二十七話 純粋で素直でとても優しい ②
人ん家の事情をペラペラ喋る奴は信用しちゃいけん例えイケメンでもな!いや、イケメンだったらやっぱその限りじゃないかもって思う回
前回のあらすじ——
ちぃっ、しょうがない、モブを巻き込んじまった責任じゃぃ、来い! ゴリモブ! 勝負じゃ!
敵「ウホーッ!」
いけない! 我を忘れてる! 心の闇に飲まれたりしないで! 本当の貴方はそんなんじゃない! 騎士の心を思い出して!
その前に人なのかな?
あ、やばい! 挑発して遊んでる場合じゃなかった武力行使されたらこちとら非力な公爵令嬢、ぺしゃんこだわよ、きゃー!
敵?「ヒーローは自分のヒーロー性が最大限発揮される様に、大抵ヒロインがピンチになってもうダメーっていうギリギリのタイミングまで隠れて見ているものなのだよ。そうさ、セルフプロデュースの鬼と呼べ」
——ちょっと、長くなりそうだからこの後は飛ばすね! モブの話だし——
なんだかんだとあったけど、巻き込んだと思ってたモブのもやしと美女の愛が再燃して
実は巻き込まれたモブは私の方だったってこと
……が分かったんだけど、大人代表の顔してしゃしゃって来た白に
モブゴリとふざけてた事をむっちゃ怒られてる、今ここ。
マティアスは、庭で招待客に囲まれてまた大汗をかいている伯爵を見やった。アンナもそちらを見るとマティアスが徐ろに話しだした。
「ベルナール卿とレイチェル嬢は家同士も付き合いがあって幼い頃から仲が良く、自然と恋仲になったそうです。ベルナール卿は嫡男ですが十程離れた弟君もいらしたので、ゆくゆくは家督はそちらへ譲り、嫡男のいないレイチェル嬢の家へ婿入りする事で両家とも話が纏まっていたんだそうです」
「……ふぅん?」
「ところがその矢先、前ピオヘルム伯爵——つまり卿のお父上ですね——が急死され、ベルナール卿がその爵位を急遽継ぐ事になってしまったんです。弟君はまだその時11だったそうですから」
「あ! だから、家を捨てるとか別れるとかって話をしてたのね」
結婚の約束をしていた二人が嫡男と一人娘として、どちらも家督を継がなければならなくなり泣く泣く別れの道を選択したのだろうと、やっと酔っ払い男や伯爵達の話の全容が見えてアンナは膝を打った。
「……なんて悲劇……」
「……そうですね。それで先に身を引いたのはレイチェル嬢だったそうです。別れようとも家を捨ててくれとも彼は言えないと分かっていたのでしょうね。現に彼は離れた彼女を引き留めなかった」
「あのもやし伯爵の事はよく知らないけど、言えないでしょうねあの感じじゃ」
アンナの言い草にマティアスが「もやし……」と呟いて苦笑した。
「……ただ、彼女はずっと待っていたんですよ、彼がいつか自分の言葉で、結婚しようと言ってくれる事を。それが今日叶ったのは、偏に貴女の無茶のおかげでしょうね。貴女の無謀スレスレの勇敢さが彼に勇気を与えたんです。彼らに代わってお礼を言います。ありがとうメレディアーナ嬢」
胸に片手を当てて騎士っぽいお辞儀をしてみせたマティアスに、アンナはちょっと気恥ずかしくなる。
「お礼とか……私はただあの酔っ払いが本当にムカついて、一言言ってやらなきゃって思っただけだから……もやしを勇気付けようとか、思ってた訳じゃないから……」
「それで良いんですよ。貴女らしい飾ることのない振る舞いや率直な言葉が、周りを明るくしてくれるんです。彼らのみならず、貴女の言葉が放った光の矢は、もちろん私の心にも深く刺さりこの胸の靄を晴らしてくれた」
若干ポエミーが香ってきたのでややこしくなりそうだとアンナは話題を変える。
「そ、それにしても二人の内情にとってもお詳しいのね。古くからのご友人なの?」
「いいえ、ここ半年ほどの仲です」
「え⁈ でも、パーティー手伝ったり、二人の関係を良く知ってるじゃない……」
恋仲だ跡継ぎだ、と大分ナイーブかつプライベートな事を知っているのに付き合いが比較的浅い事にアンナは驚きを隠せない。
それともそう言う部分を瞬時に開示させるスキルを持ち合わせている事こそが、顔が広くモテる男たる所以なのだろうか。
不可思議を顔に浮かべてしまったのだろう、マティアスがアンナの顔を見てふふっと笑って事情を話し出した。
「顔に全部出てしまうんですね、可愛らしい。そう、私は二人とはごく最近知り合いました。元々は先代のピオヘルム伯爵と面識がありまして、家督を継がせる予定だったベルナール卿の弟君が、この先社交界に顔を出す際には手助けしてやって欲しいと言われたこともありました」
