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三十三話 主役になんてなれない ①

悩むとか言ったけど寝たらどうでも良くなった能天気


前回のあらすじ——


クレープうっまぁ! マジうっまぁっ!

こんな美味しい物、弟には食わしてやんないなんて、兄も姉も鬼畜の多いこと多いこと……

あ、弟は甘い物苦手なの? へー、でも買い物に付き合ってくれるなんて優しいし仲良いね

うちの双子とは同じでも大違い……

あっちこっち連れ回して、要らんもん買わさせて、帰ってからもゲーム攻略の為に拘束されて……

ってなんで双子のことばっかり思い出すんだろう

この想像力諸々の限界を迎えたクレープのせいか

こんにゃろっ! こんにゃろっ! うめぇな……こんにゃろっ!

岩男「ついてるでがんす」 あごクイッ

 時間はとうに零時を回っている。


 アンナは自室の布団に包まったまま、ずっと今日、正確には既に昨日の出来事の数々を反芻し続けて眠れずに夜を過ごしていた。


 お茶の時間の少し前、アンナは騎士団所有の馬車に送られて自宅に帰ると、待っていたリーナとの会話もそこそこに自室に籠り、予定に組み込んでいた夜会も、果ては夕食すらもパスして今に至っている。


 エドゥアルドの突然の告白(未遂)の衝撃に埋もれてしまった感があるが、昨日の何よりの衝撃は、この世界がリーナが主人公のラブ・バーストではなくアナザー版の世界で、よりにもよって自分が主人公だということだ。


(バカ女神! 余計な事を! 私は生まれながらにモブなんだから、素直にお姉様が主役でいいのよ! あぁもう、ずっと考えてるけど、どうやったらお姉様のルートに結び付けられるか全然思いつかない……。しかもここまで私ってばそうとは知らずに順調にイベントこなして来ちゃってるから各キャラ親愛度が……このままじゃ……)


 アンナはボフッと枕に顔を埋める。


「ホントに誰かに求愛されちゃう……」


 既にエドゥアルドにはされかけている、とまた図書館の一件が蘇ってきてアンナは足をバタバタさせた。あんな風に後ろから抱きしめられた事も、耳元で囁かれた事も初めてで、自分の鼓動が図書館中に響き渡っているんじゃ無いかと思うくらいドキドキしていた。まだ抱きしめられたあの感触が残っているような気がしてアンナはぎゅっと自身の両腕を掴む。だが感触を思い出す前にすぐに手を離して自分を戒める。


「何してるの……これは全部お姉様が受けるべき物なんだから、一刻も早く正しい形に導かなくちゃ……でも何をどうすべきか……頼みの綱の魔法だって、あるって思い込んでただけでそもそもそんなシステム存在してなかった。あったのはアバターの着せ替え遊び用の設定。着せ替え如きに便利なツールを無駄に割かれて……くそ……あぁ、あの本、置いて来るんじゃなかった」


 そうやって考え込んで自然と手が顎の辺りをさすると、今度はライオットのゴツゴツした大きい手が思い浮かぶものだから、アンナはまた枕に顔を埋もれさせた。


「だから……もう。なんで……」


 余計な事ばかり思い出してしまって打破する妙案も浮かばず、アンナは頭を掻き毟って布団に潜った。


「……主役はお姉様じゃなきゃ……いつだって眩しくて完璧で美しくって聡明で……そういう人こそ主役なの。憧れられて応援される、誰からも好かれるそれが主役、それこそが……」


 脳裏に振り返って微笑む姉の姿がぼんやりと浮かぶ。美しく眩しい、光の様な存在。


「だから、私なんかじゃ主役になんてなれないんだよ……」


 呟いて目を閉じたアンナが次に目を開けると窓の外にはすっかり太陽がのぞいていた。いつの間にか眠っていた様だとぼんやりするアンナの耳に、ドアをガンガン叩く音が聞こえる。この音で目が覚めたのだ。


「……うるさ……誰よこんな朝から」


 時計に目をやると7時半を回ったところでまぁまぁ早い。


「しかもすごい乱暴……何かあったのかしら……」

 


