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二十四話 選択肢は3つ ①

前回のあらすじ——


逃げなきゃ! 殺されるその前に!

慌てて荷物を詰めてると見慣れない黒い服が

あ、クロードのじゃん、丁度いいから返しとこっと!

って、なんじゃぁこりゃあぁ!

上着ズタズタ殺人事件!

誰、誰がやったの冗談でしょ?

これを冗談として面白いと思ってるんだったら神経疑うけどね

とにかく誰か事情を……

ぎゃっ! ぱっぱと黒が!

って笑ってる? やるわね黒

ともかくお酒の件も含めてこれで万事かい……

あれ、うそ、それは初耳?

ぱっぱ許してごめんなさぁい!

敵「だったら俺っちとでぇとするんご」


 アンナは向かいに座る父の説教が鳴り響く部屋の中で、俯いてテーブルクロスの薔薇の刺繍をじっと見ていた。


 クロードが帰ってから延々、ルレザン邸での「おいた」を咎められ続けてもう陽も傾いてきている。

 

 修羅モードから普段の父になっている為そう恐ろしくはないとは言え流石に説教が長い。その上余程気に入ったのか合間合間にクロードの話を挟んで来るものだから、デートの約束を強引に、しかも親を使って取り付ける嫌らしい手法と意地悪く笑う顔を思い出して、あの場で毅然と断れなかった屈辱を味わわせられ続けている。


「わかったな? アンナ」

「はい、もうしません、ごめんなさい」


 最初の数分以降殆ど聞いていないが、お決まりの謝罪を名前を呼ばれる度に口にして、十数度目でようやく説教の終わりを見る事が出来た。


「まったく……じゃじゃ馬娘に育ってしまって。先が思いやられるよ」


 父はふぅっと溜息を吐くと葉巻に手を伸ばす。アンナもやっと説教から解放されたとほぅっと息を吐いた。


「お前には将来きちんと手綱を握っていてくれる人が必要だろうな。しっかりした……クロード卿のような」


 アンナはその言葉に上着の仕立てに付き合わなければいけない約束を思い出し嫌な顔をする。


「……随分気に入ったのね。さっきからクロードクロード……迎え入れた時とは大違い。あの時は斬り殺すかと思ったのに」


「ドレスの件で彼に話を聞くまでは怒りもあったが、彼の嘘偽りなく堂々と述べる姿に誠実な人柄を見た。疚しい事などいっぺんも無く、緊急的に手荒くなりはしたが、その為人は弱きを助ける騎士の心を持つ者であり、私の憤懣は全て誤解だったと分かったのだ」


 少々ファンになっている様な熱のこもった父の語り方にアンナは軽く引く。


「誠実……ね。今からじゃノーマルエンドも怪しそうだから、最悪あいつは地位が欲しいだけで、嘘っぱちの愛を囁いてお姉様を貶める冷酷野郎になるんだけど」


「何か言ったかアンナ?」

「いいえ、別に、なぁんにも。これでお姉様も何の心配もなく社交の会に行けるようになったと思っただけ」


「ああ、あれは随分とお前を心配していたからな。だがもう安心だ、彼が素晴らしい騎士だと分かったのだから。これからは積極的に夜会に参加して、リーナにもお前の様に素敵な相手を見つけて欲しいものだ」


 父の最後の言葉に違和感を感じて、アンナは訝しむ。


「何言ってるのお父様? なんで私? そんなにお気に入りなんだったら、クロード卿をお姉様にそれとなく結婚相手としてお薦めすれば良いじゃない」


 あれ程までに対立して毛嫌いの域まで心が離れた様子の姉では、恐らくも何も彼を受け入れる事は無いだろうが、とアンナは思っているが、父がおかしな事を言うのでそう反論した。すると父は笑って言った。


「彼に婿に来てくれと? それは叶わんよ。ノアル伯を継ぐ者が居なくなっては先方も困るだろうからな。クロード卿の様な人物が後を継いでくれたらそれは嬉しいが無理かろう。だからお前が……」


 ガタンッと椅子を倒す程の勢いでアンナは突然立ち上がった。その表情は険しく驚愕の色が滲む。


「……今なんて?」


 父もまた驚いて咥えた葉巻を落としかける。


「ど、どうした? 急に……」

「ノアル伯を継ぐって言った?」

「あ、あぁ、そうだが? クロード卿は——ネーロ子爵と呼んだ方が良いか——彼はノアル伯爵家の嫡男だからな」


 アンナは言葉を失う。ジェレミアに続いてクロードまで嫡男になっているのだから無理もない。


 一体何処までどの様に影響を及ぼしているシステムなのか、またそれがどの様な条件下で発生しているのか見当もつかず、アンナは苦味走った表情で、立ち上がった時に机に叩きつけて赤くなった掌を見る。


(また変わってる……この魔法は何の為にキャラ設定に干渉するの? 仮に縛りプレイ用に高難度に変えるコンテンツだとしても——恋愛ゲームにそんなもん要らないと思うしボムで十分間に合ってるけど——物語の根幹を変えるなんて聞いた事ないありえない。だって結婚相手の候補から外れるなんてどう攻略しろって言うの?)


