二十五話 選択肢は3つ ②
前回のあらすじ——
あー、最低
ぱっぱに説教されてる上に黒とデートまで確約させられちゃって……って、クロードが嫡男⁈
どうなってるのよこの魔法、なんで設定変えてくれちゃうの⁈
おまけにねぇねも帰ってこない⁈ 明日の白の庭パどーすんの!
いーや、バックレよ。って聞いてよぱっぱ! 行きたくないって言ってんのに、笑顔で送り出さないで!
はぁ、結局来ちゃった。うっ、眩しウザい!
すぐ帰ろって思ってたのに、白も人の話聞いてない! 見た目の割に中身が親父!
もう出来上がってる女の集団に入って行けるスキルがあったら影の様に生きはしなかったんだから、放り込まないでよ、気まずいわ
セクシー美女「駆け付け一献、まぁ飲みねぇ」
「はい。大丈夫、ジュースよ」
「あ……」
「お酒の方が良かったかしら?」
「いえ、お酒は、止められてるので!」
昨日こってりと絞られたばかりなので流石に懲りているアンナは、赤ドレスの美人に差し出されたジュースを受け取った。
「私はレイチェル。こちらは……今おしゃべり中だから後で紹介するわね。貴女の事は存じ上げてましてよ、メレディアーナさん。あの天使の妹さんですって」
天使の妹。それは杏奈が人に認識される時に必ず付けられる枕詞だった。
双子が歩んだ道を後から歩く事が大半だった杏奈にとって、否が応でも切り離せない自分が双子の影なのだと確認させられる呪いめいた言葉だ。
関係性を知る者の居ない場所に行けば呪縛から解放されると、双子の進学先とは違う——元々双子とは学力差もあるので——遠方の受験を試みた事もあったが、そこそこレベルの高い高校に進学している双子が、何故か付きっきりでビシバシと勉強を教えてくれてしまったので、双子と同じ高校に入学出来てしまいその目論見は水泡に帰した。
狙っていた高校よりレベルが高い事、三人一緒の通学で安心な事で両親は喜んだが、杏奈は喜べないどころか既に校内外で美人姉妹として有名であった双子が、杏奈の元に訪れては周りの者に妹だと触れ回るので、新生活が始まった瞬間から「天使の妹」を見る目に晒される事を余儀なくされ、結局のところそれまでと同じように地味に静かに人と距離を取って、これ以上悪目立ちしない事を第一に影として過ごす生活が憂鬱だった。
奇しくもその日々から解放された今でも天使の妹と呼ばれている、と前世の日々を思い出してアンナは苦笑いする。
「噂に違わず可愛らしい妖精だこと。それにしてもマティアス様も本当にお顔が広いわね、公爵家ともお知り合いだなんて。知ってらして? 今日の招待客の半数以上がマティアス様の人脈によるものでしてよ?」
「……?」
アンナはレイチェルの発言の意図を汲みかねて顔に疑問符を浮かべる。白によってパーティーが開かれているのだから、その賓客の大半が白の知り合いなのは特段声を潜めることでは無いはずだ。レイチェルはアンナのそんな表情に気付いて補足する。
「あら、ご存知無かった? このパーティーは……」
レイチェルはキョロキョロ誰かを探して、屋敷の側のテーブルで集まっている男性達の中の一人を示した。
「ほら、あちらで紳士に囲まれて大汗かいてらっしゃる方、このお庭の所有者ピオヘルム伯爵が主催なのよ」
見れば若い男性が滝の様な汗を頻りに拭いながら、彼を囲む年配の紳士と話し込んでいる。遠目にも弱々しく頼り無げに見える。
「あの方当主の座を継いだものだから、あちこち繋がりを作っておかなくちゃいけなくなって。それでお知り合いの多いマティアス様を頼って、こんな風に時々パーティーを開いているのよ」
「そうなん……ですか」
アンナはてっきり原作の頃から、白所有地での白による白のためのパーティーだと思っていたので、その全てが友人設定のモブの為だと知って軽く驚いた。
主催者だと教えられた人物は、白に連れられて来た客を相手に汗を拭い頷くを反復するばかりで、白は客が到着すると出迎えに行き、各テーブルに顔を出してはにこやかに場を盛り上げ忙しく彼方此方へ対応している。どう見ても主催者の振る舞いをしているのは白の方だ。
