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二十八話 化かしていたのは ①

前回のあらすじ——


ちょっとちょっと、人ん家の事情勝手にペラペラ喋り出しちゃってイケメンだからって許される?

まぁ、聞いちゃうけどね。自分の噂は流されたら嫌だけど人の噂には興味あるもんじゃん女って(暴論)

ふぅん、なるほど、悲劇の別れからの感動の再愛

こりゃぁワンポイントゲッターのモブのくせにファン投票で票が入っちゃうタイプのやぁつ

私も感動しちゃったもん

そんなに2人をサポートするなんて仲良いんだね白

と思ったらそんな深い仲でもなかった

なんでそこまで出来るの? 利用されてるのに

……あぁ、どうしよう、自分がすっごく恥ずかしい

この人は利用云々なんて考えてもいなかった

純粋で素直でとっても優しい考え方をしてる人だったんだ

この優しさでもしも自分だけに愛を囁かれたら溺れてしまうかもしれない

だって左頬の熱がいつまでも冷めないから

 左頬がまだ熱い。そんなわけないのだがそんな気のする自身の頬を撫でながら、アンナは昨日のマティアスを思い返す。


 あの顔であの距離で、優しく眩しい彼の琥珀の瞳に見つめられて正気を保てる方がどうかしている。


 アンナが辛うじておかしくならずに済んだのは、今目の前で、昨日の夕方に帰って来てから従姉妹の話を聞かせ続けてくれている姉が、彼の優しい眼差しを永遠に享受出来る真のお相手だと知っていたからだ。その意識が無ければ多くの令嬢達と同じように彼に堕ちる所だった自覚があり、危ない、とアンナは思った。


(流石は乙女ゲームの主要攻略キャラね。大分流されかけたわ……ってことは、お姉様も真正面から向き合えば土壇場でそちらへ向かう可能性もある? となるとやっぱりまだ捨てられないから、次のデートイベントはどうにかして起こさなきゃ……)


 そう思って余程楽しかったのかお喋りの止まらない姉を見る。ここまでの過程で成果は別にして姉の心が誰に向いているのかが全く読めない——明らかに外れた奴だけは分かるが。


 出会いが済んだだけのキャラもいる中、姉の態度から残り二週間で攻略するのにどう方向付けしていいかアンナは悩んでいた。


 キャラの親愛度を高めるだけでなく、やっておいた方が優位に進められる事がこのゲームにもあるのだ。それが父に媚びること。


 父に媚びてご機嫌を取るとゲーム内通貨のお小遣いを稼げ街中のショップで買い物が出来る。攻略キャラ毎に親愛度を上げ下げするアイテムを購入することも出来るが、それよりも大切なのが、最終日の舞踏会においてパートナーを任意のキャラに決定できるアイテム「女神の風切羽」と、使用することでボムに強制的に遭遇できる、ボムの渾名の由来と言うかまんまであるアイテム「ストームボム」を手に入れる事だ。


 これが無ければ最終調整が出来ず、特殊なエンドへは辿り着けない。トゥルーエンドは実直に積み重ねていればどのキャラも迎える事は可能だが、ボムが存在する以上、彼を無視することは攻略マニアのアンナには出来ない。せめて上位二人の親愛度を並べて決闘エンド位は起こして見せたいのだ。


 しかし中々に高額なこの2つを手にするには、空いた時間は父の所へ通い詰めるレベルでないと今からでは資金が用立てられない恐れも出て来る。


 つくづく無駄にした1週間が悔やまれる。けれどまだ間に合うので一刻も早く絞り込んでもらい空き時間を増やして欲しい所なのだが、当の姉は恋愛から一歩引いた所にいるように見える。


 出会った段階で相手に対し何かしら気に掛かっている筈なのだが一切そうは見えず、従姉妹の話に花を咲かせ続ける姉に焦りを覚えてアンナは切り込んだ。


「ジェーンが結婚するだなんて、自分のことのように嬉しくなっちゃうね」

「本当に幸せそうで。会いに行って良かったわ」

「お姉様は? 幸せそうなジェーンを見て触発されたんじゃなくて? どなたか気になる方と未来を想像したりしないの?」

「そうね……いつか出来たらと思うけど、今はまだ想像できないわ。ジェーンの様に心から愛し合える人と出会えたら……いいとは思うけど」


 姉の消極的な物言いにアンナはジリジリする。


「そういうお相手が出会ってる人の中に居るかもしれないわよ? まだよく知らないだけで将来お姉様の事をうんと愛してくれて幸せにしてくれる人。誰かいらっしゃらないの? ちょっとでも気になる方。もし、いるなら私が必ず幸せに……」


