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三十話 別の世界線

意外にも目安付近の文字数で収まっていました。

そろそろ頭蓋骨の裏側が痒くて読み直せない。


前回のあらすじ——


着いたぜ図書館! 探すぜ手掛かり!

と思ったけどあまりの本の多さに入る前からゲロ吐きそうよ、つか一口は出たわ

あーあ、なんか奇跡起こんないかなっと(戦意ゼロ)

ん? あれ、ちょっとまって、もしかしてあれって……

! やっぱり! ラブ・バーストのファンブック!

あぁ、再会出来て嬉しいわ! 心の底から愛してる(ペロペロ)

ほーほー、なるほど、うへへうへうへ

そうだったアナザー版もチェックしなきゃ!

……って、はぁ⁈ どういうこと⁈

それって、つまり、この世界の、主役って……

 締め付けられて血流を止められているかの様に頭がドクンドクン脈打っている。のぼせたようにクラクラしてきて目の前が暗くなる。


 思えばずっとここに書いてあるような違和感を感じ続けていたのだ。同じ世界で同じ登場人物、知り尽くしたイベントの数々。


 けれど展開が違う、リーナと絡むはずのシナリオが違う。まるで設定が同じでよく似た別の世界のようだと少なからず思っていたのだ。


 その予感を無視し続けてきたのは女神の言葉を自分なりに解釈してしまったからだろうか。


 アンナにとっては能力をフルに生かして無双出来るとは、すなわち知り尽くしたこの世界のノウハウでもって姉の最強の黒子としてモブに徹する事だったが、女神は対象を的確に攻略し誰とどんなエンドでも自由自在に選び取れる能力でもってこの世界の無敵の主役に据えてくれたのだ。


そう悟ってアンナは受け入れざるを得なくなる。自分が愛してやまないラブ・バーストとは別の世界線、アナザーストーリー版に転生させられていたのだと。


「女神、違うよ……それは私じゃ無いんだって……私はモブなんだから……世界の主役はお姉様じゃなきゃ……」


 震える声で呟いてハッとする。

「そうよ……お姉様は? お姉様はどうなるの⁈ お姉様の幸せな結婚は何処へ行ってどうなっちゃうの⁈」


 バッと色褪せ気味の紙を乱雑に捲って、アナザー版の主人公メレディアーナと姉フェアリーナが並んで笑んでいるページを開く。そこに描かれている2人は紛れも無く見慣れた自分と姉だ。アンナはそれぞれの隣に書かれている解説に目を走らせる。


《今作で初お目見えとなったメレディアーナはこんな女の子→→

 天真爛漫でいつだって明るく元気! フットワーク軽く自由に時には無謀にどこでも飛び回る! その良家の令嬢らしからぬ自由な振る舞いと素直さ故の率直な発言は周囲の人の心の芯に響いて変革を齎すよ! 

 神秘的な雰囲気を纏って天使と呼ばれるお姉ちゃんに対して、明るく元気に飛び回る可愛らしい姿はサイズの小ささも相まって巷では妖精って呼ばれてるの》


「……あまりにも会う人会う人妖精って言うから、女の子を一纏めにして呼ぶ仔猫ちゃん的なやつか、YO! SEY! 的な呼び掛けが流行ってるのかと思って途中からスルーしてたけど……ガチで私の事だったの……」


《物語はオリジナル同様主人公が初めて夜会に参加する所から始まるよ! お姉ちゃんにくっついて煌めく世界に足を踏み入れ浮かれてハメを外しちゃったメレディアーナは、そこで白と黒のイケメン騎士に出会いめくるめくラブゲームの扉を開く! 

 メレディアーナの幸せは果たして誰と共にあるのだろう⁈》


「ぐっ……あの夜会……出会わされてたのは私の方……」


 ここがオリジナルの世界でない事の表徴はあらゆる場所に散りばめられていたことに、逸早く気付いていれば対処可能だったのではないかとアンナは唇を噛んで姉の説明を読む。


《オリジナルの主人公心優しいフェアリーナは今作では愛する妹のサポート役……と思わせて実はお邪魔虫、はたまたライバル⁈ 

 可愛い妹を溺愛するが故に、悪い虫が付かないよう超絶過保護に堅守する姿は正に鉄壁の守護天使! 

