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三十二話 クレープのせいにして ②

前回のあらすじ——


走って逃げてきちゃったけど、急に主役だって言われて、灰にボソボソぎゅってされて、ここから歩いて帰るのもキツいしどうしたらいいの! パニック!

座り込んでたら神来た……と思ったら橙だ!

これはややこしくなりそう……だけどもう歩きたくないからおんぶに抱っこで甘えちゃおう。なんたって私は甘やかされて育った公爵令嬢なんですもの。

って、本当に抱っこはしなくていいから! やめてよ無駄に王子様演出! そんなんで払拭出来ないからねおっさんという事実は!

あー、でもクレープ奢ってくれるような小金持ちのおじさんには、たまには付き合ってあげてもいいかも

「そうなんだ、あいつは昔から心根の優しい奴なんだ。ちょっと前は思春期でつんけんした態度だった時もあるが、最近また一緒に出歩いてくれるようになってな」


 クレープを頬張っている時よりもニコニコキラキラして話すライオットの様子に、アンナは弟への深い親愛を感じとる。


「歳が離れて見えたけど、仲良いのね」


「あいつとは15も離れてるからな。産まれた時もはっきり覚えてるもんだから、幾つになっても子供の時のイメージのままで、まぁ、成人した男におっさんが言うのもおかしい話だが、可愛くてしょうがないな。

 小さい頃から俺に付いて回って、何処に行くにも一緒で。街中をあっちこっち連れて歩いて流行り物を見せてやったり買ってやったり、スイーツ店巡りもして……たんだが何でか甘党には育たなかったな。小さい頃から興味なかったのかもな」


 ハハハとライオットが笑った。アンナも一緒に微笑んだが、ライオットの言葉がチリッと記憶のどこかを掠めた気がした。


「大きくなってからは店に入るのが恥ずかしいって次第に付いて来てくれなくなって……だがあいつが1年前に騎士団に入ってからは、たまにまた一緒に来てくれるようになってな」


「弟さんも⁈ 2人とも王国騎士団員なの? すごぉい!」

 アンナは感嘆の声をあげる。


 ここエバーラインは封建制度の国家であるため領地を賜る以上は例外はあるが国の為に軍役奉仕を伴う。その為多くの領主は騎士として兵を率いる軍人だが、抱える兵の大半は私兵であり維持費もまた私費である。


 王国騎士団には諸侯の中でも優秀な一握りの騎士達が所属しており、入団が叶えば諸費用は国持ちになり給金も支払われる。


 馬に装備に従騎士に……領地の収入だけでは困窮する狭領の諸侯にとっては、王国騎士団に入る事は諸々の莫大な維持費が免除され給金も出るとあって大きな助けとなる上、何より優秀な騎士として認められた証左であり誉れだった。


 毎年行われる入団試験は難度も倍率も高い事で有名で、一人も合格者がいない事もザラにある。さらにそこをパスして入団したからといって一生安泰とも行かず、能力の劣ると判断されれば入れ替えられてしまう為うかうかしてはいられない。王国を守る要とあって、常に切磋琢磨を求められる厳しい場所なのである。そこに揃って入団しているのだから彼ら兄弟は甚だ優秀なのだと窺える。


「ははっ、褒めてもらえると嬉しいが、オラジェ家の跡取りとしては当たり前でなきゃならないんだ。我が一族は先の戦争の折に、武勲でもって一貴族の端くれから侯爵の地位まで成り上がったんだからな。強くなきゃならない。それが誇りだ」


 王族に連なる家系にしか公爵位は与えられないこの国において、ヴェール家のような古くから続く大貴族でもない限り、実質諸侯の頂点と言える侯爵の地位を得るには、相当な武勲やそれに匹敵する貢献がなければならなかった。


 それを成したオラジェ家の武功がいかにすごかったか、そしてそれを誇りに平和の時代にも維持する努力を怠らない彼らの姿勢にアンナは感心するばかりだった。


「ただあいつが入団して来た時は正直驚いたな。リオは頭も悪くないから、判事や弁護士や……そう言った仕事に就くと勝手に思っててな。だから、騎士団に入って来た時は本当に驚いた。嬉しくはあったがな」


 当時を懐かしむ様に目を細めて運河に目をやったライオットに倣って、アンナも足を止めて運河を見た。空の天辺から降り注ぐ太陽光がキラキラと反射して、直視するには眩しい程だった。


「弟さん、貴方のこときっと尊敬して憧れてるのね。貴方の背中を追いかけて来るなんて」

「尊敬か……そこまでは、どうだろうな……あいつが素っ気なくなってからは逆に俺が付いて回ってたこともあって、ウザがられてた時期があったからなぁ……」

「え、何それぇ? 出かける度に逐一ついて行ってたってこと? それは流石に……」


 顔を顰めてそう言いかけたが、チリッとまた記憶のどこかを掠められた気がして言葉を切った。


 逐一ついて来るとはまた違うが——そもそもあまり出歩かなかったので——ライオットと弟の関係が杏奈の思い出と重なる気がしたからだ。 


 その当時、流行っているらしい物をそうとは知らずにいつの間にか目に手にしていた。それは何故かと言えば、買い物やイベント、話題のスポットにと常に双子に連れ歩かれていたからだ。