 ふぁっと欠伸をしてベッドから足を下ろしたところで痺れを切らしたのかゴンゴン鳴らされていたドアが勢いよくバタンッと開いた。


「アンナ!」


 勝手に開けられた事にも驚いたし怒気の籠もった声にも驚いたが、何より現れたのがジェレミアだった事にアンナは一番驚いた。


「ジェ……ジェレミア、なんで……」


 ジェレミアは怒っていると書いてある顔をして、ベッドに腰掛けたまま呆けているアンナの元までツカツカとやってくると物凄い剣幕で詰め寄った。


「なんで昨日いなかったんだよ!」

「な、何のことよ……」

「お前が行くって聞いたから昨日にしたのに! 約束が違う!」


 この男と何かを約束した覚えは無いので怒られる謂れはない。寝起きの所に怒鳴りつけられてイライラしたアンナはジェレミアに怒鳴り返して応戦した。


「だから何のことよ!」

「決まってるだろ昨日の夜話会だよ! 叔父さんから2人がまた参加するって聞いたから、俺だって無理してあんな地味な会に参加したのに!」


 はぁ? とアンナは呆れた声を出した。


「別にあんたと約束してないんだから出向こうが止めようが私の勝手でしょ? 大体お父様に行くって言ってないし、いつもの早合点と自分ルールで私達が行くと思い込んでたんじゃない。それを鵜呑みにして私に怒られても困るんだけど」


 アンナはサイドテーブルに置かれた水を一杯飲んで立ち上がり、寝間着を着替えようとクローゼットまで移動する。言い返せなかったジェレミアはそれを憎々しげに目線だけで追う。


「……だったら次からは顔を出す会を先に俺に言えよ」

「はぁ? なんでそんなことしなきゃいけないの」


 アンナはジェレミアを見もせずに服を選びながらあきれ声をだした。


「なんでって決まってるだろ。お前が他の男の周りをふらふらして気を持たせたりしないか見張ってないと心配だからだ」


 彼氏づらしたジェレミアの発言に、ああ、そうだったと思い出す。アインの幼児帰りで色々薄まりエドゥアルド程の衝撃はなかったが、この男からもいち早くアプローチされていたのだと。アンナは出来るだけ平静を保って言う。


「……見張りってねぇ……ま、でも安心して。暫く社交会には行かないから」

「行かないって……なんで」


 それはもちろんメレディアーナのシナリオが進展してしまう恐れがあるからだ。姉ルートの手がかりがない中、悪戯に親愛度を増減させるのは得策ではない。この先は接触を極力避けた方が無難だ。


「そんなの私の勝手でしょ。あんたこそ、なんでそんなに行きたいのよ。大人ばっかりでつまんないでしょ」


 アンナは若草色のワンピースを取り出して長椅子にバサッと放るとジェレミアに向き直った。ジェレミアは口をへの字に曲げていた。


「つまんないけど……でもアンナが行くから」

「じゃぁ私が行かないんだからあんたも行かなくて良いじゃない。はい、この話はおしまい。ねぇ、着替えたいから出て行ってくれる?」


 アンナが追い払う様にあしらうと、ジェレミアは引き結んだ口の端をもにゃもにゃっと動かした。


(あ、やば、泣く……)


 この仕草は彼が昔から演技も含め泣き出す時の合図だった。みるみるうちに大きな深緑の瞳に涙が溜まり今にも零れそうになる。


「お前の、そういう所が嫌なんだよ……だから社交会に行きたいんだろうが……」


 涙目の鼻声で訴えるジェレミアに、中身三十路の女がまだ13の幼気な少年を虐めているような気になってアンナは動揺する。


「ジェレミア、ちょっと落ち着いたら? あなた感情的になり過ぎ——」

「3つしか違わないのに、いっつも子供扱いして……俺のこと全然対等に見てくれない。だから……そういう場所に行けば、ちゃんと……って思ったのに」


 臨界点を超えてジェレミアの両目から涙がボロボロッと零れた。


「行かないって……じゃぁいつ見てくれるの俺の事? いつもと一緒じゃぁ、ずっと従兄弟のままじゃん」


 作中、主人公に子供扱いされた悔しさから泣き出してしまうシーンに、なんと女々しく子供っぽいキャラだろうと一蹴していた杏奈だったが、ここに至って目の前で涙するジェレミアに、アンナは当時とは違った感情を抱いてしまった。


(か……可愛い……。感情昂り過ぎて泣いちゃうなんて……可愛過ぎでしょ。必死にこっち睨んでるのに涙ぼたぼた流しちゃって……思わず抱きしめたくなっちゃったあの時の貴女の気持ち、ついに分かっちゃったわフェアリーナ!)


 しゃくり上げだしたジェレミアを前に、アンナがキュンキュンした気持ちに負けて抱きしめたい自分と、ややこしくするなと自制する自分との間で揺れていると、コンコンっとノック音がして、開け放たれたままのドアからリーナが覗き込んでいた。

このまま考え込んでいると一から消してしまいそうなので、もういいやと投稿しちゃいました。

昨日まで必死でやり込んでいたアプリを次の日の朝唐突に削除するという自分の中の狂気が目覚める前にガンガン行ってしまおうとするも立ちはだかる羞恥心に戦いを挑む毎日


お読みいただきありがとうございました。

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