 堅牢な天使の両翼をすり抜けて、意中の相手と真実の愛を育み溺愛される幸せな未来を掴み取ろう!》


「それだけ⁈ お姉様の恋愛はどうなってるのよ⁈ お姉様が主役じゃないなんて許されない! 何処かで何かしたらオリジナルルートに戻れるとかないの⁈」


 隈なくページに目を走らせるとフェアリーナの足下に煽り文が添えられている。


《ここだけの話だけど、ゲームの進め方によっては禁断のルートに突入出来るらしいよ。しかもそのルートではなんとあのフェアリーナが……⁈ おっと誰かが呼んでる……喋り過ぎちゃったかな?》


「小芝居とかいいからハッキリ書きなさいよぉ! お姉様がどうなるの!」


 ぐぐぅっと本を持つ手に力が入る。ページの端を握りしめてアンナは必死に拾い上げた情報を繋ぎ合わせて考える。


(ここは間違いなくアナザー版の世界。お姉様はここでは主役じゃない……言われてみれば攻略キャラに接触するのを避ける様な行動や言動をとってた。それは引いては常にくっついてるメレディアーナを相手役から遠ざける為の守護天使としての行動……。

 それで今朝のお姉様の豹変もなんとなく分かってきた。私がお姉様が不在の間に白と黒と接触したから、それを感知して怒ってたんだわ……)


 アンナは今朝のリーナの穿つ様な鋭い眼差しを思い出す。堅牢な翼の間隙を突いて抜け出た妹に、警戒の網目を潜って接触してきた白と黒に憤怒していたのだ。


「これら全てはここに書かれている通りの流れ。お姉様は用意された役割とシナリオに沿って行動してる。だったらもしオリジナルに繋がる様なルートがあれば、主役に戻せる可能性は残ってるんじゃないかしら?」


 アンナはそう呟いて今し方読んだ部分の一つの単語を指でなぞる。


「ライバル。お姉様の邪魔をする形になるのは不本意中の不本意だけど、取り合ってこっちが負けるって形を取れれば、お姉様の幸せな結婚にこぎつけられるんじゃないかしら? 

 愛した人が愛する姉に奪われたうえに義理の兄になって繋がり続けるとか、メレディアーナにとっては切な過ぎる不幸なエンドだけど、もしかしてこれが禁断のルートってやつなら狙うしかない」


 アンナは僅かな希望を持って禁断のルートを開く鍵の手掛かりを探し次々にページを捲る。


 何か、何か、何かないか。


 ページの端を上手く捲れない手に焦りを感じながら、血眼になってこの希望を確信に変える何かを探す。1ページ毎に隅から隅まで読破し、リーナに繋がる情報を探していたその時、ピタッと目が止まった。


「……魔法……」


 手を止めたそのページには、ファンブック購入者がゲーム内で特典を受け取れるコードが記載されていた。その中に魔法と言う文言を見つけアンナは閃く。


「……これだ! そうだったこの世界には魔法がある! どんな不思議な事だって魔法が存在すれば何とでもなるのよ! これならお姉様が主役のルートにだってきっと!」


 希望の尾を掴んだアンナは特典で貰える魔法の香水について説明された次のページを期待を込めて捲った。


 そこには褐色の肌をして露出の多い民族衣装を着た猫耳の女性が、魔法使いと呼ばれる黎明の民として描かれ、綺麗な薄紅色の液体が入った小瓶と変わった形の草を幾つも持ってウインクしていた。


《この世界の歴史に登場する女神に最も近い黎明の民族は、神秘の薬草から抽出したエキスで特殊な香料を作り出し幻覚を見せる、魔法使いって呼ばれてる存在なんだ。

 そんな魔法使いが王都で魔法の香水ショップを開くんだって。なんとなんと不思議なことに、この香りを纏うと幻覚の作用で見た目が変えられちゃうんだよ! 