頼られていると言えば聞こえはいいが、人脈拡幅やホスピタリティ要員として体良く利用されているようにアンナの目には映った。
「お優しすぎるのよね、マティアス様は。ピオヘルム伯爵も毎回このように何から何までマティアス様に頼りきりでは後々困りますのに……」
「何かお困りですか? レイチェル嬢」
優しい声が2人の背後から降ってきて、振り向くといつの間にかマティアスが立っていた。忙しく客の間を行ったり来たりしている割に疲れた様子も見せず笑んでいる。
「あら、やっと来て下さった。皆さんお待ちでしたのよ。ね、皆さん」
そう言ってマティアスの問いには答えずに、レイチェルはお喋りに夢中な令嬢達へ呼び掛けた。
「マティアス様、待っておりましたのよ」
「私達マティアス様とお会い出来ると思って参りましたのに、ずっと忙しくされてるんですもの」
「もうよろしいのでしょう? こちらでお話致しましょう?」
令嬢達はマティアスに気付くと群がるように取り囲んだ。アンナはその勢いに気圧されてしまったが、マティアスは流石と言うべきか、柔らかい笑顔を崩さず一斉に囀る彼女達一人一人に対応している。
嫌な顔一つせず話を聞き、分け隔てなく優しく接する。モテるわけだとアンナは感心しつつも遠巻きに眺めた。招待されている手前礼儀として帰ると伝えたかったが、その一言の為に彼女達に分け入って行く勇気は無かった。
「いいのよ? メレディアーナさんもお話なさってきて?」
暗に囀る彼女達と同じでマティアスが目当てなのだろうと言われてアンナは強く否定する。
「いえ! 私は姉が伺えなくなった事を伝えに来ただけなので! レイチェルさんこそ気にせずどうぞ、私もう帰りますので」
「あら……そうなの? もう少しお話したかったのだけど、また今度に取っておくわね。お見送りするわ」
馬車まで見送ってくれるレイチェルと共にアンナはそそくさとその場から離れた。
アンナとて馬鹿ではないので魔法の事を忘れてはいない。あまり長居をして発動させてしまっては、姉が来なかった為に後日再度挑戦出来る可能性が残っていそうなこのイベントにトドメを刺しかねない。
伝言役と招待を受けた義務を果たした以上、事の起こる前に立ち去るべきと思われた。……のだが、その判断が少し遅かったのかもしれない。
「あれぇ? お嬢さん方、もうお帰りですか?」
大分酒気を帯びている様子の客が一人、庭の出口に向かう二人の前に現れて足止めした。アンナはこのシチュエーションに覚えがあって、嫌な汗が背中を伝うのを感じた。酔い客に絡まれた主人公を白が助けに入り気持ちが加速するのがこのイベントの肝だ。それが今、この身に起ころうとしている。
「まだ始まったばかりですよ? ご一緒にどうです?」
手にしたグラスを傾け酒臭い息で問いかけてくる男を睨み、アンナはこの状況に魔法の干渉を考える。
(……ゲームの選択肢は3つ。強気に振り切るか、困って助けを求めるか、誘いに乗るか。
このイベントが何でか発動しちゃったって事はお姉様を連れて再挑戦はもう出来ないだろうから正直どれを選んでも良い。イベント一つ落としても……まあ白攻略はもう惰性の域だし、奥の手でボムもいるからまだ射程圏内。候補から完全に脱落させはしないけど本腰入れてもいない。
とはいえ、これが魔法によるものだとしたら、下手打ってジェレミアやクロードのように設定を弄られて攻略が超難度になっても困る。どうすれば良い? 考えろ……。
前述2つは親愛度の増減に差はあれど白が助けに来る展開に変わりはない。攻略対象と接触するのはマズいと今までの経験が告げてる。ならば必然誘いに乗る以外には無い。だけど一つ問題がある……)
アンナは、まるで選択を待つように笑いかけたまま黙っている男の持つグラスを睨む。
(お父様の大説教を食らった昨日の今日でいくらなんでも飲酒は出来ない! ぐぅぅっ……万事休す……)
アンナが小さく唸ったその時、隣に立っていた人物が口を開いた。
「ルパート卿、随分酔ってらっしゃるのね。残念だけどこの方は未成年よ? 通して頂ける?」
黙ったままだったアンナの代わりに男の誘いを断ったのはレイチェルだった。
(お……おぉ? どういう展開?)
