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二十六話 純粋で素直でとても優しい ①

モブのモブによるモブのための回


前回のあらすじ——


天使の妹

前世で呼ばれ続けた呪いめいたあだ名で今世でも呼ばれるなんて皮肉ね、ハハッ

ところでこの庭パ、主催は白じゃなくてもやしみたいなモブなんだって! へー、驚き!

ま、もう帰るからどうでもいんだけどね、さいならプレイボーイ!

おっ……とぉ、やっちまったイベントフラグ踏んじったっぽいわぁ……醜悪な笑みを浮かべたゴリモブボーイに絡まれちゃった

どうする私? (手札3枚を見比べる)

と思ってたら、セクシービームが傍らから放たれてモブ同士勝手にどんぱち始めちゃった。なんだこの展開

もやしまで参戦しちゃって混戦も混戦

いや、もやし! あんたじゃ無理だから! 何してんの!

あんたが助けられるのは苦学生の胃袋と給料日前の懐だけだから!

ハッ!

気付いたら目の前にゴリモブ……

あれ? 私、あれ?

私の方こそ何やってんだろ……

 選択肢は3つのはずだった。突っぱねる、助けを求める、一緒に飲む。そのどれでもない4つ目を自ら作って男と正面から対峙している状況に、周りも驚愕しているが誰あろうアンナこそ一番驚いている。


 でももし仮に闘りあう事になっても確実に、背に庇う形になった「もやし」よりはこの目の据わった男と渡りあえると思っている。


「……お嬢さん、どいてくれないか? 俺は今あんたの後ろの男と話してるんだ」


 酒で自制のタガを外した男にも最低限の理性は残っているようで、女で子供のアンナをいきなり恫喝したり殴りつける様な事は無かった。


 アンナはその事に安堵しながらも、恐らくは魔法のせいとはいえこのイベントを引き起こしてしまった責任と、モブキャラを巻き込んでしまった贖罪との気持ちで、キッと男を睨んで対峙する覚悟を決めて口を開く。


「……話? お酒を抜いてからにしたら? 貴方相当冷静さを欠いているようだもの」

「俺は冷静だ。いつだって、今だって」


「そう? 全然そうは見えないけど。女性に乱暴して、こんなもやしみたいで震えまくってる人脅して。貴方騎士でしょ? そんなんじゃ風上にも置けないわ」


 ピクッと男の顔色が変わり目つきがより鋭くなった。逆鱗に触れかかった事に気付いたがアンナももう止まらない。


 姉と重なる部分の多いレイチェルを傷付けた事も単純に許せないが、彼女に吐いた言動や乱暴の全てが、間接的にリーナに向けられていると同義に感じられて怒りが倍増して湧いて来る。


「……なんだと? 俺は王国騎士団の入団試験でも上位まで残った男だぞ。それを——」


「だから何? 強ければ騎士だって言うの? それとも称号や地位があれば? 違うと思うわ。

 大事なのは騎士としての振る舞いや心構えを持ってるかどうかだと思うけど! 

 弱者を守るのが騎士道ってもんでしょ? それがないなら騎士なんて、ちょっと格好付けたならず者に過ぎないわよ! 

 女性を傷付けてこんな貧弱な人まで痛めつけようとする人を騎士だなんて呼べない。レイチェルさんを守ろうとしたこの“もやし”の方があんたなんかよりよっぽど騎士だわ!」


 アンナに急に指差されてピオヘルム伯爵はビクッと身を震わせた。怯えた目でアンナと男を見比べて、止めなければと焦っているのか汗がドバドバ流れているが、身体は動かない様で足がガクガクしたままだ。

 

 その情けない様子に、アンナの言葉を反芻し終えた男がついに激昂する。


「俺が、そいつより、劣るだと⁈ 女だと思って言わせておけば、この俺が騎士じゃない⁈ ふざけた事ぬかすのも大概に——」


 怒りに塗れ醜く歪んだ男の顔に、挑発してどうするとアンナが後悔するよりも早く太い腕が掴みかかろうと伸びてきた。殴られると覚悟したその時、


「大概にするのは君の方だねルパート。ご令嬢方の言う通り飲み過ぎだ」


 その腕を掴んで止め、アンナと男の間に自身の身を滑り込ませたのはマティアスだった。


 細身で優男な彼の印象から想像していたよりも広く男性的な背に庇われて、アンナは今さら脚が震え出すのを感じた。


 今まで聞こえなかったドクドク言う早鐘の様な心臓の音も急に耳に届く様になって、強がっていただけで自分が思うよりも恐怖していたこと、そして助けに来てくれたマティアスの背に安堵したことを知る。


「離せマティアス」

 男は掴まれた手を振りほどこうとするが一向に敵わない。男の腕の方が太く力強そうだが、マティアスが捻り上げるように掴んでいる為か自由になる気配はない。


「それは無理かな。ちょっと騒ぎすぎだから、悪いけどこのまま拘束するよ。君が正気に戻るまで」


 マティアスが合図すると使用人達が縄を持って駆け寄ってきて、抵抗する男を素早くぐるぐる巻きにして喚くしか出来なくなった男を引き摺って屋敷の方へ消えて行った。


 怒鳴り散らす声も聞こえなくなった頃、息を呑んで見守るしか出来なかった群衆の其処ここから安堵の溜息が漏れ出して、アンナもやっと息を吐いた。


静まり返っていた庭がまたザワザワし出して、アンナに何か言いたげにマティアスが振り向いた時、背後で震えていた伯爵が声をあげた。


「レイチェル!」


 もやしの様な男が発したとは思えないはっきりした突然の大きな声に、アンナだけでなくその場の誰もが驚いて彼に視線を注いだ。衆目の中、視線に顔を紅潮させた伯爵が続ける。