 百戦錬磨の筈の自分が謎のシステムに翻弄される、その悔しさと歯痒さと混乱が脳内で渦を巻く。魔法についての情報が足りず解決の糸口が見つけられないアンナは、しばし俯いて立ち尽くした。


 急に黙りこくってしまった娘を心配して父が顔を覗き込んだ時、静かにドアがノックされて執事がやって来た。


「旦那様、フェアリーナお嬢様からご連絡がありまして、酷い雷雨で川が増水し橋の通行許可が降りないそうです。その為本日はあちらに一泊されて、お帰りが明日の午後になるとの事です」


「そうか……向こうは雨になったか。分かった」

「えぇっ⁈ 待ってよ! お姉様帰ってこないの⁈」


 考え込んでいた所へ執事が齎らした報によって、アンナの思考の渦は一気に吹き飛ばされた。弾かれた様に顔を上げて姉の不在に騒ぎ出したアンナを見て、心配していた父は安堵し笑った。


「アンナは本当に姉離れが出来ていないな。半日くらい離れても心配は——」

「お姉様も心配だけど、明日はガーデンパーティーに2人で招待されてるのよ。もう行くって返信しちゃってて……」


 午後が何時かは分からないが、姉の分も勝手に返信していたアンナは、姉が帰ったらまずパーティーに一緒に行ってもらうよう説得から始めなくてはならなかった。


 白に関しても悪感情とまで行かなくともあまり好印象とは言えないので、首肯させるには難儀するだろうと考えて今日一日かけて説得するつもりでいたが不測の事態が重なって叶っていない。


 その為パーティーの直前ないし最中に帰ってきた姉を、そのまますんなり連れて行けるとは到底思えなかった。


 仕方ない、とアンナは溜息を吐く。白攻略は元々気が変わった時用の保険だったのでこのイベントは諦めて、いざとなったらボムの力で取り返そうと頭を切り替えた。


「……いいや、お父様欠席のご連絡をして頂きたいのだけど……」

「何を言ってるんだアンナ。お前一人でも行ってきなさい、せっかく招待を受けたんだから。楽しみにしていたんだろう? リーナが間に合わないと知ってそんなに慌てて」


「え? いや、慌てたのはそこじゃなくて、私は全然行きたく……」

「お前もあと2年もすれば大人の仲間入りだ。練習だと思ってパーティーにも一人で行ってみなさい。準大人としてきちんと姉が伺えない事もお詫びしてくるんだぞ。もちろん、お酒は……分かっているな?」


 窘めてくれる母が不在の為、話を最後まで聞かない(親父は大体早合点)スキル持ちの父は存分にそのスキルを発揮して、翌日晴れやかな顔で対照的に顔を曇らせたアンナをパーティーへ送り出してくれた。

 


「やぁ、こんにちは妖精さん。招待をお受け頂き嬉しい限りです」


 夜の内にこちらでも雨が降ったのか、キラキラと太陽光を反射する水滴がまだ残る花で溢れる庭を背に、白の騎士マティアスが水滴に負けない程のキラキラの笑顔でアンナを出迎えた。


「……こんにちはマティアス卿。お招き頂きありがとうございます」


 どちらの眩しさにか、目を細めて気怠げに一応の挨拶を口にしたアンナに、マティアスは変わらぬ笑顔を向け続ける。


「なんだか朝からお疲れの様ですね。向こうのテーブルに冷えた飲み物もありますよ。ところで、お一人ですか?」


 マティアスはアンナの背後に目を向けてもう一人の招待客リーナを探す。


「……ええ、残念な事に。姉は本日お伺い出来なくなりまして、私はそれを伝えに来ただけのようなもんです」


 姉が居ないのだからこのイベントには何の意味もない。謝罪を済ませてさっさと帰ろうとアンナは思っていたのだが、それを聞いたマティアスはアンナの背に実に自然に片手を回すと中へと促し始めた。


「そうでしたか。守護天使の庇護も無くお一人ではさぞ心細いでしょう。大丈夫ですよ、貴女とお話してくれる美しい花達はたくさんいらっしゃいますからね」


 背中に回した手でマティアスがアンナを自身に引き寄せて歩く為、アンナも自然と進んでしまう。ダンスでもしているかの様な距離感に心臓が鳴り出す。


「あの、私、参加するつもりは……」

「レイチェル嬢! サーヴィニー家のメレディアーナ嬢です。今日はお一人との事でして」


 こいつもか! とアンナはマティアスの爽やかな横顔を下から睨む。父に続きこの男も同様のスキルを持っている様だ。


「まぁ、可愛らしい妖精さん。こちらにいらして? お話しましょう。マティアス様も是非」


 庭に数卓置かれたテーブルの一つに集まっていた令嬢達の中の一人が、マティアスに呼ばれて振り向きアンナを呼び寄せた。リーナよりも幾らか年上の、真っ赤なドレスを着たスレンダーで色気のある美人だった。


「そうしたい所ですが、今日はホスト側なので。一段落したらまた来ます。彼女をお願いしますね」


 そう言ってマティアスはアンナをレイチェルに預けて、また庭の入り口に向かって行った。


「つれないわ、マティアス様ったら」

「しょうがないわよ、ピオヘルム伯爵はああなんですもの。マティアス様はお優しいわ」

「また来てくださるって言ってたじゃない、待ちましょう」

「ねぇ、それよりも皆さん、例のあの噂の続きご存知でして?」

「あの皇子のお話? 聞きたいわ」

「それがね、やっぱり今この国にご滞在なさっているんじゃないかって話で……」

「本当だったの? じゃぁ何処かで運命的にお知り合いになれるチャンスがあるってこと?」

「やぁん、夢のあるお話ぃ……」


 何処の世界も女が集まればおしゃべりが止め処ない事を実感して、挨拶するタイミングを逃したアンナはぼんやりと楽しそうに噂話に興じる令嬢達を眺めた。


 友達には縁が無かった、いや距離を置いていた杏奈は、遠くからこういった場面を良く眺めていた事を思い出す。


 チクンっと記憶の棘が痛んだ時、スッと目の前に細いグラスが差し出された。


当初予定になかった名前付きのキャラが思いがけず増える


お読みいただきありがとうございました。

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