 魔法の香水の組み合わせで主人公メレディアーナのメイクや服をあなた好みに着せ替えちゃおう!》


 思い返せばジェレミアの一件から魔法の力に期待の糸を張りに張っていたアンナは、頭の中でそれがブツンと弾けるのを聞いた。


「——どうとでも出来る最強のツール(魔法)をくだらん着せ替え如きに使うなぁぁぁっ!」


 リーナのシナリオに干渉出来るようなツールだと半ば確信し期待していたものが盛大に裏切られて、アンナは憤って大声で叫ぶと極厚のファンブックを足元に投げつけた。


 しかしアンナは失念していたがそこは背の高い脚立の上。床に叩きつけたつもりだったそれは足元の狭い足場を逸れて斜め後ろに落ちて行き、マズいと思った時にはもう遅く、およそ本が立てたとは思えない重い音を立てて脚立の足にぶち当たった。


「ひやぁっ!」


 ゴガンッと言う鈍い音とともに物凄い揺れが来て、アンナはバランスを崩して脚立から遥か下の床へと投げ出されていった。


(やだ……私またあの本に殺されるの……?)


 脚立に掴まろうとした手が無情にも空を掻く。天井を仰いで落下していくアンナの目には世界がコマ送りの様にゆっくりと動いて見えた。杏奈としての最期に感じた不思議な感覚をまた味わって、アンナは死を予期して背中から床に叩き付けられる覚悟をして目を瞑った。


 ドサッという音を立てて床に落ち、痛みと衝撃に耐えるべくグッと歯を食いしばったが、一向に死ぬほどの痛みが来ない。


 杏奈の最期もこうだったと、ギュッと瞑った目を恐るおそる開ける。そこにはきっと前と同じで女神がいる事だろうと思ったが、目の前にはまだ揺れている脚立の足と本棚が変わらずあった。


「あ……れ? 生きて……る」


 ぼんやりする頭で脚立の周りに無造作に投げ出された無数の本を眺めていると頭の真後ろで声がした。


「……メレディアーナ、大丈夫ですか?」


 その声に頭の靄が一気に晴れてバッと後ろを振り返るとエドゥアルドの顔が間近にあった。


「あ、え……あ?」


 急に美しい顔が目の前に現れてドギマギするアンナにエドゥアルドが少しばかり苦しそうな顔をした。


「お怪我はありませんか? あの高さから落ちたんです。私が間に合わなかったら……危うく……」


 言われてアンナは、脚立の上から落下した自分をエドゥアルドが受け止めてくれたのだと気付いた。見れば背中を預ける形で寄りかかるようにエドゥアルドを下敷きにしている。


 慌てて離れようとするもロングスカートが絡まって上手く足が動かず踠いていると、ぎゅっと、後ろから抱き締められた。不意の出来事にアンナは身を固くする。


「無茶を……しないでください。心臓が止まるかと思いました」


 アンナの心臓は今正に止まりかけている。男性に抱き締められたことなど通算で考えても父以外無いのだから。


「私が受け止められたから良かったですが……貴女がもしあのまま落ちていたらと思うと……本当に……」


 ぎゅぅっとアンナを抱き締める腕に力が入った。エドゥアルドの身体に密着した背中がドクンドクン脈打つ彼の鼓動を拾う。いや自分のものかもしれない。それも判別できないくらい二人の距離は近い。顔が熱くなってくる。


「……こんなに誰かを心配したのは初めてです……失うと思って怖かったのも……」


 アンナの肩口にエドゥアルドの顔が埋められ、足元に散らばる本から動かせない視界にアッシュグレーの髪が入り込む。段々と苦しくなっていく心臓に、煩く鳴る鼓動がいよいよ自分のものだと認識する。