「ルパートの言う通りだ。僕は……逃げてた。君に、家を諦めてくれって、い、言える様な男じゃないからって、相応しくないからって……し、仕方がないんだっ……て、離れていく君を止めなかった。そうやって、何も言わずに逃げて……君が決めたんだって、君のせいにして……それが本心じゃないって知ってたのに……一番大事なことを置き去りにしてた」


 訥弁だが必死に声を張り上げて思いの丈を叫ぶ様に、アンナに限らず衆人も固唾を飲んで見守る。


「僕は君に言うべき事も言わずに逃げて誤魔化した、弱い男だ。今だって、君を助ける事も出来ずに、こ、こんな小さなご令嬢に庇ってもらった……な、情けない……本当に情けない……。

 で、でも、君を守りたいって思う気持ちは、ずっと……ずっと持ってる。

 僕は、怖がりだし、あがり症だし、貧弱で筋肉もつかないし、いざという時君を守れる自信も正直ない。本当に情けない男で……でも、君を思う気持ちだけは、ずっと……変わらないから!」


 こんな大声を出したことがないんだろうと容易に想像出来る伯爵の必死さに、見ているこっちが泣きそうな気持ちになって来る。


 口を真一文字に結んで、伯爵から一時も目を逸らさずに見つめ続けているレイチェルもきっと同じ気持ちだと分かる。


「君の家の事や立場も分かってる。だけど……だけど、全部置いて心のままに、もしも、まだ……それでもまだ君が僕を選んでくれるなら…………結婚しようレイチェル。君を愛してる」


 伯爵の飾らないプロポーズにアンナは息を止めてレイチェルを見た。この場にいる全員の視線がレイチェルに注がれその返答を待つ。視線を受けたレイチェルは泣き出しそうな顔をして唇を震わせた。


「……遅いのよ、ずっと貴方がそう言ってくれるのを待ってたのに……本当にダメな人。私が家の為に他の人と結婚するとでも本気で思ってたの?」


 レイチェルは立ち上がると伯爵をみつめて笑いかけ、涙が零れると同時に駆け寄った。


「愛してるわベルナール。どんなに情けなくたって貴方が好きよ。私の心には貴方しかいない」


 抱きついたレイチェルを伯爵がよろめきながら抱き締め返すと、ワッと庭中から歓声が上がって祝福の拍手が鳴り響いた。目の前で繰り広げられた愛の告白に、感動で胸がいっぱいのアンナは拍手するでもなく立ち尽くして二人を眺める。


(ベルナールって……もやしのことだったのね……モブを巻き込んだと思ってたけど、私が巻き込まれたモブの方だったか……)


 鳴り止まない喝采と、美しい花々で彩られた庭の中央で、ドラマのワンシーンの様に抱き合ったままの二人に、完全に飲まれて見惚れているとグッと身体を何かに引っぱられた。


「あ?」


「この拍手は本来勇敢な貴女に向けられるべきかもしれませんが、今日はあの二人に譲って差し上げましょう」


 そう言ってアンナを半ば抱える様に引き寄せて歩き、庭の隅まで移動させたのはマティアスだった。


 半分引き摺られながら歩かされたアンナは、それでも祝福に包まれた二人を振り返って見続け、ゲームのトゥルーエンドを迎えた時の様な夢見心地な気分に満たされていた。


 けれどその気分は二人がすっかり遠くなって庭の隅に着き、目の前にマティアスが立っていると気付いたことで消し飛んだ。


 あれやこれやと回避を模索していた筈が全て徒労に終わり、結局こうしてマティアスに助けられてしまった。そのうえ彼の様子が普段と違う事にも気付いて嫌な汗が出る。


 普段、微笑みを絶やさないこの男の顔から笑みが消え、透き通った琥珀色の瞳に薄っすら怒気が込められている。いつも優しい姉がクロードに見せたあの怒りに似た、ピリピリした空気を醸すマティアスに幸せ気分も一気に萎んで急に緊張する。


「あ、あー……あのぉ……なんか、怒っ……て、る?」


 マティアスは答えずアンナをじっと見るだけで、その姿にいつかの夜のリーナを思い出して息が詰まる。


 何に怒っているのか不明だが謝ってしまおうかと思っていると、やっとマティアスが口を開いた。


「今日は天使が不在ですから、貴女を招待しお預かりした者の責任として、私が代わってその任を果たそうと思います」


 発言の意味が分からず疑問符だらけでマティアスを見上げていると突然左頬が抓られた。


「いっ⁈」


「無茶しすぎです! 酒に酔って暴走している男の前に立ち塞がって言い合いするなんて貴女の様な子女がなさる事じゃありません。挑発までして……暴力に走られたら勝てるわけないでしょう! 相手は武人ですよ」


「いた、いたぃっ」


 痛がるアンナを軽く睨んでふぅっと溜息を吐くとマティアスは頬を抓る手を離した。そう強く抓られた訳ではないが全くの無警戒だった為、突如走った痛みに酷く動揺して実際より数倍痛く感じられた。


 頬をさすりながらアンナが涙目で見上げると、マティアスが厳しい瞳で一瞥くれてから、それまで纏っていた怒りの気配を消して困った様な表情をして笑った。


「……怪我がないようで良かったですが、天使が過保護になる筈ですよ。こうも奔放に飛び回るようでは……。けれどその自由さが、薫陶とでも言うべき影響を周囲に与えるんでしょうね。今日の彼の様に」


「え?」

これも割ってますが、やっぱりバランス悪くなっちゃう


お読みいただきありがとうございました。

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[良い点] 面白く一気に読んでしまいました これからも更新頑張ってください 応援しています
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