナはクルッと素早く階段に向き直ると、後ろ手に指先で繋がったジェレミアの手を引いて、先に上って行ってしまった姉と叔父を追った。


 けれどすぐに中途半端な繋ぎ方を選択した自分を後悔する。


 階段を上るたびに引っ掛けただけの指先が振動で離れてしまいそうになり、その度に向こうもこっちも反射的に繋ぎ直そうと指を動かすものだから意識がずっと触れ合っている部分に集中してしまう。


(これはミスった……でも今更繋ぎ直せないし、かと言って離すのも承諾した手前……)


 離れそうで離れないもどかしい指先の熱に翻弄されていると、突然ジェレミアの方から手を握られた。


「アンナ!」


 ドキッとして足元から顔を上げると目の前に赤ら顔の男が突如として立っていて、驚いたアンナは咄嗟に避けようと後退ってガクンッと階段を踏み違えた。


「ひゃっ——」


 落ちる、と図書館で体験した恐怖が頭を過ぎった。けれど後ろにいたジェレミアがアンナの手を掴んで引き寄せ、よろめいた身体を抱き留めてくれたので落ちずに済んだ。


 酔っているのだろう赤ら顔の男は左右にゆらゆら揺れながら、2人とぶつかるスレスレの所ですれ違って降りて行った。


「……何が星を見る会だ。酔っ払いばっかりで星どころか前すら見てないじゃないか」


 アンナを抱えるように支えていたジェレミアは下って行った男を振り返って悪態を吐いた。


「お前もなぁ、ちゃんと前見て……アンナ? 怪我でもした?」


 落ちかけた拍子に掴まれた手を軸に半回転してジェレミアに正対する形で抱き留められたアンナは、ジェレミアから顔を背けて黙って俯いていた。心臓が大きな音を立てている。


「ううん、大丈夫……ちょっとびっくりしちゃって、ありがと……」

「落ちるところだったもんな。歩けるか? ここ危ないから上まで行こう」


 ジェレミアはそう言って今度はしっかりと繋ぎ直したアンナの手を引いて階段を先に行く。アンナは俯いたまま、まだ治まらない心臓を押さえて付いていった。こんなにも煩く鳴るのは何も恐怖からだけではない。


 アンナの記憶に残る年下で生意気な子供だったジェレミアの手が、アンナの手よりも一回りは大きいうえに、階段という足場の悪い場所で上から落ちて来たそれなりの重量がある物を、受け止められるほど身体が大きくなってきていると感じ取ってしまったからだ。


 彼がエンディングで可愛さを上手に残した立派な青年になる事は知っている。だがそれが今相対している彼とはどこか結びついていなかった。


 可愛い少年のままでシナリオを終え、ラストのカットで大人になっている。その過程がなかったので無意識に切り離してしまっていたが、繋がれた手の大きさに子供から大人に変わって来ている身体に、ジェレミアを従兄弟以上の存在に見てしまった自分がいた。そんな自分を自覚してアンナは自戒する。


(バカバカ、何をドキドキしてるのよ。これは全部お姉様の物なんだから! 早くお姉様に向けさせなきゃいけないんだから!)


 アンナは深呼吸して冷静になろうと階段を数えながら上っていくも二階には2人の姿はなかった。


「あれ、もう一個上か? また上んのか、ゲロー。もういっか?」

「……何言ってんの、私はお姉様と星が見たいの。よく探してよ」

「もういないんだってー、星は俺と見れば良いだろ」


 文句と誘いを垂れるジェレミアを無視して、そんなロマンチックしてたまるかと、やっと治まってきた胸を押さえてアンナは周囲を見渡す。リーナとはぐれてしまっては計画が台無しだ。早く合流をと思っていると、そういう時に限って別の問題が解決するという良くある現象が起こる。


「あ、いた!」


 アンナは群衆の中から飛び出ている黄味がかった赤毛を見つけてしまった。今行ってもここに姉はいない、どうする、とアンナは逡巡するが、エドゥアルドとの仲は余談を許さない状況だと判断し、一先ず親愛度を下げに行く作戦に切り換える。


 手を繋いだままのジェレミアを連れて、アンナは星空そっちのけで婚活に精を出す大人達の間を縫ってライオットの下へと向かう。


「アンナ何処行くんだよ、ホントにいたのか?」

「それを確かめに行くの!」


 スイスイと影のように人混みを抜けてテラスの端の方まで来ると、鬣のような長めの髪を後ろで纏めて正装したライオットが弟と談笑しているのが見えた。


(よっし、騎士を上げれば学者は下がる……でも油断しないで、こいつを上げ過ぎるのも危険よ。出来たら残り2人にも会ってちょっとずつ全体を下げる形を取りたいから慎重に——)


「あぁ! 王国騎士団のライオット卿!」


 会話のシミュレーションまでして慎重にと思ったアンナの背後から嬉々とした叫び声が飛んできて、名前を呼ばれたライオットがこちらを向いてしまった。


 アンナも茫然として振り向くと、ジェレミアが頬を紅潮させてキラキラした目でライオットを見ていた。


(そうか、しまった……こいつ、ライオットの大ファンだった)

お読みいただきありがとうございました。

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