「貴女といると初めての感情ばかり抱きます。今だって貴女を思って拍動がこんなに早くなって……こんなこと初めてで、これがどういう感情なのか、自分に戸惑っています」


 耳元で呟かれる抑揚はないが穏やかな声に首筋がぞくっとしてアンナは息を詰めた。アンナとてこんな風に抱き締められて耳元で囁かれるなんて初めてなので戸惑っている。


「貴女は私に色々なことを気付かせてくれます。新しい視点や私に足りない物、つまらないと思っていた自分にも誇れる部分があること」


 ぎゅっとアンナを抱き締めていたエドゥアルドの腕が緩んで、アンナの肩に凭せ掛けていた頭が離れた。


 やっと呼吸が出来る気がしたが、エドゥアルドに抱き締められたままな事に未だ変わりはない。長身と言う程でもないし属性としてはもやし伯爵と同等の体格だが、アンナが小柄な事もあるとはいえすっぽりとその体躯に収まってしまえる事に、今まで美人としか認識していなかった彼の中の男性性を強く意識してしまって一気に熱が上がる。


「貴女のおかげで気付き変われた気がするんです。貴女と出会えたから……今も自分がこんな感情を他者に向けられる人間なんだと気付けた」


 その言葉にドキンッと鼓動が鳴った。


 それはオリジナル版でエドゥアルドが夜会を通して逢瀬を重ねた姉に言う、親愛度が高まった証左の台詞だったからだ。


 のぼせていた頭に姉の姿が浮かび、まだライバルとなりオリジナル版へ軌道修正出来る可能性が僅かある事を思い出してハッとしたアンナは、その次に続く決定的な台詞を聞いてしまったら姉の入る余地が無くなるのでは無いかと焦り出す。


「不思議ですね。初めて持った感情なのに、これが何なのかおそらく知っています」


 焦るばかりで言葉も発せず固まったままのアンナの身体を、エドゥアルドが軽く引いて横抱きするような姿勢にした。


 自然と顔が上向くと、そこへいつもの無表情とはうってかわって、柔らかく控えめに微笑んだエドゥアルドの顔が覗き込む様に現れた。


 ダメだ、言わせるな、止めろ。


 そう脳が指令を出すのに手も足も口も目線でさえも、優しい色をした藍色の瞳に溺れて自由にならない。


「出会って間もない貴女に、まだ年若い貴女に、こんな事を思うのはおかしいと自分でも思います。けれど、しっかりと向き合いたいんです。自分にも貴女にも。どうか受け止めて頂きたい」


 湖を思わせる藍色がアンナを捉えて離さない。トクトクと心臓がまた早くなる。一度冷めかけた熱が瞬時に戻ってきて顔が紅潮する。身体も顔も頭も熱い。熱すぎてもう耐えられない。


「メレディアーナ、私は貴女のこと——」



「きゃーーーーーーーーーっ!」



 漂う甘い雰囲気に耐えきれなかった鼓動が、喉を通って悲鳴となって静謐な図書館に響き渡った。図書館に居たモブもエドゥアルドも酷く驚いた顔をしている。当のアンナも真っ赤な顔をして自分の出した巨大な叫び声にびっくりしていた。


「メ、メレディアーナ……」

「や、あの、あの……」


「どうかされましたか⁈」


 先程からガタガタと音を立てていた事もあって、悲鳴を聞いた図書館職員が階段を上ってこちらに向かって来ていた。その第三者の声に弾かれてアンナはバッと立ち上がった。エドゥアルドはそれを床に座ったままポカンと見上げている。


「あ、あの、私……よ、用事を思い出したから、帰ります! さよなら!」


 アンナは言うだけ言ってエドゥアルドを見もせず身を翻すと、登って来た職員と入れ違いに階段を駆け下りた。


 後ろでエドゥアルドの呼ぶ声がしたが、アンナは振り返ることなく走って、甘い空気感の余韻が残る図書館から急いで遠ざかった。

そろそろ恥ずかしくて耐えられない

ずっと恥ずかしいけど、いよいよ耐えられない域

でも書く


お読みいただきありがとうございました。

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