「そうねぇ……まだ特にいないかな。でももしもそういう方に出会ったら気付くものなのかしらね。あぁ、私はこの人を待っていたんだって」


 なまじこの世界の道徳に則って王道な恋愛結婚をした従姉妹に理想を見たのか、リーナは夢見る瞳でそう言った。


 ラブ・バーストは言ってしまえば難のある人達と親愛度を積み重ね、心からの愛を芽生えさせて恋人になるゲーム。一撃必殺で出会った瞬間恋に落ちはしないのだから、姉の願いを叶えるには最終的に振り返った時に、この人だったんだと思ってもらう以外にない。


(絞るにはまだ接触が足りないか……)


 夢想するばかりで現実に落とし込むにはまだ早い段階の姉にアンナがふぅっと溜息を吐くと、今度はリーナが聞き返した。


「ねぇ、アンナは? 昨日パーティーに行ったって聞いたわよ? 誰かそういうお相手がいるの? それにお父様がご機嫌で、頻りに社交会に行くように言われたんだけど……何かあったの?」


 にこやかにそう言ったリーナだが、見開かれた大きな瞳に心なしかピリッとしたものを感じてアンナはそれまでと少し空気が変わったのを感じとる。


「あぁ……お父様は色々誤解が解けてスッキリしてるのよ、きっと」

「誤解? 何に……誰に対してかしら?」

「えっと……あの、なんだっけ? 聞いとくね」


 にこやかだった姉の瞳に急に暗い陰が差した気がしてアンナは咄嗟に明言を避けた。


「そう……それで、パーティーの方は? どちらの?」

「ピオヘルム伯爵って分かるかしら? その方のお屋敷で……」

「存じ上げないわ。いつお知り合いになったの? それとも別の誰かにお誘いされたのかしら?」

「えっ……と……」


「それは私の知っている人かしら?」


 口許は笑んでいるのに瞳は蝶を昆虫針で射止めるようにアンナを垂直に捕らえ、口調には糾弾の色が混じる。怒りの燻る匂いを嗅ぎ取ってアンナは口籠った。リーナのこんな表情を見た事はない。明らかに敵愾心を向けられているが、急に態度を豹変させた理由が分からず困惑する。


「だれ?」


「それは……」


「メレディアーナ様、お迎えがいらっしゃいました」

 アンナがリーナの強い眼差しに怯み言い淀んだ時、続き間になっている隣の部屋から顔を覗かせた侍女が来客を知らせ、助かったと思ってアンナは立ち上がった。


「ごめんなさいお姉様、私今日エドゥアルド卿と図書館に行く事になってて……」

「図書館……二人で?」

 リーナがどこか痛んだかのように一瞬だけ眉根を寄せた。


「そうなの、ちょっと調べ物があって、課外授業みたいな。大丈夫早めに戻るわ、だって今夜の夜話会の支度もあるしね。いってきまぁす」


 リーナにそれ以上何かを言わせる前にアンナはそそくさと部屋を後にして玄関へ向かったが、リーナの睨めつけるような薄緑の瞳に心臓がまだバクバク言っていた。


「びっくりした……お姉様どうしちゃったのかしら。お父様がクロードの事何か言ったとか? それで気分を害したんだとしたら納得だけど……それにしても怖かった……」


 怒りか叱責か、自身に初めて向けられたリーナの怖気がする程の厳しい目に、肝の冷える思いのしたアンナは服の胸元を掻き合わせてエドゥアルドの元へ向かう足を早める。


 普段優しいリーナの豹変ぶりは気になるが、今はとりあえず頭を魔法の攻略に切り替えなくてはいけない。図書館でなんとしても魔法システムに関して手掛かりを得なければ、この先の攻略に重大な支障をきたす事は明白だ。