アンナは勝手に進行しだしたモブキャラの動きを注視する。
「これはこれは、レイチェル嬢じゃないですか。あのベルナールと道を違えてから、その後いかがですか? 宜しければ私がお慰めして差し上げましょうか?」
男の発言の内容は良く分からなかったが、浮かべられた下卑た笑みが非常に醜かったので、言葉に悪意がヒタヒタに染み込まされている事は、思わず顔を歪ませてしまったくらいアンナにも分かった。
「……相当に酔っていらっしゃるのね。少しお醒ましになったらいかが? みっともなくてよ」
レイチェルは余裕の笑みでそう言って、アンナを連れて男の側をすり抜けようとしたが、酒に酔って気の荒くなっていると思しき男が彼女の腕を掴んだ。
「——っ! 離して!」
「ちょっと! 何してるの!」
「おいおい、お高く止まってんなよ? 何人振ったんだか知らねぇけどあんたの代で家を断絶させる気でもいるのか? 振りすぎて婿候補がもう居ないんじゃないかと思って俺が立候補してやってんだから、大人しく俺の女になっとけよ」
親切にも男がレイチェルの立場を大声で喋ってくれるので、なるほど、と彼女もリーナと同じ境遇に立たされている事をアンナは瞬時に理解する。
同時にこんな奴が今まさにされているようにリーナに手を出して来たらと思うとゾッとして、益々トゥルーエンドのみを狙う事を心に誓った。つくづくヤバイ法だ。
「結構よ! だれが貴方なんかと!」
「それともまだベルナールを想ってるのか。あんたに家を捨てさせる、そんな度胸はあいつには無い! だから別れたんだろうが」
「私の心が貴方に分かるの⁈ 憶測で物を言わないで! 痛いわ離して!」
「ちょ、ちょっと、ねぇ! 離しなさいよ!」
蚊帳の外だった為、若干傍観者になりかかっていたが、段々興奮してきている男の様子に流石に止めなければ危険だと、アンナが周囲に助けを求めようとしたその時、
「彼女から手を離せ!」
白が来てしまった、と思ったが背後から響いたのは、今日初めて発したような掠れて裏返った随分と弱々しい声だった。
白とは違う聞き慣れない声の主へ振り向くと、先程教えられたこのパーティーの主催者ピオヘルム伯爵が立っていた。遠目にも頼り無かったが、近くで見ても上背こそそれなりにあるが、もやしのように細く身体が薄い為弱々しさに拍車が掛かっている。その彼がもう一度震える声で言った。
「手、手を離せ……ルパート。彼女に触るな、き、傷付けたら、許さないぞ……」
声と同じく足も小刻みに震えている彼の様子に、深酒で我を失いかけた恐らく騎士だろう体格の男と対峙するには無理があると思ってアンナはハラハラする。周りも皆騒然とするばかりで止めに入れない。
「……ピオヘルム伯爵様、勇ましいじゃないですか。許さないって、どうするんだ? 剣もまともに振れないお前がぁ」
男は掴んでいたレイチェルの腕を乱暴に投げつけるように放すと、伯爵に向かって距離を詰めていく。
アンナは蹲み込んで腕を摩るレイチェルの無事を確認しながら、伯爵の行く末を見守るが、男との距離が縮まるにつれ大きくなっていく足の震えに結果は見えたようなものだった。
恐怖で萎縮する様が、父の目に射竦められた昨日の自分と重なり、もう抵抗しないとタカを括ってニヤニヤと近づいて行く男が、クロードの余裕たっぷりの姿に重なって昨日の怒りがふつふつと再燃する。
あの場で言い返して断っていれば、いや、イベントに失敗していなければ、初回で欲に駆られなければ、そもそも魔法なんてものがなければこんなややこしい事にはなっていなかったのに。
溜め込んできた怒りに呑まれて、気付いた時にはアンナは二人の間に飛び込んでしまっていた。
「……何してるんだお嬢さん」
目が完全に据わっている男を前に、怒りに埋没していた我を取り戻したアンナも思う。
(や、ほんとに、何してるんだろう……)
思いがけずこのイベントの話が2話分に渡ってしまって
お読みいただきありがとうございました。