(人脈をあてにされてたってことかしら。女性とだけ交流してるのかと思ってたけど、そうじゃないのね)
ふぅんと頷きながらアンナは黙って聴く。
「ところが伯爵が亡くなられた事で一旦交流が無くなったんです。ベルナール卿はあまり社交の場に顔を出す方ではなかったので。けれど少しして今度はウォーレン家——レイチェル嬢の家です——からお声掛け頂きまして。レイチェル嬢とベルナール卿の仲を取り持つような場を作って欲しいと。そこで事情もお聞きました」
「え? でも、そんなことしたら、断絶しちゃうんじゃ……」
「ウォーレン伯爵はそれでも構わなかったそうです。大切な娘が愛する人と結ばれる事の方が、家を継ぐよりも大事なんだと仰ってました。ですが当のレイチェル嬢は私にベルナール卿の手助けと結婚相手を紹介してやって欲しいと言ってきたんです」
「なんでそんなこと? レイチェルさんはずっと伯爵のこと愛してたのに?」
「愛しているから……じゃないでしょうか。愛しているから新しい世界でも幸せになって欲しいし、その姿を見たら自分も諦められると思ったのかもしれないですね。
けれども本心じゃないと気付いてしまって。きっとベルナール卿が一言結婚しようと言ってくれれば、この方は何もかもを捨てて戻る気持ちでいるんだと。
姉と妹がいるもので、女心の機微には多少聡いんです」
ピクッとアンナはその言葉に反応する。この男には妹は居る設定だが姉は居なかった筈だ。
「へー、お姉様と妹さんが……因みにご兄弟はいらっしゃるの?」
「いいえ、男兄弟はおりません。姉、私、妹の三兄妹です」
また変わってる、とアンナは小さく舌打ちした。やはり助けてもらった事がいけなかったようだ。
「それで……交流会と称して私の知り合いを紹介する体裁を取りながら、レイチェル嬢にも何かと理由をつけて来て頂いて、ベルナール卿からの言葉を待っていたんですが今日まで一向に……それを貴女の行動が打ち破ったんですから感服します」
そう言ったマティアスの優しい笑顔にアンナは不意を突かれてドキッとして、視線を真っ赤な顔をした伯爵とレイチェルに移した。
「私は……何もしてないけど……二人が幸せになったなら良かった」
幸せそうに笑っている二人と祝福の声が響く庭を見ながら、アンナはふと疑問に思っていた事を口にする。
「ねぇ、どうしてそこまで協力したの? 特別親しくも無かったのに……どうして?」
古くからの友人でも特別気の合う仲間でもない彼らに、交流会の手配をしたり、知人を紹介したりといった労を何故惜しまず出来たのかアンナは疑問だった。
彼らは、特に親世代は明らかにマティアスを利用したいと考えていた事が掻い摘んで事情を聞いたアンナでも分かる。伝聞で気付くくらいなのだから、実際に会ったマティアスだって、自身の持つ広い交友関係を利用する事が彼等の目的だと気付いていたはずだ。
その思惑を理解していながら、それで何故今日まで何度もサポートし続けて来たのかアンナには分からなかった。
「どうして、か? そうですね……そう深く考えたことは無かったですが……あえて言うなら頼られたから、でしょうか」
「頼られたから……って、それだけ?」
「そうです。頼ってくると言うことは、困っていて助けて欲しいことがあると言う事です。困っている者を助ける、これは騎士のすべきことですからね」
「騎士の……って……でも嫌じゃないの? 貴方に近づいて来た人達って、貴方の交友関係が狙いだって丸わかりじゃない。それが……分かってて……」
チクンっとまた棘の刺さった部分が痛んだ。杏奈に近付く人達は皆、双子に近付きたい人だった。それに気付く度、自分はその為の踏み台や橋として利用されるに過ぎないのだと思い知り、友達を遠ざけた事を思い出す。
「んー……そうですね、特に構わないです。それで交流も持てるわけですし、私の持つ物で彼等の役に立てるんですから」
「……それはでも利用されてるって……言うんじゃ……」
「それでも構わないですよ、役に立てた事は事実ですから。あのお二人に限って言えば、子細を知って出来る事があれば友人となって手助けしたいと私自身が思ったから協力していたわけですし。
そう思ったのはどんな経緯や思惑であれ、知り合い、私が彼等を好きになったからです。だから、私の力添えで幸せになってくれたのなら嬉しいんです」
そう言ってアンナに向かってにっこり笑ったマティアスに、胸の奥がズキンとした。
庭の色とりどりの花に負けない、華やかでキラキラした優しい笑顔にときめいたからではない。