(必ず見つけて止めて見せる。ただこのシステムが何の為に有るのかは分かった気がするのよね。

 昨日のもやし伯爵から得た知見から、彼等と同じ様に跡継ぎ同士として悲運の決別を経て再び愛しあう、愛の再燃による感動的なエンディングを迎える為の仕掛けなんじゃないかしら。

 だとしたらキャラの設定が変わった事にも納得がいくし、それなら——)


 アンナはエントランスホールで天井を仰いで叫ぶ。


「むしろウェルカム!」


 高い天井に放った声がこだまして、反響音が身体に染み込む度に己の仮説を補強された気になっていく。


(もやし伯爵のことなんて一切知らなかったけどあんなに感動したんですもの、それがお姉様だったら……想像したら今から鼻血出るかもしれない。

 きっとそうよ、感動のエンディングに持ち込むための追加コンテンツ! 

 シナリオへの作用が未知数だけど、だったら止めるんじゃなくて攻略して御してやる!)


 アンナは気炎を吐いて前庭に出ると、門の側で待っていたエドゥアルドと合流して馬車に乗りこんだ。


 乗り込むまでは威勢が良かったアンナだったが、普段使っている大型のキャリッジではなくエドゥアルドの乗ってきた小型のクーペに乗るとは想定しておらず、少し動けば触れてしまいそうなあまりの近さに一気にデート感が出てしまって、舗装の甘い道をガタガタ走る馬車に揺られながら大いに戸惑っていた。


(……お父様に馬車借りれば良かった……。図書館ってどのくらい掛かるんだっけ? この距離感でずっと行くの? 諸々幻覚って分かっててもこんなに近いと意識しちゃう……)


 顔が赤くなっている自覚があったので気付かれないように俯き加減で黙っている。通算三十路でもデート経験のない身では、こういった場面でどんな顔をしてどんな会話をするべきなのか分からない。


(ってデートじゃないし! 普通にすれば良いのよ普通に! 先生と生徒なんだからそういう態度と会話すれば良いだけよ)


 となるとエドゥアルド相手では変わらず俯いて黙っているしかなくなるので結局暫くそうしていると、エドゥアルドの方からアンナに話しかけて来た。


「あの、あれからまた調べてみたのですが……」

「あ、うん?」


 声が裏返りそうだったがなんとか抑え、平静を装ってアンナは返事をした。


「私の手元にある資料ではグリニドラスという名の貴族は見つかりませんでした」

「……いない?」

「一度断絶した家名を復活させたなど何か事情があるのかも知れませんね。図書館には貴族名鑑や紳士録があると思いますので、今日はそちらも探してみます」

「あ、あぁ……ありがとう……」


 そしてまた沈黙が訪れる。そうなるとまた意識の全てがぶつかりそうな右腕に集中してしまうので、アンナは堪らずなんとか話題を捻り出す。


「……そういえば、この前私のこと初めての教え子って言ってたじゃない? 他にも家庭教師してるの?」

「いえ、今はまだ。ゆくゆくは父の任を継いでそうなる予定でいますが……貴女の事を予行などと言ってしまって、その節は失礼しました」


 正面を向いたまま訥々と話していたエドゥアルドが軽く頭を下げた。


「嫌味で言ったつもりはないけど……でも、継ぐってつまり……」

 アンナは期待を込めて灰色の髪の間から覗く綺麗な横顔をチラッと見る。


「グリース家は代々、若年の王族方の学術指南役を任されている家の一つでして、父が引退となれば嫡男の私がその任も継ぐ事になっています」


 ほらね! とアンナはニヤリとした。


(こいつもいつの間にか嫡男になってる。これで私の仮説は確定ね。魔法の正体見たりよ。

 謎なのは幻覚を起こす理由だけど……このシステムの攻略に関わるのかしら。とにかく感動エンドの為に攻略の手掛かりを集めるわよ)

誰か一人を贔屓しちゃいけないから! バランス取らなきゃ! って気持ちが強すぎたけど、エピソードの弱い人はその枠から出ても良かったかもなと思い始めています


お読みいただきありがとうございました。

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