「なんで」


 ずっと分からなかった事がある。パシり? お財布? 荷物持ち? それとも引き立て役だろうか。何の為にいつも連れて行かれたのか。そう思ったら口から疑問が零れていた。


 当然ながら自分への問い掛けだと受け取ったライオットは、店先で彼の弟が見せた表情と良く似た、恥ずかしそうな顔をして言った。


「いやぁ……我ながら過保護過ぎてどうかしていると思うが……その、見ていない所で何かあったらと思うと心配で気が気じゃなくてな……。危険な事はもちろんそうだが、楽しいことや初めてのことも、出来るだけ一緒にいて喜ぶ姿を側で見届けてやりたいと思っちまうんだよな」


 ハハハハッと赤い顔をして大きな声で笑ったライオットを前に、アンナは埒外の答えに挙動が止まる。

 心配? あの外面が良く粗暴で激烈に口汚い、けれど天使の様な見た目の双子が? そんなわけがない、と否定する。

 

 それらは仲の良い、弟を可愛がるこの男だから持ち合わせた感情だ。双子に当てはまる事例ではない。例え同じ事象をなぞっていてもその解釈には至らない、とアンナは否定する。


「お嬢ちゃんの姉さんも多分同じだろうな」

「え⁈」


 だからその考えを即座に否定された形の発言に驚いてアンナはライオットを見た。双子のどこが同じなのか、あの姉達の何が同じだと言うのか。そんな筈はないのだ。


「この前会った時の心配のしように同じものを感じたからな。俺に負けず劣らずフェアリーナ嬢は過保護なんじゃないか?」


「あ、え……この前って……リーナ、姉様のこと……?」


 カラカラと笑うライオットに意表を突かれたアンナだったが、彼が双子の事を知っている筈は無いのだから、姉と言えば当然フェアリーナのことを指している。


 しかし姉と言われて自然と双子を思い浮かべていた自分に気付いてアンナは動揺していた。


「そうよね、そう、私の姉と言ったらリーナ姉様。双子とは正反対に私を溺愛してくれる美しく心優しい理想のお姉様。そして過保護で厳格な主人公の守護……天使……」


 アンナは呟いて、思い出してしまったこの世界で直面している現実と、頭を占めていた前世の記憶を振り払うように頭を振った。


(何で双子の事だと思ったんだろう。私はもうメレディアーナで姉はフェアリーナなのに。双子の事考える必要無いし、そんな暇あったらお姉様の幸せの為に攻略法を探さなきゃいけないんだから……だから……)


 思えば思うほど不思議と双子との記憶が蘇って来る。


 お揃いの服を着て出掛けた幼少期、引け目を感じ出してお揃いを避けるようになった小学生時代、はっきりと差を感じるようになり眼鏡を掛け出した中学生時代。この頃から双子の当たりが強くなって来て何度となく眼鏡を壊された。


 避けようとしているのに執拗に近づいて来る双子にあちこちと連れ回され、自宅では毎晩共にラブ・バーストを攻略する日々。


 常にと言っても過言では無い程同じ時間を過ごした、明るく眩しい双子のサラサラの後ろ髪と振り返って見せる笑顔が鮮明に思い出される。


 眩しい。眩し過ぎて隣に居るのが辛かった。


 何故こんなにも思い出すのか、と思ってアンナは手にしたクレープに目を落とす。いつも知らぬ間に手にしていた流行り物の数々。それらは全て双子が齎らした物だった。


「……このクレープのせいか」


 アンナは記憶の蓋の緩みをクレープ(流行り物)のせいにして、初夏の日差しに晒されてヘタれてきたそれに齧り付いた。


 これさえ目の前から消えてしまえば、双子の事など思い出さずに済むような気がして。そんな、急にむしゃむしゃと食べ出したアンナを見てライオットはハハッと笑った。


「だがフェアリーナ嬢が過保護になるのも分からんでもないな」


 ライオットの存在を軽く忘れていたアンナはハッとしてクレープから顔をあげる。中身が溢れ出すのもお構いなしに乱暴に頬張ったので口の端にクリームがついている。それを見てライオットがまた笑った。


「急に黙ったと思ったら一心不乱に食べ出したり、公爵家のご令嬢が一人で長距離歩いてみたり、行動が幼子のように突拍子もなくて心配でならないだろうな」

「幼子って……馬鹿にしてる?」


 確かに傍から見れば貴族の令嬢にはそぐわないおかしな行動ばかりしている自覚はあるが、はっきり言われればまだしも暗に幼稚だと言うような言い回しにアンナはカチンと来る。


 軽く睨みつけるアンナに、ライオットは弁解するように軽く手を振って数歩歩み寄った。


「気に障ったなら悪かった。幼子って言うのは、そうだな……つまり……」


 そして胸の前に掲げていた手をアンナの顎の下にそっと添えると軽くクイッと上向かせて、親指で口の端のクリームをスッと拭った。


「……可愛くて目が離せないって意味だ。付いてるぞ」


 困ったような顔で、けれど優しく微笑んだライオットの突然の顎クイにアンナはまたも不覚を取る。ボンッと音がしたかと思うくらい一気に顔が熱くなって紅潮したのが分かった。


 20も離れたおじさんに、しかも姉の相手として「無い」と断じた相手にときめいてしまった自分の男性への免疫の無さに恥ずかしくなって、アンナはパッと顔を運河の方へ逸らした。


 相変わらず眩しい水面に反射するキラキラが、隠そうとした頬の赤味を照らしているようだった。

手元に割ってない状態で三十話くらいまではあるのですが、作り直そうか悩み出してしまったので遅くなるかもしれません。

お読み下さってる方がいらしたら申し訳ないです。


お読みいただきありがとうございました。

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