記憶の棘とマティアスを重ねていたアンナは、考えてもいなかった事を言われて驚き、そして自分が如何に卑屈でそれでいて傲慢だったかを思い知ったからだった。
確かに近付いて来る人達の俎上には必ず双子の話題が乗っていた。双子との繋がりを作る目的があった人も少なからず居ただろうが、ただ単に杏奈との会話の糸口にした人も居たかもしれない。それだけでなく双子を目的とした人の中にも話の合う人は居たかもしれない。
その全てを自分を利用する為だと決めつけて彼等を知ることなく遠ざけてきた。双子を主目的とせずただ純粋に杏奈を好いて欲しいと望みながら、その為に自らは何かを発信しただろうか。そして待つばかりで自ら相手を好きになったことがあっただろうか。
マティアスの言葉にそう思い至って、どうせ双子が目的だと決めつけていた卑屈さと、極端に受動的であった傲慢さに自分が急に恥ずかしくなった。
同じ様な生き方をしていると思った目の前の相手は、見上げるのが苦しくなるくらいもっとずっと明るいところに居て、純粋で素直でとても優しい考え方の出来る心の持ち主だった。
「……ごめんなさい。私、凄く失礼な事を言った。利用なんて言い方……」
卑屈な考え方をする自分と同一視した事をアンナは謝罪した。彼はそれこそ悪評に繋がるくらい誰にでも優しく、例え利用されようともそれすらも受け入れる博愛精神を持った男だったのだ。
「謝って頂く様な事は何もありませんよ。利用云々で言ったら、私の方こそ利用させてもらっていますしね」
マティアスは項垂れて申し訳なさそうにするアンナに明るく言った。
「私の家は伯爵位を戴いてはいますが、大した土地も財もありません。ですので、ピオヘルム家のこのように素敵な庭を使わせて頂き、知り合いを大勢集めて定期的にパーティーを開けるなんてとってもラッキーだったんですよ。
彼等の為と言いながら好きに出来るんですから私にこそメリットしかない。現に貴女とこうしてお話する機会を持てているんですから」
ね、と笑ってマティアスがアンナを覗き込んだ。キラキラと眩しい琥珀色に卑屈な自分を映したくなくて、アンナはつい目を逸らした。するとマティアスの右手が伸びて来て、アンナの左頬にそっと触れた。
「それに……謝らなくてはいけないのは私の方です。本当はもっと早く助けに入るタイミングがあったのですが、ベルナール卿の行動をつい待ってしまいました。結果貴女に無茶をさせて怖い思いをさせてしまった」
マティアスは、先程抓られて薄っすら赤身が残っていたアンナの頬を、添えた手の親指の腹で微かに撫でる動作をする。頬の触れられている部分が熱を持ち、親指が撫でるたびにその範囲をじわじわと広げていく。
「貴女を叱る資格は私にはありませんでしたね。痛い思いをさせた事、許して下さいますか?」
マティアスが触れている左頬から熱が広がり顔全体が熱くなる。逸らした筈の視線がいつの間にか、至近距離で揺らめく琥珀色に絡め取られて離せなくなっている。
「メレディアーナ、どうか許して」
許す。
鼻先が触れそうなこの距離でその言葉を零したらどうなるのだろう。求められた許し以上の何かを持って行かれそうな気が熱くなった頭の片隅でして躊躇した時、
「マティアス様!」
庭の中央からレイチェルの声がして、マティアスがパッと手を離してそちらを向いた。琥珀色の呪縛から解かれて動けるようになったアンナも、尋常じゃないくらいの音で鳴る心臓を押さえて慌ててそちらを見ると、伯爵達と囲んで祝福を贈っていた人々が此方を見ていた。
「何もかも貴方のお陰です。メレディアーナさんにもお礼がしたいわ、是非此方にいらして」
レイチェルがそう言うと二人を迎えるように拍手が起こった。マティアスは何事も無かったかのようにアンナに笑いかけた。
「今度は貴女が喝采を受ける番が来ましたよ。今日のお詫びはまた今度させて頂きますね。行きましょう勇敢な妖精さん」
そう言って手を差し出されたがアンナが赤い顔をして立ち竦んだままでいたので、彼は庭に到着した時と同じようにごく自然にアンナの背中に手を回して、拍手で迎える群衆の元へと誘った。
鳴り止まない拍手と自身の心音に思考を妨げられ帰る気でいたことも忘れたアンナは、ただただ透き通って揺らめく琥珀色と左頬に残った熱に頭が占められていた。
一人ずつお話を考えてる時はその子を応援してるから、よし、任せろ! 私は神だ! ここからお前を真の相手役にする為にシナリオを改変してやるからな! って気持ちになるけど終わったらすぐ、なに間に受けちゃってんの、ピロートークだよピロートーク。ははははってなる不思議
お読みいただきありがとうございました。




